カンツォーネ

カンツォーネ、イタリアン・ポップスの、“出来れば”知られざる話を致しましょう。

 
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サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO) 21  1960年


 この年の優勝曲も異色のカンタウトゥーリ(自作自演歌手)と新たなタイプのカンツォーネ歌手のペアが優勝をさらいました。またフォニット・チェトラが上位3位までにドメニコ・モドゥーニョ一人しか入らないと言う、新たな時代に変わっていきます。
 最大の話題は、ウルラトーレ系の超大型新人ミーナの出場でした。ウルラトーレの歌手は前年から出場しているベティー・クルティス、優勝のトニー・ダララ、ジェルマーナ・カロリ、イレーネ・ダネリがおり、翌61年にはもっとサンレモ音楽祭に出場してきます。
もう一人の優勝者で作品提供者のレナート・ラシェルは47歳と大ベテランですが、俳優歴も長く世界的大ヒット曲“アリヴェデルチ・ローマ(ARRIVEDERCI ROMA)”の作者兼創唱歌手として良く知られている人です。故河合秀朋さんは「森重久弥のイタリア版、歌が特別上手くはないが、表現力と人柄で他の人がまねる事が出来ない歌手」と表現されていました。

第10回 1960年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場
司会:エンツォ・サンポ (Enza Sampò) と パオロ・フェラーリ(Paolo Ferrari)
楽団指揮:チニコ・アンジェリーニ (Cinico Angelini)、マルチェロ・デ・マルティーノ(Marcello De Martino)
オーガナイザー:エンツィオ・ラダエリ (Ezio Radaelli)
形式:出場曲数20曲。1曲2歌唱で2夜に10曲を歌い、各夜5曲ずつを入賞曲を選出し、最終夜に優勝以下得票により順位をつけ決定する。.

出場歌手は23歌手(グループは1歌手)で、初出場 歌手
Fonit Cetra 5; RCA ITALIANA 4; CGD 2; 新MELCHIONI (PHILIPS) 2; Durium 2; V.C.M.(COLUMBIA) 2; VIS RADIO 1; 新GUERTLER (MUSIC) 1;新ITALDISC 1;
新Juke Box (CAR Juke Box) 1;新RICORDI 1 


  Renato Rascel      Tony Dallara       
レナート・ラシェル (RCA Italiana)   トニー・ダララ(Music)


<優勝> ロマンティカ Romantica (D.Verde - R.Rascel) 出版社 TITANUS トニー・ダララ (vm) Tony Dallara (MUSIC - GUERTLER) 2306x45 [45] : レナート・ラシェル (vm) Renato Rascel (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) 45N-1013 [45]

HIT-1072HIT-1072a  2306×45(MUSIC)  2306x45 
  
                    SS-1207SS-1207a  45N-1013a   45N-1013


<2位> リベロ(自由気ままに) Libero (F.Migliacci - D.Modugno) 出版社 CURCI ドメニコ・モドゥーニョ (vm) Domenico Modugno (FONIT - FONIT CETRA) SPM- 1 [45] : テディー・レーノ (vm) Teddy Reno (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) 45N-1022 [45]

FS-  4FS- 4 SPM- 1SPM-   1  
  
                      SS-1207SS-1207a 45N-1022a 45N-1022

<3位>夜よここに Quando vien la sera (A.Testa - C.A.Rossi) 出版社 C.A.ROSSI ウィルマ・デ・アンジェリス (vf) Wilma De Angelis (PHILIPS - MELCHIONI) 363-460・PF [45] : ジョー・センティエリ (vm) Joe Sentieri (JUKE BOX – CAR JUKE BOX) JN-1871, JN-1873 [45]

363-460・PF363-460・PF JN-1871JN-1871a 

<入賞曲>
4位 犯罪者 Colpevole (V.D'Acquisto - S.Seracini) 出版社 MESSAGGERIE MUSICALI トニーナ・トリエリ (vf) Tonina Torrielli (CETRA - FONIT CETRA) SP- 731, SP- 740 [45] : ニラ・ピッツィ (vf) Nilla Pizzi (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) 45N-1018 [45]

SP- 731SP- 731 45N-101845N-1018a  

5位 真夜中 E' mezzanotte (A.Testa - R.Cozzoli - G.Compari) 出版社 D'ANZI セルジョ・ブルーニ (vm) Sergio Bruni (V.d.P. - V.C.M.) 7MQ-1349, 7MQ-1351 [45] : ジョー・センティエリ (vm) Joe Sentieri (JUKE BOX – CAR JUKE BOX) JN-1871, JN-1875 [45]

7MQ-13497MQ-1349a  JN-1871JN-1871a  

5位 海Il mare (A.Pugliese - A.Vian) 出版社 C.A.ROSSI セルジョ・ブルーニ (vm) Sergio Bruni (V.d.P. - V.C.M.) 7MQ-1349, 7MQ-1350 [45] : ジョルジョ・コンソリーニ (vm) Giorgio Consolini (PARLOPHON - CARISCH) QMSP-16290 [45]

7MQ-13497MQ-1349a QMSP-16290QMSP-16290a  

5位 二人よ永遠に Noi (B.Pallesi - W.Malgoni) 出版社 SOUTHERN トニー・ダララ (vm) Tony Dallara (MUSIC - GUERTLER) 2307x45 [45] : ユーラ・デ・パルマ (vf) Jula de Palma (COLUMBIA – V.C.M.) SCMQ-1305 [45]

2307x452307×45(MUSIC) SCMQ-1305SCMQ-1305a  

今回は新しいレコード会社が4社も初参加しています。トニー・ダララのグルトラー(GUERTLER)のミュージック・レーベルはドイツ人のワルター・グルトラー(Walter Guertler)が48年チェルソン(Celson)という会社を興したのが始まりです。51年既にあったミュージック・レーベルを買取りそれぞれ活動を続けていました。アドリアーノ・チェレンターノも所属しイタリア・ロック・ン・ロールの新勢力となっていました。日本では流石にミュージックではレーベル名にし辛くグルトラーになっていました。
その後58年に二つの会社を合併しサール(SAAR = Società Articoli Acustici Riprodotti)という新会社を作っています。一応らしい頭文字を集めて云いますが、グルトラーさんはきっとドイツのザール(SAAR)出身ではなかったのでしょうか。
新会社になってJOLLYとJOKERの二つのレーベルを作っています。ジョリーがメインで多くの歌手がこちらに吸収され、新人ニコラ・ディ・バリ、ペピーノ・ガリアルディ、ファウスト・レアーリ、フランコ・バッティアート、ロベルト・マッツォーニが巣立っていきます。ジョーカーはサブ・レーベル、廉価盤にも使用されていますが、日本のジャズ・ファンにはユーロ・ジャズ・レーベルとして知られていると思います。


入賞曲の残りは次回に続く



・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。
・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。
・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。
・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。

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サンレモの歌手たち 27  ベティー・クルティス 、ジョニー・ドレルリ 2

ベティー・クルティス (vf) Betty Curtis
本名ロベルタ・コルティ(ROBERTA CORTI)1934年3月22日ミラノ生、2006年6月15日ロンバルディア州のフランス国境に近い山間の小都市レッコ(LECCO)にて没。クァルテット・ラダール(Quartetto Radar)のクラウディオ・チェリ(Claudio Celli)夫人。
 
                                          BETTY CURTIS

1959年サンレモ・デビューしたミーナと共に「ウルラトーレ(urlatore)」の女性代表的歌手として知られています。普通には「シャウト唱法」とも言われていますが、決して褒め言葉でなく差詰め「叫ぶ」、「喚(わめ)く」というところでしょうか。
50年代後半から60年代前半にイタリアで単純な旋律を張上げた声で歌われた唱法です。個人的にはカンツォーネを変えた“ヴォラーレ”もウルラトーレの曲として扱っても良いのではないかと思っています。
日本にカンツォーネが伝わり、広まった頃と一致し、日本人にカンツォーネを印象付けたようです。今までの甘美な歌曲でも、英米ロック・ン・ロールやシャンソンでもない日本人が考えるカンツォーネ像を象徴する曲が多く含まれています。

詳細は私のブログ  ベティー・クルティス(BETTY CURTIS)、早過ぎた日本デビュー 1  
                                 
http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/5186399.html 
                ベティー・クルティス(BETTY CURTIS)、早過ぎた日本デビュー 2
                
http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/5208813.html をご覧ください。



★ジョニー・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli
本名ジョルジョ・グイディ (Giorgio Guidi) 1937年2月20日ミラノの北隣の小都市メダ(Meda)生、歌手、俳優、司会者。
 
                                            Johnny Dorelli 01

1963年以降幸いにも自分のテレビ番組「ジョニー7(Johnny Sette)」、「ジョニーの夕べ(Johnny Sera)」など女優と共演したり、映画に出演し俳優としてのスキルをあげていきました。そしてこれらの番組で歌われた“quali Twist così così”、“それは九月だった(Era settembre)”、“逢びき(L'appuntamento)”、65年夏のディスクの“秋風の頃(Probabilmente)”、“Su ragazza hush”、“夢みる夜(Al buio sto sognando)”、“アリ-ヴァ・ラ・ボンバ(Arriva la bomba)”は新たなヒット曲となりました。(日本題の付いている曲は国内盤で発売されました。)
66年から日曜の朝のラジオ・ショー番組「Gran varietà」の司会を始め、番組の構成は13年間関わっていました。67年のサンレモ音楽祭の出場曲はドン・バッキー(Don Backy)の作った“涙に咲く花(L'immensità)”はスケールの大きな曲で彼のサンレモ・ヒット曲の一つに数えられます。



ベティー・クルティスの国内盤(#)、 ジョニー・ドレルリの国内盤(※)

17Y-  18 (1963年1月 SEVEN SEAS - キング) イタリア映画主題曲集 (ITALIAN FILM THEMES) 17cmCP
2.初恋のところ (E' QUI)4.この世はすべて金次第 (SOLDI, SOLDI, SOLDI) #

17Y-  1817Y- 18 
  17M-101217M-1012a  

17M-1012 (1964年10月1日 SEVEN SEAS - キング) サン・レモのすべて第3集 (TUTTE LE SAN REMO Vol. 3) 17cmCP
2.ヴォラーレ (NEL BLU DIPINTO DI BLU) ※
3.アル・ディ・ラ (AL DI LA') #
4.チャオ・チャオ・バンビーナ (PIOVE) ※

17M-1022 (1965年4月1日 SEVEN SEAS - キング) サン・レモのすべて第8集 (TUTTE LE SAN REMO Vol. 8) 17cmCP
2.悲しい運命 (INVECE NO) #

17M-102217M-1022 
 MH- 201MH- 201  

MH- 201 (1965年4月1日 SEVEN SEAS - キング) 第15回サン・レモ音楽祭 (SAN REMO FESTIVAL 1965) 30cmCP
3.悲しい運命 (INVECE NO) #

MH- 191 (1965年4月 SEVEN SEAS - キング) 一緒にカンツォーネを歌おう第2集 (LE PIU' BELLA CANZONI Vol.2) 30cmCP
2.青空の幸福 (LA CASA PIU' BELLA DEL MONDO) #
3.ポルトフィーノの恋 (LOVE IN PORTOFINO) ※
5.初恋のところ (E' QUI) #
8.それは九月だった (ERA SETTEMBRE) ※
11. 光りさす窓 (FENESTA CA LUCIVE) #

MH- 191MH- 191 
  MH- 203MH- 203  

MH- 203 (1965年7月 SEVEN SEAS - キング) 一緒にカンツォーネを歌おう第5集 (LE PIU' BELLE CANZONI Vol.5) 30cmLP
5.あなたはメランコリー (TU SI' A MALINCUNIA) #
9.二人よ永遠に (NOI) ※
10.悲しい運命 (INVECE NO) #

11.モンテカルロ (MONTECARLO) ※
14. ブオナノッテ・ローマ (BUONA NOTTE ROMA) #

MR- 1~2 (1965年11月 SEVEN SEAS - キング) カンツォーネ大全集 (THE BEST OF CANZONE) 30cm2LP
1-2.チャオ・チャオ・バンビーナ (PIOVE) ※
1-4. 黒い瞳に青い空 (OCCHI NERI E CIELO BLU) #
1-5.ロマンティカ (ROMANTICA) ※
1-6.愛のシャリオ (CHARIOT) #
1-7.アル・ディ・ラ (AL DI LA') #
1-10. アモール、モン・アムール、マイ・ラヴ (AMOR, MON AMOUR, MY LOVE) #
1-11. 愛のブルース (IO SONO IL VENTO) ※
1-12. チェルカミ (CERCAMI) #

MR- 1^2MR- 1^2a
  SLX3-1001(M)SLX3-1001(M)a  

SLX3-1001(M) (1966年10月10日 SEVEN SEAS - キング) 豪華版サン・レモのすべて ( TUTTE LE CANZONI DI SAN REMO) 30cmLP3Box
2-4.チャオ・チャオ・バンビーナ (PIOVE) ※
2-9.アル・ディ・ラ (AL DI LA') #

SH- 292 (1966年11月10日SEVEN SEAS - キング) カンツォーネ専科 (LE CANZONI D'ORA Vol.1) 30cmLP
12.あなたのわたし [日] (PER TE NON RIESCO A DORMIRE [J]) #

SH- 292SH- 292 
  SR- 114SR- 114  

SR- 114 (1967年4月20日SEVEN SEAS - キング) サンレモ・フェスティヴァル1967 (FESTIVAL DI SAN REMO 1967) 30cmLP
3.涙に咲く花 (L'IMMENSITA') ※
5. 強く愛して (E' PIU' FORTE DI ME) #

SR- 180 (1968年4月10日SEVEN SEAS - キング) 第18回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1968) 30cmLP
6.狂った蝶々 (LA FARFALLA IMPAZZITA) ※

SR- 180SR- 180 
SR- 189SR- 189  

SR- 189 (1968年7月10日SEVEN SEAS - キング) ヒット・パレード・イン・イタリー第2集 (HIT PAREDE IN ITALY Vol.2) 30cmLP
10.ガンタナメラ (GUANTANAMERA) #
13. 哀れなヘンリー (POVERO ENRICO) #
14.涙に咲く花(L'I MMENSITA') ※

GW- 1~2 (1968年10月20日SEVEN SEAS - キング) ゴールデン・カンツォーネ・ダブル・デラックス (GOLDEN CANZONE DOUBLE DELUXE) 30cm2LP
2-1.アル・ディ・ラ (AL DI LA') #
2-7.アリヴェデルチ・ローマ (ARRIVEDERCI ROMA) ※

GW-   1~2GW- 1~2a 
 GW-  17~8GW- 17  

GW- 17~8 (1969年5月20日SEVEN SEAS - キング) 第19回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1969) 30cm2LP
1-3.恋の遊び (IL GIOCO DELL'AMORE) ※

SR- 313~5 (1969年10月20日 SEVEN SEAS - キング) カンツォーネ・スター大名鑑 (PANORAMA DI CANTANTI) 30cmLP3Box
3-3.ガンタナメラ (GUANTANAMERA) #
3-6. 涙に咲く花(L'IMMENSITA') ※

SR- 313~5SR- 313~5 
  GW-  63~4GW- 63~4a  

GW- 63~4 (1970年3月 SEVEN SEAS - キング) ゴールデン・カンツォーネ・ダブル・デラックス (GOLDEN CANZONE DOUBLE DELUXE) 30cm2LP
1-7.アリヴェデルチ・ローマ (ARRIVEDERCI ROMA) ※
1-12.コメ・プリマ (COME PRIMA) ※

GW- 73~4 (1970年4月20日 SEVEN SEAS - キング) 第20回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1970) 30cm2LP
1-13.さらば青春 (CIAO, ANNI VERDI) #

GW-  73~4GW- 73~4a
SR- 389SR- 389  

SR- 389 (1970年5月10日 SEVEN SEAS - キング) カンツォニッシマ1969~70年 (CANZONISSIMA 1969-70) 30cmLP
9. ジェラシー (GELOSIA) #
14.明日あなたは (DOMANI CHE FARAI) ※

GW- 310~2 (1970年12月1日 SEVEN SEAS - キング) 決定盤!カンツォーネ大全集 (GOLDEN CANZONE BEST HITS) 30cm3LP
2-7.アル・ディ・ラ (AL DI LA') #
3-5.コメ・プリマ (COME PRIMA) ※

GW- 310~2GW- 310~2a
SR- 603~4SR- 603~4a  

SR- 603~4 (1971年2月10日 SEVEN SEAS - キング) サンレモ音楽祭のすべて第2集 (FESTIVAL DI SAN REMO (II)) 30cm2LP
1-4. ネッスーノ (NESSUNO) #
1-5.ヘ調の行進曲 (UNA MARCIA IN FA)  ベティ-・クルティス と ジョニ-・ドレルリ
1-6.ロマンティカ (ROMANTICA) ※
2-5.何でもないさ (NON COSTA NIENTE) ※

SR- 605~6 (1971年3月10日 SEVEN SEAS - キング) サンレモ音楽祭のすべて第3集 (FESTIVAL DI SAN REMO (III)) 30cm2LP
1-9.涙に咲く花 (L'IMMENSITA')   

                         SR- 605~6SR- 605~6a 
   


つづき(ジョニー・ドレルリ 3、ベティー・クルティス 2)は次の機会に

サンレモの歌手たち 26 アルトゥ-ロ・テスタ、ウィルマ・デ・アンジェリス、アンナ・ダンミコ

★アルトゥ-ロ・テスタ (vm) Arturo Testa
1932年8月15日ミラノ生、1950年代のバリトン歌手。作詞家アルベルト・テスタ(Alberto Testa)とは別人です。
 
                  ARTURO TESTA 

 オペラ歌手として勉強をしていましたが、1953年軽音楽のカンツォーネに転向し、ピエロ・ソフィッチ(Piero Soffici)楽団やピッポ・バルツィッザ(Pippo Barzizza)楽団と共にラジオ歌謡で成功し、59年サンレモ音楽祭に初出場で3曲歌い“恋のブルース”が第2位の成績をおさめる。サンレモ音楽祭には60年2曲(参加)、61年1曲(7位)、62年2曲(7位)、63年2曲(8位)の好成績を残しました。
ナポリ音楽祭、カンンツォニッシマ、ムジキエーレなどその他の音楽祭やTV音楽番組に出演しました。また59年ヴィアレッジョ(VIAREGGIO)で行われた第2回ブルラマッコ・ドーロ(Burlamacco d'oro)でまだ世に出ていなかったセルジョ・エンドリゴが「長い夜」を歌いテスタの“UN'ORA CON TE”と同順位優勝をしました。
68年オペラ界に戻り、オペラ歌手に専念しました。



★ウィルマ・デ・アンジェリス (vf) Wilma De Angelis
1931年4月8日ミラノ生、、歌手、TV司会者、女優。

                 wilma de angelis   
                      

1956年に、ロンバルディア州で有名な老舗のダンスのできるナイト・クラブ「Gavetta」で、彼女の芸能生活が始まりました。彼女のいたジャズ・グループはサックスのファウスト・パペッティ(Fausto Papett)、アコーディオンのペピーノ・プリンチーペ(Peppino Principe)、ギタリストのブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi)。がおり、レパートリーは“マイ・ファニー・バレンタイン(My Funny Valentine)”、“サマータイム(Summertime,)”、“ア・フォギー・デイ(A Foggy Day)”でした。ウィルマはこれらの曲をボアイオ・テルメで歌い優勝し、「イタリア ジャズの女王」の異名を持つを持っていましたが、本人は英語をそれ以上勉強する気はありませんでした。
  57年ワルター・マルゴーニ(Walter Malgoni)の紹介でフィリップス(PHILIPS)と契約が出来、サンレモ・ジャズ・フェスティバルにも招待されました。59年サンレモ音楽祭に2曲で初参加(8位入賞)、60年2曲(3位)、61年1曲(参加)、62年2曲(参加)、最後の63年2曲(4位)とまずまずの成績を残しアルトゥーロ・テスタと共に初期のイタリア・フィリップスを背負っていました。特に61年のジャンニ・メッチアの作った“PATATINA”を歌ったことから「ミス・じゃがいもちゃん」というニックネームがつきました。(なるほど!納得したら怒られそうですね、良くつけたものです)
 60年代半ばから流行歌手としての人気が落ちフィリップスを離れマイナー・レーベルからレコードを出しながら、根強い人気のあったオランダ、北欧のツアー、コンサートを開いています。
 70年代後半から、TV番組の司会をし18年間続けた番組やお料理番組、懐メロ番組に出て活躍しました。

アルトゥ-ロ・テスタ と ウィルマ・デ・アンジェリスの国内盤
NS- 38 (1959年 EPIC - ニッチク) チャオ・チャオ・バンビーナ (PIOVE)/ネッスーノ (NESSUNO) アルトゥーロ・テスタ/ウィルマ・デ・アンジェリス

NS-   38NS- 38   FL- 1073FL- 1073  

FL- 1073 (1963年5月 PHILIPS - 日本ビクター) まごころで愛して (NON COSTA NIENTE)/思い出の街角 (SE PASSERAI DI QUI)  ウィルマ・デ・アンジェリス

SFL- 7092 (1963年7月 PHILIPS - 日本ビクター) 夢のサン・レモ歌祭り (FESTIVAL DE SAN REMO)

            SFL- 7092SFL- 7092  

5.愛し合っている時は (QUANDO CI SI VUOL BENE (COME NOI))
6.まごころで愛して (NON COSTA NIENTE)
7.思い出の街角 (SE PASSERAI DI QUI)
   5 アルトゥーロ・テスタ; 6,7 ウィルマ・デ・アンジェリス





 ★アンナ・ダンミコ (vf) Anna D'Amico
1938年8月17日~2003年ミラノ生・没、1950年代の歌手

                    Anna D'Amico 02 

映画館の娘で他人に2人の兄弟があり、叔母は1941年に国営放送EIARの歌手になったマウリッチャ・モチェリン(Mariuccia Mocellin)でした。彼女は商業学校を出て、セールスウーマンとして働き始めたが音楽の情熱を捨て切れず、叔母の勧めでサンレモ音楽祭第2回8位の“古い塀(VECCHIE MURA)”や第10回参加曲“君を失ないて(PERDERTI)”を作曲したピエロ・エミリオ・バッシ(Pier Emilio Bassi)から歌のレッスン受けました。1957年彼女は新人コンテストで“マラシエラ(Malasierra)”を歌い優勝しました。
その年、週刊誌「ソリージ・エ・カンツォーニ」が主催する「Due voci e una canzone」コンテストに参加し、モンテカティーニ・テルメでの決勝の13名に残り存在を示しました。そしてゴルニ・クラメール(Gorni Kramer)のコンボ・レコードレコードと契約することが出来ました。、ライブで歌うようになり、1958年のカンツォニッシマ(Canzonissima)に参加をしました。その後彼女の夫になるリバーサイド・ジャズ・バンドに在籍したトランペット・ソリスト、フランコ・クッキ(Franco Cucchi)と仕事をするようになります。
1959年サンレモ音楽祭に唯一度で1曲だけの出場をします。いくらクラメールが実力者であっても、前年に出来た新会社の無名新人には良い曲が与えられることはなく、ナタリーノ・オットーとのペアで参加曲に終わります。
60年にメジャーのCGDに移籍、65年にヴェデッテ(VEDETTE)が新設したジャズ・ポップス・レーベルのフォックス(FOX)に移籍します。その後60年代で引退し家庭に入りましたが、90年年代に宗教音楽に身を捧げて歌手活動を再開しました。息子のエマヌエレ・クッキ(Emanuele Cucchi)は音楽家となり、母のレパートリーとブラジル音楽をコラボレーションしたアルバムを2006年にイルマ(IRMA)・レコードからリリースしました。

アンナ・ダンミコの国内盤はありません

インテルメッツォ 「スパイがいっぱい」、「三月生れ」

サンレモ音楽祭の事を書きだしてもうすぐ三ヶ月、ジリオラ・チンクェッティの時もそうだったのですが、長丁場になると流石に負担感が出てきます。

少しここらで中休み!

と言う事もあるのですが、先ほど受け取ったばかりのヤフー・オークションで落札したシングル盤のお話がしたいのが本音でしょう。 また新発見で、ちょうどタイミングも良いので書いておこうと思いました。
以前から何度か入札していたのですが、高値で超えられて敗退していたのですが、今回なんとか手の届くところまで来ました。

1枚目がジミー・スミス楽団のMGM映画「スパイがいっぱい」主題曲。音楽がマリオ・ナッシンベーネだったので一度は聞いてみたいと思っていました。

DV-1011 (1966年7月 VERVE -日本グラモフォン)
スパイがいっぱい (THEME FROM“WHERE THE SPIES ARE”) ※/スパイがいっぱいのスロー・テーマ (SOLW THEME FORM “WHERE THE SPIES ARE”) ジミ-・スミス楽団 (JIMMY SMITH (og=a))
※e Bayの出品の音声サンプルです。即決での出品なのでいつ終わるかもしれません。でも全曲流して、試聴サンプルと言えるのでしょうか?


                DV-1011
DV-1011 

マリオ・ナッシンベーネは50年代の早くからアメリカ映画の音楽を作っていたイタリア人作曲家で、「裸足の伯爵夫人」、「武器よさらば」等で日本でもよく知られた人です。そしてジミー・スミスはマイルス・デイヴィスと共に来日したこともあるジャズ・オルガニストです。
 A面はジミー・スミス向けのジャズ・テーマ、B面もスローとあるようにこれも小洒落たジャズ・テーマなのですが、
なんとこの間から書いているユーラ・デ・パルマ(Jula de Palma)1959年サンレモ音楽祭で4位入賞させた曰く因縁つきの“あなた(Tua)”ではないですか!!
 それもモチーフを一部使うどころか、寸分違わずそのまま! 私にとって“あなた”がインスト物で聞けるので何の不満はありません。
善意に解釈すれば、“スロー・テーマ”は挿入曲で、映画音楽担当はナッシンベーネ、自国以外の著作権には余り興味がないアメリカなので、細かいクレジット(作詞ブルーノ・パレージ 作曲ワルター・マルゴーニ)をせずにナッシンベーネだけにしてしまったと受取っておきましょう。でWebでフル・ヴァージョンのサントラ盤がないか探したのですが見つかりませんでした。果たして出ていたのでしょうか? ご存知の方がいらっしゃれば教えてください。


今回はもう一枚の日本人歌手の映画音楽のカヴァー物。ずいぶん昔の物で、何度かの敗退の末のリベンジでした。
EA- 78 (1959年 KING -キング)三月生れ [日] (NATA DI MARZO [J])/バンビーノ [日] (BAMBINO [J])  中原美紗緒 (NAKAHARA MISAO (vf=j))

     EA- 78
EA- 78  EA- 77EA- 77 

EA- 77 (1959年 KING -キング)三月生れ [日] プロローグ(三月生れ PROROG (NATA DI MARZO))/フィナーレ(三月生れ FINARE (NATA DI MARZO)) オリジナル・サウンドトラック (フランコ・フェラーラ楽団 (FRANCO FERRARA))
こちらは軽く5桁にのってしまったので、ジャケなしで盤を持っているので我慢しました。

映画「三月生れ」は58年イタリア映画で翌年59年に日本公開、ジャクリーヌ・ササール主演のラヴ・コメディー。歌っているのは初代「あんみつ姫」(可なりの年齢の方でないと分からないしょう)でシャンソン歌手の中原美紗緒、B面の“バンビーノ”はナポリターナの“ガリオーネ(GUAGLIONE)”のフランスのタイトル、ダリダのカヴァーとして歌ったのでしょうか、そこがシャンソン歌手たる所以です。

サンレモの歌手たち 25 ファウスト・チリアーノ、ミランダ・マルティーノ

ファウスト・チリアーノ (vm) Fausto Cigliano
1937年2日15日ナポリ生、歌手、ギタリスト、親日家。国内盤でチリアーノ表示の場合もある。 

 七人の兄弟の下から2番目で、兄弟そろって音楽好きに育てられました。彼は子供の頃喘息だったので、4人の兄のようにサン・カルロ聖歌隊で歌うことが出来ませんでした。会計学校に入り友達から初めてギターを習いました。
戦後ナポリの新しい歌でレッロ・グレコ(Lello Greco)楽団からデビューする頃には喘息が完全に治っていました。イスキア島の有名ホテルで開催された国営放送RAIの地方本部オーディションに合格しましたこのエキサイティングな1955年夏以来、頻繁に幾つかのテレビやラジオ番組に出演しています。
“ガリオーネ(GUAGLIONE)”が優勝した56年第4回ナポリ音楽祭にアメデオ・パリアンテ(Amedeo Pariante)やセジュジョ・チェンティ(Sergio Centi)らと共に出場曲を再演奏するギタリストの一人として参加し、この音楽祭の16曲を入れたLPがチェトラから発売されました。

LPA- 70 (1956年 CETRA – CETRA) FAUSUTO CIGLIANO e la sua Chitara  
 
LPA-  70LPA- 70   LPA- 102LPA- 102  

翌年57年第5回ナポリ音楽祭にもアルマンド・ロメオ(Armando Romeo)やウーゴ・カリーゼ(Ugo Calise)らと共に再びギタリストとして呼ばれます。前年と同じくこの音楽祭の12曲を入れたLPがチェトラから発売されました。

LPA- 102 (1957年 CETRA – CETRA) FAUSUTO CIGLIANO e la sua Chitara
 

歌手としても認められ57年テューリ・ヴァーシル(Turi Vasile)監督「Classe di ferro」、翌58年ステノ(Steno)監督「Guardia, ladro e cameriera」、フラノェスコ・デ・ロベルティス(Francesco De Robertis)監督「Ragazzi della marina」、同「Cerasella」59年と立て続けに映画出演をしています。
59年サンレモ音楽祭に初出場で2曲歌い、ナポリ大先輩ロベルト・ムローロ作詞作曲の“いつも君と共に(Sempre con te)”をニラ・ピッツィがパートナーで6位入賞をしました。翌60年1曲(9位入賞)、61年1曲(12位)、62年2曲(参加)、最後となる64年に“もしも明日(E se domani)を歌い参加曲に終わりますが、ミーナのカヴァーで大ヒットし、スタンダードナンバーとなります。88年にはフリオ・イグレシアスが“アイ・ノウ・イッツ・オーバー(I KONOW IT'S OVER)”としてリヴァイヴァル・カヴァーをしています。
59年第7回ナポリ音楽祭ではテディー・レーノ(TEDDY RENO)をパートナーに“サラ・キ・サ(SARRA CHI SA')”で優勝しナポリターナ歌手としても確固たる地位を築きました。彼の歌は大編成のオーケストラの伴奏でなく、ギタリストとしてギターのみの伴奏で歌うのを得意としており、ナポリで静かに歌手活動を続けます。
56年のデビューから60年までチェトラに在籍し、フォニット・チェトラのフォニットに61年から63年までおりCARジューク・ボックスに移籍、出来て間もないパレードに67年に再び移籍しました。
66年春ミルバと共に来日し、親日家となったようで68年以降も何度も来日して、日本録音のアルバムを出しています。特にTV番組「赤い迷路」に“去り行く今”、「特捜生前線」に“私だけの十字架”が使われ、親しまれていますが、同じく親日家のフランス人ギタリスト(後に日本に帰化)とよく混同されます。ファウスト・チリアーノはイタリア人歌手・ギタリストです。

ファウスト・チリアーノの国内盤
HIT-1358 (1966年7月20日 SEVEN SEAS - キング) 涙をおふき [日] (UNA LACRIMA D'AMORE [J])/アンモーレ・ミオ [日] (AMMORE MIO [J]) 日本録音

HIT-1358HIT-1358 HIT-1495 HIT-1495

HIT-1495 (1968年2月 SEVEN SEAS - キング) 涙をおふき [日] (UNA LACRIMA D'AMORE [J])/アンモーレ・ミオ [日] (AMMORE MIO [J]) 日本録音

DP-1664 (1969年11月5日 POLYDOR - 日本グラモフォン) その名はモニャ (MONIA)/その名はモニャ [日] (MONIA [J]) 日本録音

DP-1664DP-1664   DP-1683DP-1683  

DP-1664 (1970年3月 POLYDOR - 日本グラモフォン) 夜霧のモントリオ-ル(VALERIE) オリジナル・サウンドトラック/ファウスト・チリアーノ B面日本録音

DP-1820 (1971年11月POLYDOR - ポリドール) 白い想い出の中で [日] (SHIROI OMOIDE NO NAKA DE [J])/去り行く今 [日] (ADESSO SI' [J]) 日本録音 

DP-1820 DP-1962a DP-1962b 
DP-1820            DP-1962初版         DP-1962再版

DP-1962 (1975年3月POLYDOR - ポリドール) 赤い迷路のテーマ (THEME FROM TV PROGRAMME “AKAI MEIRO”)/去り行く今 [日] (ADESSO SI' [J]) オリジナル・サウンドトラック/ファウスト・チリアーノ日本録音

DP-1978 (1975年7月POLYDOR - ポリドール) かもめ[日] (IL ETAIT UNE PLAGE [J])/白い想い出の中で [日] (SHIROI OMOIDE NO NAKA DE [J])日本録音

DP-1978DP-1978   DPQ-6143DPQ-6143  

DPQ-6143 (1979年7月POLYDOR - ポリドール)僕の海 [日] (BOKU NO UMI [J])/ポケットに手を入れて [日] (POCKET NI TE O IRETE [J])日本録音

DPQ-6048 (1977年5月21日POLYDOR - ポリドール)特捜最前線挿入テーマ (TOKUSO SAIZENSEN SUB-THEME”)/私だけの十字架 [日] (WATASHIDAKE NO JUJIKA [J]) オリジナル・サウンドトラック/ファウスト・チリアーノ日本録音

   
DPQ-6048初版DPQ-6048a DPQ-6048b DPQ-6048再版

MH- 222 (1966年4月SEVEN SEAS - キング) ナポリの心/ファウスト・チリアーノ (THE BEST OF FAUSTO CIGLIANO) 
  
                               MH- 222MH- 222  

1.アネマ・エ・コーレ (ANEMA E CORE)
2.ルナ・ロッサ (LUNA ROSSA)
3.もしも明日 (E SE DOMANI)
4.想い出のサンフランシスコ (IL CUORE A SAN FRANCISCO
(I LEFT MY HEART IN SAN FRANCISCO [I]))
5.スカリナテッラ (SCALINATELLA)
6.サンタ・キアーラ寺院 (MUNASTERIO E' SANTA CHIARA)
7.すべては夜に (TUTT' 'E SSERE)
8.ガリオーネ (GUAGLIONE)
9.夢に来たれ (VIENEME 'NZUONNO)
10.ロメオとジュリエット (GIULIETTA E ROMEO)
11.君知るしあわせ (CONOSCERTI)
12.イッヒ・リーベ・ディッヒ (ICH LIEBE DICH)
13.レイ (LEI)
14.サラ・キ・サ (SARRA CHI SA')

続きは次の機会に書きます




★ミランダ・マルティーノ (vf) Miranda Martino
ミランダ・マルティーノ(MIRANDA MARTINO)1933年10月29日、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州(イタリア最北東)のモッジョ・ウディネッセ(オーストリア国境近くの山間の町)生。 詳細は
私のブログ  ミランダ・マルティーノ(MIRANDA MARTINO) モリコーネのアレンジ曲で再注目(1)http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/4065377.html
ミランダ・マルティーノ(MIRANDA MARTINO) モリコーネのアレンジ曲で再注目(2)  http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/4088185.html をご覧ください。

ミランダ・マルティーノの追記
サンレモ音楽祭には1959年1曲(参加)、60年2曲(参加)、61年2曲(11位入賞)。

サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO) 20 1959年

 今回ユーラ・デ・パルマのEP盤画像を載せています。“あなた”以外はシングル盤が出されていたのかどうか、確認できないのです(彼女の公式ホーム・ページのディスコグラフィーにも載っておらず)が、このレコードのジャケット画像を載せました。 この掲載した夜、わが友よりメールが来て、彼女のCDに懇切丁寧なディスコグラフィーが載っているので、送るとのこと、先ほど受取り、レコード番号を確認し、追加訂正しました。
 当時レコードは高価(日本の場合も)でLPが買えるのは相当のお金持ちでしたので、ヨーロッパでは4曲入りのEPが普及していました。EP盤はちゃんと写真を使ってデザインしたジャケットが使われています。先だって終了したヤフー・オークション(
http://page4.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d137075802 )にもこのEP盤が出て非常な高値で落札されました。以前私もイタリアに強いプロ・グレ系の通信販売をしている方にお願いして買ってもらったのですが、これほどの額でなかったと思います。
 デフレなのでこの程度で、バブルの頃なら3万、5万は当たり前だったかもしれません。本当に彼女の曲を認めて買っていただければよいのですが、単にコレクションだけなら何か悲しい気持ちになりそうです。
 すでにユーラ・デ・パルマを紹介した時に書きましたが、4位になった“あなた”が余りにもセクシーな歌い方で、ある評論家をはじめ保守層から総攻撃を受け、ついに彼女は10年間RAIの出演が出来なくなりました。当時のイタリアは国営放送のRAIしかなく、一般聴衆にアピールできる唯一の手段のラジオ、TVから締め出されてしまいました。これは歌手にとって生命線を断ち切られたのと同然の処置でした。
 回を追うごとに国内盤も増えてくるので、1回分のデータを何分割かしないとおさまらないでしょうし、歌手の紹介も60年代に入ると1人1曲が定着し、40人もの歌手が出場します。1回の大会を紹介するのに、一カ月かかることも出てくるかもしれません。

第9回 1959年1月29日(木)~31日(土) サンレモ市カジノ付属劇場
司会:エンツォ・トルトーラ (Enzo Tortora) と アドリアーナ・セッラ(Adriana Serra)
楽団指揮:ジャンニ・フェッリオ (Gianni Ferrio)、ウィリアム・ガラッシーニ(William Galassini)
オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)
形式:出場曲数20曲。1曲2歌唱で2夜に10曲を歌い、各夜5曲ずつを入賞曲を選出し、最終夜に優勝以下得票により順位をつけ決定する。.

出場歌手は17歌手(グループは1歌手)で、初出場6歌手
Fonit Cetra 7; RCA ITALIANA 3; CGD 2; 新MELCHIONI (PHILIPS) 2; Durium 1; V.C.M.(COLUMBIA) 1; 新COMBO 1



     Fausto Cigliano 02      Miranda Martino 02 
     ファウスト・チリアーノ (CETRA)      ミランダ・マルティーノ(RCA ITALIANA.)


参加賞曲のつづき

<参加曲>
◆星と海 Nè stelle nè mare (G.C.Testoni - Fabor) 出版社 FLAG ファウスト・チリアーノ (vm) Fausto Cigliano (CETRA - FONIT CETRA) SP- 437 [45] :アルトゥーロ・テスタ (vm) Arturo Testa (PHILIPS - MELCHIONI) 不明 [45]

          SP- 437SP- 437b  

◆二人のレリフィンIl nostro refrain (S.Santi - N.Olivieri) 出版社 SMERALDO トニーナ・トリエリ (vf) Tonina Torrielli (CETRA – FONIT CETRA.) SP- 435 [45] : ニラ・ピッツィ (vf) Nilla Pizzi (RCA ITALIANA – RCA ITALIANA) 45N-0783 [45]

SP- 435SP- 435   45N-078345N-0783   

◆二人の門出 Partir con te (M.Panzeri - P.Calvi) 出版社 SUVINI ZERONI クラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (CETRA – FONIT CETRA) SP- 430 [45] : ジョニー・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli (CGD – CGD) N-9092 [45]

SP- 430SP- 430  N-9092N-9092  

◆人生のすべて Per tutta la vita (A.Testa - P.Spotti) 出版社 SANTA CECILIA ウィルマ・デ・アンジェリス (vf) Wilma De Angelis (PHILIPS - MELCHIONI) 363-374・PF [45] : ユーラ・デ・パルマ (vf) Jula de Palma (COLUMBIA – V.C.M.) SCMQ-1181 [45],SEMQ- 108 [EP]

SEMQ- 108 [EP] SEMQ- 108 

◆あなたはここにTu sei qui (A.Testa - L.Birga) 出版社 C.A.ROSSI アキレ・トリアーニ (vm) Achille Togliani (FONIT – FONIT CETRA) SP-30486 [45] :アルトゥーロ・テスタ (vm) Arturo Testa (PHILIPS - MELCHIONI) AC-3322 [45]

SP-30486SP-30486   363-377・PF363-377・PF  

◆君に贈りし人生La vita mi ha dato solo te (B.Casalini - M.De Martino) 出版社 MUSICAL FILM ミランダ・マルティーノ (vf) Miranda Martino (RCA ITALIANA – RCA ITALIANA) 45N-0786 [45] : ユーラ・デ・パルマ (vf) Jula de Palma (COLUMBIA – V.C.M) SCMQ-1181 [45],SEMQ- 108 [EP]

45N-078645N-0786   SEMQ- 108 [EP]SEMQ- 108  




・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。
・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。
・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。
・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。

サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO) 19 1959年

 ※FC2ブログ初心者で、画像ファイルなどリテール整備に悪戦苦闘している最中です。もう暫くご容赦ください。
完全版をご覧になりたい方は、私のヤフー・ブログ「cnz27hiroのブログ」(
http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio) をご覧ください


 レコードは殆どSP盤が見られなくなり、シングル盤(表記は[45]としています)になって来ます。まだ多くはカンパニー・スリーブ(各レコード会社専用の紙袋)に入っていますが、RCA ITALIANAのようにサンレモ音楽祭用の文字だけのデザインですが袋や、歌手の顔写真を使った盤が出てくるようになりました。ヒットした曲は長い間カタログに残り、カンパニー・スリーブや歌手個人のスリーブにも時代の変化があり、色々なパターンが見られます。
また複数曲を音楽祭で歌った歌手は同じレコード番号でも裏面の曲が差替えられたり、レコード番号を違えた盤が出ていたり様々な状況が起こって来ます。ここでは総てご紹介(総てがどれほどかも分かりませんが)出来ず、代表的(画像が見つかった物だけ)なものを載せています。アンナ・ダンミコのようにマイナー・レーベルでそうヒットもしなかった歌手の物を探すのは至難の業です。“コジ・コジ”の彼女歌の音声はまだ見つかっていません。
国内盤も運が良ければ出てくるようになりました。50年代の後半にサンレモの名前が入ったレコードが出ていたのは、今となっては驚く他ありません。ウィルマ・デ・アンジェリスの“ネッスーノ”も偶然見つけた盤でした。 国内盤でもマイナー会社から出ていたものは、資料が残っておらず、まだ出ているかも分かりませんが、ご存知であればお教えいただきたいと思っています。

第9回 1959年1月29日(木)~31日(土) サンレモ市カジノ付属劇場
司会:エンツォ・トルトーラ (Enzo Tortora) と アドリアーナ・セッラ(Adriana Serra)
楽団指揮:ジャンニ・フェッリオ (Gianni Ferrio)、ウィリアム・ガラッシーニ(William Galassini)
オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)
形式:出場曲数20曲。1曲2歌唱で2夜に10曲を歌い、各夜5曲ずつを入賞曲を選出し、最終夜に優勝以下得票により順位をつけ決定する。.

出場歌手は17歌手(グループは1歌手)で、初出場6歌手
Fonit Cetra 7; RCA ITALIANA 3; CGD 2; 新MELCHIONI (PHILIPS) 2; Durium 1; V.C.M.(COLUMBIA) 1; 新COMBO 1  


   wilma de angelis 
        Anna D'Amico 01 
 ウィルマ・デ・アンジェリス (PHILIPS)             アンナ・ダンミコ (COMBO)             

入賞曲のつづき

8位 ネッスーノNessuno (A.De Simoni - E.Capotosti) 出版社 MELODI 
ウィルマ・デ・アンジェリス (vf) Wilma De Angelis (PHILIPS - MELCHIONI) 363-375・PF [45] : ベティークルティス (vf) Betty Curtis (CGD – CGD) N-9087 [45]

NS- 38 363-375・PF  N-9087 
NS-   38            363-375・PF              N-9087

8位 ヘ調の行進曲 Una marcia in fa (M.Panzeri - V.Mascheroni) 出版社 MASCHERONI 
ジーノ・ラティルラ (vm) と クラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa & Gino Latilla (CETRA – FONIT CETRA) SP- 431 [45] : ベティー・クルティス (vf)とジョニー・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli & Betty Curtis (CGD – CGD) * N-9091 [45] *私はこの曲を持っているのですがWebではサンプル音声を見つけられず

SP- 431SP- 431 
   N-9091N-9091   

10位 唇の上のキッス Un bacio sulla bocca (A.Testa - G.Cichellero) 出版社 FANTASIA 
クラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (CETRA – FONIT CETRA) SP- 431 [45] : ベティー・クルティス (vf) Betty Curtis (CGD - CGD) N-9088 [45]

SP- 431SP- 431 
    N-9088N-9088   


<参加曲>
◆アドラミ Adorami (G.C.Testoni - U.Fusco) 出版社 BRIDGE 
トニーナ・トリエリ (vf) Tonina Torrielli (CETRA – FONIT CETRA) SP- 435 [45] : ニラ・ピッツィ (vf) Nilla Pizzi (RCA ITALIANA – RCA ITALIANA) 45N-0784 [45]

SP- 435SP- 435 
45N-078445N-0784  

◆コジコジ Così così (V.Vancheri) 出版社 TORNADO アンナ・ダンミコ (vf) Anna D'Amico (COMBO – COMBO) 5148 [45] :
ナタリーノ・オット (vm) Natalino Otto (FONIT - FONIT CETRA) SP-30489 [45]

         F-10065 [EP] F-10065 


◆二つの月La luna è un'altra luna (A.Testa - Biri - R.De Giusti - C.A.Rossi) 出版社 TRE STELLE 
ジーノ・ラティルラ (vm) Gino Latilla (CETRA - FONIT CETRA) SP- 433 [45] : ナタリーノ・オット (vm) Natalino Otto (FONIT - FONIT CETRA) SP-30488 [45]

SP- 433SP- 433a 
SP-30488SP-30488  

◆でもキッスしてMa baciami (DANPA - P.RIZZA - N.Godini) 出版社 SMART 
アキレ・トリアーニ (vm) Achille Togliani (FONIT - FONIT CETR) SP-30487 [45] : テディ-・レーノ (vm) Teddy Reno (RCA ITALIANA – RCA ITALIANA) 45N-0782 [45]

           SP-30487SP-30487 
 

参加曲の後半は次回に続く

http://www.music-bazaar.com/italian-music/albums/view/id/159843/name/San-Remo-1959




・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。
・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。
・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。
・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。

サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO)  18  1959年

 皆さんも良くご存じの“チャオ・チャオ・バンビーナ”でドメニコ・モドゥーニョが二連勝します。司会者も一新、オーケストラは日本でも“甘い囁き”や映画音楽でお馴染のジャンニ・フェッリをがメイン指揮者に就きました。

 前年、女王ニラ・ピッッツィがRCA ITALIANAから奇跡の復帰をして、しかも化物“ヴォラーレ”を別格とすれば、2、3、4位と好成績を収めた論功行賞か今回はRCAから3人の出場を果たしました。

54年のナポリの爆笑王子トト(Toto’)の推薦でナポリのフランコ・リッチ(Franco Ricci)、55年の特別ゲストのオドアルド・スパダーロ(Odoardo Spadaro)が推薦したであろう同郷のナルチソ・パリージ(Narciso Parigi)、57年は“飛べよ小鳩”等の大物作詞家ビクシオ・ケルビーニ(Bixio Cherubini)の娘フィオレッラ・ビーニ (Fiorella Bini)が実績のないポリドールから出場しています。

これは「瓢箪から駒」で大成功だったのですが、フォニットとチェトラが合併し、フォニットの得体の知れない自作自演歌手ドメニコ・モドゥーニョを、しかも阻止する規定がないことを理由に前例なかった自作の曲を自演することを特別に許可し出場させました。勝てば官軍です。
そしてまた、大物からの「ゴリ押し」枠、失礼!有名人の特別推薦枠があるのかどうか知りませんが、伊東ゆかりの“恋する瞳”やミルバの“悲恋”で日本でも良く知られているイタリア・ジャズ界の超大物作曲家ゴルニ・クラメールが、前年58年に作ったコンボ(COMBO)・レコーズから新人のアンナ・ダンミコを初出場させています。

第9回 1959年1月29日(木)~31日(土) サンレモ市カジノ付属劇場
司会:エンツォ・トルトーラ (Enzo Tortora) と アドリアーナ・セッラ(Adriana Serra)
楽団指揮:ジャンニ・フェッリオ (Gianni Ferrio)、ウィリアム・ガラッシーニ(William Galassini)
オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)
形式:出場曲数20曲。1曲2歌唱で2夜に10曲を歌い、各夜5曲ずつを入賞曲を選出し、最終夜に優勝以下得票により順位をつけ決定する。.

出場歌手は17歌手(グループは1歌手)で、初出場6歌手
Fonit Cetra 7; RCA ITALIANA 3; CGD 2; 新MELCHIONI (PHILIPS) 2; Durium 1; V.C.M.(COLUMBIA) 1; 新COMBO 1



                ARTURO TESTA      BETTY CURTIS     
               アルトゥ-ロ・テスタ (PHILIPS)        ベティ-・クルティス (CGD)


<優勝> チャオ・チャオ・バンビーナ Piove (D.Verde - D.Modugno) 出版社 CURCI 
ドメニコ・モドゥーニョ (vm) Domenico Modugno (FONIT - FONIT CETRA) SP-30492 [45] : ジョニー・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli (CGD - CGD) N-9093 [45]

DS-189a SP-30492  N-9093 
DS-189             SP-30492           N-9093

<2位> 恋のブルース Io sono il vento (G.C.Testoni - Fanciulli) 出版社 ACCORDO 
ジーノ・ラティルラ (vm) Gino Latilla (CETRA - FONIT CETRA) SP- 433 [45] : アルトゥ-ロ・テスタ (vm) Arturo Testa (PHILIPS - MELCHIONI) 363-376・PF [45]

SP- 433 SP- 433b 
363-376・PF363-376・PF  

<3位> 君知るしあわせConoscerti (G.D'Anzi) 出版社 D'ANZI 
アキレ・トリアーニ (vm) Achille Togliani (FONIT - FONIT CETRA) SP-30486 [45] : テディー・レーノ (vm) Teddy Reno (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) 45N-0780 [45]

SP-30486SP-30486a 
  45N-078045N-0780  

<入賞曲>
4位 あなた Tua (B.Pallesi - W.Malgoni) 出版社 SOUTHERN 
トニーナ・トリエリ (vf) Tonina Torrielli (CETRA - FONIT CETRA) SP- 434 [45] : ユーラ・デ・パルマ (vf) Jula de Palma (COLUMBIA - V.C.M.) SCMQ-1179 [45]

SP- 434SP- 434 
  SCMQ-1179SCMQ-1179  

5位 リ・ペル・リ Lì per lì (L.Beretta - G.Viezzoli) 出版社 CARIROLI 
アウレリオ・フィエルロ (vm) Aurelio Fierro (DURIUM - DURIUM) Ld・A-6471 [45] : テディー・レーノ (vm) Teddy Reno (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) * 45N-0781 [45]

Ld・A-6471Ld・A-6471 
  45N-078145N-0781  

6位 いつも君と共に Sempre con te (R.Murolo) 出版社 ROMANA FILM 
ファウスト・チリア-ノ (vm)  Fausto Cigliano (CETRA - FONIT CETRA) SP- 438 [45] : VIS RADIO VI-6078 [SP]) : ニラ・ピッツィ (vf) Nilla Pizzi # (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) 45N-0785 [45]
# 開いたサイトで下線の曲名をクリックしてください

SP- 438SP- 438 
  45N-078545N-0785.jpg  

7位 同い年 Avevamo la stessa età (D.Calcagno - M.Marini) 出版社 LEON Mus. 
アウレリオ・フィエルロ (vm) Aurelio Fierro (DURIUM – DURIUM) Ld・A-6472 [45] : ナタリ-ノ・オット (vm) Natalino Otto (FONIT – FONIT CETRA) SP-30488 [45]

Ld・A-6472Ld・A-6472 
  SP-30488SP-30488  




・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。
・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。
・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。
・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。

サンレモの歌手たち 24 ニラ・ピッツィ 2 ~ 蘇った女王


サンレモ音楽祭の主で、所属の楽団のマエストロ、チニコ・アンジェリーニとの軋轢でチェトラからRCA ITALIANAに移籍しました。当時のRCA は一度は潰れかかり、得体の知れぬ新人ドメニコ・モドゥーニョいる弱小会社で女王もこれで終わりかと思われていました。

 ★ニラ・ピッツィ (NILLA PIZZI)
ニラ・ピッツィ(Nilla Pizzi)、本名アディオニッラ・ピッツィ(Adionilla Pizzi)1919年4月16 日ボローニャのサンターガタ生―2011年3月12日ミラノ郊外の小都市セグラータ(Segrate)で没。貧しい農夫アンジェロと家でお針子をするマリアの娘として生まれる。
 
                                           Nilla Pizzi

 レコード会社の移籍後、アメリカ・ツアー、ロシア・ツアーなど海外公演をしていましたが、その間束の間の結婚後、離婚するなどプライベートでも紆余曲折していました。1958年サンレモ音楽祭復帰は3曲歌い“つた”が2位、“ほかの人を愛して”3位、同順4位で“こう愛するって誓う”となり、怪物“ヴォラーレ”がなければ、完勝復帰も夢ではなかったことでしょう。
“つた”はラテン諸国でヒットし、日本にもトリオ・ロス・パンチョス、ロス・トレス・ディアマンティスの曲として、あるいは英語題の“コンスタントリー(CONSTANTLY)”として知られています。
翌59年のサンレモ音楽祭では3曲(内4位、6位入賞)歌い、60年に2曲(内4位入賞)しています。ソロ歌手としてはこれが最後ですが、1994年に懐メロ歌手がつくったグループスクァンドラ・イタリア(Squandra Italia)として“Una vecchia canzone italiana”で19位入賞しました。
 RCA ITALIANA以後はEQUIPE、ARISTONなどからレコードを出し、国内盤のアルバムはアリストン私大のものです。日本には75年第1回民音イタリア音楽祭のメンバーとして来日し、ライブ録音も残しました。

ニラ・ピッツィの国内盤
MH- 210 (1965年9月 SEVEN SEAS - キング) 一緒にカンツォーネを歌おう第7集 (LE PIU' BELLE CANZONI Vol.7) 30cmLP
13.ポパ・ピコリ-ノ (PAPAVERI E PAPERE)

MH- 210MH- 210 
SR-   5SR- 5  

SR- 5 (1966年10月10日 SEVEN SEAS - キング) サン・レモの栄光 (I VINCITORI A SAN REMO) 30cmLP
1.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)
2.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)

SLX3-1001(M) (1966年10月10日 SEVEN SEAS - キング) 豪華版サン・レモのすべて(TUTTE LE CANZONI DI SAN REMO) 30cm3LP Box
1-1.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)
1-2.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)
1-3.ポパ・ピコリ-ノ (PAPAVERI E PAPERE)

SLX3-1001(M)SLX3-1001(M)a 
  SR- 601~2SR- 601~2a  

SR- 601~2 (1971年1月15日 SEVEN SEAS - キング) サンレモ音楽祭のすべて第1集 (FESTIVAL DI SAN REMO (I)) 30cm2LP
1-1.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)
1-2.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)
1-3.ポパ・ピコリ-ノ (PAPAVERI E PAPERE)
1-5.鐘つき人 (CAMPANARO)
1-7.おだやかなパパ (PAPA' PACIFICO)

GW- 233~4 (1973年1月 SEVEN SEAS - キング) 忘れな草 から ガラスの部屋 まで (CANZONE ON CINEMA DOUBLE DELUXE) 30cm2LP
2-9. カタリー (CORE 'NGRATO)

GW- 233~4GW- 233~4a 
  GW- 261~2GW- 261~2a  

GW- 261~2 (1974年6月 SEVEN SEAS - キング) サン・レモ優勝曲のすべて (I VINCITORI DI SAN REMO) 30cm2LP
1-11.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)
1-12.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)

GW- 273~4 (1975年4月25日 SEVEN SEAS - キング) カンツォ-ネの歴史/民音第一回イタリア音楽祭 (1゚ FESTIVAL DELLA CANZONE ITALIANA/THE HISTORY OF CANZONE) 30cm2LP
1-1.夜のヴァイオリン (VIOLINO TZIGANO)
1-7.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)
1-8.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)
1-10.つた (L'EDERA)

GW- 273~4GW- 273~4a 
 GEM-1067~8GEM-1067~8a  


GEM-1067~8 (1975年10月5日 SEVEN SEAS - キング) カンツォ-ネ100年史(第1回民音イタリア音楽祭) (MIN-ON PRIMO FESTIVAL DELLA CANZONE ITALIANA) 30cm2LP
1-3.夜のヴァイオリン <L> (VIOLINO TZIGANO
)
1-7.花をありがとう <L> (GRAZIE DEI FIORI
)
2-8.つた <L> (L'EDERA
)
2-9.カタリ- <L> (CORE 'NGRATO
)

GW- 283~4 (1976年1月SEVEN SEAS - キング) ヨーロッパ不滅のポップス・ダブル・デラックス (OLDIES BUT GOODIES EUROPE) 30cm2LP
6.夜のヴァイオリン (VIOLINO TZIGANO)

GW- 283~4GW- 283~4a 
 GXF-  31~5GXF- 31~5a  

GXF- 31~5 (1976年6月21日 SEVEN SEAS - キング) カンツォーネの歴史 (LA STORIA DI CANZONE ITALIANA) 30cm5LP Box
2-12.ミニエラ (MINIERA)
2-18.夜のヴァイオリン (VIOLINO TZIGANO)
3-16.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI) 原盤ARISTON,Italy

GXG- 15~6 (1976年9月21日SEVEN SEAS - キング) サン・レモ音楽祭ヒット曲集 (SAN REMO BEST HITS) 30cm2LP
3-4.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI) 原盤ARISTON,Italy

GXG-  15~6GXG- 15~6A 
  GXC-  30~1GXC- 30~1a  

GXC- 30~1 (1978年3月SEVEN SEAS - キング) カンツォーネ・スター・オン・ステージ (CANZONE STAR ON STAGE) 30cm2LP
1-6.つた <L> (L'EDERA
)
1-7. カタリ- <L> (CORE 'NGRATO
)

GXF- 81~90 (1979年2月5日 SEVEN SEAS - キング) サン・レモ音楽祭大全集 (FESTIVAL DI SAN REMO) 30cm10LP Box
1-1.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)
1-2.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)
1-3.ポパ・ピコリ-ノ (PAPAVERI E PAPERE)
1-5.鐘つき人 (CAMPANARO)
2-3.つた (L'EDERA)
原盤 RCA ITALIANA

GXF-  81~90
GXF- 81~90a    GXC- 141~2GXC- 141~2a  

GXC- 141~2 (1979年7月21日SEVEN SEAS - キング) サン・レモ優勝のすべて (I VINCITORI DI SAN REMO) 30cm2LP
2-14.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)
2-15.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)

240E- 2013~5 (1989年6月5日SEVEN SEAS - キング) カンツォーネのすべて~栄光のサンレモ (STRIA DELLA FESTIVA DI SANREMO) 3CD Box
1-1.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)
1-2.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)

240E- 2013~5240E- 2013a 
NFA-91801~10NFA-91801~10a  

NFA-91801~10 (1991年 JAZZY -ジャジー・プランニング) エンサクロペディア・オブ・カンツォーネ (ENCYCLOPEDIA OF CANZONE) 10CD Box 非ライセンス商品
1-1.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)
1-2.飛べよ小鳩 (VOLA COLOMBA)
1-3.ポパ・ピコリ-ノ (PAPAVERI E PAPERE)
1-15.つた (L'EDERA)
原盤 RCA ITALIANA

KICP- 215~9 (1992年3月25日 SEVEN SEAS - キング) カンツォーネの歴史1200-1900 (LA STORIA DELLA CANZONE ITALIANA) 5CD Box
3-8.花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI)

KICP- 215~9KICP- 215~9 
  BVCM-37063~72BVCM-37063~72a  

BVCM-37063~72 (2000年3月23日 RCA - BMGファンハウス) エンニオ・モリコーネ・クロニクル (THE ENNIO MORRICONE CHRONICLES) 10CD Box
3-7.苦い水 (ACQUE AMARE)

BVCM-38088~9 (2006年3月22日BGM - BMGジャパン) 愛のカンツォーネ50 (CNZONE 50) 2CD
1-3. 花をありがとう (GRAZIE DEI FIORI) 原盤 RCA ITALIANA

BVCM-38088~9BVCM-38088~9a 
KIL-1002KIL-1002  

KIL-1002(MED・BAR- 002) (2006年MEDIANE - キング・インターナショナル (MEDIANE,Italy)) バー・ローマ (BAR ROMA) 準国内盤
4.しじゅうからのタンゴ (IL TANGO DELLE CAPINERE)

WQCP- 910 (20116年10月1日WARNER - ワーナー・ミュージック・ジャパン) 逢いびき~魅惑のイタリアン・ポップス~ (L'APPARTAMENTO~ITALIAN POPS COLLECTION~) CD
10.アネマ・エ・コーレ (ANEMA E CORE)

             WQCP-  910WQCP- 910 
 

サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO) 特別版 2013

 今までヤフー・ブログと楽天ブログに書いてきましたが、楽天の方の画像ファイルのキャパシティーが一杯になり、fc2で始める事となりました。
 慣れるまで楽天の過去分を修正・採録するつもりです。特にサンレモ音楽祭のデータについては現在書いているヤフー・ブログに追いつき次第、同時進行していく予定です。
 サンレモ音楽祭のデータについて早くご覧になりたい方は、http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio をご覧ください。


☆サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO) 特別版 2013
 今年のサンレモ音楽祭もいよいよ一カ月後の開催となりました。出場曲、出場歌手も決まったようですので、取りあえず特別版として2013年63回の情報をお知らせします。
 サンレモはまた新たな手を考えました。開催費用のコスト・ダウンの方策なのでしょうか?私は最初、今回の大会規則を読んでいて理解できませんでしたが、歌手と出品曲の一覧表を見てやっと理解が出来ました。
詳しくはウィキペディア、ホーム・ページをご覧ください。
http://it.wikipedia.org/wiki/Festival_di_Sanremo_2013 
http://www.sanremo.rai.it/dl/portali/site/page/Page-5542e590-c157-47d5-bc94-e4651290de93.html  

第63回 2013年2月12日(火)~16日(土) サンレモ市アリストン劇場 予定
司会:ファビオ・ファツィオ (Fabio Fazio) と ルチアーナ・リッティッテット(Luciana Littizzetto)
楽団指揮:マウロ・パガーニ (Mauro Pagani)
オーガナイザー:イタリア放送協会(RAI)
形式:チャンピオン14名と新人8人の出場歌手によって競われます。

第1夜、第2夜にチャンピオン部門の歌手はそれぞれ2曲を歌い、投票で本選で歌う1曲が選ばれます。これが新たな方式です。音楽祭の最近30年は自作自演歌手ばかりとなり、自分の歌しか歌わなくなっていたので、活性化としては良いかもしれませんが、より複雑化になります。
チャンピオン部門は第3夜に選ばれた14曲を歌い、本選順位に25%加重する暫定順位を決めます。1日とんで最終夜(5日目)にもう一度歌い最終選考をし、優勝を決めます。

新人部門は第1夜、8歌手が紹介されます。第2夜、第3夜にそれぞれ4歌手の内最終選に2歌手づつを入賞を選出する。第4夜はサンレモ・ストーリーというイベントと新人部門の優勝曲を決定します。
. サンレモ・ストーリーはチャンピオン部門の14歌手が、本選出場歌手以外のイタリア人歌手、外国人歌手とのデュエットしてもよく、過去のサンレモ音楽祭の曲を歌うイベントが行われます。

<チャンピオン部門> 
Almamegretta アルマメグレッタ (commpl) ナポリのバンド、初出場
・Mamma non lo sai ママは知らない (Raiz, Gennaro T e P. Polcari) 出版社 
・Onda che vai 行く波 (F. Zampaglione) 出版社 
◆1966年参加 アドリアーノ・チェレンターノ/トリオ・デル・クラン “グルック通りの若者(IL RAGAZZO DELLA VIA GLUCK)”

Annalisa アンナリーサ(vf) 初
・Non so ballare ダンスを知らない (E. Meta) 出版社
・Scintille スパークス(きらめき) (D. Faini, A. Galbiati) 出版社 
◆1981年 優勝 アリ-チェ “エリ-ザ(PER ELISA)”

Chiara Galiazzo キアラ・ガリアッツォ (vf) 初
・L’esperienza dell’amore 愛の経験 (F. Zampaglione) 出版社
・Il futuro che sarà 将来になります (F. Bianconi, L. Chiaravalli) 出版社
◆1989年入賞 ミア・マルティーニ “宇宙の中であなただけ(ALMENO TU NELL'UNIVERSO)”


Daniele Silvestri ダニエレ・シルヴェストゥーリ (vm) 1995,1999,2002,2007年
・A bocca chiusa 口を閉じて (D. Silvestri) 出版社
・Il bisogno di te あなたが必要 (D. Silvestri) 出版社
◆1972年8位 ルチオ・ダルラ “グランデ広場(PIAZZA GRANDE)”

Elio e le Storie Tese エリオ&ストリエ・テーゼ (compl) 1996年
・Dannati forever 無限地獄 (S. Belisari, S. Conforti, D. L. Civaschi, N. Fasani) 出版社
・La canzone mononota カンツォーネ・モノノタ (S. Belisari, S. Conforti, D. L. Civaschi, N. Fasani) 出版社
◆1964年入賞 ロベルティーノ/ボビー・ライデル “かわいいキッス(UN BACIO PICCOLISSIMO)”

Malika Ayane マリカ・アヤーネ (vf) 2009,2010年
・Niente 何も (G. Sangiorgi) 出版社
・E se poi そしてもし (G. Sangiorgi) 出版社
◆1969年入賞 リカルド・デル・トゥルコ/アントワーヌ “愛の妙薬(COSA HAI MESSO CAFFE')”

Marco Mengoni マルコ・メンゴーニ (vm) 2010年
・Bellissimo 美しい (G. Nannini, Pacifico, D. Tagliapietra) 出版社
・L'essenziale 本質的な (R. Casalino, F. De Benedittis) 出版社
◆1967年参加 ルイジ・テンコ/ダリダ “チャオ・アモーレ・チャオ(CIAO AMORE CIAO)” 


Maria Nazionale マリア・ナツィオナーレ (vf) 2010年(ニーノ・ダンジェロと一緒に)
・Quando non parlo 私が話せないとき (E. Gragnaniello) 出版社
・È colpa mia (P. Servillo, F. Mesolella) 出版社
◆1988年優勝 マッシーモ・ラニエリ “愛を失う(PERDERE L'AMORE)”


Marta sui tubi マルタ・スイ・トゥービ (compl) 初
・Dispari 奇数 (G. Gulino, M. Boschi, C. Pipitone, P. Pischedda, I. Paolini) 出版社
・Vorrei 私はしたい (G. Gulino, M. Boschi, C. Pipitone, P. Pischedda, I. Paolini) 出版社
◆1959年8位 ベティー・クルティス/ ウィルマ・デ・アンジェリス “ネッスーノ(NESSUNO)”


Max Gazzè マックス・ガッツェ (vm) 1999,2000,2008年
・Sotto casa 階下 (M. Gazzè, F. Gazzè, F. De Benedittis) 出版社
・I tuoi maledettissimi impegni あなたの忌々しい約束  (M. Gazzè, F. Gazzè, M. Buzzanca) 出版社
◆1969年5位 ナーダ/ロークス “なんて寒い(MA CHE FREDDO FA)”

Modà モーダ (compl) 2005、2011年(エンマと一緒に)
・Come l'acqua dentro il mare 海の水のように (F. Silvestre) 出版社
・Se si potesse non morire あなたが死ぬことができなかった場合 (F. Silvestre) 出版社
◆1965年入賞 ピノ・ドナッジォ/ジョディー・ミラー “この胸のときめきを(IO CHE NON VIVO (SENZA TE))”

Raphael Gualazzi ラファエル・グァラッツィ (vm) 2011年
・Sai (ci basta un sogno) あなたは知っている(私たちはただの夢) (R. Gualazzi) 出版社
・Senza ritegno (R. Gualazzi) 出版社
◆2001年優勝 エリーザ “ルーチェ(LUCE (TRAMONTI A NORD EST))”

Simona Molinari con Peter Cincotti シモーナ・モリナーリ (vf) と ピーター・シンコッティ (vm=a) 初
・Dr. Jekyll and Mr. Hyde  ドクター・ジキル&ミスター・ハイド (L. Luttazzi) 出版社
・La felicità 幸福 (C. Avarello, S. Molinari, M. Vultaggio) 出版社
◆1959年4位 ユーラ・デ・パルマ/トニーナ・トリエリ “あなた(TUA)”

Simone Cristicchi シモーネ・クリスティッキ (vm) 2006、2007(優勝),2010年
・Mi manchi あなたがいなくて寂しいです  (S. Cristicchi, R. Pacco, F. Di Salvo) 出版社
・La prima volta che sono morto 私は初めて死んだ (S. Cristicchi, L. Pari) 出版社
◆1968年優勝 セルジョ・エンドリゴ/ロベルト・カルロス “君を歌う(CANZONE PER TE)”



<新人部門> 
○Blastema ブラステマ (compl)
・Dietro l'intima ragione 背後にある内部の理由 (M. Casadei, D. Gambi, A. Nanni) 出版社 

○Il Cile イル・チーレ (vm)
・Le parole non servono più 言葉は、もはや必要ありません (L. Cilembrini, R. Presentini) 出版社 

○Irene Ghiotto イレーネ・ギョット (vf)
・Baciami?  キスして。 (I. Ghiotto, C. Carcano) 出版社 

○Antonio Maggio アントニオ・マッジョ (vm)
・Mi servirebbe sapere 私は知っているだろう (A.Maggio) 出版社 

○Andrea Nardinocchi アンドレア・ナルディノッキ (vm)
・Storia impossibile 不可能な話 (A.Nardinocchi) 出版社 

○Ilaria Porceddu イラリア・ポルチェッドゥ (vf)
・In equilibrio バランスで
 (I. Porceddu, A. Fontana, C. Ferrari) 出版社 

○Renzo Rubino レンツォ・ルビーノ (vm)
・Il postino (Amami uomo)  イル ポスティーノ (愛してくれる男) (R. Rubino, A. Rodini) 出版社 

○Paolo Simoni パオロ・シモーニ (vm)
・Le parole 言葉 (P.Simoni) 出版社 

下線はウィキペディアのリンク先です、書き込みのないリンク先もあります。
邦題は翻訳ソフトで直訳しただけです。オフィシャルな題ではありません。
名前の後の年号は過去の出場年です。
<ゲスト歌手> 
トト・クトゥーニョ(
Toto Cutugno)、アル・バーノ(Al Bano)、リッキとポーヴェリ(Ricchi e Poveri

サンレモの歌手たち 23 アウレリオ・フィエルロ、 マリーサ・デル・フラーテ、 トリオ・ジョイス

 

アウレリオ・フィエルロ (vm)  Aurelio Fierro

1923年9月13日ナポリの東60kmの山中の町モンテッラ生、2005年3月11日ナポリ没、歌手、俳優。 

                                     Aurelio Fierro 

ナポリの東隣のアベリノ県のモンテッラで11人兄弟の6番目として生まれで、実家は建設会社でしたが、叔父は1937年には映画館を開いていました。彼の歌の勉強は、聖フランシスコ修道院の聖歌隊で歌うことで上達しました。

デビューは600人以上応募した新人歌手コンテスト"Giardino degli aranci"に優勝した1951年でした。優勝すればDurium との契約ができ、ナポリ語とイタリア語でレコードが出してもらえる大会でした。52年 "poveri rrose! "を歌いナポリの対岸にあるカステラマーレ・ディ・スタビアの音楽祭で優勝しました。これは戦争中、科学技術高等学校に入学しエンジニアの専門職に就いていた彼を音楽の道に向かわせることになりました。

最初の大ヒットは、"ふぬけ男(Scapricciatiello)"でした。後にヒットして映画にもなったドメニコ・モドゥーニョによって書かれて有名な "ラッザレッラ(Lazzarella)"が次に来ました。

サンレモ音楽祭には58年4曲(内2曲は6位と7位)、翌59年に2曲(5位、7位)、61年1曲(参加)、62年2曲(5位、6位)、63年2曲(内1曲は7位)、64年(参加)と6回出場し7曲を入賞させています。またナポリ音楽祭にも多くの成果を残しています。

彼が有名になった曲"ガリオーネ(Guaglione)" (これは56年第4回ナポリ音楽祭でグラツィア・グレーシ(Grazia Gresi)をパートナーに歌われた)は北米大陸のツアーで歌い、多くの言葉に訳されてイタリア系移民の歌手達に広く歌われ、フランス、東欧、日本ではダリダが"バンビーノ(Bambino)"の題で歌い良く知られています。

62年にレコード会社KING UNIVERSALを設立し、70年代にはかなり重要なレーベルとなり、 ペピーノ・ガリアルディ(Peppino Gagliardi)やトニー・アスタリタ(Tony Astarita)が在籍しました。また。60年代後半ナポリでレストランを開き、土曜の夜には自らが出演するディナー・ショーも持ち、有名人や観光客を招いたりして繁盛していました。ナポリの市会議員にも選出されました。

 

アウレリオ・フィエルロの国内盤

SLPM-1214 (1965年3月 POLYDOR - 日本グラモフォン) カンツォーネ・ナポリターナ (NAPOLI D'ALTRI TEMPI) 30cmLP

1.遥かなるサンタ・ルチア (SANTA LUCIA LUNTANA)
2.恋する笛吹き ('O ZAMPUGNARO 'NNAMMURATO)
3.マリアローザの物語 ('O CUNTO 'E MARIAROSA)
4.他国者の心 (CORE FURASTIERO)
5.ファの和音 ('N 'ACCORDO IN FA)
6.小さな家の素敵な娘 ('O VASCIO)
7.フランス・ピン売り ('E SPINGOLE FRANGESE)
8.感傷の夜 (NUTTATA 'E SENTIMENTO)
9.オイリ・オイラ (OILI' OILA')
10.波の上で ('NCOPP' 'A LL'ONNE)
11.始めてと二度目と三度目 (PRIMA, SICONDA E TERZA)
12.あなたに口づけを (I'TE VURRIA VASA)

 

SLPM-1214SLPM-1214   GP- 496GP- 496  

 

GP- 496 (1977年10月 SEVEN SEAS -キング) 遥かなるサンタ・ルチア (SANTA LUCIA LUNTANA/AURELIO FIERRO) 30cmLP

1.遥かなるサンタ・ルチア (SANTA LUCIA LUNTANA)
2.ガッパリア (GUAPPARIA)
3.センチメンタルな夜 (NUTTATA 'E SENTIMENTO)
4.オイリ・オイラ (OILI' OILA')
5.笑いの歌 ('A RISA)
6.恋する楽士 ('O ZAMPUGNARO 'NNAMMURATO)
7.あなたにくちづけを (I'TE VURRIA VASA)
8.ガリオ-ネ (GUAGLIONE)
9.ラッザレッラ (LAZZARELLA)
10.ふぬけ男 (SCAPRICCIATIELLO)
11.黒い落し子 (TAMMURITA NERA)
12.パンジ-の花 (LA PANSE)
13.あなたはメランコリ- (TU SI' A MALINCUNIA)
14.ヴリア ()VURRIA

 

GXC- 113 (1979年5月25日 SEVEN SEAS -キング) マンマ/遥かなるサンタ・ルチア カンツォーネ・ベスト・ライブラリー (MAMMA/SANTA LUCIA LUNTANA CANZONE BEST LIBRARY) 30cmLP

1.マンマ (MAMMA)
2.アル・ディ・ラ (AL DI LA')
3.リコルダ (RICORDA)
4.強く抱きしめて[日] (ABBRACCIAMI FORTE [J])
5.異国の想い (TERRA STRANIERA)
6.アイ (UNO DEI TANTI)
7.たよりに愛をこめて(SCRIVIMI)
8.遥かなるサンタ・ルチア (SANTA LUCIA LUNTANA)
9.ガリオ-ネ (GUAGLIONE)
10.ふぬけ男 (SCAPRICCIATIELLO)
11.ラッザレッラ (LAZZARELLA)
12.あなたのくちづけを (I'TE VURRIA VASA)
13.笑いの歌 ('A RISA)
14.ヴリア (VURRIA)

 1~7ルチア-ノ・タヨ-リ (LUCIANO TAJOLI); 8~14アウレリオ・フィエルロ (AURELIO FIERRO)

GXC- 113GXC- 113   KICP- 742KICP- 742  

 

KICP- 742 (2000年10月25日 SEVEN SEAS -キング) アウレリオ・フィエロ/遥かなるサンタ・ルチア (AURELIO FIERRO/SANTA LUCIA LUNTANA) CD

1.遥かなるサンタ・ルチア (SANTA LUCIA LUNTANA)
2.ガッパリア (GUAPPARIA)
3.センチメンタルな夜 (NUTTATA 'E SENTIMENTO)
4.オイリ・オイラ (OILI' OILA')
5.笑いの歌 ('A RISA)
6.恋する楽士 ('O ZAMPUGNARO 'NNAMMURATO)
7.あなたにくちづけを (I'TE VURRIA VASA)
8.ガリオーネ (GUAGLIONE)
9.ラッザレッラ (LAZZARELLA)
10.ふぬけ男 (SCAPRICCIATIELLO)
11.黒い落し子 (TAMMURITA NERA)
12.パンジーの花 (LA PANSE)
13.あなたはメランコリー (TU SI' A MALINCUNIA)
14.ヴリア (VURRIA)
15.夢遊病の女 ('A SUNNAMBULA)
16.こいきなフランス・ピン ('E SPINGOLE FRANGESE)

 

アウレリオ・フィエルロの後半は次の機会につづく

 

 

 

 

マリーサ・デル・フラーテ (vf) Marisa Del Frate

1931年3月11日ローマ生。1950年代、60年代のモデル、歌手、女優。 

                                    Marisa Del Frate 

3年間人気モデルとして働き、1956年パレルモのミスユニバース・コンテストにその美しさのおかげで決勝戦まで進みました。フォニット・チェトラと契約ができ音楽業界にも進出できました。翌年のナポリ音楽祭に出場がデビューで、幸運にも"秋のメランコリ-(Malinconico autunno)"が優勝しました。その余勢で翌58年のサンレモ音楽祭に出場し2曲歌いましたが何れも入賞できませんでした。同年のナポリ音楽祭でクリスティーナ・ヨリオと"お前に望む(VOGLIO A TTE...)"、ヌンツィオ・ガロと"何故ナポリで歌う(PECCHE' SE CANTA A NAPULE)"、ルチアーノ・ヴィルジーリと"まごころ(SINCERITA')"を歌いましたが前年のようにはいかず総て入賞できませんでした。一方、数多くの大会やポップ音楽のマイナーなフェスティバルに参加しています。

 59年エルミニオ・マカリオ(Erminio Macario) のミュージカル・コメディー「Chiamate Arturo 777」でフランコ劇場デビューをし、テレビの司会や映画を中心に活躍するようになりました。

 

マリーサ・デル・フラーテの国内盤

SR- 615~6 (1971年8月10日 SEVEN SEAS - キング) ナポリ音楽祭のすべて第1集 (FESTIVAL DELLA CANZONE NAPOLETANA(I)) 30cm2LP

12.秋のメランコリ- (MALINCONICO AUTUNNO)

                  SR- 615~6SR- 615~6a  

 

 

 

 

トリオ・ジョイス (coro) Trio Joice

オルガ・ジョイス(Olga Joyce)、レナータ・ジョイス(Renata Joyce)、フランカ・ジョイス(Franca Joyce)三姉妹から成るボーカル・トリオ、表記はJoice あるいはJoyceとされることがあります。 

                                    Trio Joice 

 1957年に彼女たちは喜劇俳優エルミニオ・マカリオ(Erminio Macario)と一緒にレビューの仕事をしています。その後、チニコ・アンジェリーニ楽団からデビューしています。

58年サンレモ音楽祭で"苺と小さな帽子(Fragole e cappellini)"をアウレリオ・フィエルロと歌い注目されました。他の歌手のバック・コーラスをし、61年に引退する前にいくつかの国際的なツアーを行います。そして次の年には、プライベートな生活に戻りました。

 

トリオ・ジョイスの国内盤はありません




サンレモの歌手たち 22  ジョニー・ドレルリ、クリスティーナ・ヨリオ

 ★ジョニー・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli
本名ジョルジョ・グイディ (Giorgio Guidi) 1937年2月20日ミラノの北隣の小都市メダ(Meda)生、歌手、俳優、司会者、プロデューサー。  

                                           Johnny Dorelli 01       

父ジョヴァンニ・グイディは戦前からテノール歌手ニーノ・ダウレリオの芸名でフォニットからレコードを出していました。1946年アメリカに移住し、ジョヴァンニは幼年期をアメリカで過ごし、マンハッタン芸術高校で音楽を学び、ジョニー・ドレルリの芸名でテレビ タレントの大会で好成績を残し有名なTVの音楽番組にも出ていました。
アメリカで51年14才の時“Arrotino/Famme durmì”を歌いRCA VICTORからデビュー。55年にイタリアに戻り、テディ・レーノのCGDと契約しアメリカのカバー曲を歌いイタリア・デビューをしました。他の歌手とは違う、洒落たアメリカ風な歌い方で人気が出てきました。
最初のヒット曲は56年の映画の挿入曲“Calypso melody”でした。1957年彼はヌッチア・ボンジョバンニと共にマリオ・リーヴァの「Musichiere」というRAIの音楽番組出演ができました。
58年サンレモ音楽祭初出場でドメニコ・モドゥーニョと“ヴォラーレ”を歌い初優勝、翌59年も同じ組合せで“チャオ・チャオ・バンビーナ(Piove)”が連続優勝しました。多くの芸術的価値と商業的な成功を得ましたが、ドモゥーニョの勢いに押しつぶされないように、身を守りました。
サンレモ音楽祭には58年優勝曲の“ヴォラーレ”の他に2曲(内1曲は10位入賞)、翌59年は“チャオ・チャオ・バンビーナ”が優勝、60年2曲、62年2曲、63年2曲、67年(9位)、68年(参加)、69年(8位)、2007年(入賞)と好成績を残しています。
サンレモの連勝でTVのレギュラー出演が決まり、59年から60年の夏にクァルテット・チェトラやゴルニ・クラメール楽団との仕事が入りました。その間、58年にNo.1ヒットの“マイ・ファニー・バレンタイン”、“桃色のくちびる”、59年にNo.1ヒット“ユリア”、“ポルトフィーノの恋”、“ピノキオへの手紙”も61年にNo.1ヒットにしています。

ジョニー・ドレルリの国内盤
20F-1003 (1959年7月 20th. CENTURY-FOX - 日本ビクター) ユリア (JULIA)/桃色のくちびる (BOCCUCCIA DI ROSA)

20F-100320F-1003
  IS-1002IS-1002

IS-1002 (1960年7月 KING INTERNATIONAL - キング) ロマンティック女 (ROMANTICA)/二人よ永遠に (NOI)

IS-1004 (1960年6月 KING INTERNATIONAL - キング) 悲しみよさようなら (FELICITA)/オルフェの歌 (LA CANZONE DI ORFEO)

IS-1004IS-1004 IS-1017IS-1017

IS-1017 (1961年3月31日 CGD - キング) バラ色の森[英] (THAT WAS THE OLD VIENNA [E])/ウィーンのほほえみ[英] (A SMILE IN VIENNA [E])

IS-1028 (1962年1月15日 CGD - キング) 君がひとみに (I TUOI OCCHI)/二人のメロディー (LA NOSTRA MERODIA)

IS-1028IS-1028 IS-1033IS-1033

IS-1033 (1962年3月10日 CGD - キング) モンテカルロ (MONTECARLO)/ルナ・ルナ・ル (LUNA LUNA LU)

IS-1038 (1962年4月10日 CGD - キング) ピノキオへの手紙 (LETTERA A PINOCCHIO)/可愛いぼくの恋人よ(CARA CARA MIA)

IS-1038NO IMAGE-WANTED   HIT-1167HIT-1167

HIT-1167 (1965年2月 SEVEN SEAS - キング) それは九月だった (ERA SETTEMBRE)/ピノキオへの手紙(LETTERA A PINOCCHIO)

HIT-1424 (1967年3月20日 SEVEN SEAS - キング) 涙に咲く花 (L'IMMENSITA')/夢みる夜(AL BUIO STO SOGNANDO)

HIT-1424HIT-1424 HIT-1473HIT-1473

HIT-1473 (1967年11月1日 SEVEN SEAS - キング) 涙に咲く花 (L'IMMENSITA')/涙に咲く花 [日] (L'IMMENSITA' [J])

HIT-1612 (1969年4月 SEVEN SEAS - キング) 恋の遊び(IL GIOCO DELL'AMORE)/恋の遊び(IL GIOCO DELL'AMORE) カテリーナ・カセルリ (CATERINA CASELLI)/ジョニー・ドレルリ

            HIT-1612HIT-1612

MH- 142 (1964年2月 SEVEN SEAS - キング) カンツォーネを聞こう第2集 (CANZONE! CANZONE! CANZONE! Vol.2) 30cmLP
1愛のシャリオ
2アル・ディ・ラ
3黒い瞳に青い空
4恋はロマンティック
5リコルダーミ
6海のタンゴ
7やさしい情熱
8ヴォラーレ (NEL BLU DIPINTO DI BLU)
9チャオ・チャオ・バンビーナ (PIOVE)
10.恋のブルース (IO SONO IL VENTO)
11.ピノキオへの手紙 (LETTERA A' PINOCCHIO)
12.何でもないさ (NON COSTA NIENTE)
13.ロマンティカ (ROMANTICA)
14.ひきだしの中の海 (IL MARE NEL CASSETTO)
 1~7ベティー・クルティス (BETTY CURTIS); 8~14ジョニー・ドレルリ

MH- 142MH- 142 SR- 326SR- 326

SR- 326 (1970年4月10日 SEVEN SEAS - キング) 涙に咲く花/ジョニー・ドレルリ (JOHNNY DORELLI) 30cmLP
1.涙に咲く花 (L'IMMENSITA')
2.秋風の頃 (PROBABILMENTE)
3.君に生きる (NON E' PIU' VIVERE)
4.夢みる夜 (AL BUIO STO SOGNANDO)
5.花のためいき (RUBERO' IL RESPIRO DEI FIORI)
6.スカリナテッラ (SCALINATELLA)
7.夜のストレンジャー (SOLO PIU' CHE MAI)
8.それは九月だった (ERA SETTEMBRE)
9.雪 (LA NEVE)
10.狂った蝶々 (LA FARFALLA IMPAZZITA)
11.あなたの瞳 (I TUOI OCCHI)
12.アリヴェデルチ・ローマ (ARRIVEDERCI ROMA)
13.君にふたたび (NON RIVEDERTI PIU')
14.恋の遊び (IL GIOCO DELL'AMORE)



コンピレーション(オムニバス)
17M-1012 (1964年10月1日 SEVEN SEAS - キング) サン・レモのすべて第3集 (TUTTE LE SAN REMO Vol. 3) 17cmCP
2. ヴォラーレ (NEL BLU DIPINTO DI BLU)
4. チャオ・チャオ・バンビーナ (PIOVE)

17M-101217M-1012a    PS- 8PS-  8

PS- 8 (1967年4月20日 SEVEN SEAS - キング) サン・レモ音楽祭’67第3集 (FESTIVAL DI SAN REMO 1967 Vol.3) 17cmCP
1.涙に咲く花 (L'IMMENSITA')

PS- 62 (1968年4月 SEVEN SEAS - キング) 第18回サン・レモ音楽祭第2集 (SAN REMO 1968 Vol.2) 17cmCP
4.狂った蝶々 (LA FARFALLA IMPAZZITA)

             PS- 62PS- 62


IF- 5 (1962年2月10日 CGD - キング) ナポリ民謡祭 (FESTVAL DI CANZONE NAPOLITANA 1961) 25cmLP
2.九月はぼくと (SETTEMBRE CU ME)
5.泣かないで (NUN CHIAGNERE)

IF- 5IF-   5 IF- 7IF-   7

IF- 7 (1962年5月25日 CGD - キング) 1962年サンレモ国際音楽祭 (SAN REMO 1962) 25cmLP
4.大きな雨傘 (L'OMBRELLONE)
7.恋人よ今日は (BUONGIORNO AMORE)

ジョニー・ドレルリの後半は次の機会に続きます


★クリスティーナ・ヨリオ (vf) Cristina Jorio
本名クリスティーナ・タヴォラッツィ(Cristina Tavolazzi)、1928年7月18日ヴェネチアとサンマリノの中間にある小都市アルフォンシーネ生、1950年代の歌手。  

                                          Cristina Jorio  

 父はメッザーノのエリダニア砂糖工場の労働者、母親はお針子、7人兄弟の3番目でした。クリスティーナは美しい声を持っていたのでオペラが好きな父に励まされ、16 歳の時にルーゴ(Lugo)のティナ・ブリーニ(Tina Brini)の学校で歌うため送出されました。終戦後、彼女が20歳になった頃、人前で歌うのは初めてでしたが、ラヴェンナで行われたコンテストで優勝しました。
1950年頃、ラヴェンナのGrotta Verde di Marinaでアストリア楽団にいたギラリスト、エウジェニオ・ヨリオ(Eugenio Jorio)に会い結婚します、彼女は夫の姓を芸名にしました。54年の夏にミラマーレ・ディ・ベッラリーアに来ていたジョヴァンニ・ダンツィ(Giovanni D'anzi)が彼女の声を聞き、見出しました。彼女は“ジョニー ギター(Johnny Guitar)”を歌いV.C.M.のV.d.P.と契約とすることになります。
彼女はあるトラブルからサンレモ音楽祭に関わります。57年第2夜に歌われる“美しきもの(La cosa piu' bella)”がヨリオの歌で先にレコードが出てしまい、この曲は初の失格となりました。しかし彼女には何のお咎めもなく翌58年初で唯一のサンレモ音楽祭で2曲歌いました。
60年代に古巣V.d.P.からJET INTERNATIONAL、COMBO とマイナー・レーベルでレコードを出しましたが63年頃には引退をし家庭に入りました。

クリスティーナ・ヨリオの国内盤はありません




サンレモの歌手たち 21  ドメニコ・モドゥーニョ

 ★ドメニコ・モドゥーニョ (Domenico Modugno)
1928年1月9日、長靴の踵の付け根辺りの小都市ポリニャーノ・ア・マーレ(Polignano a Mare)生、1994年8月6日シチリア島とチュニジアの中間にある保養地の小島ランペドゥーサ島(Lampedusa)没、自作自演歌手、俳優、監督、イタリアの政治家でした。

                   Domenico Modugno 02 

 ポリニャーノ・ア・マーレの海を見渡せる白い家で生まれました。1935年父コジモ(Vito Cosimo Modugno)がサン・ピエトロ・ヴェルノーティコ市防衛隊本部司令官になり、ここに引っ越します。 二人の兄トニオ(Vito Antonio detto Tonino)とジャンニオ(Giovanni detto Giannino)に姉テレーザ(Teresa)で、末っ子の彼は幼い頃、ミミ(Mimì)、大きくなってミンモ(Mimmo)と呼ばれていました。
この市の学校に7年間通い、サレント方言に分類されるサン・ピエトロ方言を覚えます。父からギターとアコーディオンを習い、45年最初に書いた曲“E la luna fra le nubi che sorride al mio dolore”と“Il treno che fischia”はシチリア方言と思われていますが、ここの方言で書いて音楽への情熱をみせます。
彼はレッチェ(Lecce)の会計学校に通い、1947年チャンスを求め父に黙ってトリノに行き、最初はウェイター見習い、次にタイヤ工場で働きました。トリノでの苦労は魂の中に残っています。49年、ボローニャでの兵役後、彼は故郷に戻って口ひげを生やします。地元のお祭りでアコーデオンを弾き、即興セレナーデを歌っているとその変わった風貌と非凡な才能で若い娘に評判となりました。
彼はトリノに戻りますが、すぐにローマ行き、映画撮影実験センターから月5万リラの奨学金を獲得し、演劇学校に入学しました。そこで55年に妻となる裕福な大佐の娘で女優志望のシチリア人フランカ・ガンドルフィ(Franca Gandolfi)とめぐり会います。
その間彼は夕方にサレント方言の民謡やヒット曲をレパートリーとし、マグレッタ通りの芸術サークルで歌っていました。49年カンツォーネを題材としトト(Toto’)も出ているの映画「ヴィッジュの消防夫(I pompieri di Viggiù)」、や51年「Filumena Marturano」に端役で出演し、他にも幾つかの映画にでています。彼の夢である映画に出演する時も、ミュージシャンであり続けています。


              I pompieri di Viggiu'. Filumena Marturano
          I pompieri di Viggiù  Filumena Marturano 


            Carica eroica
            Carica eroica


フランチェスコ・デ・ロベルティス監督の映画「Carica eroica」にモドゥーニョはシチリア兵の役で出演し、子供を寝かせるシーンでサン・ピエトロ・ヴェルノーティコで人気のある“Ulìe tene ulìe” を子守唄として歌いました。ただこれはラジオで聞いたフランコ・ネッビア(Franco Nebbia)の曲をアレンジしたものでした。 これがきっかけとなり、彼にはRAIラジオ第2放送のディレクター、フルヴィオ・パルミエリ(Fulvio Palmieri)の4つのエピソードで音楽番組を作る提案が舞い込みました。この番組は、53年フランカ・ガンドルフィとの共演で放送されました。最初が“山いぬ(Amuri...amuri...)*”で始まり、後に“ユニマミ・ユニパピ(LA CICORIA)”、 “La barchetta dell'amore”として知られる曲を歌っています。
これらの事が重なりその後にドメニコ・モドゥーニョのシチリア・ジプシー伝説が生まれたと考えられています。番組宣伝やレコードを売るキャッチ・フレーズとして使われることは仕方がないことでしたが、サレント方言とシチリア方言の民謡、あるいはモドゥーニョの作った曲などが混同され、広められたことを故郷サン・ピエトロやサレント地方の人たちは快く思いませんでした。、
53年5月グイド・ナターリの司会番組「ラディオスクリーニョ(Radioscrigno)」のある回にゲスト出演したフランク・シナトラは、モドーニョが番組中で“Ninna nanna”という曲を歌い、シナトラは非常に感銘を受け、早速この曲を録音したいと言ったそうです。
54年RCA ITALIANAとイタリア人歌手第1号の契約(#)のおかげでレコードで彼の曲は後世に残されます。サレント方言とシチリア方言の2つの地域の民謡によって触発された動物への愛や伝説を題材に独特の表現の曲を生みだしていきました。

RCA ITALIANA時代に残されたベスト盤30cmLP(25cmは2枚)です。初期の曲が収録されています。
PML-10019 (1958年 RCA ITALIANA - RCA ITALIANA)  DOMENICO E' SEMPRE DOMENICO
                   PML-10019 
1.VECCHIO FRAK (古いフロックコ-ト)  A25V-0316 (SP#16)[1955]
2.'O MESE 'E SETTEMBRE  A25V-0296 (SP#15)[1955]
3.LA DONNA RICCIA (金持ち女)  A25V-0003(SP#03)[1954]
4.SCARCAGNULU  A25V-0006(SP#06)[1954]
5.MUSCIU NIURU  A25V-0002(SP#02)[1954]
6.E VENE 'O SOLE (太陽、太陽、太陽)  A25V-0316 (SP#16)[1955]
7.VITTI 'NA CROZZA (しゃれこうべの歌)  A25V-0157 (SP#14)[1955]
8.MUSETTO (ミュゼット)  A25V-0464 (SP#18)[1955]
9.NINNA NANNA  A25V-0001(SP#01)[1954]
10.LU PISCE SPADA (剣魚)  A25V-0003(SP#03)[1954]
11.LA SVEGLIETTA (小さな目覚し時計)  A25V-0004(SP#04)[1954]
12.LA BARCHETTA DELL'AMMURI  A25V-0004(SP#04)[1954]
13.LA CICORIA (ユニマミ・ユニパピ)  A25V-0001(SP#01)[1954]
14.IO, MAMMETA E TU (俺とおっ母とおめえ)  A25V-0464 (SP#18)[1955]

 56年サンレモ音楽祭に出品した“ミュゼット”と“俺とおっ母とおめえ”を入れた18枚目のSP盤を出した後、フォニットに移籍し、58年サンレモ音楽祭に“ヴォラーレ”を出品、自らが歌い優勝します。

ドメニコ・モドゥーニョの国内盤
CP-1124 (1964年3月 VICTOR - 日本ビクター) 音楽野郎/ドメニコ・モデューノ(
TUTTO E MUSICA/DOMENICO MODUGNO


                      CP-1124                      
1.古いフロックコート (VECCHIO FRAK)
2.剣魚 (LU PISCE SPADA)
3.チャオ・チャオ・バンビーナ (PIOVE)
4.ヴォラーレ (NEL BLU DIPINTO DI BLU)
 1、2 ドメニコ・モドゥーニョ (DOMENICO MODUGNO); 3、4フランコ・パガーニ (FRANCO PAGANI)

このコンパクト盤の2曲は国内盤で唯一モドゥーニョが最初にRCA ITALIANAと契約した当時に録音された曲が入った盤です。タイトルの映画「音楽野郎」は公開時に映画「太陽!太陽!太陽!」に変わりました。

 “ヴォラーレ”が大ヒットしてからのお話は次回にいたしましょう。



注(*)日本で最初に“Amuri...amuri...”がレコードとして発売されたのは
HIT-1868 (1971年4月10日 SEVEN SEAS -キング) “山いぬ(AMURI)”/“しゃれこうべの歌(VITTI 'NA CROZZA)” オテロ・プロファ-ツィオ (OTELLO PROFAZIO) 映画「山いぬ」オリジナル・サウンド・トラック盤 としてでした。そのためモドゥーニョの曲も邦題を“山いぬ”としました。

注(#)RCA ITALIANA
私も余り気にしていなかったのですが、今回ドメニコ・モドゥーニョのデビュー盤を調べて、彼がRCA ITALIANAのイタリア国内歌手第一号だと知りました。この会社自体は戦後49年ローマ法王の後盾もあり始まったのですが、外国盤だけしか出していませんでした。経営も思わしくなくなり、54年に組織を再編しヴァチカン秘書官を経営者に迎え、国内盤を作ることで再出発しました。
新人歌手ドメニコ・モドゥーニョの他、チェトラからサンレモの女王ニラ・ピッツィ、リズ・オルトラーニ夫人となるカティーナ・ラニエリ等が移籍してきました。モドゥーニョは56年サンレモ音楽祭に“ミュゼット”を出品し、自分の曲をカヴァーで発売後、フォニットに移籍しました。


サンレモの歌手たち 33  ドメニコ・モドゥーニョ 2 につづく




サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO)  17  1958年

  この年からオーガナイザーがサンレモ市ホテル観光協会になりました。表面的にイタリア放送協会(RAI)の名前が消えています。曲の審査結果の集計もATAが独自で行い、RAIの関与はなくなりました。過去怪しげな集計をして、順位に影響が出たとは言いませんが、音楽祭が大きくなるにつれ、音楽出版社やレコード会社、歌手との利害関係が大きくなり公明性が要求されてて来たのだと考えられます。この年その後、メジャー・レーベルになりサンレモ音楽祭でも重要な存在となるリコルディ(DISCHI RICORDI)が最大手音楽出版社の御曹司ナンニ・リコルディ(Nanni Ricordi)によって興されます。

 

第8回 1958年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場

司会:ジャンニ・アグス (Gianni Agus) と フルヴィア・コロンボ(Fulvia Colombo)
楽団指揮:チニコ・アンジョリーニ (Cinico Angelini)、アルベルト・センプリーチ(Alberto Semprini)
オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)
形式:出場曲数20曲。1曲2歌唱で2夜に10曲を歌い、各夜5曲ずつを入賞曲を選出し、最終夜に優勝以下得票により順位をつけ決定する。.

出場歌手は14歌手(グループは1歌手)で、初出場6歌手

Fonit Cetra 7; Durium 2; CGD 1; V.C.M.( V.d.P.; Columbia) 1; CARISCH(Odeon; Parlophon) 1; Vis Radio  1; 新 RCA ITALIANA  1

 

 

         Aurelio Fierro    Trio Joice 
         アウレリオ・フィエルロ (vm)        トリオ・ジョイス (DURIUM)

 

 

参加賞曲のつづき

 

 

<参加曲>

◆心のときめき Ho disegnato un cuore (S.Simoni - I.Piga) 出版社 SCHAEFFERS グロリア・クリスティアン (vf) Gloria Christian (VIS RADIO - VIS RADIO) Vi-6058 [SP] : マリ-サ・デル・フラ-テ (vf) Marisa Del Frate (CETRA - FONIT CETRA) SP- 129 [45],AC-3329 [SP]

 

         AC-3329AC-3329b

 

◆ぼくは君 Io sono te (A.Testa - Biri - R.De Giusti - C.A.Rossi) 出版社 TRE STELLE クリスティ-ナ・ヨリオ (vf) Cristina Jorio (V.d.P. - V.C.M.) HN-3882 [SP]) : カルラ・ボ-ニ (vf) Carla Boni (CETRA - FONIT CETRA) SP- 125 [45]

 

HN-3882HN-3882 SP- 125SP- 125

 

◆金婚式 Nozze d'oro (F.Conti - G.Cavalli - E.Carnelli) 出版社 SORRISI E CANZONI トリオ・ジョイス (coro) Trio Joice (DURIUM - DURIUM) 現存せず [non esiste] : トニ-ナ・トリエリ (vf) と ドゥオ・ファザ-ノ (duo) Tonina Torrielli & Duo Fasano (CETRA - FONIT CETRA) AC-3322 [SP]

 

                     AC-3322AC-3322a

 

◆君帰りせば Se tornassi tu (E.Radaelli - B.Barberis) 出版社 ATA - PONTI - DE LAURENTIS ジョルジョ・コンソリ-ニ (vm) Giorgio Consolini (PARLOPHON - CARISCH) 不明 : ジョニ-・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli (CGD - CGD) N-9032 [45],PV-2282 [SP]

 

    N-9032N-9032 PV-2282PV-2282

 

◆アルベロベッロのばか I trulli di Alberobello (G.Ciocca - U.Bindi) 出版社 SANTA CECILIA アウレリオ・フィエルロ (vm) と トリオ・ジョイス (coro) Aurelio Fierro & Trio Joice (DURIUM - DURIUM) A-11117 [SP] : トニ-ナ・トリエリ (vf) と ドゥオ・ファザ-ノ (duo) Tonina Torrielli & Duo Fasano (CETRA - FONIT CETRA) AC-3322 [SP]

 

A-11117A-11117a AC-3322AC-3322b 

 

◆君はわが故郷 Tu sei del mio paese (A.Testa - Biri - R.De Giusti - C.A.Rossi) 出版社 C.A.ROSSI ナタリ-ノ・オット (vm) Natalino Otto (FONIT - FONIT CETRA) SP-30186 [45] : ジ-ノ・ラティルラ (vm)  Gino Latilla (CETRA - FONIT CETRA) SP- 125 [45]

 

SP-30186SP-30186 SP- 125SP- 125

 

初出場歌手の顔写真はなるべくその時代の物を使ったレコードやCDのジャケット画像を使うように探し、それが無い時はあまり使われていない雑誌の表紙やレコード会社の宣材写真を使うように心がけていました。今回第8回のデータを紹介する時にトリオ・ジョイスの画像を探しましたが見つからず、使わないでおこうと思っていたウィキペディアの写真を使うことにしました。また適当な画像が見つかれば差替えるようにするつもりでいます。

また各曲のジャケット画像もSPやシングル盤にしようと思っていましたが、自分の持っているEPの画像を使いました。無いよりましだと思って使っております。

 

フォニット・チェトラから第8回のコンピレーションLPが出されており、CDで復刻されました。

PLIP・PL-003 (2010年 PLIP - PLIP MUSIC,Italy) 第8回サンレモ音楽祭(1958) (VIII FESTIVAL DELLA CANZONE SANREMO 1958)

       PLIP・PL-003PLP・PL-003

1ほかの人を愛して/2恋のひでり/3サンタ・ルチアの鐘/4これぞキッス/5別れはやさし/6ファンタスティカ/7苺と小さな帽子/8こう愛するって誓う/9心のときめき/10ぼくは君/11アルベロベッロのばか/12君想う歌/13つた/14千回/15ヴォラ-レ/16忘れぬあなた/17金婚式/18君帰りせば/19内気なセレナ-ド/20君はわが故郷

1, 12,13ニラ・ピッツィ; 2,10 カルラ・ボ-ニ; 3,8, クラウディオ・ビルラ; 4ジ-ノ・ラティルラと クラウディオ・ビルラ; 5,9マリ-サ・デル・フラ-テ; 6ジョニ-・ドレルリ; 7アウレリオ・フィエルロとトリオ・ジョイス; 11,17トニ-ナ・トリエリと ドゥオ・ファザ-ノ; 14トニ-ナ・トリエリ; 15ドメニコ・モドゥ-ニョ; 16,19カルラ・ボ-ニと ジ-ノ・ラティルラ; 18ジョルジョ・コンソリ-ニ; 20ジ-ノ・ラティルラ

 

 

 

 

 

・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。

・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。

・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。

・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。



サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO)  16  1958年

  前年に戦前からの老舗チェトラとフォニットが合併します。今回も圧倒的な独占状態で、参加曲の"君帰りせば"以外は必ずフォニット・チェトラの歌手がい歌い50%のシェアを確保しています。

優勝曲の"ヴォラーレ"が世界的(特にアメリカで)な大ヒットとなり第1回グラミー賞を、外国人が外国語で歌った曲という家のの初めてづくしとなりました。

他にも取上げる「初めて物語」があります。最終確認ができないのですが、サンレモ音楽祭出場曲でレコード化されなかった曲が出たことです。トリオ・ジョイスが歌った"金婚式"がその曲です。私のデータの参考資料の一つイタリアのサイト「HIT PARADE ITALIA」の「IL FESTIVAL DI SANREMO」で現存せず(non esiste)の表示がされています。http://www.hitparadeitalia.it/sanremo/edizioni/1958.htm

 

第8回 1958年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場

司会:ジャンニ・アグス (Gianni Agus) と フルヴィア・コロンボ(Fulvia Colombo)
楽団指揮:チニコ・アンジョリーニ (Cinico Angelini)、アルベルト・センプリーチ(Alberto Semprini)
オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)
形式:出場曲数20曲。1曲2歌唱で2夜に10曲を歌い、各夜5曲ずつを入賞曲を選出し、最終夜に優勝以下得票により順位をつけ決定する。.

出場歌手は14歌手(グループは1歌手)で、初出場6歌手

Fonit Cetra 7; Durium 2; CGD 1; V.C.M.( V.d.P.; Columbia) 1; CARISCH(Odeon; Parlophon) 1; Vis Radio  1; 新 RCA ITALIANA  1

 

 

    MARISA DEL FRATE    Johnny Dorelli 02
     マリーサ・デル・フラーテ (CETRA)     ジョニー・ドレルリ (CGD)

 

入賞曲のつづき

8位 忘れぬあなた Non potrai dimenticare (B.Pallesi - W.Malgoni)出版社 SOUTHERN ナタリ-ノ・オット (vm) Natalino Ottoi (FONIT - FONIT CETRA) 15955 [SP] : カルラ・ボ-ニ (vf) と ジ-ノ・ラティルラ (vm) Carla Boni & Gino Latilla (CETRA - FONIT CETRA) SP- 128 [45]

1595515955 SP- 128SP- 128

9位 千回 Mille volte (Zibio - Fabor) 出版社 MINSTREL クリスティ-ナ・ヨリオ (vf) Cristina Jorio (V.d.P. - V.C.M.) 7MQ-1072 [45], HN-3885 [SP]: トニ-ナ・トリエリ (vf) Tonina Torrielli (CETRA - FONIT CETRA) SP- 120 [45],AC-3320 [SP]

HN-3885HN-3885 SP- 120SP- 120a

10位 ファンタスティカFantastica (A.E.Costanzo - L.Gori - P.Bentivoglio) 出版社 CASA NOSTRA ナタリ-ノ・オット (vm) Natalino Otto (FONIT - FONIT CETRA) 15957 [SP] : ジョニ-・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli (CGD - CGD) N-9031 [45]

1595715957 N-9031N-9031

 

<参加曲>

◆恋のひでり Arsura (B.Cherubini - V.D'Acquisto - M.Schisa) 出版社 ASSO ジョルジョ・コンソリ-ニ (vm) Giorgio Consolini * (PARLOPHON - CARISCH) QMSP-16129 [45] :カルラ・ボ-ニ (vf) Carla Boni * (CETRA - FONIT CETRA) 不明 *レコードはEP

QMSP-16129QMSP-16129 EPE-3021 [EP]EPE-3021



[VOON] cnz27smpl_ARSURA_GIORGIO CONSOLINI


◆君想う歌 La canzone che piace a te (R.Cutolo - M.De Paolis - M.Ruccione) 出版社 ACCORDO ニラ・ピッツィ (vf) と アウレリオ・フィエルロ (vm) Nilla Pizzi & Aurelio Fierro (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA 45N-0648 [45] : DURIUM - DURIUM Ld・A-6209 [45]): クラウディオ・ビルラ (vm)と ドゥオ・ファザ-ノ (duo) Claudio Villa & Duo Fasano (CETRA - FONIT CETRA) SP- 127 [45], AC-3327 [SP]

45N-064845N-0648 AC-3327AC-3327

 Ld・A-6209Ld・A-6209 A-11117bA-11117

◆これぞキッス Cos'è un bacio (V.Rovi - G.Boneschi) 出版社 MENESTRELLO グロリア・クリスティアン (vf) Gloria Christian (VIS RADIO - VIS RADIO)不明 [SP] : クラウディオ・ビルラ (vm) と ジ-ノ・ラティルラ (vm) Claudio Villa & Gino Latilla (CETRA - FONIT CETRA) SP- 128 [45], AC-3328 [SP]

            SP- 128SP- 128

◆別れはやさし E' molto facile dirsi addio (E.Neri - L.L.Martelli) 出版社 R.R.R. ジョルジョ・コンソリ-ニ (vm) Giorgio Consolini (PARLOPHON - CARISCH) 不明 [45] : マリ-サ・デル・フラ-テ (vf) Marisa Del Frate (CETRA - FONIT CETRA) SP- 129 [45],AC-3329 [SP]

           AC-3329AC-3329a

 

 

 

 (*)ジョルジョ・コンソリーニの音声サンプル・ファイルでインター・ネット上で探し出せない曲があります。音源を持っているのですが、ブログに音声ファイルは直接貼れないようですし、またその知識もありません。良い方法があれば教えてください。

CUL-8029 (1958年 ODEON - PANART,Cuba) サンレモ1958 (CANCIONES DEL FESTIVAL DE SANREMO 1958)

                   CUL-8029

1.つた (L'EDERA)
2.恋のひでり (ARSURA)
3.忘れぬあなた (NON POTRAI DIMENTICARE)
4.苺と小さな帽子 (FRAGOLE E CAPPELLINI)
5.君帰りせば (SE TORNASSI TU)
6.ファンタスティカ (FANTASTICA)
7.サンタ・ルチアの鐘 (CAMPANA DI SANTA LUCIA)
8.こう愛するって誓う (GIURO D'AMORTI COSI')
9.ヴォラ-レ (NEL BLU DIPINTO DI BLU)
10.君はわが故郷 (TU SEI DEL MIO PAESE)
11.君想う歌 (LA CANZONE CHE PIACE A TE)
12.千回 (MILLE VOLTE)

1,4,8,11 ルチア-ノ・タヨ-リ (LUCIANO TAJOLI);2,5,7,10ジョルジョ・コンソリ-ニ (GIORGIO CONSOLINI); 3 エミリオ・ペリコ-リ と フェルナンダ・フルラ-ニ (EMILIO PERICOLI e FERNANDA FURLANI); 6,9,12 エミリオ・ペリコ-リ (EMILIO PERICOLI)

 

・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。

・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。

・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。

・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。




サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO)  15  1958年

   いよいよドメニコ・モドゥーニョが初出場します。単に超大物歌手と言うだけでなく、イタリアのカンツォーネをすべて変えてしまう一大転換点になったことです。それともう一つの重大事は「レジーナ」ニラ・ピッツィが蘇って来たことです。しかもRCA ITALIANAの初参加歌手として奇跡の復活を演じたのでした。

普通の事となり、あまり実感がないかもしれませんが、自作自演でサンレモ音楽祭で歌うのはドメニコ・モドゥーニョの"ヴォラーレ"が初めてのことでした。サンレモ音楽祭を国際的(最大の音楽市場アメリカに対しても)に知らしめました。それにどっちでも良いことですが、髭をはやした歌手としてもサンレモ音楽祭では初めてでした。

それまでは日本のかつての歌謡曲と同じく作曲家と作詞家の先生が弟子の歌手に曲を与え歌っていたシステムと同じことがイタリアでも常識でした。カンタウトゥーリという造語が、もう少し後で使われるようになりますが、ウンベルト・ビンディ(UMBERTO BINDI)の作品"アルベロベッロのばか"が密やかに出場しています。

 

 

第8回 1958年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場

司会:ジャンニ・アグス (Gianni Agus) と フルヴィア・コロンボ(Fulvia Colombo)
楽団指揮:チニコ・アンジョリーニ (Cinico Angelini)、アルベルト・センプリーチ(Alberto Semprini)
オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)
形式:出場曲数20曲。1曲2歌唱で2夜に10曲を歌い、各夜5曲ずつを入賞曲を選出し、最終夜に優勝以下得票により順位をつけ決定する。.

出場歌手は14歌手(グループは1歌手)で、初出場6歌手

Fonit Cetra 7; Durium 2; CGD 1; V.C.M.( V.d.P.; Columbia) 1; CARISCH(Odeon; Parlophon) 1; Vis Radio  1; 新 RCA ITALIANA  1

 

 

 

       Domenico Modugno 02     Cristina Jorio
       ドメニコ・モドゥーニョ (FONIT)        クリスティーナ・ヨリオ (V.d.P.)

 

 

<優勝> ヴォラ-レ Nel blu dipinto di blu (F.Migliacci - D.Modugno) 出版社 CURCI ドメニコ・モドゥ-ニョ (vm) Domenico Modugno (FONIT - FONIT CETRA) SP-30183,SP-30208 [45] : ジョニ-・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli (CGD - CGD) N-9027 [45]

 

DS-113 SP-30208 N-9027
DS-113            SP-30208           N-9027

 

<2位> つた L'edera (V.D'Acquisto - S.Seracini) 出版社 MENESTRELLO ニラ・ピッツィ (vf) Nilla Pizzi (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) 45N-0647,45N-0650 [45] : ニ-ナ・トリエリ (vf) Tonina Torrielli (CETRA - FONIT CETRA) SP- 120 [45],AC-3320 [SP]

 

45N-064745N-0647   SP- 120SP- 120b

 

<3位> ほかの人を愛して Amare un altro (R.Pazzaglia - Fabor) 出版社 TITANUS ニラ・ピッツィ (vf) Nilla Pizzi (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) 45N-0648 [45] : ジ-ノ・ラティルラ (vm) Gino Latilla (CETRA - FONIT CETRA) SP- 123 [45]

 

            45N-064845N-0648

 

<入賞曲>

4位 サンタ・ルチアの鐘 Campana di Santa Lucia (B.Cherubini - C.Concina) 出版社 CASIROLI ジョルジョ・コンソリ- (vm) Giorgio Consolini (PARLOPHON - CARISCH) QMSP-16129 [45] : クラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (CETRA - FONIT CETRA) SP- 127 [45]

 

        QMSP-16129QMSP-16129

 

4位 こう愛するって誓う Giuro d'amarti così (M.Panzeri - V.Mascheroni) 出版社 MASCHERONI ニラ・ピッツィ (vf) Nilla Pizzi (RCA ITALIANA - RCA ITALIANA) 45N-0649 [45] : クラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (CETRA - CETRA) SP- 124 [45] ;AC-3324 [SP]

 

45N-064945N-0649 SP- 124SP- 124

 

6位 内気なセレナ-ド Timida serenata (Nisa - G.Redi) 出版社 CURCI アウレリオ・フィエルロ (vm)* と グロリア・クリスティアン (vf) #Aurelio Fierro & Gloria Christian (DURIUM - DURIUM Ld・A-6209 [45], A-11116 [SP] : VIS RADIO VI-6078 [SP]) : カルラ・ボ-ニ (vf) ジ-ノ・ラティルラ (vm) Carla Boni & Gino Latilla (CETRA - FONIT CETRA) SP- 121 [45], AC-3321 {SP}  *レコードはアウレリオ・フィエルロと トリオ・ジョイス #レコードはグロリア・クリスティアンのみ

 

Ld・A-6209 VI-6078 SP- 121
Ld・A-6209                 VI-6078                     SP- 121

 

7位 苺と小さな帽子 Fragole e cappellini (M.Panzeri - S.Seracini) 出版社 SUVINI ZERONI アウレリオ・フィエルロ (vm) と トリオ・ジョイス (coro) Aurelio Fierro & Trio Joice (DURIUM - DURIUM) Ld・A-6210 [45], A-11115 [SP] : クラウディオ・ビルラ (vm)と ドゥオ・ファザ-ノ (duo) Claudio Villa & Duo Fasano (CETRA - FONIT CETRA) SP- 124 [45], AC-3324 [SP]

 

Ld・A-6210Ld・A-6210 SP- 124SP- 124

 

 

 

 

・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。

・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。

・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。

・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。



サンレモの歌手たち 20  クラウディオ・ビルラ(2)

 クラウディオ・ビルラ(Claudio Villa)

本名クラウディオ・ピカ(Claudio Pica)1926 年1月1日ローマ生、1987年2月7日パドヴァ没。イタリアの映画俳優、歌手。

                  Claudio Villa (VR) 

 ローマの古い下町トラステヴェレ地区のルンガラ通りで父ピエトロ・ピカ(PIETRO PICA)とウルピア・ウルバーニ(ULPIA URBANI)の子として生まれました。

 

まずサンレモ音楽祭の出場状況(各年度のサンレモ音楽祭のデータをご参照ください)は、

1955年第5回3曲を歌い"悲しみよ今日は(Buongiorno tristezza)"で優勝、"急流(Il torrente)"が2位、"恍惚を歌う(Incantatella)"が4位と全出場曲を入賞させました。よく56年は新人コンテストのため、出場できず。

1957年サンレモ音楽祭の本丸チェトラ・レコードに移籍し、特別祭を含め6曲、本選で"ギタ-の弦(Corde della mia chitarra)"が優勝します。"ナイチンゲ-ル(Usignolo)"が2位、"うるわしのバラの門(Cancello tra le rose)"5位、ジーノ・ラティルラとのデュエットで"危険第一番(Il pericolo numero uno)"が6位、特別祭では"なみ(Ondamarina)"が優勝し、"淋しき教会(Chiesetta solitaria)"が4位とパーフェクト入賞を成し遂げました。当時の人気の高さがお分かり頂けると思います。

 翌58年第8回は5曲出場、"サンタ・ルチアの鐘(Campana di Santa Lucia)""こう愛するって誓う(Giuro d'amarti così)"が同点の4位、ドゥオ・ファザーノをバック・コーラスに歌った"苺と小さな帽子(Fragole e cappellini)"7位となり、参加曲に終わった2曲がドゥ・ファザーノと歌った"君想う歌(La canzone che piace a te)"とジーノ・ラティルラとのデュエットした"これぞキッス(Cos'è un bacio)"でした。

 1959年第9回には3曲出場しましたがジーノ・ラティルラとのデュエットした"ヘ調の行進曲(Una marcia in fa)"が8位、"唇の上のキッス(Un bacio sulla bocca)"どまり、"二人の門出(Partir con te)" が参加曲で終わりました。ビルラの超人気にも陰りが出てきたようです。この年の曲は日本で発売されず、サンレモの曲としては全く知られていません。

 そういうスランプ期に入ったことを察知したのか、よく60年第10回は欠場しています。私の話も今回は50年代のサンレモ音楽祭の事だけとし、60年代以降のサンレモ音楽祭出場曲は次の機会にいたしましょう。

 

 1957年第7回の入賞曲でその後1曲だけ国内シングル盤で発売された曲がありますので紹介しておきます。

HIT-1089 (1964年8月 SEVEN SEAS -キング)悲しみのママ (IERI HO INCONTRATO MIA MADRE)/うるわしきバラの門 (CANCELLO TRA LE ROSE)

              HIT-1089HIT-1089


64年サンレモ音楽祭入賞曲のカヴァーを出した時に裏面に収録された「幸せ」ものです。

 

国内シングル盤はサンレモ音楽祭後にでているので、なるべくデータと共に載せていくつもりです。彼のシングル盤は思ったほど多くなく、アルバムの方が多いかもしれません。どちらかというとミルバもそうですが「大人の歌手」の傾向のようです。

 

クラウディオ・ビルラの初来日は1961年と言われています。オーストラリア公演の帰りに日本に立ち寄り、NHK-TVの歌謡番組「花の星座」で歌って帰ったそうです。

次が翌年62年9月に、これもオーストラリア公演の帰路、「2日後日本に立寄るのでぜひとも公演したい」との連絡をイタリア大使館を通じて荒井基裕さんに入ったそうです。色々な人の協力と善意で三越劇場を使うことが、告知は日本経済新聞に載せる事が出来て、無料コンサートが開かれました(就労ビザで入国していないので、歌手として営業はできません)。この辺りの状況は、荒井さんの書いたビルラの解説に書いてありますので、見つけたら読んでみてください。

正式なクラウディオ・ビルラの日本公演は次の年、1963年の6~7月に実現されます。この時に招聘元となったのが神原音楽事務所(私の過去ブログ 「ジリオラ・チンクェッティ~終章 および アペンディクス2」  http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/7117403.html をご参照)でした。ビルラが毎年日本に来る理由は、一説によると日本人の恋人がいたとも言われています。

初めての来日記念のアルバムが出る事になるのですが、ビルラのいたチェトラはフォニット・チェトラ・レコードの一部門で当時の契約はテイチクが持っていました。テイチクはドメニコ・モドゥーニョがメインで他の歌手のアルバムは出しておらず、キングがぜひともビルラのLPを出したいと思っていました。

そこでアメリカで販売権を持っている4 CORNERS OF THE WORLDがキングと契約しているコーラル(CORLAR)の子会社だったので、アメリカを迂回したルートで来日記念盤の発売にこぎつけました。昔はアメリカの版権経由で国内盤を出すことも多かったようです。ドメニコ・モドゥーニュも最初は米デッカ・レーベルで出て、その後フォニット単独レーベルで発売となっていました。

 

MH-  57(D) (1963年CORLAR - キング)クラウディオ・ビルラのすべて (THE BEST OF CLAUDIO VILLA) [LP MONO]

 

                     MH-  57(D)MH-  57(D)

 

1.ルナ・ロッサ (LUNA ROSSA)
2.チャオ・チャオ・バンビ-ナ (CIAO CIAO BAMBINA)
3.ガリオ-ネ (GUAGLIONE)
4.コメ・プリマ (COME PRIMA)
5.リベロ (LIBERO)
6.マルツェラ (MARUZZELLA)
7.ヴォラ-レ (VOLARE (NEL BLU DIPINTO DI BLU))
8.ママ (MAMMA)
9.なつかしのリスボン (LISBON ANTIGUA)
10.マティナ-タ・フィオレンティ-ナ (フィレンツェの朝の歌  MATTINATA FIORENTINA)
11.ロマンティカ (ROMANTICA)
12.いつでもあなたが (SEMPE TU)
13.月影のマンドリン (MANDOLINI AL CHIALO DI LUNA)
14.アリヴェデルチ・ロ-マ (ARRIVEDERCI ROMA)

 

そして初来日の時にキング・レコードで録音したのが、これらのアルバムです。

 

KC-3008 (1963年9月10日 KING - キング) ビルラ・イン・トウキョウ (VILLA IN TOKYO) [LP MONO]

SKJ-   6 (1963年9月10日 KING - キング)ビルラ・イン・トウキョウ (VILLA IN TOKYO) [LP STEREO]

 

    KC-3008KC-3008  SKJ-   6SKJ-   6

1.アディオ・アディオ (ADDIO, ADDIO) *1
2.ラ・ノビア (LA NOVIA) *2
3.黒い瞳に青い空 (OCCHI NERI E CIELO BLU) *10
4.アル・ディ・ラ (AL DI LA')
5.私と一緒の時 (QUANNO TU STAJE CU MME) *5. あなたと一緒の時
6.ヴォラ-レ (NEL BLU DIPINTO DI BLU) *11
7.アモ-ル、モナム-ル、マイ・ラヴ[日] (AMOR, MON AMOUR, MY LOVE [J]) *7
8.かわいい蝶々さん (PICCOLA BUTTERFLY) *4. ピッコラ・バタフライ
9.チャオ・チャオ・バンビ-ナ (CIAO CIAO BAMBINA) *13
10.ビナリオ (BINARIO) *3
11.アネマ・エ・コ-レ (ANEMA E CORE)
12.アンダルシア (ANDALUCIA) *14


* 5. 古き都ロ-マ (VECCHIA ROMA)
* 8.夜明けのうた[日] (CANTO D'ALBA [J])
* 9.マンマ (MAMMA)
* 12. ガッパリア (GUAPPARIA)

 

SH- 134 (1964年10月20日 SEVEN SEAS - キング) ビルラ・イン・トウキョウ (VILLA IN TOKYO) [LP STEREO]

 

    SH- 134SH- 134 SR- 137SR- 137

SR- 137 (1967年9月SEVEN SEAS - キング) 日本のビルラ (VILLA IN JAPAN) [LP STEREO]*

"ビルラ・イン・トウキョウ"の2曲"アル・ディ・ラ"、"アネマ・エ・コ-レ"を減らし、新たに4曲を加えた日本録音の改定版アルバムです。

 

今回のお話はここまで! またの機会のこの後のことは書きます。




2013年 年賀状

 

2013別年賀状Q  

毎年年賀はがきにカンツォーネのジャケットを載せていますが、今年はブログを始めて、最初のお正月を迎えましたので、同じデザインでブログにもアップしました。ブログを去年の2月から書いております。ご覧の方は約1年お付き合い頂きありがとうございます。

昨年は「ジリオラ・チンクェッティ・シングル・コレクション」CD4枚組の大物が出て、いつかは書こうと思っていたチンクェッティの事をこんなに早く載せるとは思ってもみませんでした。三ヶ月書き続け、良い経験になりましたし、知らない事実も沢山発見できました。

懲りもせずもっと大物、サンレモ音楽祭を昨年秋から始め、今年に入って皆さんが良くご存じの曲や歌手の登場する60年代に入っていきます。曲数も出場歌手も格段に多くなっていくので、いつ実際の開催されている大会に追いつくことやら!

きっかけはある方から「カンツォーネのことが書いてある本はないのでしょうか?」というコメントをいただき、探して分かる限りのものを紹介(http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/4394901.html)したのですが、シャンソンに比べて余りにも少ないことを感じました。ちゃんとした本にすると大変なお金がかかりますし、多分老人相手の詐欺にも引っ掛かりそうなので、せめてブログに書いて早く残すべきものは形にしておかねばと思っています。

 

昨年11月11日「元カンツォーネ・ファン・クラブ&元イタリア友の会 ゴウドウパーティー2012」という"同窓会"を大阪であり、参加しました。遠く福岡、東京、名古屋から参加された方もあり、21名ながら盛況でした。(http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/8115561.html)もし今後このような集いがあれば参加してみたいと思う方があれば、お世話役に連絡します。非公開のコメントで連絡方法を教えてください。お世話役さんに取り次ぎます。

 

さて今年の絵柄は、ジリオラチンクェッティの"夢みる想い"が出る前、カンツォーネ・ブームの「夜明け前」に発売されたキングの曲達です。おもにキング・インターナショナル時代のIS-1000番台シリーズとセブン・シーズのHIT-0~HITI-100番台シリーズのレコードです。

 

ヤフー・ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio  cnz27hiroのブログ

楽天ブログ   http://plaza.rakuten.co.jp/cnz27hiro/  cnz27hiroのブログ

または 「cnz27hiroのブログ」で検索おてみてください。

今これを見ている方は、必要のない情報だったかもしれませんが、年のため、念のため!

 

ジャケットの説明

記号は縦(↓)にA~G)、横(→1~8)に附っています。

A1:IS-1002(1960年7月)ロマンティック女(ROMANTICA)/二人よ永遠に(NOI)ジョニー・ドレルリ

A2:IS-1003(1960年7月)不幸なあなた(NON SEI FELICE)/許し合おう(PERDONIAMOCI)ベティー・クルティス

A3:IS-1004(1960年6月)悲しみよさようなら(FELICITA)/オルフェの歌(LA CANZONE DI ORFEO)ジョニー・ドレルリ

A4:IS-1005(1960年9月)帰れソレントへ(TORNA A SURRIENTO)/美しい人(LA BELLA)ロッコ・グラナータ

A5:IS-1010(1961年1月20日)ネヴァー・オン・サンデイ(UNO A TE, UNO A ME)/ここ・そこ・あそこ(QUI, QUO, QUA)ベティー・クルティス

A6:IS-1011(1961年3月1日)忘れな草(VERGISS MEIN NICHT)/シューベルトの子守唄(WIEGENLIED)フェルッチョ・タリアヴィーニ

A7:IS-1012(1961年3月1日)人知れぬ涙 [独](HEIMLICH AUS IHREM AUGE)/星も光りぬ [独](UND ES BLITZTEN DIE STERNE)フェルッチョ・タリアヴィーニ

A8:IS-1013(1961年2月20日.)バレンのテ-マ(その1)(OMBRE BIANCHE Pt.1)/バレンのテ-マ(その2)(OMBRE BIANCHE Pt.2)スヴィ-ニ・ゼルボーニ楽団

 

B1:IS-1014(1961年3月1日)17才よさようなら(ARRIVEDERCI)/いとしい人よさようなら(AUF WIEDERSEHEN MI VIDA)カテリ-ナ・ヴィラルバ

B2:IS-1017(1961年3月31日)バラ色の森[英](THAT WAS THE OLD VIENNA [E])/ウィーンのほほえみ[英](A SMILE IN VIENNA [E])ジョニー・ドレルリ

B3:IS-1017(1961年5月10日)アル・ディ・ラ(AL DI LA')/キッスがいっぱい(24 MILA BACI)トニー・ダララ/アドリアーノ・チェレンターノ

B4:IS-1024(1961年12月)ラス・パルメラス(LAS PALMERAS)/いとしきリンダ(LINDA)アルベルト・コルテス

B5:IS-1026(1962年1月15日)涙の結婚(LA NOVIA)/人間狩り(CACCIA ALL'UOMO)トニー・ダララ

B6:IS-1027(1962年1月15日)ブォナ・ノッテ・ローマ(BUONA NOTTE ROMA)/思い出して(RICORDAMI)ベティー・クルティス

B7:IS-1028(1962年1月15日)君がひとみに(I TUOI OCCHI)/二人のメロディー(LA NOSTRA MERODIA)ジョニー・ドレルリ

B8:IS-1029(1962年2月10日)バンブーの茂みの中で(FRA LE CANNE DI BAMBU')/私だけを(NESSUNO MAI)ベティー・クルティス

 

C1:IS-1030(1962年2月10日)君のように(COME TE)/バンビーナ・バンビーナ(BAMBINA BAMBINA)トニー・ダララ

C2:IS-1032(1962年3月10日)ミディ・ミディネット(MIDI MIDINETTE)/初恋のところ(E' QUI)ベティー・クルティス

C3:IS-1033(1962年3月10日)モンテカルロ(MONTECARLO)/ルナ・ルナ・ル(LUNA LUNA LU)ジョニー・ドレルリ

C4:IS-1034(1962年3月10日)私はあなたのものよ(NATA PER TE)/ハロー・ルチア(NON ESSER TIMIDA)アドリアーノ・チェレンターノ

C5:IS-1041(1962年3月31日)ペパーミント・ツィスト(PEPPERMINT TWIST)/恋ははかなく(FORSE FORSE)アドリアーノ・チェレンターノ

C6:IS-1050(1962年5月20日)クァンド・クァンド・クァンド(QUANDO QUANDO QUANDO)/悲しい17才(SEDICI ANNI)エミリオ・ペリコーリ

C7:IS-1051(1962年7月10日)トビーア(TOBIA)/ゴンドリ・ゴンドラ(GONDOLI GONDOLA)ジョー・センティエリ

C8:IS-1054(1962年7月10日)初恋のところ(E' QUI)/シニョリーナ・ベラ(SIGNORINA BELLA)ベティー・クルティス/ロレダーナ

 

D1:IS-1055(1962年7月10日)さがして(CERCAMI)/キューピッド(CUPIDO)ベティー・クルティス

D2:IS-1056(1962年7月30日)この世はすべて金次第(SOLDI, SOLDI, SOLDI)/二人の夜(NOTTE PER DUE)ベティー・クルティス

D3:IS-1057(1962年7月10日)水に流して [伊](NULLA RIMPIANGERO)/ストリンジーミ(STRINGIMI)トニー・ダララ

D4:IS-1059(1962年7月)愛の白夜(BIANCA NOTTE)/悲しい恋の物語(ADORABILE TRAUM)レモ・ジェルマーニ

D5:IS-1060(1962年8月10日)チャオ・アモーレ(CIAO AMORE)/毒薬(VELENO)アドリアーノ・チェレンターノ

D6:IS-1062(1962年8月10日)コメ・セレナータ(COME SERENATA)/永遠の恋(OLTRE L'AMORE)ジョー・センティエリ

D7:IS-1063(1962年7月10日)アル・ディ・ラ(AL DI LA')/モニカ(MONICA)トニー・ダララ

D8:IS-1064(1962年9月10日)世界残酷物語(MONDO CANE)/心の奥底に(TI GUARDERO' NEL CUORE)カティーナ・ラニエリ

 

E1:IS-1069(1962年9月30日)スピーディー・ゴンザレス [伊](SPEEDY GONZALES [I])/海賊ロック(IL PIRATA)エンニオ・サンジュストとイ・ケント

E2:HIT-  22(Y)(1963年8月20日)ドンナ・ツィスト(DONNA TWIST)/ランチョ・ホテルの御婦人たち(RANCHO HOTEL)リズ・オルトラーニ楽団

E3:HIT-  26(S)(1963年5月)光りさす窓(FENESTA CHE LUCHIVE)/愛のシャリオ(CHARIOT)ベティー・クルティス

E4:HIT-  27(S)(1963年5月)消えた太陽(SI E' SPENTO IL SOLE)/メッツァ・ルナ(LA MEZZA LUNA)アドリアーノ・チェレンターノ

E5:HIT-  52(S)(1963年6月)しのび泣くトランペット(LACRIME DI UNA TROMBA)/ぼくのジーナ(GINA)レナ-ト・サンボとパオロ・サヴァロ-ネ楽団

E6:HIT-  53(S)(1963年6月)ラ・ノビア(LA NOVIA)/アル・ディ・ラ(AL DI LA'))トニー・ダララ

E7:HIT-  53(1964年)ラ・ノビア(LA NOVIA)/アル・ディ・ラ(AL DI LA'))トニー・ダララ

E8:HIT-  63(1963年7月)ルナ・ロッサ(LUNA ROSSA)/アリヴェデルチ・ローマ(ARRIVEDERCI ROMA)クラウディオ・ビルラ

 

F1:HIT-  70(1963年6月)黒い瞳に青い空(OCCHI NERI E CIELO BLU)/アモール、モナムール、マイ・ラヴ(AMOR, MON AMOUR, MY LOVE)ベティー・クルティス

F2:HIT-  73(1963年7月1日)リコルダ(RICORDA)/君を呼ぶ声(LE VOCI)ルチアーノ・タヨーリ

F3:HIT-  83(1963年7月30日)恋のタンゴ(TANGO D'AMORE)/ブォナ・ノッテ・バンビーノ(BUONA NOTTE BAMBINO)ロッコ・グラナータ

F4:HIT-  84(1963年7月20日)女王蜂(ALFONSO AL CIMITERO)/タンゴ・ハワイアーノ(TANGO HAWAIANO)テオ・ウスエリ楽団

F5:HIT-  86(1963年8月)カタリ・カタリ(CATARI CATARI)/学生王子のセレナード(SERENADE FROM THE STUDENT PRINCE)マリオ・デル・モナコ

F6:HIT-  95(1963年8月1日)月影のレナッタ(RENATTA)/太陽の輝やく日(UN DIA DEL SOL)アルベルト・コルテス

F7:HIT- 163(1963年)忘れな草(VERGISS MEIN NICHT)/シューベルトの子守唄(WIEGENLIED)フェルッチョ・タリアヴィーニ

F8:HIT- 190(1963年9月1日)星空のマンドリン(MANDULINATA BLU)/夜のヴァイオリン(VIOLINO TZIGANO)エミリオ・ペリコーリ

 

G1:HIT- 210(1963年9月)クァンド・クァンド・クァンド(QUANDO QUANDO QUANDO)/恋のひととき(UN'ORA SOLA TI VORREI)エミリオ・ペリコーリ

G2:HIT- 211(1963年10月)情熱のジャマイカ(GIAMAICA)/忘れじのタンゴ(NON TI RICORDI)ジョルジョ・コンソリーニ

G3:HIT- 218(1963年9月20日)恋はロマンティック(CANZONETTA ROMANTICA)/ラヴ・ミー・ナウ [伊](ORA NO)ベティー・クルティス

G4:HIT- 227(1963年11月)グラナダ [伊](GRANADA [I])/メキシコ(MEXICO)クラウディオ・ビルラ

G5:HIT- 264(1963年12月)プリーズ・ビリーヴ・ミー(LOVER! PLEASE BELIEVE ME)/わたし、わかってるの(HO GIA' CAPITO)ジェニー・ルナ

G6:HIT- 265(1963年12月)わたしのマリオ(MARIO)/チェルカミ(CERCAMI)オルネラ・ヴァノーニ

G7:HIT- 287(1964年2月)女ともだち(LE AMICHE)/禁じられた肉体(CARMEN DI TRASTERVRE)オリジナル・サウンド・トラック/ヴァンナ・スコッティ

G8:HIT- 166(1963年)世界残酷物語(MONDO CANE)/心の奥底に(TI GUARDERO' NEL CUORE)カティーナ・ラニエリ




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