カンツォーネ

カンツォーネ、イタリアン・ポップスの、“出来れば”知られざる話を致しましょう。

 
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インテルメッツォ ~ ジャンカルロ・ルカリエッロ

 7月から1974年サンレモを書き3か月経ちました。何しろミルバの10回、ロベルト・ヴェッキオーニ、ミドル・オブ・ザ・ロード、リッカルド・フォッリが4回と長丁場で、今後も74年が最後となったドメニコ・モドゥーニョは書かないとどれ位になるかわかりません。一度この辺りで、インテルメッツォを入れてみましょう。

 プー、リッカルド・フォッリを扱った音楽プロデューサーのジャンカルロ・ルカリエッロを紹介します。既に何度か名前が出ましたが、プロデューサーの名前まで覚えていらっしゃる方も少ないと思います。

 

ジャンカルロ・ルカリエッロ Giancarlo Lucariello

 1945731日ナポリ生、レコード・プロデューサー、音楽、演劇演出家であり、出版社・レコード会社パラディーゾのオーナーでした。

 

                         Giancarlo Lucariello
 
    

  1968年ナポリ生まれの青年ジャンカルロ・ルカリエッロは音楽プロデューサーになる野心でミラノにやって来ます。ある時CGDに映画「女王陛下の007(Agente 007 Al Servizio Segreto Di Sua Maestà/On Her Majesty’s Secret Service)」の主題曲をルイ・アームストロング(Louis Armstrong)が歌っていた“愛はすべてを越えて((We Have) All the Time in the World)”が販売権が移籍し廃盤になっており、これをシングル盤としてり再発売すことを提案しました。傘下にあるリバティー・ユナイテッド・アーチスツ・ヨーロッパのユナイト・レーベルから発売し、成功しました。

 

UA-3172 (1970United Artists - Carosello) We Have All The Time In The World (愛はすべてを越えて)/Pretty Little Missy (プリティー・リトル・ミッシー)

UA-3172UA-3172  UA-35059UA-35059

UA-35059 (1971 United Artists - CBS Sugar) We Have All The Time In The World (愛はすべてを越えて)/Pretty Little Missy (プリティー・リトル・ミッシー)

 

 このことをCGDのナンバー3、副社長のフランコ・クレパックス(Franco Crepax)が知り、彼の下にジャンカルロ・ルカリエッロを雇入れました。71年ルカリエッロはCBSと契約したばかりのプーの担当になり、まだプロデューサーの経験がありませんでしたが、60年代のビートニック・バンドのことを良く知っていてプーのことを高く評価していました。

 最初の仕事は移籍第一弾のシングル“君をこの胸に (Tanta Voglia Di Lei)”の発売でした。夏のディスクで特別賞を受賞し、年間ヒット・ランク2位の驚異的な成績をおさめ、第二弾の“ペンシェロ(Pensiero)”も同8位のメガ・ヒットとなり、バンドのプーもプロディーサーのルカリエッロも大成功のスタートを切りました。

 

                                   Giancarlo Lucariello2           

       1972年 プーのメンバーとジャンカルロ・ルカリエッロ(左から2番目)

 

 73年メンバーのリッカルド・フォッリがソロ歌手になりたいと言ってプーを脱退し、RCAイタリアーナでレコードを出しましたが失敗し、75年ルカリエッロを頼って戻ってきます。

 

 その前年74年から75年に出すプーの新アルバム2枚の制作が始まります。交響楽団を使った壮大なアルバムの構想でしたが、ルカリエッロとプーのメンバーは交響楽団の使い方で意見が対立し、プーのメンバーによるセルフ・プロデュースに変更され、ルカリエッロはプーの担当を離れることになりました。

 

 その代わりにルカリエッロは大きな仕事を任されます。CGDのオーナー、ラディスラオ・シュガーの息子ピエロと結婚したカテリーナ・カセルリ(Caterina Caselli)がその歌手生命をかけたアルバム「組曲『』春』) (Primavera)」のプロデュースを手掛けます。プログレッシブで意欲的な仕上がりで、日本のカゼッリが好きなプログレ派の人たちには評判がよかったのですが、何分イタリア本国の人たちに人気がな、く販売実績が上がらずカテリーナ・カセッリは引退を決意しました。

 

CGD-69071 (1974 CGD - CBS Sugar) Primavera (組曲「春」)

              CGD-69071CGD-69071

 

 ルカリエッロがミラノに来てプロデューサーになろうとした時、理想のプロデューサー像がありました。それはアメリカのジョージ・マーティン(George Martin)とフィル・スペクター(Phil Spector)でした。イタリアでもプロデューサーという仕事が一般的になりつつありましたが、彼らはレコード会社のオーナーであり、歌手、指揮者・演奏家、作・編曲家や作詞家が音作り、レコード作りに関わっているのであって、この仕事だけで生きていくプロデューサー専業者がいませんでした。彼は常時スタジオで歌手、音楽家と音作りをし、音楽クリエーターとして彼らの人格にも関わる仕事を望んでいたようです。

 

 75年リッカルド・フォッリがRCAイタリアーナでの失敗でルカリエッロの元に戻ってきた時、プーとの仕事がなくなった事ばかりでなく、彼との仕事が最初の成功だった実績とリッカルドの将来性を見抜き、再び歌手として蘇らせたいという気持ちがあったこそ彼を受け入れられたのではないでしょうか。

 

 フォッリはその年にアルバム「リッカルド・フォッリ(Riccardo Fogli」」(年間ベスト・アルバム80位)を制作、そこからのシングルカットした“世界(Mondo)”が年間ヒット・ランク39位となる成功を得ました。

 

 同じ頃、マウリツィオ・ファブリツィオ(Maurizio Fabrizio)から紹介されたと思われる、声を痛めて休業していた72年サンレモ音楽祭でデビューした カルラ・ビッシ(Carla Bissi)をその後のアリーチェ、アリーチェ・ビスコンティ(Alice Visconti)の芸名で、CBSシュガーからイメージを一新したカンタウトリーチェとして再デビューさせました。

 

 こうして新たな歌手をプロデュースしていた矢先、77年CBSがCGDグループから分離独立する騒動に巻き込まれます。ルカリエッロの方針がはっきりしていたので彼の手がけた歌手たちはCGDに難なく移行し、トラブルは起きませんでした。

 

 77年彼は新たなプロジェクトを立ち上げます。ファンタジー(Fantasy)というバンドを結成し、メンバーは

・ルイジ・ロペス(Luigi Lopez)

・ダニーロ・ヴァオナ(Danilo Vaona)

・カルラ・ヴィスタリーニ(Carla Vistarini)

・トニー・チッコ(Tony Cicco)

・ヴィオラ・ヴァレンティーノ(Viola Valentino)

・リッカルド・フォッリ(Riccardo Fogli)

・ジャンカルロ・ルカリエッロ(Giancarlo Lucariello)

でした。

 作曲家ルイジ・ロペス(ギター)と作詞家でミタ・メディチの姉カルラ・ヴィスタリーニはリッカルド・フォッリの74年サンレモ音楽祭出場曲“共犯者たち”や復帰曲“世界”などの作家コンビ、作曲家ダニーロ・ヴァオナ(ヴォーカル)はカテリーナ・カセルリの「序曲『春』」にテーマ曲を提供しており、トニー・チッコは日本でチコとしてアルバム「夜の闇の中で(NOTTE)」も出ている元フォルムラ3のドラマーです。それにリッカルド・フォッリと、その奥さんヴィルジニア・ミンネッティ(Virginia Minnetti)がヴィオラ・ヴァレンティーノの芸名を名乗り、これ以降歌手として復帰します。

 

3C006-18305 (1977 EMI EMI ITALIANA) /Mama Don't Cry

3C006-183053C・006-18305 3C064-183063C・064-18306

3C064-18306 (1978 EMI – EMI ITALIANA) Fantasy  ‎– Uno

.L'ultimo Giorno

.Mama Don't Cry

.Scende La Sera

.Hollywood Superstar

.Thank You Baby

.Fantasy

.Cantando

.Oh Cara

.Emy Emy

10.Bye Bye Cecilia

 

 79年ルカリエッロは自分のプロデュース歌手達のためにレコード会社パラディーゾ(Paradiso)をCGDの傘下に設立、また音楽出版社パーキング(Parking Edizioni Musicali.)を作りしました。

                                               Paradizo

                    

 

 パラディーゾはリッカルド・フォッリ、ヴィオラ・ヴァレンティーノのほか新スターとしてジャンニ・トーニ(Gianni Togni)を輩出し、80年代の半ばには後にヴィンチェンツォ・スパンピナート(Vincenzo Spampinato)となるピエトロ・パン(Pietro Pan)を育てました。

 

 プロデュースでは81年にジャンニ・トーニのアルバム「ルナ(Luna)」、82年ミゲ-ル・ボセ(Miguel Bosé)の“Bravi Ragazzi”と翌年のアルバム「Milano-Madrid」に、83年トッキョーニョ(Toquinho)の“Acquarello”などを手がけました。

 

                       Giancarlo Lucariello3

          左からジャンカルロ・ルカリエッロ、ミゲ-ル・ボセ、マウリツィオ・ファブリツィオ(1983年)

 

 84年頃には音楽出版社ペンタゴノ(Pentagono)を作っています。翌85~86年ニュー・ミュージック系のニュー・グローリー(New Glory ‎)、フランチェスコ・ヘルツ(Francesco Hertz)のレコード制作をしています。

                                                     Pentagono

                  

 

 89年CGDがWEAミュージック・グループに買収される時に、パラディーゾを閉鎖し、カタログをCGDに売却しています。

 

 90年代にはトスカ(Tosca)、ジョルジァ(Giorgia)のプロデュースも手掛け、2000年以降イタリアの著作権管理団体SIAEの役員にも就任し、歌劇の監督もしています。

 

 

 

インテルメッツォ ~ジャンカルロ・ルカリエッロは以上です。  


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サンレモの歌手たち 466 リッカルド・フォッリ 4

★リッカルド・フォッリ (vm) Riccardo Fogli 

1947 年10月21日ピサの南東10km(フィレンツェの西南西30km)にある小都市ポンテデーラ(Pontedera)生、歌手。66年から73年までプー(I Pooh)のベースとヴォーカルでした。

      

                 PM-3743PM-3743     

 

活動期間1966 – 現在

所属レコード会社Vedette, RCA Italiana, CBS, CGD, Paradiso

サンレモ音楽祭出場:1974年参加、82年優勝85位、89位、90年入賞、91位、9210位、9619

バンド所属:プー(Pooh) 1966-1973 / 2015-2016

公式サイトwww.riccardofogli.net/

 

 

 リッカルド・フォッリは1973年途中でプーを脱退しソロ歌手になりました。この辺りは山岸伸一氏が「過ぎ行く日々の物語/リッカルド・フォッリ」(K28P-  239キング1982521)に73年11月、恋人のパティー・プラヴォー(Patty Pravo)に付いて来日した時に直接話したことをライナー・ノーツに書いています。その内容は『音楽上の考え方の違いよりも、どうしてもソロ歌手としてやってみたい強い気持ち』であったとのこと。

 

 本人の話は純粋な気持ちと思いますが、実際は色々な問題が絡んでいたようです。片山伸氏が「リッカルド・フォッリ/世界」(ARC-7108ディスク・ユニオン2005825)の解説で『アイドル的な活動に疲れ・・・ソロ活動への意欲・・・それに女性問題も関係していたのではなかろうか』と書いていますが当たっているようです。

 

 フォッリがプーに移籍し、2nd.アルバム「Contrasto」には全面的に参加し、リード・ヴォーカルが確定視されていましたが、思ったほど願いが叶わず、期待していた3rd.アルバムでも結局、結成メンバーのヴァレリオ・ネグリーニがリードを取り不満を募らせていたようです。

 

 68年にジーノ・パオーリ(Gino Paoli)のプロデュースでドゥリウムから歌手デビューしたモデルのヴィルジニア・ミンネッティ(Virginia Minnetti)と恋仲となり、プーに嫌気がさしていたフォッリは二人でレンツォ&ヴィルジニア(Renzo e Virginia)というデュエット・チームを作り、プーがヴェデッテからCBSに移籍する空白期間にヴェデッテからシングル盤を出しています。

 

 71年CBSに移籍したプーは4月にドディ・バッタリア(Dodi Battaglia)がリード・ヴォーカルの“君をこの胸に(Tanta Voglia Di Lei)”を、リッカルド・フォッリがリード・ヴォーカルの“ペンシェロ(Pensiero)”を9月に出し、71年年間ヒット・ランク2位と8位のメガ・ヒットになりプーの移籍は大成功でした。

 

 彼は72年ヴィルジニアと密かに結婚をし、93年に正式離婚をしています。彼女こそ82年、83年のサンレモ音楽祭に入賞するヴィオラ・ヴァレンティーノ(Viola Valentino)なのです。

 しかし浮気者リッカルドは直ぐに超人気歌手パティー・プラヴォーと恋仲となり、プーを脱退しソロ歌手としてRCAイタリアーナからデビューしたのは、パティーがいるレコード会社だったからだと言われています。

 

VVN-33196 (1970 Vedette - Vedette) Zan Zan/ I Dieci Comandamenti Dell'Amore [Renzo e Virginia]

VVN-33196VVN-33196 PM-3733PM-3733

PM-3733 (1973 RCA Italiana - RCA Italiana) Due Regali/Oh Mary

 

 彼はオズィマンティアス(Riccardo Fogli e Ozymandias)のリーダーとなり、活動をしようとしましたがRCAイタリアーナから断られ、ソロ歌手として“Due Regali”でデビューします。動機が余りにも不純だったのが災いしたか2作目“Strana Donna”も全く売れませんでした。11月オーストラリア公演のパティー・プラヴォーに同行して、その帰路に二人は日本に立ち寄りました。一方ヴィルジニア、パティーの事があり女性歌手に嫌悪感を覚え、写真モデルに専念します。

 

PM-3743 (1973 RCA Italiana - RCA Italiana) Strana Donna/La Prima Notte Senza Lei ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 11月に主な曲はルイジ・ロペス(Luigi Lopez)が作曲し、フォッリも作詞に参加したアルバムが出ますが、全く売れず。2017年復刻カルト・レーベルのオンセール・ミュージックからアルバム「Ciao Amore, Come Stai」がCDで復刻された際、制作され未発売になった「幻の2ndアルバム」収録曲とレンツォ&ヴィルジニアの曲がボーナス・トラックとして収録されました。

 

DPSL-10617 (197311 RCA Italiana - RCA Italiana) Ciao Amore, Come Stai

64OSM-113 (2017 On Sale Music - On Sale Music) Ciao Amore, Come Stai - Discografia

'70-'75 [8051766036286]

.Due Regali

.Strana Donna

.Karin Non Piange Mai

.E Io Poeta

.La Prima Notte Senza Lei (I)

.Oh Mary

.Il Nuovo Sentimento

.Più Che Simpatia (MORE THAN SYMPATHY うわきな天使- Ignace Baert)

.Lucia

10.E Tu Che Ne Pensi Di Me

11.La Prima Notte Senza Lei (II)

Bonus Track

12 Complici (共犯者たち)

13.Amico Sei Un Gigante

14.Una Volta Di Più

15.Guardami

16.Gente Per Bene

17.Maryanne (Inedito 1974)

18.Una Stanza Bianca (Inedito 1974)

19.Figlio Mio (Inedito 1974)

Renzo e Virginia

20.Zan Zan

21.I 10 Comandamenti Dell'Amore

DPSL-10617DPSL-10617 64OSM-11364・OSM-113

 

 起死回生で74年サンレモ音楽祭に“共犯者たち”で出場しましたが、参加曲止まりで直ぐに忘れ去られてしまいます。

 

TPBO-1023 (1974 RCA Italiana - RCA Italiana) Complici (共犯者たち)/Strana Donna

TPBO-1023TPBO-1023 TPBO-1075TPBO-1075

TPBO-1075 (1974 RCA Italiana - RCA Italiana) Amico Sei Un Gigante/Una Volta Di Più

 

 未発売の2ndアルバム用に録音された曲が契約消化で2枚発売されます。こういう状況でパティーに愛想づかされたのか、リッカルドの嫌気がさしたのか、二人は別れてフォッリ彼はヴィルジニアの元に帰り、復縁します。

 

TPBO-1119 (1975 RCA Italiana - RCA Italiana) Guardami/Gente Per Bene

TPBO-1119TPBO-1119 4164(CBS)4164(CBS)

4164(CBS) (1976 CBS CGD Sugar) Mondo (世界)/Finito (終わり)

 

 リッカルド・フォッリはCBSシュガーのプロデューサー、ジャンカルロ・ルカリエッロ(Giancarlo Lucariello)の元に戻ります。彼のキャラクターが良いのか、浮気した後に奥さんの元に、ソロ歌手としてバンドを脱退した後に、そのバンドのプロデューサーをしている人に再度使ってもらうために戻り、許してもらえるのは恵まれた状況でした。

 復帰第1作の“世界”はフェスティヴァルバールの特別賞(Il DiscoVerde)を取り、76年年間ヒット・ランク39位の大ヒットになりました。早速アルバム「Riccardo Fogli」が作られ76年年間ベスト・セラー80位になります。

                                                                                    

CBS-81284 (1976 CBS – CGD Sugar) Riccardo Fogli

.Svegliati (目覚め)

.Mi Manca (炎の瞳)

.In Silenzio (静けさの中)

.Corri Con Me (僕と駈けよう)

.Mai Mai (もう決して)

.Gardenia (くちなしの花)

.Canta Il Mare (海にうたう)

.Come Eravamo (青春のページ)

.Mondo (世界)

10.Finito (終わり)

CBS-81284CBS-81284 4749(CBS)4749(CBS)

4749(CBS) (1976 CBS – CBS Sugar) Ti Voglio Dire/Viaggio

 

 何故かA面“Ti Voglio”は次の次のアルバム「Io Ti Porto Via」まで収録されず、B面はCDのベスト盤に収録されるまで出ていません。

 

 77年アルバム「) Il Sole L'Aria La Luce Il Cielo」とシングルカットされた“星”が出ました。“星”は年間ヒット・ランク75位になります。

 フォッリもCBSがCGDグループから分離独立する騒動に巻き込まれます。プロデューサー、ルカリエッロの方針がはっきりしていたので彼の手がけた歌手たちはCGDに難なく移行しトラブルは起きませんでした。その影響でシングルはCBS、LPはCGDレーベルでリリースの変則になりました。アルバムは10曲中7曲は作曲ルイジ・ロペス(Luigi Lopez)、作詞カルラ・ヴィスタリーニ(Carla Vistarini)が楽曲を提供し、シングルカットの曲の多くも彼らの作品です。

 

5265(CBS) (1977CBS – CBS Sugar) Stella ()/Anna Ti Ricordi (追憶のアンナ)

5265(CBS)5265(CBS) CGD-20001CGD-20001

CGD-20001 (1977 CGD - CGD Messaggerie Musicali) Il Sole L'Aria La Luce Il Cielo

.Ricordati (回想)

.Il Giorno Comincia Qui (一日のはじまり)

.Paola (パオラ)

.Dolce Straniera (優しき異邦人)

.Era Musica Era Amore (音楽、そして愛)

.Stella ()

.Vendo Sogni (夢を売って)

.Anna Ti Ricordi (追憶のアンナ)

.E La Città Si Addormenta (想い出)

10.Piccola Buonanotte (そっと、おやすみ)

 

 もう1枚シングルカットされました。

 

CGD-10023 (1977 CGD - CGD) Ricordati (回想)/Paola (パオラ)

               CGD-10023CGD-10023 

 

 4枚目のアルバム「Io Ti Porto Via」は既発曲と3曲の未発表曲を収録していますが、タイトル曲“Io Ti Porto Via”はプーの旧同僚ロビー・ファッキネッティ(Roby Facchinetti)が書いた曲で、シングルカットもされました。

 

CGD-20061 (1978 CGD - CGD Messaggerie Musicali) Io Ti Porto Via

.Io Ti Porto Via

.Ricordati (回想)

.Stella ()

.Si Alza Grande Nel Sole La Mia Voglia Di Te

.Mondo (世界)

.In Silenzio (静けさの中)

.Ti Voglio Dire

.Volo Fantastico

CGD-20061CGD-20061 CGD-10084CGD-10084

CGD-10084 (1978 CGD - CGD) Io Ti Porto Via/Si Alza Grande Nel Sole La Mia Voglia Di Te

 

 日本でリッカルド・フォッリが注目を浴びるのは、やはり82年サンレモ音楽祭で“過ぎ行く日々の物語(Storie Di Tutti I Giorni)”が優勝してからになります。けれども77年に出た2枚組オムニバス(コンピ)盤「イタリアン・ポップスの新星たち」で彼の代表曲“世界”、“静けさの中”が収録されています。

                                                                                      

 

 

リッカルド・フォッリの国内盤

GXC-   56 (1977.20.21 SEVEN SEAS - キング) 30cm 2LP ネグロ・炎・別離のローマ空港/イタリアン・ポップスの新星たち(NEGRONESSUNO MAIVOLO AZ504  ITALIAN POPS ALL STARS)

1-.世界 (MONDO)

1-10.静けさの中 (IN SILENZIO)

 

                   GXC-   56GXC- 5〜6a

 

 

 

リッカルド・フォッリ5は1982年サンレモ音楽祭に続きます


サンレモの歌手たち 465 リッカルド・フォッリ 3 (プー 3)

★リッカルド・フォッリ (vm) Riccardo Fogli 

1947 年10月21日ピサの南東10km(フィレンツェの西南西30km)にある小都市ポンテデーラ(Pontedera)生、歌手。66年から73年までプー(I Pooh)のヴォーカルでした。

 

             8478 (CBS)8478 (CBS) (プー1972)

 

活動期間1966 – 現在

所属レコード会社Vedette, RCA Italiana, CBS, CGD, Paradiso

サンレモ音楽祭出場8回1974年参加、82年優勝85位、89位、90年入賞、91位、9210位、9619

バンド所属:プー(Pooh) 1966-1973 / 2015-2016

公式サイトwww.riccardofogli.net/

 

 

 

 今まで成果が出せなかったCBSのイタリア法人はプーを大切に育てるべく1年かけてレコード制作をします。

 

プーのメンバー構成(1970年CBS移籍時) 太字は新加入

ドディ・バッタリア(Dodi Battaglia): ヴォーカル、ギター、キー・ボード、アコーディオン(在籍1968-2016) 1951721日ボローニャ生

ロビー・ファッキネッティ(Roby Facchinetti) :ヴォーカル、キー・ボード、アコーディオン(在籍1966-2016) 本名カミッロ・ フェルディナンド・ファッキネッティ(Camillo Ferdinando Facchinetti) 194451日ミラノの東北東40kmにある都市ベルガモ(Bergamo)生、作曲家。

・リッカルド・フォッリ(Riccardo Fogli) :ヴォーカル、ギター、ベース(在籍1966-1973, 2015-2016)

・ヴァレリオ・ネグリーニ(Valerio Negrini):ヴォーカル、ドラムス、作詞家(在籍1966 -1971)

 

 71年4月に発売された移籍第一弾は、カンタジーロ出場曲でしたがカンタジーロは開催中止になり、フェスティヴァル・バールに出場しました。こちらは外国曲も対象で優勝はデミス・ルソス(Demis Roussos)の“ウィー・シャル・ダンス(We Shall Dance)”、歌唱賞としてサンタナ(Santana)の“ぼくのリズムを聞いとくれ(Oye como va)”と“君をこの胸に”が選ばれました。

 

 “君をこの胸に”は71年年間ヒット・ランク第2位。因みに年間第1位はルーチョ・バティスティ(Lucio Battisti)の“君への言葉(Pensieri e parole)、第3位がミーナ(Mina)の“アモール・ミオ(Amor mio)は両方共絶頂期のルチオ・バッティスティが作った曲、プーの成功の程が分かっていただけると思います。

 

 72年2月にこのシングルの国内盤が発売されて プーの日本デビューとなりました。

 

7216(CBS) (19714 CBS - CBS Sugar) Tanta Voglia Di Lei (君をこの胸に) [(v)Dodi Battaglia]/Tutto Alle Tre (3時の約束) [(v) Valerio Negrini]

7216(CBS)7216(CBS)  7514(CBS)7514(CBS)

7514(CBS) (19719 CBS - CBS Sugar) Pensiero (ペンシェロ) [(v) Riccardo Fogli]/ A Un Minuto Dall'Amore (この愛の時) [(v) Dodi Battaglia]

 

 第2弾は“ベンシェロ”でリッカルド・フォッリのソロをとります。これも同年年間ヒット・ランク8位のメガヒットでプーはCBSに膨大な売上を献上します。イタリアでトップ級のレコード会社になった現ソニー・ミュージック・イタリアの礎はこれらのプーのお陰です。

 

 この大ヒットでCBS初(プー通算4枚目)のアルバムが作られます。シングル・ヒット曲を含め全曲作詞はネグリーニ、作曲はファッキネッティでソロ・ヴォーカルは各メンバーでバランスよく歌われます。年間ベスト・セラー50位。


S-64592 CGD-25025 CGD-64592
S-64592                           CGD-25025                    CGD-64592

S-64592 (1971 CBS - CBS Sugar) 30cmLP Opera Prima (オペラ・プリマ)

CGD-25025 (1977 CGD Prisma – Messaggerie Musicali) 30cmLP Opera Prima (オペラ・プリマ)

CGD-64592 (1978 CGD Messaggerie Musicali) 30cmLP Opera Prima (オペラ・プリマ)

CGD-20426 (1982 CGD Messaggerie Musicali) 30cmLP Opera Prima (オペラ・プリマ)

9031-705151 (1982 CGD ‎– Warner Music Italy) 30cmLP Opera Prima (オペラ・プリマ)

9031-705152 (1982 CGD ‎– Warner Music Italy) CD Opera Prima (オペラ・プリマ)

VMLP-158 (2014 Vinyl Magic ‎ BTF) 30cmLP Opera Prima  (オペラ・プリマ)  [8016158015843]

5054196-397159 (2015 Atlantic ‎– Warner Music Italy) CD Opera Prima  (オペラ・プリマ) [5054196397159]

CGD-20426 9031-70515・1 9031-70515・2    

CGD-20426                      9031-705151                 9031-705152

.Pensiero (ペンシェロ) [(v) Riccardo Fogli]

Un Caffè Da Jennifer (ジェニファーのコーヒー) [(v)Dodi Battaglia]

. Tutto Alle Tre (時の約束) [(v) Valerio Negrini]

.Terra Desolata (哀しみの地平線) [(v)Valerio Negrini, Dodi Battaglia]

.A Un Minuto Dall'Amore (この愛の時) [(v) Dodi Battaglia]

.Tanta Voglia Di Lei (君をこの胸に) [(v)Dodi Battaglia]

.Che Favola Sei (夢のあなた) [(v) Riccardo Fogli]

.Il Primo E L'Ultimo Uomo (ただ1人の男) [(v) Valerio Negrini]

.Alle Nove In Centro (夜のしじまの中に) [(v) Riccardo Fogli]

10.Opera Prima (オペラ・プリマ) [(v)全員]

VMLP-158VMLP-158  5054196-3971595054196-3971・5・9

 

 これを最後にネグリーニは作詞に専念するため後方に退き、ステファノ・ドラツィオがドラムスとして加入します。

 

プーのメンバー構成(1971年末) 太字は新加入

・ドディ・バッタリア(Dodi Battaglia): ヴォーカル、ギター、キー・ボード、アコーディオン(在籍1968-2016) 1951721日ボローニャ生

・ロビー・ファッキネッティ(Roby Facchinetti) :ヴォーカル、キー・ボード、アコーディオン(在籍1966-2016) 本名カミッロ ・ フェルディナンド・ファッキネッティ(Camillo Ferdinando Facchinetti) 194451日ミラノの東北東40kmにある都市ベルガモ(Bergamo)生、作曲家。

・リッカルド・フォッリ(Riccardo Fogli) :ヴォーカル、ギター、ベース(在籍1966-1973, 2015-2016)

ステファノ・ドラツィオ(Stefano D'Orazio) :ヴォーカル・ドラムス、パーカッション、フルート(在籍1971-2009, 2015-2016)

 

 A面“愛のルネッサンス”は72年年間ヒット・ランク10位のメガヒットになります。B面はフォッリが歌うフェスティヴァルバール出場曲です。

 

8054(CBS) (19724 CBS - CBS Sugar) Noi Due Nel Mondo E Nell'Anima (愛のルネッサンス) [(v) Dodi Battaglia]/Nascerò Con Te (初めての恋人) [(v) Riccardo Fogli]

             8054(CBS)b  8054(CBS) 8054(CBS)a

 

 “愛のルネッサンス”の大ヒットで5枚目のアルバム「ミラノの映像」が出、73年年間ベスト・セラー11位に、日本での代表作になりました。ドディが作曲に加わります。

 

S-69023S-69023  CGD-69023CGD-69023

S-69023 (1972 CBS - CBS Sugar) 30cmLP Alessandra (ミラノの映像)

CGD-69023 (1978 CGD Messaggerie Musicali) 30cmLP Alessandra (ミラノの映像)

CDS-6046 (1987 CGD Messaggerie Musicali) CD Alessandra (ミラノの映像)

9031-705022 (1986 CGD ‎– Warner Music Italy) CD Alessandra (ミラノの映像) [9031705022]

IGA-0701 (1987 Sorrisi E Canzoni TV ‎– Warner Music Italia) CD Alessandra (ミラノの映像)

VMLP-160 (2014 Vinyl Magic ‎ – BTF) 30cmLP Alessandra (ミラノの映像)

5054196-395421 (2015 Atlantic ‎– Warner Music Italy) CD Alessandra (ミラノの映像) [5054196395421]

CDS-6046CDS-6046 9031-7050229031-70502・2

.La Nostra Età Difficile (ロマンの世代) [(v) Dodi Battaglia, Roby Facchinetti]

.Noi Due Nel Mondo E Nell'Anima (愛のルネッサンス) [(v) Dodi Battaglia]

.Mio Padre Una Sera (青春の哀しみ) [(v) Roby Facchinetti]

.Nascerò Con Te (初めての恋人) [(v) Riccardo Fogli]

.Io In Una Storia (大人の遊び) [(v) Dodi Battaglia]

.Col Tempo, Con L'Età E Nel Vento (風のコンチェルト) [(v) Dodi Battaglia, Riccardo Fogli]

.Signora (季節の終り) [(v) Dodi Battaglia]

.Cosa Si Può Dire Di Te? (青春に目覚めた頃) [(v) Roby Facchinetti]

.Via Lei, Via Io (夜を終らせないで) [(v) Dodi Battaglia]

10.Donna Al Buio, Bambina Al Sole (愛の後に美しく燃える君) [(v) Riccardo Fogli]

11.Quando Una Lei Va Via (想い出の部屋) [(v) Riccardo Fogli]

12.Alessandra (ミラノの映像) [(v) Riccardo Fogli]

IGA-07・01 VMLP-160 5054196-3954・2・1     

IGA-0701                   VMLP-160                      5054196-395421

 

 10月アルバムからシングルカットが出ました。73年年間ヒット・ランク27位。

 

8478 (CBS) (197210 CBS - CBS Sugar) Cosa Si Può Dire Di Te? (青春に目覚めた頃) [(v) Roby Facchinetti]/Quando Una Lei Va Via (想い出の部屋) [(v) Riccardo Fogli] ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 73年に入り、リッカルド・フォッリがソロ歌手として独立、プーを脱退しました。

 

 

 

プー(リッカルド・フォッリ)の国内盤

EPIC-83024 (19722EPIC - CBSソニー) 君をこの胸に (TANTA VOGLIA DI LEI)/トゥット・アレ・トレ (TUTTO ALLE TRE)

 

EPIC-83024EPIC-83024  ECPA-    5ECPA- 5

 

ECPA-    5 (19723 EPIC - CBSソニー) ペンシェロ (PENSIERO)/恋のひととき (A UN MINUTO DALL'AMORE)

 

K25P-  311K25P- 311  AMCE-  924AMCE- 924

 

K25P-  311 (1983.110 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP オペラ・プリマ (OPERA PRIMA)

AMCE-  924 (1996.125 CGD - イースト・ウェスト・ジャパン) CD オペラ・プリマ (OPERA PRIMA)

WAS-1011 (2005215 CBS -ストレンジ・デイズ) CD オペラ・プリマ (OPERA PRIMA)

‎WPCR-17317 (2016720Warner - ワーナー・ミュージック・ジャパン) CD オペラ・プリマ (OPERA PRIMA)

.ペンシェロ (PENSIERO)

.ジェニファーのコーヒー (UN CAFFE' DA JENNIFER)

.3時の約束 (TUTTO ALLE TRE)

.哀しみの地平線 (TERRA DESOLATA (DA UN POEMA DI T.ELIOT))

.この愛の時 (A UN MINUTO DALL'AMORE)

.君をこの胸に (TANTA VOGLIA DI LEI)

.夢のあなた (CHE FAVOLA SEI)

.ただ1人の男 (IL PRIMO E L'ULTIMO UOMO)

.夜のしじまの中に (ALLE NOVE IN CENTRO)

10.オペラ・プリマ (OPERA PRIMA)

 

 WAS-1011WAS-1011  WPCR-17317WPCR-17317

 

ECPB-  291 (1974.821 EPIC - CBSソニー EPIC - CBSソニー) 愛のルネッサンス (NOI DUE NEL MONDO E NELL'ANIMA)/ミラノの映像 (ALESSANDRA)

 

ECPB-  291ECPB- 291  ECPM-  73ECPM- 73 

 
GP- 587 K25P- 316 260E-52070

GP- 587                       K25P-  316                  260E-52070

 

ECPM-  73 (1974.821 EPIC - CBSソニー) 30cmLP ミラノの映像 (ALESSANDRA)

GP- 587 (1978.721 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP ミラノの映像イ・プー (ALESSANDRA)

K25P-  316 (1983.35 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP ミラノの映像イ・プー (ALESSANDRA)

260E-52070 (198.1221 SEVEN SEAS - キング) CD ミラノの映像イ・プー (ALESSANDRA)

AMCE-  925 (1996.125 CGD - イースト・ウェスト・ジャパン) CD ミラノの映像/イ・プー (ALESSANDRA)

WAS-1012 (2005215 CBS -ストレンジ・デイズ) CD ミラノの映像/イ・プー (ALESSANDRA)

WPCR-17318 (20160720Warner - ワーナーミュージック・ジャパン) CD ミラノの映像/イ・プー (ALESSANDRA)

.ロマンの世代 (LA NOSTRA ETA' DIFFICILE)

.愛のルネッサンス (NOI DUE NEL MONDO E NELL'ANIMA)

.青春の哀しみ (MIO PADRE UNA SERA)

.初めての恋人 (NASCERO' CON TE)

.大人の遊び (IO IN UNA STORIA)

.風のコンチェルト (COL TEMPO, CON L'ETA' E NEL VENTO)

.季節の終わり (SIGNORA)

.青春に目覚めた頃 (COSA SI PUO' DIRE DI TE?)

.夜を終らせないで (VIA LEI, VIA IO)

10.愛の後に美しく燃える君 (DONNA AL BUIO, BAMBINA AL SOLE)

11.想い出の部屋 (QUANDO UNA LEI VA VIA)

12.ミラノの映像 (ALESSANDRA)

 

AMCE- 925c WAS-1012 WPCR-17318        

AMCE-  925                  WAS-1012                 WPCR-17318

 

 

 

リッカルド・フォッリ4は次回に、プー4は1990年サンレモ音楽祭の後に続きます


サンレモの歌手たち464 リッカルド・フォッリ 2 (プー 2)

★リッカルド・フォッリ (vm) Riccardo Fogli 

1947 年10月21日ピサの南東10km(フィレンツェの西南西30km)にある小都市ポンテデーラ(Pontedera)生、歌手。66年から73年までプー(I Pooh)のヴォーカルでした。

 

             VVN-33182VVN-33182

 

活動期間1966 – 現在

所属レコード会社Vedette, RCA Italiana, CBS, CGD, Paradiso

サンレモ音楽祭出場8回1974年参加、82年優勝85位、89位、90年入賞、91位、9210位、9619

バンド所属:プー(Pooh) 1966-1973 / 2015-2016

公式サイトwww.riccardofogli.net/

 

 リッカルド・フォッリは1973年プーの脱退、ソロ歌手になります。まずプーの時代から始めなければなりません。

 

プーのメンバー構成(1966年末) 太字は新加入

・マウロ・ベルトーリ(Mauro Bertoli):ヴォーカル、ギター(在籍1966-1967)

・マリオ・ゴレッティ(Mario Goretti) ヴォーカル、ギター(在籍1966-1968)

・ロビー・ファッキネッティ(Roby Facchinetti) :ヴォーカル、キー・ボード、アコーディオン(在籍1966-2016) 本名カミッロ・ フェルディナンド・ファッキネッティ(Camillo Ferdinando Facchinetti) 194451日ミラノの東北東40kmにある都市ベルガモ(Bergamo)生、作曲家。

・リッカルド・フォッリ(Riccardo Fogli) :ヴォーカル、ギター、ベース(在籍1966-1973, 2015-2016)

・ヴァレリオ・ネグリーニ(Valerio Negrini):ヴォーカル、ドラムス、作詞家(在籍1966 -1971)

 

 本名カミッロ・フェルディナンド・ファッキネッティ、後のロビー・ファキネッティは小さいころから病弱でロビーという仇名で呼ばれます。ベルガモ郊外アスティノの農家で幼少期を過ごし、祖父は作曲家で合唱団の指揮者で母からクラシック音楽の心を受け継ぎました。8才でアコーディオンを、10才からピアノを始めました。11才には初めての作曲します。

 

 50年代から60年代初めに幾つかのバンドに参加。最初は58年に入ったモネッリ(I Monelli)でした。地元で活動を続け、64年ピエルフィリッピ&レ・コパン(Pierfilippi e Les Copains)に移りました。ここで66年ボローニャのスポーツ・クラブに出演、そこにプーも出演しておりボブ・ジロットの後任でプーへの移籍がきまります。

 

 67年4月4枚目のシングル盤“闇の中に”を出しました。5人のプーとしては最後の盤になります。休業状態だったマウロ・ベルトーリが正式に脱退し、プーは4人編成のバンドとなり、再販のジャケットは4人の写真に変更されました。

 

VVN-33138 (19674 Vedette - Vedette) Nel Buio (I Looked In The Mirror闇の中に)/Cose Di Questo Mondo (この世の中の出来事)

[5人編成Mauro Bertoli,Mario Goretti,Roby Facchinetti, Riccardo Fogli ,Valerio Negrini]

            VVN-33138a VVN-33138 VVN-33138b

 

 この状況下で67年シングル盤1枚しか出していませんが、プーの公式サイトにはもう1枚シングル盤が載っています。別名をジェット・セット(The Jet Set)として日本では口笛ジャック(Whistling Jack Smith)としられる“口笛天国”をカヴァーしています。

 

VRN-34079 (19675 Vedette - Vedette) Ero L'Attendente Del Kaiser (I Was Kaiser Bill's Batman口笛天国)/Blues For Two

                 VRN-34079VRN-34079 

 

 これまでプーは海外のヒット曲のコピー・ビートニック・バンドでしたが、今までプーの優れた作詞をしていたヴァレリオ・ネグリーニに作曲力のあるロビー・ファキネッティが結び付き、歌唱力のあるリッカルド・フォッリの加入で新たなバンドに生まれ変わります。

 

 4人編成バンドとして再出発したプーは“静けさの中で”と“ピッコラ・ケティ”のカップリング盤を68年2月に発売しました。B面の“ピッコラ・ケティ”が68年間ヒットランク56位に入る大ヒットとなります。ヴェデッテ時代の最大のヒットとなり、初期の代表曲になりました。

 

 プーのライナー・ノーツの中にはヴェデッテ時代の紹介で『マイナー・レーベルで目立ったヒットを出していない』ように書かれていますが、ヴェデッテは超巨大レコード会社ではありませんが、自社の販売網を持つ次のランクの大手レコード会社であり、また年間ヒットランク100位以内に入る曲は結構限られた歌手たちで占められている中では立派な実績です。

 

VVN-33148 (19682 Vedette - Vedette) In Silenzio (静けさの中で)/Piccola Katy (ピッコラ・ケティ)

VVN-33148 (1998 Quei Favolosi Anni '60 – Duck Record) In Silenzio (静けさの中で)/ Piccola Katy (ピッコラ・ケティ) [Not For Sale Attached to the magazine: "Quei favolosi anni '60" Fabbri Editori N. 18] [4人編成:Roby Facchinetti /Riccardo Fogli /Mario Goretti /Valerio Negrini]

VVN-33148VVN-33148  VVN-33148 (1998)VVN-33148 (1998)

 

 “ピッコラ・ケティ”の大ヒットで7月2ndアルバムが発売されました。殆んどの曲がネグリーニの作詞、ファキネッティの作曲ですが、当時はヴェデッテのオーナーであるアルマンド・シャーシァ(Armando Sciascia)或はその変名での作詞、音楽監督のフランチェスコ・アンセルモ(Francesco Anselmo)の作曲とされています。当時のバンドのメンバーが曲を作ってもレコード会社はなかなか彼らの名前で著作権登録をせず、会社幹部をしている作詞、作曲家の名前で登録しています。これは多分著作権管理団体のSIAEに申請するとき新名義の登録料が必要であったと思われることと、無名のバンド・メンバー名より有名作詞作曲家の曲の方が売り易かった事が考えられます。

 

            VRMS- 358a VRMS- 358 VRMS- 358b

VRMS- 358 (19687Vedette - Vedette) 30cmLP Contrasto [4: Roby Facchinetti /

Riccardo Fogli /Mario Goretti /Valerio Negrini]

VRMS- 358 (19Vedette - Vedette) 30cmLP Contrasto [Limited Deluxe Edition]

52OSM-028 (1998On Sale Music - On Sale Music) CD Contrasto [0766485965622]

VRMS- 358 (2006Vedette - Duck Records) 30cmLP Contrasto [Limited edition of 500 copies]

.Il Cane D'oro

.Resto Con Lei (Baby Let's Wait)

.Piccola Katy (ピッコラ・ケティ)

.Il Tempio Dell'Amore (愛のひととき)

.Il Buio Mi Fa Paura

.La Leggenda Della Luna

.C'è L'Amore Negli Occhi Tuoi

.In Silenzio (静けさの中で)

.Mr. Jack

10.E Dopo Questa Notte (そして今夜の後に)

11.Contrasto

Bonus Tracks CD 52OSM-028

12.Vieni Fuori (Keep On Runningキープ・オン・ランニング) - SPENCER DAVIS GROUP

13.L'Uomo Di Ieri (昨日の男)

14.Bikini Beat

15.Quello Che Non Sai (Rag doll 悲しきラグ・ドール)

16.Brennero '66 (ブレンネロ66)

17.Per Quelli Come Noi (僕らに似たあの人達に)

18.Cose Di Questo Mondo (この世の中の出来事)

  52OSM-02852・OSM-028  VRMS- 358 (2006)VRMS- 358 (2006)

 

 “ピッコラ・ケティ”の大ヒットで、イタリア国内ツアーをこなし68年夏のコンサート後、バンドの中ではあまり表面に出ていないギターのマリオ・ゴレッティがバンド活動に疲れたことを理由に脱退してボローニャで小さなアンプの会社を立ち上げましたその後釜はギターのほかアコーディオンやキー・ボードも弾くドディ・バッタリア(Dodi Battaglia)に交代します。これでプー結成メンバーはネグリーニ一人となりました。

 

 68年2枚目のシングルは“おやすみペニー”は“ピッコラ・ケティ”系の曲でヒットしましたが、前作を超えることはありませんでした。このあたりでプーのスタイルが確立していきます。

 

VVN-33159 (196810 Vedette - Vedette) Buonanotte Penny (おやすみペニー)/Il Tempio Dell'Amore (愛のひととき)

VVN-33159VVN-33159 VVN-33170VVN-33170

VVN-33170 (19694 Vedette - Vedette) Mary Ann (マリー・アン)/E Dopo Questa Notte (そして今夜の後に)

 

 年が変わり69年4月前作、前々作と同系統の“マリー・アン”を出します。この曲は69年カンタジーロ・ジローネB(新人部門)の出場曲で8位入賞をしました。

 

 カンタジーロ新人部門入賞で3rdアルバムが制作されました。このアルバムの復刻アナログ盤が2006年にダック・レコーズから発売されますが、67年4月にでたシングルの復刻盤を特典盤として付けられています。

 

VPA-8083VPA-8083 CDOR-9338CDOR-9338

VPA-8083 (19695Vedette - Vedette) 30cmLP Memorie

CDOR-9338 (1969Orizzonte – Dischi Ricordi) CD Memorie [8003614120630]

VPA-8083 (2006Vedette - Duck Records) 30cmLP Memorie [+VVN-33138(2006Vedette - Duck Records)]

.Zero, Un Minute E...

.Piccolo Re

.Addio In Febbraio

.Ai Confini Del Mondo

.Amo

.Mary Ann (マリー・アン)

.La Fata Della Luna

.Johnny E Lisa

.Waterloo

10.Solo Nel Mondo

11.La Ballata Del Miliardo

12.Memorie

13.Nel Buio (I Looked In The Mirror闇の中に)

14.Cose Di Questo Mondo (この世の中の出来事)

 VPA-8083 (2006) VPA-8083+ VVN-33138 (2006) VVN-33138 (2006)※

 

 こうして人気ポップ・グループとしてヴェデッテの看板となりましたが、70年メジャー・レーベルCGDの傘下にある米国CBSコロムビアのイタリア法人CBSに移籍します。イタリア法人CBSは60年代の前半からイタリア・ローカル盤の制作をしていましたが、決定的人気歌手を産出すことが出来ませんでした。プーは期待をもって迎え入れられます。

 

VVN-33182 (196911 Vedette - Vedette) Good Bye Madama Butterfly (さよなら蝶々夫人)/Un Minuto Prima Dell'Alba (日の出の一分前) ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 

 この項最後にプーを去ったメンバーのことに触れましょう。

ボブ・ジッロトは英国のキー・ボード奏者、シチリアのバンド、バラバ(I Barabba)から移籍しましたが英語しか話せませんでした。イタリアに定住、エンジニアとして働きます。

 

 ジルベルト・ファッジョリはセッション・ミュージシャンの道を進みますが、73年にはトリトンズ(I Tritons)にも参加しています。

 

 

 

リッカルド・フォッリ3 (プー 3)は次回に続きます


サンレモの歌手たち 463 リッカルド・フォッリ 1 (プー 1)

★リッカルド・フォッリ (vm) Riccardo Fogli 

1947 年10月21日ピサの南東10km(フィレンツェの西南西30km)にある小都市ポンテデーラ(Pontedera)生、歌手。66年から73年までプー(I Pooh)のヴォーカルでした。

 

            VVN-33106VVN-33106 プー(1966年)

 

活動期間1966 – 現在

所属レコード会社Vedette, RCA Italiana, CBS, CGD, Paradiso

サンレモ音楽祭出場8回1974年参加、82年優勝85位、89位、90年入賞、91位、9210位、9619

バンド所属:プー(Pooh) 1966-1973 / 2015-2016

公式サイトwww.riccardofogli.net/

 

 

 リッカルド・フォッリは1973年当時超人気グループであったプーのヴォーカルを辞め、ソロ歌手として独立しました。彼の経歴を語るにはプーのヴォーカル時代から始めなければなりません。プーも90年ただ一度のサンレモ音楽祭に出場し優勝をしていますので、リッカルド・フォッリの紹介と同時にプーの前身バンド結成の頃から紹介するところから当分は進めていきます。

 

 リッカルド・フォッリは、故郷のアマチュア・バンド、ジェット・ディ・ポンテデーラ(Jet di Pontedera)というロック・バンドのベーシストとしてデビューし、短期間ですがフロントマンを務めました。

 1961年に急進的なマネージャーのイヴォ・サッジーニ(Ivo Saggini)と トゥーリオ・アンセルミ(Tullio Anselmi)の協力得て、トゥーリオの息子ネド(Nedo Anselmi)をギタリストとして、ドラムスにマリノ・アルベルティ (Marino Alberti)、もう一人ギタリストのピエロ・バッリーニ(Piero Ballini)、オルガン奏者のヴィンチェンツォ・ドーニ(Vincenzo Doni)を集めました。

 このメンバーにフォッリがベーシストとして加わり、スレンダーズ(The Slenders)が出来上がりました。63年夏エルバ島のホテル・エルミタージュでスレンダーズ&トニー・リオ(The Slenders & Tony Rio)としてデビューしました。トニー・リオはリッカルド・フォッリの芸名でした。

 66年に、歌手テディー・レーノ (Teddy Renoがプロデューサー活動で始めた新人発掘コンテスト「アリッチャの名もなき者の音楽祭(FESTIVAL DEGLI SCONOSCIUTi DI ARICCIA)」に出場しバンド部門2位になります。この新人コンテストは62年リタ・パヴォーネ(Riva Pavone)が優勝し、その後もロークス(The Rokes)マルチェラ(Marcella Bella)など有名歌手を輩出し有名になりました。

 このコンテストで良い成績をおさめ、イタリアへビートルズを招聘した興行師でプロデューサーのレオ・ウェヒター(Leo Wächter)と契約することが出来、ミラノのパイパー・クラブの出演が決まりました。そのためフォッリは勤めていたタイヤ・ショップを、その他のメンバーは製鉄所を半年休職することになります。

 

 一方、プーの核となったのは62年ボローニャでドラマーのヴァレリオ・ネグリーニ(Valerio Negrini)とギタリストのマウロ・ベルトーリ(Mauro Bertoli)が結成したジャガーズ(Jaguars)というバンドでした。

 このバンドはメンバーの出入りが激しく64年にやっとメンバーも定着してきました。ジャガーズ結成メンバーのヴァレリオ・ネグリーニ(ドラム)マウロ・ベルトーリ(ギター)に、ヴォーカルのヴィットリオ・コスタ (Vittorio Costa)、ベースのジャンカルロ・カンテッリ (Giancarlo Cantelli)、リズム・ギターとキー・ボードのブルーノ・バッラコ(Bruno Barraco)の5人編成でした。

 65年にまたメンバー変更があります。ヴィットリオ・コスタは医療の研究を続けるため脱退しブルーノ・バラッコが辞め、キー・ボードのボブ・ジッロト(Bob Gillot)リズム・ギターのマリオ・ゴレッティ(Mario Goretti)が加入、ジャンカルロ・カンテッリからベースのジルベルト・ファッジョリ(Gilberto Faggioli)に変更されました。

 66年1月新メンバー5人のジャガーズはエキペ84(Equipe 84)を失って新たなビートニック・バンドを探していたアルマンド・シャーシァ(Armando Sciascia)が作ったヴェデッテ(Vedette)と契約することが出来ました。しかしローマで既にジャガーズという名前のバンドがレコードを出していたので、彼らは新しい名前を見つける必要がありました。外国でよく知られている児童文学「くまのプーさん」からイ・プー(I Pooh)というバンド名を選びました。

 

プー結成時のメンバー構成(1966年1月)

・マウロ・ベルトーリ(Mauro Bertoli)本名マウロ・エドゥアルド・ツィーニ・ベルトーリ(Mauro Eduardo Zini Bertoli)1945 9 8 日ボローニャ生、グループの共同設立者, ヴォーカル、ギター(在籍1966-1967)

・マリオ・ゴレッティ(Mario Goretti)1945 年ボローニャ生、ヴォーカル、ギター(在籍1966-1968)

ボブ・ジッロト(Bob Gillotロバート・ギロット)ヴォーカル、キー・ボード (1965-1966)

ジルベルト・ファッジョリ(Gilberto Faggioli)- ヴォーカル、ベース (1966)

ヴァレリオ・ネグリーニ(Valerio Negrini) 194654日ボローニャ生、201313日心筋梗塞のためトレント没、グループの創設者; ヴォーカル、ドラムス、作詞家(在籍1966 -1971)

 

 デビュー曲はスペンサイー・デイヴィス・グループ(Spencer Davis Group)の“キープ・オン・ランニング”のイタリア語カヴァー、B面がオリジナル曲でした。

 

VVN-33106 (19662 Vedette - Vedette) Vieni Fuori (Keep On Runningキープ・オン・ランニング)/ L'Uomo Di Ieri (昨日の男) ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 彼らはヴェデッテから正式デビューする前に、西ドイツのコロンビアで時計仕掛けのオレンジ(The Clockwork Oranges)というバンド名で、“Ready Steady/After Tonight”の英語のシングル盤を作っており、こちらもイタリアのデビューと同時期に発売されています。プーのオフィシャル・サイトにあるディスコグラフィーには載せられていません。

 

C-23267 (19662Columbia Electrola Gesellschaft, West Germany) Ready Steady/After Tonight [Sotto pseudonimo The Clockwork Oranges]

C-23267C-23・267 VVN-33114VVN-33114

VVN-33114 (19664 Vedette - Vedette) Bikini Beat/Quello Che Non Sai (Rag doll 悲しきラグ・ドール)

 

 2枚目のシングル盤はフォー・シーズンス(The Four Seasons)の“悲しきラグ・ドール”のイタリア語カヴァー曲、B面はオリジナル曲です。結成時のオリジナル5人でレコードを作ったのはこれが最後となります。

 

 3枚目のシングル“ブレンネロ66”はローマ・バラのフェスティヴァル出場曲です。この音楽祭はサンレモ音楽祭と同様ダブル・キャスト制で同じレコード会社ヴェデッテのロビー・クリスピアーノ(Roby Crispiano)がパートナーでした。バンドは5人編成ですが4月末にギターのボブ・ジッロト(Bob Gillot)の代わりにキー・ボードのロビー・ファッキネッティ(Roby Facchinetti)、その夏ベースのジルベルト・ファッジョリ(Gilberto Faggioli)はバンドを解雇され、スレンダーズのベーシストであるリッカルド・フォッリ(Riccardo Fogli)が加入します。

 

 なぜこういう事になったのか。原因はプーの前身ジャガーズの結成メンバーでもあるマウロ・ベルトーリでした。彼はビートニック音楽に疲れ、舞台恐怖症になり、度々舞台を休むことになります。更に若いダンサーと恋に陥り、結婚して音楽を辞めようと思っていたようです。旧友のヴァレリオ・ネグリーニは彼を庇いましたが他の3人のメンバーは不満を募らせます。

 

 リッカルド・フォッリが所属するスレンダーズとプーの両バンドは66年夏のシーズンにミラノのパイパー・クラブに出演しており、そこで両グループの会談が行われ、フォッリの移籍が決まり、結局ファッジョリは脱退してしまいます。

 

VVN-33121 (196610 Vedette - Vedette) Brennero '66 (ブレンネロ66) / Per Quelli Come Noi (僕らに似たあの人達に) [5人編成:Mauro Bertoli /Roby Facchinetti /Riccardo Fogli/Mario Goretti /Valerio Negrini ]

VVN-33121VVN-33121a  VVN-33121[1998]VVN-33121[1998]

VVN-33121 (1998 Quei Favolosi Anni '60 Duck Record) Brennero '66 (ブレンネロ66)/ Per Quelli Come Noi (僕らに似たあの人達に) [音楽誌"Quei favolosi anni '60", Fabbri Editori N. 22 :Not For Sale]

 

VRM-36033a  SR- 5  VRM-36033 (2008)     

VRM-36033                      SR- 5                              VRM-36033 (2008)

VRM-36033 (196610Vedette - Vedette) 30cmLP Per Quelli Come Noi

SR- 5 (2005Suoni Rari ‎– Raro! Records) 30cmLP Per Quelli Come Noi [Picture Disc.]

VRM-36033 (2008Vedette - Duck Records) 30cmLP Per Quelli Come Noi [Limited edition of 500 copies]

MPCD- 246 (1998 Ricordi BMG Ricordi) CD Per Quelli Come Noi

CDOR-9337 (1987,2005 Ricordi ‎– Duck! Records) CD Per Quelli Come Noi

.Per Quelli Come Noi (僕らに似たあの人達に)   

.La Solita Storia   

.Ora Che Cosa Farai (La-La-La Lies)   

.Istintivamente Io E Te (You'll Find Out?)   

.Quello Che Non Sai (Rag doll 悲しきラグ・ドール)

.Vieni Fuori (Keep On Runningキープ・オン・ランニング) - SPENCER DAVIS GROUP

.Non La Fermare   

.La Vostra Libertà   

.Nel Buio (I Looked In The Mirror闇の中に)

10.Brennero '66 (ブレンネロ66)

11.Sono L'Uomo Di Ieri (昨日の男)

12.Nessuno Potrà Ridere Di Lei (Till The End Of The Day)

[5,11Gilberto Faggioli, Bob Gillot]

 太字5、11はボブ・ジッロト、ジルベルト・ファッジョリ在籍時の録音

MPCD- 246MPCD- 246  CDOR-9337CDOR-9337

 

 ベルトーリも名前だけはバンドに残しましたが、実質的に活動休止状態になります。

 

 

 

リッカルド・フォッリ2 (プー 2)は次回に続きます


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