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カンツォーネ

カンツォーネ、イタリアン・ポップスの、“出来れば”知られざる話を致しましょう。

 
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サンレモの歌手たち 499 ラ・クィンタ・ファッチャ、 フランコとレ・ピッコレ・ドンネ

クィンタ・ファッチャ、 {ラ・} (compl) Quinta Faccia,{La}

ミラノとトリノの中間にある山中の小都市ビエッラ(Biella.)出身の4人が結成したグループ。

 

                          Quinta Faccia     

 

活動期間1969 - 79

所属レコード会社Fonit, Euro International, UIM(Universal International Music)

サンレモ音楽祭出場1:1975参加

 

サンレモ音楽祭出場メンバー

・ロベルト・マレルバRoberto Malerba: (1971年~) ソロ・ヴォーカル、ベース

・クラウディオ・カレッジョClaudio Careggio:(1969年~) ドラムス、コーラス

ナンド・カタラーノNando Catalano: (1973年~) ギター、コーラス

ルチアーノ・ドラートLuciano Donato: (1969年~1976) キーボード

 

 

 1969年クラウディオ・カレッジョ、ロミー・レグルート、ルチアーノ・ドラート、ロビー・ヴァッレ4人全員ビエッラ出身のメンバーが近郊の小都市イヴレーア(Ivrea)で結成しました。ロミーはレコードも出しているロジャーズ(I Rogers)の元ギタリストでした。

 

結成時メンバー

・クラウディオ・カレッジョClaudio Careggio:(1969年~)

・ロミー・レグルートRomy Regruto (1969年~1973) ギター

・ルチアーノ・ドラートLuciano Donato: (1969年~1976)

・ロビー・ヴァッレRoby Valle: (1969年~1971) ベース

 以上4名全員ビエッラ(Biella.)出身

途中交代メンバー

・ロベルト・マレルバRoberto Malerba: (1971年~)

ナンド・カタラーノNando Catalano: (1973年~)

・ロベルト・パリーシャRoberto Palisca (1977年~) キーボード、コーラス

 

 グループは作曲家デット・マリアーノ(Detto Mariano)に見いだされ、71年ロビー・ヴァッレが作った“Nel Giardino Di Tamara”でデビューします。

 

 そしてデビューし立てのバンドを集めたLP「Nuovi Complessi D'Avanguardia Da Radio Montecarlo」に収録されますが、後に名前が残るのはデリリウム(Delirium)だけでした。

 

LPQ-09060 (1971年 Fonit – Fonit Cetra) 30cmLP Nuovi Complessi D'Avanguardia Da Radio Montecarlo [Various]

.Nel Giardino Di Tamara

LPQ-09060LPQ-09060  NRE-2014NRE-2014

NRE-2014 (198?年 Nuovo Repertorio Editoriale ‎– Nuova Fonit Cetra) 30cmLP Canzoni: Genere Soft-Rock [Various]

.Nel Giardino Di Tamara

 

 この頃ベースのロビー・ヴァッレが脱退し、ロベルト・マレルバに交代します。その後グループの消息は途絶えます。レコードを出すほどの力のあるバンドでなかったのでしょう。

 

 73年ギターのロミー・レグルートが辞め、ナンド・カタラーノが加入しました。運が向いてきます。米ユナイテッド・アーチスツのイタリア法人エウロ・インターナショナルと契約し、イギリスのルベッツ(Rubetts,{The})の全英ナンバー・ワン・ヒット(イタリアの74年年間ヒット・ランク12位)、“シュガー・ベイビー・ラヴ”をカヴァーしました。彼らのカヴァーも同55位の大ヒットになっています。

 

EUR-004 (1974 Euro International - Dischi Ricordi) Sugar Baby Love (シュガー・ベイビー・ラヴ)/Daydreamer

EUR-004EUR-004  EUR-005EUR-005

EUR-005 (1974 Euro International - Dischi Ricordi) Tonight (トゥナイト)/Strano Uomo

 

 2枚目のA面はルベッツの“トゥナイト”とB面は在伊イギリスのバンド、モータウンズ(The  Motowns}のマイク・ローガン(Mike Logan)とカペッリ(E.Capelli)が作った曲でしたが二匹のドジョウはおらず失敗します。

 

 75年サンレモ音楽祭に“四季”で出場しましたが入賞出来ませんでした。

 

EUR-006 (1975 Euro International - Dischi Ricordi) Quattro Stagioni (四季)/Una Donna

EUR-006EUR-006  EUR-1938EUR-1938

EUR-1938 (1975 Euro International - Dischi Ricordi) Tornerò (トレビの泉)/Anna Anna

 

 次がクィンタ・ファッチャとよく似た後輩グループ、サント・カリフォルニア(I Santo California)の“トレビの泉”のカヴァーでした。サント・カリフォルニアは75年年間ヒット・ランク6位のメガ・ヒットでした。

 

 シングル曲にカヴァー曲とオリジナル曲が加えられたファースト・アルバムを製作します。

 

EURLP-10001 (1975 Euro International - Dischi Ricordi) La Quinta Faccia

.Sugar Baby Love (シュガー・ベイビー・ラヴ) [Rubetts,{The}]

.Daydreamer

.Una Donna

.Dancin'On A Saturday Night (土曜はダンスで) [Lynsey De Paul]

.Strano Uomo

..Crying For Love

.El Bimbo (嘆きのビンボー (オリーブの首飾り)) [Bimbo Jet, Paul Mauriat]

.Tonight (トゥナイト)

.School Love [Barry Blue]

10.Pronto Amore

11.Drive My Car (ドライヴ・マイ・カー) [Beatles]

12.Tornerò (トレビの泉)

EURLP-10001EURLP-10001  EUR-1940EUR-1940

EUR-1940 (1975 Euro International - Dischi Ricordi) Annich (アニック)/Pronto

 

 3枚目のシングル“アニック”は日本のシングル盤のB面に収められた曲です。

 

 76年“Dolce Amore Mio”を最後にUIM(Universal International Music)に移籍しました。そしてキーボードがルチアーノ・ドラートからロベルト・パリーシャに交代しました。

 

EUR-1947 (1976 Euro International - Dischi Ricordi) Dolce Amore Mio/Vai, Vai

EUR-1947EUR-1947  5090-1465090-146

5090-146 (1977: UIM – Phonogram) Let Em In (幸せのノック)/ I Can't Ask For Anymore Than You Babe (理想の恋人)

 

 UIMでの1枚目はポール・マッカートニー&ウィングス(Poul McCartney & Wing)の“幸せのノック”のカヴァーでした。この曲をタイトル曲で外国曲をカヴァーした2ndアルバムが発売されます。

 

5094-010 (1977: UIM Phonogram) Let 'em In

.Let Em In (幸せのノック) [Poul McCartney & Wings]

.It's Ok (イッツ・オーケイ) [Beach Boys,{ The}]

.Get Back (ゲット・バック) [Beatles,{The}]

.Lean On Me (私を頼りに) [Bill Withers]

.Summer Of My Life

.The Killing Of George

.If You Leave Me Up

.Play That Funky Music (プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック) [Wild Cherry]

.Under The Moon Of Love (月影の恋) [Showaddywaddy]

10.Hay Baby

11.Howzat

12.Livin' Thing (オーロラの救世主) [ELO=Electric Light Orchestra]

13.Bohemian Rhapsody (ボヘミアン・ラプソディ) [Queen]

5094-0105094-010  5094-0165094-016

5094-016 (1977: UIM Phonogram) Piccola Luisa

.Piccola Luisa

.Abbracciati E Mi Salvi

.Dolce Amore Mio

.Dolcemente

.Ti Avessi Incontrata Io

.Quattro Stagioni (四季)

.Sabbia E Mare

10.Sei Tornata, Di Chi Sei?

11.Mia Dolcissima

12.Annik (アニック)

 

 続いてサンレモ出場曲の入った3rdアルバム「Piccola Luisa」とシングル盤“Piccola Luisa”が出ています。

 

5090-154 (1977: UIM – Phonogram) Piccola Luisa/Abbracciati E Mi Salvi

5090-1545090-154  5090-1605090-160

5090-160 (1978: UIM – Phonogram) Dolcemente/Sei Tornata, Di Chi Sei?

 

 78年シングル盤“Dolcemente”とカヴァー曲を集めた4thアルバム「Greatest Hits Vol. 1」を残して79年に解散しました。

 

5094-023 (1978:UIM – Phonogram) Greatest Hits Vol. 1

.Kintyre (Mull Of Kintyre) (夢の旅人) [Poul McCartney & Wings]

.Daddy Cool (ダディ・クール) [Boney M]

.Put Your Love In Me [Hot Chocolate]

.Dancin' Party (ダンシング・パーティー) [Showaddywaddy])

.How Deep Is Your Love (愛はきらめきの中に) [Bee Gees,{The}]

.Slip Slidin' Away (スリップ・スライディン・アウェイ) [Paul Simon]

.Night Fever (恋のナイト・フィーヴァー) [Bee Gees,{The}]

.Let's Have A Quiet Night In [David Soul]

.Jamming [Bob Marley & The Wailers]

10.Stayin' Alive (ステイン・アライヴ) [Bee Gees,{The}]

11.Every 1'S A Winner (勝利者たち) [Hot Chocolate]

12.Baker Street (霧のベーカー街) [Gerry Rafferty]

                         5094-0235094-023

 

 

ラ・クィンタ・ファッチャの国内盤

CM-    2 (UNITED ARTISTS -キング) トレビの泉 (TORNERO')/アニック (ANNICK)

 

                    CM-    2CM- 2

 

 

ラ・クィンタ・ファッチャは以上です。

 

 

 

フランコ (vm) と レ・ピッコレ・ドンネ (coro) Franco e Le Piccole Donne

フランコは本名フランコ・ラエーレ(Franco Raele)195352日ミラノ生。

 

                     Franco Raele  

 

活動期間1960年代後半 – 70年代前半

所属レコード会社Cipiti

サンレモ音楽祭出場1:1975年参加

公式サイト

 

 フランコとレ・ピッコレ・ドンネは、フランコ・ラエーレが考え出した彼を中心としたミラノのスカラブリーニ広場にある郵便局で事務員達が結成した架空のボーカル・グループです。

 ピッコロ・ドンネは、自称ミラノ生まれのダニエラ(Daniela)に双子姉妹のラウラ(Launa)とデボラ(Deborah)の3人構成で、ダンサーとバック・コーラスとして音楽祭に出場しました。

 

 フランコ・ラエーレの事も全くわからず、彼が本名で出した数枚のシングル盤が確認できただけです。

 

 一版最初のシングル盤と思われるのが1969年にフォニットから出た“I Mattoni”です。

 

SPF-31248 (1969Fonit – Fonit Cetra) I Mattoni/Ora Ridi [come Franco Raele]

SPF-31248SPF-31248  CRJNP-1084CRJ・NP-1084

CRJNP-1084 (1972Car Juke Box Dischi Ricordi) Fichi D'India/ Dolce Casa Di Campagna [come Franco Raele]

 

 72年CARジューク・ボックスから“Fichi D'India”を出します。彼にとって一番の成功したシングル盤だったようです。CARジューク・ボックスにはサンレモ音楽祭に出場まで3年在籍し安定した時期だったようです。第2弾は“Che Pazzi Noi”でした。

 

CRJNP-1094 (1974 Car Juke Box – Dischi Ricordi) Che Pazzi Noi/Fantasia D'Amore [come Franco Raele]

CRJNP-1094CRJ・NP-1094  CRJNP-1096CRJ・NP-1096

CRJNP-1096 (19752 Car Juke Box – Dischi Ricordi) Come Humphrey Bogart (ハンフリ-・ボガ-トのように)/ FANTASIA D'AMORE [come Franco e Le Piccole Donne]

 

 75年サンレモ音楽祭には、当時戦前のカフェ・シャンタンで流行った曲などが懐メロとしてリバイバルしていましたので、懐メロ仕立ての曲を音楽祭向けに結成したフランコとレ・ピッコレ・ドンネとして歌いました。

 

 ただ前年には58年に当時売れっ子作曲だったカルロ・アルベルト・ロッシ(Carlo Alberto Rossi)が設立したCARジューク・ボックスも時代の流れに勝てず経営不振となり、75年活動を停止し閉鎖されます。カタログ自体はディストリビューターであったイタリア・フォノグラムが引き継ぎますが、実績のある歌手達以外はフォノグラムに移籍できませんでした。

 

 発売時期不明なシングル盤が1枚あります。レーベルも聞いたことのないアメリカ・レコーズで、新たに出来たマイナー・レーベルと思われます。これを最後にフランコ・ラエーレの名前も表舞台から消え去ります。

 

AR- 0547 (? America Records G.D.M.) Postino Innamorato/Clelia [Franco Raele]

                         AR- 0547AR- 0547

 

 

 

フランコ と レ・ピッコレ・ドンネの国内盤はありません、以上です。


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サンレモの歌手たち 498 レ・ヴォルピ・ブルー 2

ヴォルピ・ブルー、{レ・} (compl) Volpi Blu, {Le}

ジェノヴァの西南西40kmリヴィエラ海岸沿いにある小都市サヴォーナ(Savona)で1966年にフランコ・デルフィーノ(Franco Delfino)がリーダーとなり結成され、次第に音楽的な変遷をとげたビートニック・バンド。バンド名の意味は青い狐たち。

 

                    Volpi Blu

 リーダーのフランコ・デルフィーノとその他のメンバーが関わったバンド、グループは以下の通り。

フランコ・デルフィーノが関わったのはヴォルピ・ブルー、{レ・} (Volpi Blu, {Le}) アルティクス (Articus=); ピノ&フランコ(Pino e Franco= Franco Delfino, Giuseppe Damele); ヴァラゴ(Varago = Giampiero Levratto, Manuel Guastavino); シニョーリ・デラ・ガラシャ (Signori Della Galassia,{ I}= Franco Delfino, Bruno Govone, Manuel Guastavino +3); オーケストラ・フランコフェルフィーノ(Orchestra Franco Delfino)

 メンバーのブルーノ・ゴヴォーネが関わったバンド、ヴォルピ・ブルー、{レ・} (Volpi Blu, {Le}); チェルキオ・ドーロ(Cerchio D'Oro,{Il});シニョーリ・デラ・ガラシャ (Signori Della Galassia,{ I}

 

活動期間1966 – 1981

所属レコード会社Kansas, Equipe, Condor, Golden Record, Top Records

サンレモ音楽祭出場1:1975参加

 

サンレモ音楽祭出場メンバー

・フランコ (Franco) 本名フランチェスコ・デルフィーノ(Francesco Delfino):キーボード (dal 1966 al 1979)→ Pino e Franco →Caw (Franco Delfino)

・ブルーノ・ゴヴォーネ(Bruno Govone):ギター

・マヌエル (Manuel) 本名エマヌエレ・グスタヴィーノ(Emanuele Gustavino):ヴォーカル、ギター:(dal 1966 al 1979) 1948-2015年サヴォーナ生・没 Varago→ I Signori Della Galassia→Manuel (Manuel Guastavino)

・リッカルド・ダーニャ (Riccardo Dagna): ベース(dal 1970 al 1979)

・エンリコ・カッツァンテ(Enrico Cazzante):ヴォーカル、リズム楽器 (dal 1971 al 1979)

 

 

 

 

 メンバーがばらばらの活動を始め、解散寸前のヴォルピ・ブル-ですが、77年に2年ぶりのシングルを出します。A面“You're Trying”はジャズ・ロック的、B面“Più Nessuna”はマヌエルのヴォーカルを中心とした従来型の曲ですが、プログレッシブ色を強めています。同年キーボードのルイジ・モゼッロが脱退し、ギターのロベルト・フィウマラ(Roberto Fiumara)が加入しました。

 

FC-1045 (1977 Golden Record - SAAR) You're Trying/Più Nessuna

FC-1045FC-1045 FC-1051FC-1051

FC-1051 (1978 Golden Record - SAAR) Casanova 2000/Dolce Tempo

 

 78年シングル“Casanova 2000”を発売します。従来型のマヌエルのヴォーカル曲ですが、ポップス色を残すか、プログレ色を高めるかのせめぎあいのような状況です。さらに解散せざるを得ない方向に突き進んでいきます。

 

 ブルーノのチェルキオ・ドーロがゴールデン・レコードからシングル盤“Funky Dream”を出します。

 

FC-1052 (1978 Golden Record – SAAR) Funky Dream/L'Amore Mio [Cerchio D'Oro,{Il}]

FC-1052FC-1052  Ld AI-8021Ld ・AI-8021

Ld AI-8021 (1978Durium ‎–) Mamma (マンマ)/Ed Ora Vai Via [Signori Della Galassia,{ I}]

 

 78年遂にヴォルピ・ブルは実質上の解散をします。リーダーだったフランコ・デルフィーノ、リード・ヴォーカルのエマヌエル・グスタヴィーノ、77年に脱退したキーボードのルイジ・モゼッロとサンレモ出場メンバーだったブルーノ・ゴヴォーネに、同郷サヴォーナのロック・バンド、シジッロ・ディ・オルス(il Sigillo di Horus)の元リーダー、ベッペ・アレオ(Beppe Aleo)が加わり、新たなバンドのシニョーリ・デラ・ガラッシア(Signori della Galassia,{I})を結成しました。

 そしてドゥリウムからシングル盤を出しました。その曲があっと驚く第二次世界大戦、テノールのベニアミーノ・ジーリ(Beniamino Gigli)が歌って大ヒットし日本でも良く知られる“マンマ”のプログレ版でした。

 

 シニョーリ・デラ・ガラッシアのデビュー曲“マンマ”はマイナー・レーベルのマジック・レコードからB面を“Peggio Che Bambina”に差替えて再発売されます。これらの曲の入ったアルバム「I Signori Della Galassia ‎– Qualcosa Si Crea Nulla Si Distrugge」を出します。古いヒット曲のプログレ版とオリジナルで構成されています。

 

NPA-36 (1978Magic Record ‎– Fonia Italiana) Mamma (マンマ)/Peggio Che Bambina [Signori Della Galassia,{ I}]

NPA-36NPA-36  MRLP-1004MR・LP-1004

MRLP-1004 (1978Magic Record ‎– Fonia Italiana) I Signori Della Galassia ‎– Qualcosa Si Crea Nulla Si Distrugge [Signori Della Galassia,{ I}]

.Non Passa Piú (もう行かない)

.Creazione

.Come Sinfonia (コメ・シンフォニア)

.Vulcano

.Se Non Ci Sei

.Terza Fila

.Mamma (マンマ)

.Fermate La Reazione

.Tu Solamente Tu (君だけを)

10.Peggio Che Bambina

11.Il Mio Sangue

12.Odyssey

 

 ヴォルピ・ブル-は79年にフランコとマヌエルが脱退しますが、77年に加入したロベルト・フィウマラが80年まで在籍、マヌエルが歌手として残るという不思議な状況を残しました。しかも別名義と思われるアルティクスで78年、79年1枚づつゴールデン・ウィークシングル盤が発売されています。

 

FC-1055 (1978 Golden Record - SAAR) W L'Estate/Il Mondo Cammina {come Articus} (Lagazzi, Delfino, Trentini)

FC-1055FC-1055  FC-1061FC-1061

FC-1061 (1979 Golden Record - SAAR) Che Forte Sei/Cara Amica Mia {come Articus}

 

 マジック・レコードから発売時期不明で、多分プロモート盤だと思われる2枚が見つかりました。

 

MRNP-1005 (197?Magic Record ‎– Fonia Italiana) Domenica Con Volpe/Illustrazione Antica [Signori Della Galassia,{ I}]

MRNP-1005MR・NP-1005  MRNP-1007MR・NP-1007

MRNP-1007 (197?Magic Record ‎– Fonia Italiana) Come Sinfonia (コメ・シンフォニア)/Tu Solamente Tu (君だけを) [Signori Della Galassia,{ I}]

 

 ひょっとするとフランコの音楽出版社ではないかと思われるバン・バン出版(Edizioni Bang Bang)からシングル盤“Creazione”が出ています。

 

Bg-042 (1978 Bang!! Bang!! ‎– Edizioni Bang Bang) Creazione/Terza Fila [Signori Della Galassia,{ I}]

Bg-042Bg-042  B&BNP-001B&B・NP-001

B&BNP-001 (1979 B&B ‎– Ri Fi) Archeopterix/Vulcano [Promo] [Signori Della Galassia,{ I}]

 

 シニョーリ・デラ・ガラッシアの時代は完全にプログレ・バンドに変わっています。さらにバン・バンが製作した原盤をリフィで発売する形態になります。最初はシングル盤“Archeopterix”で、この曲が収録されたアルバム「I Signori Della Galassia ‎– Iceman」を出し、彼らの代表作になりました。

 

RFNNP-16773 (19791 Ri Fi ‎– Ri Fi) Archeopterix/Vulcano [Signori Della Galassia,{ I}]

RFNNP-16773RFN・NP-16773  RDZST-14311RDZ・ST-14311

RDZST-14311 (19791 Ri Fi ‎– Ri Fi) I Signori Della Galassia ‎– Iceman [Signori Della Galassia,{ I}]

.Proxima Centauri

.Puoi Sentirmi?

.Fermate La Reazione

.Oltre Il Cristallo

.Iceman

.Sub

.Archeopterix

.Tutankhamon

.Vulcano

 

 もう一つの代表作“Iceman”はマキシ・シングル化されました。

 

OUTMIX-23504 (19797 OUT ‎– Ri Fi) 12”Maxi Iceman/Proxima Centauri [Signori Della Galassia,{ I}]

OUTMIX-23504OUT・MIX-23504  FC-1058FC-1058

FC-1058 (19799 Golden Record - SAAR) Io Ancora Stupido/Segreto

 

 79年解散のケジメかゴールデン・レコードからヴォルピ・ブル-のシングル盤“Io Ancora Stupido”とチェルキオ・ドーロのシングル盤“Too many nights”が相次いで発売されています。

 

FC-1060 (1979 Golden Record – SAAR) Too many nights/Dolce Strega [Il Cerchio D'Oro]

FC-1060FC-1060  RFNNP-16822RFN・NP-16822

RFNNP-16822 (1980 Ri Fi ‎– Ri Fi) Luce/Eliana [Signori Della Galassia,{ I}]

 

 80年シニョーリ・デラ・ガラッシアのシングル“Luce”をリフィから出しました。これがどうも最後の盤のようです。

 

 81年トップ・レコードからヴォルピ・ブル-名義で“Ti Prego Torna”が出て、ディグ・イットからマヌエル名でエマヌエル・グスタヴィーノが“No,Non Lasciarmi”を発売しました。ヴォルピ・ブル-の残影が一瞬光を放ったのでしょう。そして彼らの名前は表舞台から消えます。

 

TP-1015 (1981 Top Records – Panarecord) Ti Prego Torna/Com'eri Bella

TP-1015TP-1015  DG-1206DG-1206

DG-1206 (1981Dig-It EMI Italiana) No,Non Lasciarmi/Dimenticarti Un Po' [Manuel  (Manuel Guastavino)]

 

 80年代初期に多分フランチェスコ・デルフィーノの会社と思われるバン・バン出版からオーケストラ・フランコ・デルフィーノまたはフランコ・デルフィーノ名で数枚のサンプラー(あるいはライブラリー)曲のLPが発行されました。

 

 サンプラー(あるいはライブラリー)・ミュージック盤と言うのは、一般音楽市場向けでなく、ラジオやTV,映画製作者業界向けの音源レコードです。特にフィラーやニュース、ドキメンタリー番組のバック・グラウンド・ミュージックで使われる、ある意味効果音源です。映画音楽を主力としたカム(CAM)もこの類のレコードを有名映画音楽作曲家の音源で制作し、マニアのレア・アイテムともなりました。

 

BBLP-86100 (?年 Edizioni Bang Bang ‎–) Orchestra Franco Delfino ‎– Nel Vento Mediterraneo

.Azzurre Emozioni

.Scusami

.Naxos

.n Cabriolet

.Attraverso Il Vento

.Autostrade Per Il Sud

.Francesca

.Nel Vento Meditteranea

.Amore D' Autunno
10.La Collina E L' Aquilone
BBLP-86100BB・LP-86100 LP- 2018LP- 2018
LP- 2018 (?年 B&B ‎–) Mario Robbiani /  Franco Delfino ‎– Doppio Incontro

.Invito A Corte

.Salotto

.Ieri

.Rubrica

..Eco

.Cortile

.Single

.Complex

.Inspection

10.0.Detector

11.Raining

 

BGLP- 2016 (?年 Bang!! Bang!! ‎– ) Franco Delfino ‎– Astrattismo

.Circe

.Giunco

.Plano

.Spino

.Delta

.Corinzia

.Gommea

.Pintu

.Dragone

10.Duca

11.Lacusta

12.Edipo

BGLP- 2016BG・LP- 2016  BB.LP-. 8111BB・.LP-. 8111

BB.LP-. 8111 (?年 Edizioni Bang Bang ‎–) Franco Delfino ‎– Araldica

.Araldica  1

..Araldica  2

.Araldica  3

.Araldica  4

.Araldica  5

.Araldica  6

.Araldica  7

.Araldica  8

.Araldica  9

10.Araldica 10

11.Araldica 11

12.Araldica 12

13.Araldica 13

 

BB.LP-. 8112 (1981年 Edizioni Bang Bang ‎–) Franco Delfino ‎– Araldica 2

.Monogramma

.Onusto

.Situazione

.Fomite

.Materia

.Deflativo

.Flap

.Blando

.Placido

10.Lemma

BB.LP-. 8112BB・.LP-. 8112  BB.LP- 8230BB・.LP- 8230

BB.LP- 8230 (?年 Edizioni Bang Bang ‎–) Franco Delfino ‎– Araldica 3

.Geastro

.Geracio

.Gàmaso

.Gizio

.Giunia

.Gerlo

.Gel

.Gadara

 

BB.LP- 8588 (?年 Edizioni Bang Bang ‎–) Caw ‎– New Group

.Arcobaleno

.Venus

.Tornerai

.Paradise

.Pattinatori

.Sunday Never

.Zazueira

.Roberta

.Dolce Vita

10.Disco Tropical

BB.LP- 8588BB・.LP- 8588  CDDV-6211CDDV-6211

 CDDV-6211 (1998 DV More - DV More) CD Le Volpi Blu - Il Meglio [8014406621167]

.Un Amore Per Noia

.Tu, Piccola Bimba Mia

.Senza Impegno (約束なしで)

.Ti Ricordi Padre Mio

.Più Nessuna

.Biancastella

.Così Passa Il Giorno

.Bimba Mia

.L'Incoscienza

10.Dolce Tempo

11.Storia

12.Il Buono E Il Cattivo

13.Uomo Felice

14.Ora c'è Anna

15.Suona l'Avemaria

16.Casanova 2000

 

 98年に再生ベスト盤CD会社のD..モア (DV More)から再録音したセルフ・カヴァー盤が発売されています。大スターではありませんが、D..モアが再生べスト盤を作るのはある程度売れると考えたからだと思います。

 

 

 

ヴォルピ・ブルーの国内盤はありません、以上です。


サンレモの歌手たち 497 レ・ヴォルピ・ブルー 1

ヴォルピ・ブルー、{レ・} (compl) Volpi Blu, {Le}

ジェノヴァの西南西40kmリヴィエラ海岸沿いにある小都市サヴォーナ(Savona)で1966年にフランコ・デルフィーノ(Franco Delfino)がリーダーとなり結成され、次第に音楽的な変遷をとげたビートニック・バンド。バンド名の意味は青い狐たち。

 

                      Volpi Blu

 リーダーのフランコ・デルフィーノとその他のメンバーが関わったバンド、グループは以下の通り。

フランコ・デルフィーノが関わったのはヴォルピ・ブルー、{レ・} (Volpi Blu, {Le}) アルティクス (Articus=); ピノ&フランコ(Pino e Franco= Franco Delfino, Giuseppe Damele); ヴァラゴ(Varago = Giampiero Levratto, Manuel Guastavino); シニョーリ・デラ・ガラシャ (Signori Della Galassia,{ I}= Franco Delfino, Bruno Govone, Manuel Guastavino +3); オーケストラ・フランコフェルフィーノ(Orchestra Franco Delfino)

 メンバーのブルーノ・ゴヴォーネが関わったバンド、ヴォルピ・ブルー、{レ・} (Volpi Blu, {Le}); チェルキオ・ドーロ(Cerchio D'Oro,{Il});シニョーリ・デラ・ガラシャ (Signori Della Galassia,{ I}

 

活動期間1966 – 1981

所属レコード会社Kansas, Equipe, Condor, Golden Record, Top Records

サンレモ音楽祭出場1:1975参加

 

サンレモ音楽祭出場メンバー

・フランコ (Franco) 本名フランチェスコ・デルフィーノ(Francesco Delfino):キーボード (dal 1966 al 1979)→ Pino e Franco →Caw (Franco Delfino)

・ブルーノ・ゴヴォーネ(Bruno Govone):ギター

・マヌエル (Manuel) 本名エマヌエレ・グスタヴィーノ(Emanuele Gustavino):ヴォーカル、ギター:(dal 1966 al 1979) 1948-2015年サヴォーナ生・没 Varago→ I Signori Della Galassia→Manuel (Manuel Guastavino)

・リッカルド・ダーニャ (Riccardo Dagna): ベース(dal 1970 al 1979)

・エンリコ・カッツァンテ(Enrico Cazzante):ヴォーカル、リズム楽器 (dal 1971 al 1979)

 

 

 1960年代初頭フランコ・デルフィーノがリーダーとなりバンドを結成しました。メンバーが定着していたのか分かりませんが、ウィキペディア・イタリア版(以降Wikiと略)には活動期間が66年から80年までとされ、結成メンバー紹介も66年からなのでそれに従いします。

 

結成メンバー

・フランコ (Franco) 本名フランチェスコ・デルフィーノ(Francesco Delfino):キーボード 1966-79)

・マヌエル (Manuel) 本名エマヌエレ・グスタヴィーノ(Emanuele Gustavino):ヴォーカル、ギター(1966-1979)

・ミンモ・レンティーニ(Mimmo Lentini):ヴォーカル、ベース (1966 -70)

・ジャンニ・グランディ(Gianni Grandi):ドラムス (所属期間不明 72年以降RCAイタリアーナのプロデューサー)

 

 公式に活動を始めた当時のメンバーは4又は5人と思われます。Wikiには67年にレコード会社フォノチネ(Fonocine)と契約し、“Ti Ricordi Padre Mio”でデビューした旨の表記がありますが、フォノチネはレコード会社ではなく音楽出版社です。また68年にレコード会社のカンサスから“Troverai La Strada”からデビュー盤と思われるシングルを出しています。

 

 “Ti Ricordi Padre Mio”は2枚目のシングルとして71年にエキペから、同内容で72年コンドルから出ています。既に4つの会社名が出ていますが、各々関係があるので説明していきます。

 

 67年末カマレオンティ(I Camaleonti)がCBSに移籍した後釜としてカンサス・レコードは5人組のヴォルピ・ブル-を68年デビューさせました。ここにはビートニック・バンドで既に売れていたウー(Gli Uh!)も楽曲管理をフォノチネに任せており、音楽出版社としてヴォルピ・ブル-を他社に移籍させたと思われます。

 

 移籍先がエキペ(Equipe)でした。その頃契約していた往年のサンレモの女王ニラ・ピッツィ(Nilla Pizzi)がここでレコードを出していましたが、会社は不振になっていたようです。

 

 結成メンバーだったベースのミンモ・レンティーニ(Mimmo Lentini)脱退、リッカルド・ダーニャ(Riccardo Dagna)に交代するなどで4人編となったバンドの移籍はエキペ復興のためだったかは不明ですが、2枚目のシングルを71年に出します。救済策も力及ばずエキペは74年に破産しました。

 

DM-1088 (1968 Kansas – Clan Celentano,) Troverai La Strada/Complimenti Graziella

DM-1088DM-1088 (Kansas)  EQ-0132EQ-0132

EQ-0132 (19716 Equipe – Decca Italiana) Ti Ricordi Padre Mio/Nella Mente Solo Te [ジャケット画像は3色グラビア刷り雑誌広告で、実際の色と相違があり]

 

 2枚目シングルは移籍先コンドルからそのまま(ジャケットの社名とレコード番号の差替えのみ)で再発売されました。この曲はプー(I Pooh)系のポップ・ロックで彼らの初期の代表作になります。

 

TV-17 (1972 CONDOR (POLARIS) - CBS Sugar) Ti Ricordi Padre Mio/Nella Mente Solo Te

TV-17TV-17  TV-21TV-21

TV-21 (1972 CONDOR (POLARIS) - CBS Sugar) Bimba Mia/Mà Mammà

 

 71年ヴォーカルとリズム楽器のエンリコ・カッツァンテ(Enrico Cazzante)が加わります。ギターとヴォーカルのマヌエルの声はプーのロビー・ファッキネッティ(Roby Facchinetti)のような高い声でしたがエンリコは力強い声でした。彼の加入でヴォーカルの幅が広がります。しかし“Bimba Mia”のジャケットはまだ4人で、エンリコ加入前のようです。

 

TV-23 (1973 CONDOR (POLARIS) - CBS Sugar) Biancastella / Uomo Felice

TV-23TV-23  TV-25TV-25

TV-25 (1974 CONDOR (POLARIS) - CBS Sugar) Un Amore Per Noia /I Will Beg

 

 これの5人態勢で安定したようで、“I Will Beg”ようなアメリカン・ロック的な曲にも挑みます。

 

 “Mà Mammà”でコラボしたピアニストで作曲家のジュゼッペ・ダメレ(Giuseppe Damele)はデルフィーノとインスト曲“Storia”を作り、アルティクス (Articus)名でシングルを出します。この曲はヴォルピ・ブル-のアルバムに収録されているので、彼らと全面コラボ(又は名義だけアルティクスを使用)したようです。楽譜写真もあったので載せています。作者名とフォノチネのロゴマークもあるので、フォノチネの関与が大きいのが判ります。

 

TV-26 (1974 CONDOR (POLARIS) - CBS Sugar) Storia (F.Delfino – G.Damele)/Stazione Nord {come Articus}

                      TV-26 TV-26 TV-26 (Fonocine)

 

 75年サンレモ音楽祭に出場しました。モッタとバルドーニの詞にダメル、デルフィーノの作でした。予選で同票12票の3歌手が5位となり、どういう裁定をしたのか不明ですがヴォルピ・ブル-だけが最終日の決勝戦に進めませんでした。

 

 彼らの方向性が商業的成功よりプログレッシブな方に向かいつつあった時期で、サンレモでの結果が良かったのか悪かったのか判断できません。メンバーも目指す音楽に違いが出てきて、それぞれが違った行動をとり始め、79年の解散に向かって進んでいきます。

 

TV-29 (19752 CONDOR (POLARIS) - CBS Sugar) Senza Impegno (約束なしで)/Così Passa Il Giorno

TV-29TV-29  FC-1034TV-29FC-1034

FC-1034 (1975 Golden Record - SAAR) Casa Senza Amore/Vivo E Vero [Varago = Giampiero Levratto, Manuel Guastavino]

 

 所属のレコード会社にも変化があります。75年サンレモ音楽祭の芸術監督をしたブルーノ・パレージ(Bruno Pallesi)が作ったレコード会社ポラリス(Polaris)の系列に入っていたコンドルでしたが、休眠状態に近かったゴールデン・レコード(GoldenRecord)というメインに変更し、経営状態が悪化したポラリスから分離独立しました。

 

 メイン・ヴォーカル兼ギタリストのエマヌエル・グスタヴィーノはジャンピエロ・レヴラット(Giampiero Levratto)達とヴァラゴ(Varago)というグループを作り、シングル“Casa Senza Amore”をゴールデン・レコードから出しました。

 

 ヴォルピ・ブル-の初アルバムがコンドルから出て、これにはサンレモ音楽祭出場曲“約束なしで”やアルティクス名義でシングル盤が出た“Storia”も収録され、一報“Tu, Piccola Bimba Mia”、“L'Incoscienza”がシングルカットされています。サンレモ出場以降にキーボードのルイジ・モゼッロ (Luigi Mosello)が加入しました。

 

TVLP-050 (1975Condor ‎– CBS Sugar) Le Volpi Blu ‎– Tu, Piccola Bimba Mia

.Tu Piccola Bimba Mia

.Un Amore Per Noia

.Senza Impegno (約束なしで)

.Uomo Felice

.Ti Ricordi Padre Mio

.Storia

.L'Incoscienza

.Così Passa Il Giorno

.Biancastella

10.Bimba Mia

11.Il Buono E Il Cattivo

12.I Will Beg

TVLP-050TVLP-050  TV-32TV-32

TV-32 (1975 CONDOR (POLARIS) - CBS Sugar) Tu, Piccola Bimba Mia/L'Incoscienza

 

 75年6月ジュゼッペ・ダメレとフランコ・デルフィーノがまたレコードを出しますが、今度の名義はピエロ&フランコ(Pino e Franco)で2枚EPを出しています。

                 

FC-1036 (19756 Golden Record - SAAR) EP Electronic System  [Pino e Franco= Franco Delfino, Giuseppe Damele]

.La Ranocchia

.Polenta E Baccalà

.Valzer And Soda

.Semola

FC-1036FC-1036  FC-1037FC-1037

FC-1037 (19759 Golden Record - SAAR) EP Electronic System [Pino e Franco= Franco Delfino, Giuseppe Damele]

.Nora

.Beinette

.Tano

.Briscola

 

 メンバーはそれぞれ活動し、どういう状態になったかようく分からないヴォルピ・ブル-です。マヌエルが作ったヴァラゴがオートストップという会社からシングルを出しました。こういう状態でヴォルピ・ブル-のレコード製作は76年中行われていません。

 

AUT- 0004 (1975 Autostop Music ‎–) La Piovra/Fino A Domani [Varago = Giampiero Levratto, Manuel Guastavino]

AUT- 0004AUT- 0004  ABN- 22ABN- 22

ABN- 22 (1977 Playphone Dischi Ricordi) Quattro Mura/Futuro Prossimo [Il Cerchio D'Oro]

 

 サンレモ音楽祭出場メンバーのブルーノ・ゴヴォーネ(Bruno Govone)が74年に結成したバンド、チェルキオ・ドーロ(Il Cerchio D'Oro)がプレイフォン(Playphone)からシングル“Quattro Mura”を出しています。ブルーノは79年ヴォルピ・ブル-解散直前に一部メンバーが作ったバンド、シニョーリ・デラ・ガラシャ (Signori Della Galassia,{ I}に結成メンバーの一人として参加しています。

 

 

 

ヴォルピ・ブルー2は次回に続きます


サンレモの歌手たち 496 ロレンツォ・ピラート4、 ラウラ

トリオ・デル・クラン (ロレンツォ・ピラート1)ピラーデ (ロレンツォ・ピラート2) の続きです。

ピラーデ (vm)  Pilade Lorenzo Pilat

本名ロレンツォ・ピラート(Lorenzo Pilat)1938年6月24日トリエステ生、歌手、作曲家。芸名ピラーデはデビューの1965年から70年まで、71年以降は本名ロレンツォ・ピラートで活動しています。

 

               CD- 0302CD- 0302 

 

活動期間1964 – 現在

所属レコード会社Ciao!Ragazzi, Clan Celentano, Mercury Records, CBS, CGD, Antenna Nord, Poor Cow

サンレモ音楽祭出場:1966年参加トリオ・デルクラン (Trio del Clan)のメンバーとして)、68年参加(ピラーデとして)、75年参加(ロレンツォ・ピラートとして)

サンレモ音楽祭出品8曲:1969年参加曲;70年6位、8位;71年9位;74年入賞(第3位)、入賞(8番目);75年参加;76年参加

 

 

 1978年頃にはトリエステ方言の歌に賛否がでたようで、メディアへの露出を避け、コンサート活動に専念します。これ以降プール・カウからレコードを出していますが、状況からみて彼のレコード会社だと思います。最初のアルバムはライヴ盤かもしれません。シングルカットもされています。

 

LTS-040 (1978 Poor Cow ‎–) Lorenzo Pilat ‎– Io, Trieste

.Finanziere

.Canta San Giusto

.l Tartaion

.L' Omo Vespa

.Dove Sei Andata?

.Le Rose De Trieste

.La Sagra De La Sardela

.Adriana

.Trieste Un Poco Americana

10.Giovedì

11.Magnando El Pess

12.Xe Un Caligher

LTS-040LTS-040  LTS-041LTS-041

LTS-041 (1978 Poor Cow ‎–) Dove Sei Andata?/L'Omo Vespa

 

(1981 CGD - CGD): Trieste mia

 

 81年CGDからアルバム「Trieste mia」が出ました。全く内容不明です。翌82年アリストンからシングル盤も出ています。子供向け?と思いますが、これも内容不明です。

 

AR-00926 (1982Ariston Dischi Ricordi) Pinocchio Rock/Credi Mama

 

 98年ベテラン歌手再生ベスト盤CD業者..モアから「PILADE - That's Amore」が出ています。70年代オーストラリア・ツアーで歌った時のライヴ音源のようです。

 

CDDV-6228 (1998 D.V. More - D.V. More) CD PILADE - That's Amore [Pilade 8014406622867]

.That's Amore (ザッツ・アモーレ)

.My Rifle, My Pony And Me (ライフルと愛馬)

.Be Bop A Lula (ビー・バッパ・ルーラ)

.Unchained Melody (Tema Dal Film Ghost) (アンチェインド・メロディ)

.Mule Skinner Blues (Il Blues Del Mandriano) (ラバ追いのブルース)

.Nessuno Mi Può Giudicare (青春に生きる)

.Vino Amaro (涙の日々)

.La Rosa Nera (ローザ・ネーラ (愛の黒ばら))

.Alle Porte Del Sole (太陽のとびら)

10. Alla Fine Della Strada (Leve Me Tonight) (恋の終り(ラヴ・ミー・トゥナイト))

11.Uno Tranquillo (ザイ・ザイ・ザイ (野ばらのひと))

12.Un Pò Di Vino

13.Fin Che La Barca Và (愛の鐘が鳴るとき)

14.Quanto è Bella Lei (なんて美しい君)

              CDDV-6228CDDV-6228 

 

 2000年に3枚発売されましたが、詳細不明。

 

(2000 Poor Cow ‎–) CD Ghost (come Lorenzo Pilat)

(2000 D.V. More - D.V. More) CD Pilade (come Pilade)

(2000 Ed. Digital sound) CD Riccio Di Mare (come Lorenzo Pilat)

 

 02年からトリエステ方言の歌シリーズがプアー・カウからCDで発売されました。

 

CD- 0301 (2002 Poor Cow ‎–) CD La Cavala Zelante" Canzoni Triestine N1 [80 33064 59001 1]

.La Cavala Zelante

.Ai Bai Tu Me La Darai

.Ambiente Birreria

 3a.Iupi Iupi Ala

 3b.Zingo Piombo

 3c.Bertolin

.El Tran De Opcina In American

.Mandeghe La Lista Al Diavolo

.Un Bicer De Dalmato

.Le Galine

.L'Omo Vespa

.Giovedi

10.Dove Sei Andata?

11.I Gobi

12.Casa Mia

               CD- 0301CD- 0301

CD- 0302 (2002 Poor Cow ‎–) CD Torno A Trieste " Canzoni Triestine N2 [80 33064 59002 8] ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

.Torno A Trieste

.Da Trieste Fino A Zara

a.Ciribiribin Paghe 'Na Bira

b.Andemo A Servola

.Vinassa Vinassa

.Ancora Un Litro Del Quel Bon

a.Magari Col Monopatino

b.I Bechi

.Canta S.Giusto

.Madonna D'Amore (愛のマドンナ)

.Union (Inno Triestina Calcio)

10.Lassime Star Cussì

11.Le Rose De Trieste

12.Viva Là E Po Bon

 

CD- 0303 (2002 Poor Cow ‎–) CD Trieste Piena De Mar " Canzoni Triestine N3 [80 33064 59003 5]

.Trieste Piena De Mar

.La Sagra De La Sardela

.Magnando El Pes

.Co La Facia De Sardon

.Marinaresca - Una Fresca Bavisela

.La Mula De Parenzo

.Trieste Un Poco Americana

.Barcola

a.La Mia Mama Me Ga Dito

b.Le Mule De San Giacomo

10.L'Ino Dei Mati

11.Le Done D'Inverno E D'Estate

12.Xe Un Caligher

CD- 0303CD- 0303 CD- 0304CD- 0304

CD- 0304 (2002 Poor Cow ‎–) CD Viva La Bora " Canzoni Triestine N4 [80 33064 59004 2]

.Viva La Bora

.El Tran De Opcina

.Sto Mona De Mio Cuor

.El Finanzier

.A Volte Basta Un Moto

.Chi Sarà La Mia Stela

.El Consa Lastre

.Molighe El Fil

.Un Artista In Cartolina

10.Caro Bebè Te Ga Ragion

11.Adriana

12.El Pie Taià

 

 03年か04年だと思われますが、久々にポピュラーな曲のCDが出ます。彼がっサンレモ良く課として他の歌手に提供しヒットした曲のセルフ・カヴァー・アルバムです。

 

CDTS- 65 (200? Poor Cow ‎–) CD Lorenzo Pilat ‎– Canto Le Mie Canzoni..! Successi Intramontabili In Italia E All'Estero [80 33064 59005 9]

.Vino Amaro (涙の日々)

.Alle Porte Del Sole (太陽のとびら)

.Quanto è Bella Lei (なんて美しい君)

.Valzer Di Notte

.Uno Tranquillo (ザイ・ザイ・ザイ (野ばらのひと))

.La Rosa Nera (ローザ・ネーラ (愛の黒ばら))

.Mi Sento Milanese

.Fin Che La Barca Va (愛の鐘が鳴るとき)

.Fiumi Di Rose Rosse

10.Dove Scende Il Sole

11.Romantico Blues (ロマンティコ・ブルース)

12.Un Pò Di Vino

13.Credi Mama

14.Leve Me Tonight (Alla Fine Della Strada) (ラヴ・ミー・トゥナイト (恋の終り))

15.Nessuno Mi Può Giudicare (青春に生きる)

             CDTS- 65CD・TS- 65

 

05年アルバム「Cuore Da Bambino」、タイトルからすると子供向けかもしれません、詳細不明。

 

(2005 Poor Cow ‎–) CD Cuore Da Bambino

 

 トリエステ方言の歌シリーズの後半が06年以降に発売されました。

 

CD- 0305 (2006 Poor Cow ‎–) CD Come Te Pol Dimenticarte De Trieste " Canzoni Triestine N5 [80 33064 59009. 7]

.Come Te Pol Dimenticarte De Trieste

.Trieste Mia (わがトリエステ)

.Le Scarpete

.Viou Che Ti Compri

.Vita Bela Vita Snela

.L'Omo Nero

.L'Anello Che Ti Ho Dato

.Ciolla Pepi

.Buongiorno Triestini

10.Piran Che Guarda El Mar

11.El Responsabile

12.Le Mule

 12a.Le Mule De Rena

 12b.Me Capita El Morbin

 12c.Mule De Jute

 12.d.Ragazze Bele

 12.e.Macchinista Daghe Oio

 12.f.Fioi Come Noi

 12.g Non Ti Scordar Di Me

 12.h Si Si Trieste

CD- 0305CD- 0305 CD- 0306CD- 0306

CD- 0306 (200? Poor Cow ‎–) CD Voio Far El Sindaco " Canzoni Triestine N6 [80 33064 59011 0]

.Voio Far El Sindaco

.Toio

.Valzeron Triestin

 a.E Col Tra La La

 b.E Che La Vadi Ben

 c.Chi Xe Colpa Del Mio Mal

 d.In Un Canton del'Armeron

 e.Va Al'Ombra Nineta

 f.In Mezo Al Mar

 g.Voga Voga Citadela

.El Cioghi L'Oio

.La Venderigola

.Piovi

.La Festa Dele Done

.El Cucù

.Le Galine Tute Mate

10.Vado A Dormir

11.Lavorar, Lavorar

12 Alegra Osteria

 12.a.Beviam Beviamo

 12.b Bevendo E Cantando

 12.c.Go Dado Una Piada Ala Tavola

 12.d.Inveze De Andar Ala Benedizion

 12.e.Va La La Gnampolo

 12.f.Eins Zwei Drei

 12.g.Ara Che Cana

 12.h.Se Le Babe No Vol Che Cantemo

 12.i.La Mula Rossa

 12j.La Svizzera

 12.k.Sul Paion

 12l.Ala Salute

 12m.Finchè Siam Giovani

 12n. Amici Beviam

 

 06年タイトル「Sussurrando Melodie D'Amore」からしてポピュラーな曲を歌ったアルバムと思われます。詳細不明。

 

(2006 Poor Cow ‎–) CD Sussurrando Melodie D'Amore

 

 06年ベテラン歌手再生ベスト盤CD業者ダックのグリーン・レコード・レーベルから親分アドリアーノ・チェレンターノ(Adriano Celentano)のヒット曲をカヴァーしたCDが出ました。多分新録音だと思われます。

 

GRCD-6393 (2006Green Records ‎– Duck Record) CD C'Era Una Volta Il Clan (Pilade Canta Celentano) [8012958853937]

.Un Pò Di Vino

.Si E Spento Il Sole (消えた太陽)

.Il Ragazzo Della Via Gluck (グルック通りの若者)

.Sei Rimasta Sola (孤独の涙)

.Il Problema Piu' Importante (二人の大問題)

.Preghero' (Stand By Me) (俺の祈り(スタンド・バイ・ミー))

.L'Attore (役者)

.La Coppia Piu' Bella Del Mondo (世界最高のカップル)

.Ti Ho Tradito Col Pensiero

10.Storia D'Amore (恋物語)

11.Una Carezza In Un Pugno (涙の愛撫)

12.Ventiquattromilabaci (24000のキッス)

13.Il Mestiere Di Uomo

14.Ciao Ti Diro' (チャオと云うよ)

15.C'Era Una Volta Il Clan

                GRCD-6393GRCD-6393 

 

 07年フアー・カウから2枚のCDが出ましたが、タイトルから自作ヒット曲のセルフ・カヴァー盤と、もう1枚はクラン・チェレンターノ時代のヒット曲をセルフ・カヴァーした盤と想像できますが、いずれも内容不明です。

 

(2007 Poor Cow ‎–) CD Canto Le Mie Canzoni...!

(2007 Poor Cow ‎–) CD I Famosi Del Clan

 

 

ロレンツォ・ピラートは以上です。

 

 

★ラウラ (vf) Laura

本名ジュゼッピーナ・ピピトーネ(Giuseppina Pipitone) 1958121日シチリア州の州都パレルモ(Palermo)生、歌手。

                             Laura

                        

活動期間1973 – 1979

所属レコード会社Picci, North, City

サンレモ音楽祭出場1:1975年5位

 

 

 サンレモ音楽祭の登竜門でもある1973年のカストロカーロ新人コンテスト(Il Concorso per Voci Nuove o Festival di Castrocaro)に出場しました。ニコ・フィデンコ(Nico Fidenco)の“太陽の誘惑(Su Nel Cielo)”、”トラスト・ミー(Trust Me)”、カトリーヌ・スパーク(Catherine Spaak)の“恋のなぎさ(Non È Niente)”など数々のヒット曲の作詞をしたジュゼッペ・カッシア(Giuseppe Cassia)の目にとまり、彼のレコード会社ピッチ(Picci)からデビューします。

 

LG-3021 (1973 Picci – CBS Sugar) Una Farfalla Non Strappa Il Fiore/Non Ci Sarà Poeta

LG-3027 (1973 Picci CBS Sugar) Dimmi Che Ci Sei/Non Ci Sarà Poeta

 

 ここまでは順調だったのですが、カッシアが71年に作った会社はヒット曲が出せず、74年に閉鎖してしまいます。同年ラウラはリフィ傘下のマイナー・レーベル、ノース(North)に所属しました。

 

 73年のカストロカーロ新人コンクールの優勝歌手はエマヌエラ・コルテージ(Emanuela Cortesi)で74年にサンレモ音楽祭に出場、入賞した彼女とパオラ・フォルツィーニ(Paola Folzini)の二人は75年サンレモ音楽祭に出場し、ラウラは5位入賞することが出来ました。

 

FPDNP-21002 (19752North – Ri Fi) E Poi E Poi/Ma Va Un Po' All'Inferno
FPDNP-21002FPD・NP-21002 C-6352C-6352

C-6352 (1976 City - Ariston) Bambino/Rimani

 

 さすがにマイナーは懲りたのか、ノースは1作だけで中堅の会社シティー・レコードに移籍しました。ここで3枚のシングルと1枚のアルバムを作りました。“Mare Verde Mare Blu”はマイナー・ヒットしたようです。

 

C-6372 (1977 City - Ariston) Un Giorno/Mare Verde Mare Blu

C-6372C-6372 C-6401C-6401

C-6401 (1978 City - Ariston) Trip/Arroganza

 

 アルバムは2008年「Laura ‎– Ricordi」としてネット配信され、アマゾンでも購入可能です。

 

C-1038 (1981 City - Ariston): Laura

.Mixing (Besame Mucho (ベサメ・ムーチョ) -Fumo Negli Occhi)

.Vestito Blù

.Uomo Per Me

.Un Giorno

.Trip

.Arroganza

.Che Confusione Nel Cuore

.Per Dispetto

.Mare Verde Mare Blu

                            C-1038C-1038

 

 

ラウラの国内盤はありません、以上です。


サンレモの歌手たち 495 ロレンツォ・ピラート3

トリオ・デル・クラン (ロレンツォ・ピラート1)ピラーデ (ロレンツォ・ピラート2) の続きです。

ピラーデ (vm)  Pilade Lorenzo Pilat

本名ロレンツォ・ピラート(Lorenzo Pilat)1938年6月24日トリエステ生、歌手、作曲家。

芸名ピラーデはデビューの1965年から70年まで、71年以降は本名ロレンツォ・ピラートで活動しています。

 

                 5182(CBS)5182(CBS) 

 

活動期間1964 – 現在

所属レコード会社Ciao!Ragazzi, Clan Celentano, Mercury Records, CBS, CGD, Antenna Nord, Poor Cow

サンレモ音楽祭出場:1966年参加(トリオ・デルクラン (Trio del Clan)のメンバーとして)、68年参加(ピラーデとして)、75年参加(ロレンツォ・ピラートとして)

サンレモ音楽祭出品8曲:1969年参加曲;70年6位、8位;71年9位;74年入賞(第3位)、入賞(8番目);75年参加;76年参加

 

 

 

 1970年敬愛したアドリアーノ・チェレンターノ(Adriano Celentano)の会社クラン・チェレンターノでの歌手に限界を感じたのか、フォノグラムのマーキュリー・レーベルに移籍し、1枚だけシングル盤を出しますが芸名ピラーデはこれまでです。

 

 強烈な個性の親分アドリアーノ・チェレンターノは周りと喧嘩が絶えず、代表的な子分ドン・バッキー(Don Backy)との大喧嘩、デット・マリアーノ(Detto Mariano)や売れる前のアル・バーノ(Al Bano)もチェレンターノの下から去りました。

 

 66年から作曲を始め、ダニエレ・パーチェ(Daniele Pace)、マリオ・パンゼリ(Mario Panzeri)と組みカテリーナ・カセルリ(Caterina Caselli)に“Come Mai”を提供したのが始まりで、最初の成功はジリオラ・チンクェッティ(Gigliola Cinquetti)に提供した67年夏のディスク・フェスティヴァル出場曲“ローザ・ネーラ(La Rosa Nera)が第2位となり大ヒットなりました。

 60年代後半にパーチェ、パンゼリ、ピラートのヒット・メーカー・チームで多くの成功をもたらしました。最大の成功は69年サンレモ音楽祭出場曲“恋の終わり (Alla Fine Della Strada)”で参加曲に止まりました。しかし英国のトム・ジョーンズが“ラヴ・ミー・トゥナイト”としてカヴァー、世界的大ヒットとなります。

 

HIT-1648 (1969710SEVEN SEAS - キング) 恋の終り (ALLA FINE DELLA STRADA)/ 二人の青春 (NOI DUE) ジュニア・マッリ (Junior Magli (vm))

HIT-1648  TOP-1401a TOP-1401    

 HIT-1648                                    TOP-1401

TOP-1401 (1969620LONDON - キング) ラヴ・ミ・トゥナイト (LOVE ME TONIGHT)/ ハイド・アンド・シ (HIDE AND SEEK) トム・ジョ-ンズ (Tom Jones (vm=e))

 

 ピラーデ(ロレンツォ・ピラート)の場合はチェレンターノとモメたのではなく、作曲家としての地位を確立し、チェレンターノの庇護は必要なくなり独立していったようです。

 

 こうしてチェレンターノの子分の歌手ピラーデより、作曲家名ロレンツォ・ピラートの方が有名となり、71年にマイナーのレオ・フィルムから出したシングル盤から本名ロレンツォ・ピラートを使うようになりました。これが前回までのお話でした。

 

 60年代末から70年代初頭までジリオラ・チンクェッティにサンレモ音楽祭出場曲を提供していたピラートですが、72年の夏のディスク・フェスティヴァルに出場するジャンニ・ナザーロ (Gianni Nazzaro)に“なんて美しい君 (Quanto è Bella Lei)”を書きました。この曲が優勝し、72年年間16位になる特大のヒットになります。さらにこの年ナザーロのカンツォニッシマ出場曲“涙の日々(Vino Amaro)”も提供しました。

 

 作曲家としての仕事が忙しくしばらくレコード製作から遠ざかっていましたが、73年CBSと契約し新たなアルバム「Lorenzo Pilat Trieste Matta」を出しました。彼の生まれ故郷トリエステ方言の歌を集めたものでした。この後彼のライフワークとなってきます。

 

S-65477 (1973CBS - CBS Sugar) Lorenzo Pilat ‎– Trieste Matta

RB- 66 (1975Record Bazaar ‎– CBS SUGAR,) Lorenzo Pilat ‎– Trieste Matta

.Trieste Mia (わがトリエステ)

.Da Trieste Fino A Zara

.Ciribiribin Paghè Una Bira

.Andemo A Sérvola

.Vinassa, Vinassa

.Ancora Un Litro De Quel Bon

.Lassime Star Cussì

.El Tram De Òpcina

.No La Me Vol Più Ben

10.La Famiglia Dei Gobi

11.La Mia Mama Me Ga Dito

12.Le Mule De S. Giacomo

13.Mandeghe La Lista Al Diavolo

14.Se Meio Un Bicer De Dalmato

15.L'Inno Dei Mati

16.La Mula De Parenzo

17.L'Amor Che Go Perso

S-65477S-65477  RB- 66RB- 66

 

 作曲家としてまた大きな事をしています。ジリオラ・チンクェッティと組んでサンレモのヒット曲を出しましたが、74年サンレモに早々と欠場を決めた彼女に、73年末のカンツォニッシマ用に新曲を提供しました。“太陽のとびら”でした。カンツォニッシマ決勝戦で歌い優勝します。チンクェッティは“夢みる想い(Non Ho L’eta' (Per Amarti))”以来ナンバー・ワン・ヒットが出ていなかったのですが10年ぶり2度目のNo.1になり、74年ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト出場(“夢はめぐり来て(Si’)第2位)にイタリア代表となり、74年年間ヒット・ランク20位に輝く栄誉をプレゼントしました。

 

HIT-2124 (1974225SEVEN SEAS - キング) 太陽のとびら (ALLE PORTE DEL SOLE)/ しじゅうからのタンゴ (TANGO DELLA CAPINERE)

HIT-2124HIT-2124  ECR-10733ECR-10733

ECR-10733 (19755CAPITOL -東芝EMI) 太陽のとびら (THE DOOR OF THE SUN (ALLE PORTE DEL SOLE))/ メリー・ゴー・ライトリー (MARY GO LIGHTLY (COMO UN NINO))  アル・マルティーノ (Al Martino (vm=a))

 

 この“太陽のとびら”を伊系米男性歌手アル・マルティーノがカヴァーし、75年ビルボード全米ホット100の17位(アダルト・コンテンポラリー部門7位)の大ヒットにしています。

 

 “黒猫のタンゴ(Volevo Un Gatto Nero)”で知られる子供音楽祭ゼッキノ・ドーロ(ZECCHINO D'ORO)へ74年第16回に釘にはこれ全部(Tutto Questo Per Un Chiodo)7618回に“もしパンがなかったらワインはどうする?(Se manca pane e vino cosa fai?)”を提供しました。

 

 更にピ彼はもう一つの顔も見せます。CGDのサブレーベルのダービーからMr.バンチ名でジャズ・ロックのシングル盤を出しました。何も資料がないのでジャケットを見る限り3人構成のバンドなのか、ワンマン・プロジェクトなのか分かりません。

 

DBR-1970 (1974Derby - CBS Sugar) Lucille/You Can't Help Loving This World [come Mr. Bunch]

DBR-1970DBR-1970  3114(CBS)3114(CBS)

3114(CBS) (19752 CBS - CBS Sugar) Madonna D'Amore (愛のマドンナ)/Chi Sarà La Mia Stella [come Lorenzo Pilat]

 

 75年サンレモ音楽祭に“愛のマドンナ”で3度目の出場をしました。ピラーデではなく、世界的ヒットを出している歌も歌うソング・ライターのロレンツォ・ピラートとして。しかし歌手としては作曲家ほど力がなかったのか入賞出来ませんでした。

 

 彼はサンレモ出場曲“愛のマドンナ”の入ったアルバムを出します。他はトリエステ方言の曲のようです。CBSで2枚目のアルバムとなります。

 

S-69112 (1975 CBS - CBS Sugar) Lorenzo Pilat ‎– La Mula

RB-175 (1978Record Bazaar Messaggerie Musicali) Lorenzo Pilat ‎– La Mula

.Sto Mona De Mio Cuor

.La "Flon Flon"

.Molighe El Fil

.Madonna D'Amore (愛のマドンナ)

.Co La Facia De Sardon

.El Consa Lastre

.Le Galine

.Chi Sarà La Mia Stela

.Trieste Dormi

10.Viva Là E Po Bon

11.Iuppi Iuppi Ala

12.Zingo Piombo

13.Bertolin

14.Casa Mia

15.El Tram De Opcina In American

16.A Volte Basta Un Moto

17.In America Voio Andar

 17.a.La Dona Xe Come Una Vipera

 17b.Bechi De Qua, Bechi De La

18.Le Done De Inverno E D'Estate

S-69112S-69112  RB-175RB-175

 

 ピラートはMr.バンチ名でアルバムとシングル盤を出しています。しかしその後のMr.バンチの消息は分かりません。

 

DBR-69101 (1975Derby - CBS Sugar) Mr. Bunch's Contaminating Rock [come Mr. Bunch]

.The Famous Brest

.Bird Dog

.Let Us Pray And Trust In Him

.Twenty Flight Rock

.Mule Skinner Blues (Il Blues Del Mandriano) (ラバ追いのブルース)

.Rolling And Rocking

.The Joy Of Dreaming And Thinking

.Cryin' In The Rain

.Rock And Roll Doll

10.You Can't Help Loving This World

12. Good Golly Miss Molly

DBR-69101DBR-69101  DBR-3048DBR-3048

DBR-3048 (1975Derby - CBS Sugar) Let Us Pray And Trust In Him/The Joy Of Dreaming And Thinking [come Mr. Bunch]

 

 Mr.バンチは姿を消しますが、新たにラ・クァルテット・ストラーダ(La Quinta Strada)という英語で歌うバンドのリーダーとなり、シングル盤“シー(She)”を出します。ダニエレ・パーチェ作詞、ピラート作曲でした。

 

3882(CGD) (1975 CGD - CBS Sugar) She/Horror [come La Quinta Strada]

              3882(CGD)3882(CGD) 

 

 ラ・クァルテット・ストラーダとして77年に2枚目の枚シングル“Mamma Boogie”が出ました。この年はCBSがCGDから分離独立して、別法人CBSディスキを設立したためCBS名義とCGD名義の2種類のシングル盤が存在します。

 

5180(CGD) (1977CBS - CBS Sugar) Mamma Boogie/I Believe Her [con il gruppo "La Quinta Strada"]

5180(CBS) (1977CBS - CBS Sugar) Mamma Boogie/I Believe Her [con il gruppo "La Quinta Strada"]

5180(CGD)5180(CGD) 5180(CBS)5180(CBS)

 

 ロレンツォ・ピラートとしてCBSでの最後のシングル盤も出しています。

 

5182(CBS) (1977CBS - CBS Sugar) Matrimonio Sbagliato/Fin Da Bambino ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

AN-49001 (1978 Antenna Nord – Messaggerie Musicali) Acqua, acqua fuoco, fuoco /Buonanotte, Buon Natale

 AN-49001AN-49001  AN-49002AN-49002

AN-49002 (1978 Antenna Nord – Messaggerie Musicali) Finanziere/Giovedì

 

 CBSとCGDの分離騒動を嫌ったのか、77年に出来たばかりの民放アンテナ・ノルドの同名のレコード子会社に移籍します。ただ販売権はCGDが持っているので、実質的な変化はなかったようです。ここで3枚シングル盤を出し、78年にプアー・カウ(Poor Cow)に移籍します。

 

AN-49003 (1978 Antenna Nord – Messaggerie Musicali) Rocky Lopi Boogie/Baby I Don't Care [ジャケット画像はありません]

 

 

 

ロレンツォ・ピラート4は次回に続きます


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