カンツォーネ

カンツォーネ、イタリアン・ポップスの、“出来れば”知られざる話を致しましょう。

 
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サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO) 42 1967年


 これまでも優勝経験のある大物歌手のパートナーについては色々トラブルが起きています。この回は前年優勝者ドメニコ・モドゥーニョかやらかしています。1966年はボビー・ソロがゴネにゴネ、RAIから「いやならサンレモの楽団とコーラスだけで曲を流す」とまで言われ、結果は予選落ちの参加曲になりました。この17回もモドゥーニョがモメて、結果は予選落ちの参加曲になっています。

 何をしたかと言うと、以前から決まっていたフランスで売出し中の歌手クリストフ(Christophe)がパートナーだったのですが、初日に訳のわからない理由で、「彼の鼻にかかる声」が気に入らないとも書いてありましたが、突然彼を拒否しました。モドゥーニョの歌う前日です。

なにしろイタリアの看板歌手、最多優勝4回(この年クラウディオ・ビルラが優勝し4回で並びます)の超大物で、作者自身ですから、だれも逆らえずクリストフは降ろされました。そして新たなパートナーをメモ・レミージ、アンナリタ・スピナーチ、カルメロ・パガーノを要求しましたが、これも駄々をこねているだけ、実現不可能な要求でした。相手となったのは無名の新人ジディウリでした。

 

 

       Don Backy (1967)          Marianne Faithfull (1967)
   ドン・バッキ- (Clan Celentano)           マリアンヌ・フェイスフル (Derby)         

 

 

第17回 1967年1月26日()~28日() サンレモ市カジノ付属劇場

司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、レナータ・マウロ(Renata Mauro )
楽団指揮: 25名の指揮者で演奏された。

オーガナイザー:
サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)
形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に15曲を歌い、各夜の中から6曲の入賞曲を選出し、敗者復活でもう1曲を選び各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。

         Gian Pieretti (1966)       Gianni Pettenati (1968)  

    ジャン・ピエレッティ (Vedette)        ジャンニ・ペッテナ-ティ (Cetra)

 

 

出場歌手は58歌手(グループは1歌手)で、アメリカのジーンン・ピットニーとイギリスのバチェラーズ、デュエットとソロ歌手で出場したソニーとシェールのシェールが2曲歌った以外は、総て1歌手1曲の歌唱でした。

初出場34歌手(内外人13歌手)、出場レコード会社19社で初出場4社、外人歌手のみの出場会社は4社です。ただしボビー・ゴールヅボローが出場しているユナイテッド・アーティスツがどこの販売か分かりませんので不明1社としておきます。  []は外人歌手数

CGD10 [5]RCA ITALIANA 7 [1]RICORDI 7 [2]FONIT CETRA 5 [0]SAAR 4 [2]RI FI 3 [0]DURIUM 2 [0]CAROSELLO 2 [0] ARISTON 2 [0]CARISCH 2 [1] V.C.M. 1 [0]PHONOGRAM 1 [0]Clan Celentano 1 [0] VEDETTE 1 [0]BLUE BELL 1 [1];新Parade2 [0];新Interrecord 1 [0]; 新CDI 1 [1];新Tiffany 1 [1] ●不明 United Artists 1 [1]

 

 急遽出場が決まったジディウリにはレコードを作る時間もなく、クリストフのカラ・オケを使い、5分で録音したと言われています。モドゥーニョ、ジディウリ、クリストフの“青空に叫ぶ”を聞いた人の中では、クリストフの曲の出来が一番良かったという声が幾つも残されています。 “ミンモ”ドメニコ・モドゥーニョの傲慢が出たのだと言われています。

サンレモ優勝者の翌年は入賞出来ないようです。このモドゥーニョはじめ65年のボビー・ソロ、63年のトニー・レニス、エミリオ・ペリコーリ、61年のルチアノ・タヨーリなどが「ジンクス」とまではいきませんが参加曲にとどまりました。

 

 

<入賞曲>

7位 孤独な青春 Dove credi di andare (S.Endrigo)出版社 USIGNOLO <12> セルジョ・エンドリゴ (vm)  Sergio Endrigo Cetra – Fonit CetraSP-1324 [45] メモ・レミージ (vm) Memo Remigi Carosello – CaroselloCI-20180 [45]

 

SP-1324  HIT-1421  CI-20180     
SP-1324
             HIT-1421            CI-20180

 

 

8位 ピエートレ Pietre (D.Pieretti - R.Gianco) 出版社SCIASCIA <11> ジャン・ピエレッティ (vm) Gian Pieretti Vedette – VedetteVVN-33129 [45] アントワーヌ (vm=f) Antoine (Vogue - SAARJ-35127×45 [45]

 

 VVN-33129VVN-33129  J-35127×45J-35127×45 

 

 

9位 涙に咲く花 L'immensità Don Backy - Mogol - D.Mariano)出版社 CLAN < 9> ドン・バッキー (vm) Don Backy Clan Celentano – Clan CelentanoACC-24047 [45] ジョニー・ドレルリ (vm)  Johnny Dorelli (CGD - CGDN-9648 [45]

 

ACC-24047ACC-24047  HIT-2053 HIT-2053

N-9648N-9648  HIT-1424HIT-1424

 

 

10位 狂ったハ-ト Cuore matto (A.Ambrosino - T.Savio) 出版社 DURIUM <8>リトル・トニー (vm) Little Tony (Durium – DuriumLdA-7500 [45] マリオ・ゼリノッティ (vm) Mario Zelinotti CIRCUS – DuriumCNA-9230 [45]

 

Ld・A-7500 JET-1740  CN・A-9230      
Ld
A-7500           JET-1740              CNA-9230

 

11位 この愛に生きて Io per amore (V.Pallavicini - P.Donaggio) 出版社 ACCORDO <5> ピノ・ドナッジォ (vm) Pino Donaggio Columbia – V.C.M.SCMQ-7038 [45] カルメン・ヴィラーニ (vf)  Carmen Villani Cetra – Fonit CetraSP-1325 [45]

 

SCMQ-7038SCMQ-7038  OR- 1672OR- 1672

SP-1325SP-1325 HIT-1423cHIT-1423

 

11位 夢の誓いPer vedere quanto grande è il mondo (Mogol - C.Donida) 出版社 R.R.RICORDI  <5>ウィルマ・ゴイク (vf) Wilma Goich (Ricordi – RicordiSRL-10447 [45] : ザ・バチェラーズ  (compl=e) The Bachelors  (Ricordi International – RicordiSIR-20041 [45]

 

SRL-10447SRL-10・447 HIT-1422HIT-1422

        SIR-20041SIR-20・041 TOP-1128TOP-1128

 

 


入賞曲の残りは次回に続く

 

   Sonny & Cher (1967)   Gidiuli (1967)    Happenings (1967)

    ソニ- & シェ- (Atlantic)       ジディウリ (Jolly)           ザ・ハプニングス (CDB INT.)

 

 

 2番目に紹介する初出場のレコード会社はティファニー(Tiffanyです。純粋なイタリアのマイナー・レーベルで、戦後期に一世風靡した歌手、バンドリーダーのマリーノ・マリーニが1962年に彼の妻と共に立ち上げたレーベルでした。看板歌手はニキー(彼の姪だと昔聞いた事がありましたが、確認できる資料はありません)、他にはトランペットのガストーネ・パリージやジョルジョ・ガーベルの奥さんオンブレッタ・コッリが一時所属していました。ニキーについては私の過去ブログ「ニキー(NIKY)をご存知ですか?」(http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/5730617.html をご覧ください。それに外国人で発売権を持っていたロス・ブラボースなどでした。10年後の72年マリーノ・マリーニがフォニット・チェトラの支配人となり、レーベルを閉鎖しています。

 

 

 

・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。

・順位をつけない入賞曲の頭には""を、参加曲の頭には""を付けます。

・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。

・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。

 


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元カンツォーネ・ファン・クラブ&元イタリア友の会 合同パーティー2013

 

11月9日「元カンツォーネ・ファン・クラブ&元イタリア友の会 合同パーティー2013」という“同窓会”が大阪であり、私も参加しました。今年も遠く福岡、東京、金沢、名古屋などから参加された方もあり、21名(もう少しいたような気が!座敷童子か?)ながら盛況でした。(12月になった途端に送ってもらったのですがヤフオクの出品に追われて今頃になってしまいました。お世話役さん、お忙しいところ有難うございました。申し訳ございません)もし今後このような集いがあれば参加してみたいと思う方があれば、お世話役に連絡します。非公開のコメントで連絡方法を教えてください。お世話役さんに取り次ぎます。

 

 CFC2013-11-09   

 

この中に遠い昔、見たことのある顔があるかもしれません。それにしても1年経って平均年齢はまた1才上がってしまったようです。また私のヤフオクに入札した方はいらっしゃらないので、同じカンツォーネ、イタリア・ポップス・ファンの方でも、違う層の方たちだと認識を新たにしました。

 

 

ヤフー・ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio  cnz27hiroのブログ

楽天ブログ http://plaza.rakuten.co.jp/cnz27hiro/  cnz27hiroのブログ

または 「cnz27hiroのブログ」で検索おてみてください。

今これを見ている方は、必要のない情報だったかもしれませんが、偶然にご覧になったかたで必要のある人はアドレスを残しておいてください。


サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO) 41 1967年

長らくブログの方をお休みしておりましたが、再開いたします。二ヶ月半も経ってしまいました。その間、時折(毎日だった方には大変申し訳ありません)覗いて頂いた方、お待ちいただいた方にはご期待に添えず申し訳ありませんでした。

 またオークション(ヤフオク)の方でお付き合い、ご入札いただきました方にはお礼を申し上げます。予想以上にご落札いただき、私の方の整理も進みました。昨年出品した時は、どなたも関心を示したもらえなかった盤も落札して頂き、感謝しております。

 

 世の中は2、3ヶ月で激変し、サンレモ曲のリストで音声ファイルをリンクしていた音源の多くはアマゾンMP3のサンプル音声に頼っていました。そのサンプルが廃止しされたようです。またWeb上で音源が無い場合、自作で30秒のファイルを作り“Voon”にアップして利用していましたが、その“Voon”も運用中止となり、ほとんどがリンク切れ状態になったと思います。音楽資料なので実際の曲を聴いて頂くのが一番良いのですが!今後何らかの方法を検討してみますが、当分は音声ファイルをリンクいたしません。

 

 

Peppino di Capri 1967(VCA-26188)          Carmen Villani 1968 (SP-1384)
ペピ-ノ・ディ・カプリ (Carisch)            カルメン・ヴィラ- (Cetra)
         

 

第17回 1967年1月26日()~28日() サンレモ市カジノ付属劇場

司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、レナータ・マウロ(Renata Mauro )
楽団指揮: 25名の指揮者で演奏された。

オーガナイザー:
サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)
形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に15曲を歌い、各夜の中から6曲の入賞曲を選出し、敗者復活でもう1曲を選び各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。

           

Luigi Tenco 1966    Dalida 1967 (BN-7013)

      ルイジ・テンコ (RCA Italiana)         ダリダ (Barclay)

 

出場歌手は58歌手(グループは1歌手)で、アメリカのジーンン・ピットニーとイギリスのバチェラーズ、デュエットとソロ歌手で出場したソニーとシェールのシェールが2曲歌った以外は、総て1歌手1曲の歌唱でした。

初出場34歌手(内外人13歌手)、出場レコード会社19社で初出場4社、外人歌手のみの出場会社は4社です。ただしボビー・ゴールヅボローが出場しているユナイテッド・アーティスツがどこの販売か分かりませんので不明1社としておきます。  []は外人歌手数

CGD10 [5]RCA ITALIANA 7 [1]RICORDI 7 [2]FONIT CETRA 5 [0]SAAR 4 [2]RI FI 3 [0]DURIUM 2 [0]CAROSELLO 2 [0] ARISTON 2 [0]CARISCH 2 [1] V.C.M. 1 [0]PHONOGRAM 1 [0]Clan Celentano 1 [0] VEDETTE 1 [0]BLUE BELL 1 [1];新Parade2 [0];新Interrecord 1 [0]; 新CDI 1 [1];新Tiffany 1 [1] ●不明 United Artists 1 [1]

  中断の後再開する大会としては書くのが難しい回となりました。最大の話題は開催中にルイジ・テンコが自殺をしたことに尽きました。騒然として落着きのない中でしかも、世界中的な学生運動の影響でフォーク・ソング(プロテスト・ソング)が台頭し、この大会も主流で伝統的カンツォーネ(歌謡曲)への圧力となりました。その中 “愛のわかれ”はクラウディオ・ビルラとイヴァ・ザニッキの歌唱力で、誰もが納得する優勝をしています。

 この後書きますが、第17回はルイジ・テンコの事件以外でも、歌手の人選で直前まで、ドタバタ劇を演じています。大物歌手の欠場で急遽代役となった関係で、トップにする初出場歌手の顔写真を選ぶのにも困ってしまいました。日本では人気も、知名度も低いのですが、今やナポリの大物となったペピーノ・ディ・カプリと、しばらくは人気歌手となったカルメン・ヴィラーニを初回トップを飾ることとなりました。

 その次は台風の目となったルイジ・テンコとダリダペアにしています。カトリックでは、自殺は特に大罪と見做されています。神から授かった命を人間自ら断つのは許されざる事なのです。

 

 

<優勝> 愛のわかれ Non pensare a me (A.Testa - E.Sciorilli)出版社 MASCOTTE <45> クラウディオ・ビルラ (vm)  Claudio Villa Cetra – Fonit CetraSP-1327 [45] イヴァ・ザニッキ (vf) Iva Zanicchi RI FI – RI FIRFNNP-16182 [45]

 

SP-1327SP-1327 HIT-1421HIT-1421

RFNNP-16182RFN・NP-16182 SFON- 1008SFON- 1008

       

 

<2位> 愛を囁やくとき Quando dico che ti amo (A.Testa - T.Renis) 出版社 <31> RCA アンナリタ・スピナーチ (vf) Annarita Spinaci Interrecord – InterrecordINP-1014 [45] レ・サーフ (coro=f) Les Surfs (Festival. - CGDFX-140 [45]

 

 INP-1014I・NP-1014  FX-140FX-140 

 

<3位> 平和の花 Proposta Albula - G.B.Martelli - A.Martelli)出版社 CICOGNA イ・ジガンティ (compl) I Giganti RI FI – RI FIRFNNP-16181 [45] ザ・バチェラ-ズ(compl=e) The Bachelors (Ricordi International - RicordiSIR-20041 [45]


 

RFN・NP-16181 SIR-20・041 TOP-1128 
RFN
NP-16181         SIR-20041          TOP-1128

 


<
入賞曲>

4位 音楽は終ったのに La musica è finita (Nisa - F.Califano - U.Bindi) 出版社 ARISTON < 24 > オルネラ・ヴァノーニ (vf) Ornella Vanoni (Ariston – AristonAR-0190 [45] マリオ・ガルネラ (vm) Mario Guarnera Ariston – AristonAR-0191 [45]

 

AR-0190 HIT-1824 AR-0191    

AR-0190             HIT-1824            AR-0191

 


5位
バラのほほえみ Io, tu e le rose (D.Pace - M.Panzeri - Brinniti) 出版社 NAZIONALE < 15 >オリエッタ・ベルティ (vf) Orietta Berti Polydor – PhonogramNH54-839 [45] シャンソンの友 (coro=f)  Les Compagnons de la Chanson CBS - CGD2544(CBS) [45]

 

NH54-839NH54-839 DP-1525 DP-1525

2544(CBS)2544(CBS) LL- 1044・C LL-  1044C

 


6位
君を失う時Bisogna saper perdere (G.Cassia - R.Cini) 出版社 RCA I < 14 >ルチオ・ダルラ (vm) Lucio Dalla (ARC – RCA ITALIANAAN-4113 [45] ザ・ロ-クス (compl) The Rokes  (ARC – RCA ITALIANAAN-4109 [45]

 

AN-4113AN-4113 SS-1734SS-1734

        AN-4109AN-4109 SS-1734 SS-1734

 

 


入賞曲の残りは次回に続く


Los Bravos Giganti BACHELORS 

 ロス・ブラボ-ズ (Tiffany)    イ・ジガンティ (RI FI)          ザ・バチェラ-ズ(Ricordi International)

 

 1967年の音楽祭に初出場したレコード会社は4社あります。最初はインター(Interrecord)で2位となったアンナリタ・スピナーチがいた会社です。65年ミラノに設立され3年で閉鎖となったマイナーです。名のある歌手は彼女とチャト&チャトス、トト&タティというバンドのリーダーで超大物歌手となったトト・クトゥーニョくらいでした。

 

 

 

・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。

・順位をつけない入賞曲の頭には""を、参加曲の頭には""を付けます。

・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。

・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。


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