カンツォーネ

カンツォーネ、イタリアン・ポップスの、“出来れば”知られざる話を致しましょう。

 
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サンレモの歌手たち 245 ミーナ 6

ミーナミーナミーナミーナミーナ5もご覧ください。62年を最後にミーナはサンレモ音楽祭に出場していませんが、彼女のその後の事を書き続けます。

 

ミーナ(vf)  Mina

本名ミーナ・アンナ・マッツィーニ (Mina Anna Mazzini)、1940年3月25日ミラノの近郊ブスト・アルシツィオ(Busto Arsizio)生、イタリアの歌手。デビュー当時外国のカヴァー曲を歌う時にベビー・ゲイト(Baby Gate)の芸名も使った。

 

                  Pld.A-5009Pld・A-5009 

 

1969最初のシングル盤は恒例のサンレモ音楽祭のカヴァー曲でした。前社リフィの同僚ファウスト・レアーリ(Fausto Leali)と“偶然(あなたのような人)”の作者トニー・デル・モナコ(Tony Del Monaco)が歌った“過ぎ去ったひととき”とB面がナーダとロークスの“なんて寒い”でした。この2曲は国内盤で出ていません。後者はシタールを効かせた仕立てです。

 

PA- 1017 (1969PDU - Durium) Un'ora fa (過ぎ去ったひととき)/Ma che freddo fa (なんて寒い)

PA- 1017PA- 1017  Pld・ A-5004Pld・A-5004

Pld・A-5004 (19693PDU - Durium) I discorsi (恋のおしゃべり)

.I discorsi (恋のおしゃべり) Tratta da: Dedicato a mio padre 1967

.Se stasera sono qui (夜の想い)

.Silenzioso slow (スィレンツィオーゾ・スロウ)

.Non ti scordar di me (忘れな草)

.Canzone per te (君を歌う)

.Io che amo solo te (君だけを愛して)

.La canzone di Marinella (マリネラの歌)

.Roma, nun fa la stupida stasera (ローマの灯)

.Ma l'amore no (けれど恋は...)

10. Il cielo in una stanza (しあわせがいっぱい)

11.Munasterio 'e Santa Chiara (サンタ・キアラの修道院)

12.'O sole mio (オー・ソレ・ミオ)

 

 69年年間へスト・アルバム6位になり50万枚以上の売上げでした。収録曲すべて国内盤で発売されています。

 

 2枚目のシングルはルガーノ・カンツォーネ・フェスティヴァルの出場曲。スイスで開かれるイタリア語で歌う音楽祭です。滅多にコンクールに出場しないミーナがPDUの為か出場しています。69年年間ランク3位のメガ・ヒット曲で日本でも好評だった曲です。

 

PA- 1019 (1969331PDU - Durium) Non credere (信じられない)/Dai Dai Domani (ダイ・ダイ・ドマーニA PRAÇA)

PA- 1019PA- 1019  PA- 1022PA- 1022 

PA- 1022 (1969PDU - Durium) Si (Vorrei che fosse amore) (これが愛であったら)/Moi je te regarde (Io innamorata) (イオ・イナモラ-タ)

 

 2曲ともスペイン語ヴァージョンです。

 

 69年夏に発売されたアルバム、70年に販売権がドゥリウムからEMIイタリアーナに移籍しますが、国内盤は72年に東芝音楽工業から出ています。

 

Pld・A-5007 (19697PDU - Durium) 30cmLP INCONTRO CON MINA

.IO INNAMORATA (イオ・イナモラータ)

.VORREI CHE FOSSE AMORE (これが愛であったら)

.UN COLPO AL CUORE (心の痛手)

.LA VOCE DEL SILENZIO (静けさの声)

.E SONO ANCORA QUI (私はここにいる)

.I DISCORSI (恋のおしゃべり)

.FANTASIA (ファンタジア)

.SACUMDÌ SACUMDÀ (サクムディ・サクムダ)

.IL CIELO IN UNA STANZA (しあわせがいっぱい)

10.SE STASERA SONO QUI (夜の想い)

11.SILENZIOSO SLOW (スィレンツィオーゾ・スロウ)

12CANZONE PER TE (君を歌う)

国内盤EOP-80547 ミーナに逢ったときとして19728月発売

Pld・A-5007Pld・A-5007 Pld・A-5006Pld・A-5006 

Pld・A-5006 (19698PDU - Durium) Mina for You

.I Won't Cry Anymore

.No Arms Can Ever Hold You (君だけの世界)

.I Should Care (アイ・シュッド・ケア)

.Lazy River (レイジ・リバ)

.You're Mine You

.Can't Help the Way I Am (Un colpo al cuore 心の痛手)

.I Want to Be Loved

.And My Heart Cried

.That Old Feelin' (ザット・オールド・フィーリン)

10.The Man that Got Away (去りし君ゆえ)

11.Johnny Guitar (ジャニー・ギター)

12.I'll Never Be Free

 

 昔はベビー・ゲイト名義で出していた英語で歌うジャンルのアルバムです。“心の痛手” 1曲がイタリアの曲ですが英語ヴァージョンです。10万〜15万枚売上げ年間ベスト・アルバム19位になりました。

 

 前所属のリフィから出た2枚組のベスト・アルバム、非常に情報の少ない盤で、ウィキペディアにもトラック・リストが書きこまれていません。限定盤だったかもしれません。オークション・サイトのイー・ベイでも最高は2788ユーロ(38万円)で10万超えても不思議でない物のようです。

 

RFLST-40501 (19699 Ri Fi – Ri Fi) Mina con voi

1-.Città Vuota (夜が欲しい)

1-.Sabati e domeniche (ひとりぼっちの週末)

1-.Se tu non fossi qui (愛のひきしお)

1-.Ta ra ta ta (タ・ラ・タ・タ)

1-.Canta ragazzina (少女)

1-.Ora o Mai Più

1-.E se domani (もしも明日)

1-.Mi sei scoppiato dentro al cuore (悲しみに胸やぶれて)

1-.Sono come tu mi vuoi (あなたのままの私)

1-10.Se telefonando (束の間に燃えつきて)

1-11.Se piangi, se ridi (君に涙とほほえみを)

1-12.Nel fondo del mio cuore

RFLST-40501RFL・ST-40501  (http://staseraioqui.altervista.org/disc1/minaconvoi.html)

2-.E' l'uomo per me (私のあの人)

2-.Tu non credi più (恋は去りぬ)

2-.Se c'è una cosa che mi fa impazzire (私を狂わした理由)

2-.Un bacio è troppo poco (もっとキッスして)

2-.L'ultima occasione (偶然)

2-. L'immensità (涙に咲く花)

2-.Un anno d'amore (別離 (わかれ))

2-.La Banda (ラ・バンダ)

2-.Addio (忘れえぬ想い)

2-10.Tu non mi lascerai (別れられない)

2-11.Breve amore (You never told meユー・ネヴァー・トールド・ミー)

2-12.Una casa in cima al mondo (青空に住もう)

 

 年末に近づきカンツォニッシマの出演が期待されましたが、今回は辞退。ヒット曲の再発売盤が数枚でました。

 

PA- 1027 (1969PDU - Durium) Il cielo in una stanza (しあわせがいっぱい)/Ma se ghe penso (あなたのことだけを)

PA- 1027PA- 1027  PA- 1028PA- 1028 

PA- 1028 (1969PDU - Durium) Ne la crois pas (Non credere (信じられない))/Le cœur en larmes (Un colpo al cuore) (心の痛手)

 

 リフィからピクチャー・スリーブのない“ディスク・ストリップ”の廉価盤も出されました。

 

STPNP-92003 (1969 Ri Fi Ri Fi) Ebb Tide (引き潮)/El reloj (時計)

STPNP-92003STP・NP-92003 PA- 1029PA- 1029 

PA- 1029 (19691022PDU - Durium) Un'ombra ()/I problemi del cuore

 

Pld.A-5009 (196911PDU - Durium) 30cmLP Bugiardo più che mai...più incosciente che mai...  ※ジャケット写真は顔写真画像をご参照

.Un'ombra ()

. Un giorno come un altro (他の日のような一日 Un premier jour sans toi)

.Una mezza dozzina di rose (半ダースのばら)

.Emmanuelle

.Com açucar, com afeto (甘くやさしく)

.Non c'è che lui (あなただけしか)

.Bugiardo e incosciente (祈り La tieta)

.I problemi del cuore

.Ma è soltanto amore

10. Non credere (信じられない)

11. Il poeta (詩人) (Bruno Lauzi)

12.Attimo per attimo (アッティモ・ペル・アッティモ) 映画「シシニョーリ!」 (SISSIGNORE)

 

 年末に出たこのアルバムは80〜90万枚売上げ、翌70年の年間ベスト・アルバム第1位となります。

 

 

ミーナの国内盤 (1970)

SJET-1157 (1970 1 GLOBE - 日本ビクター) 幸せがいっぱい (IL CIELO IN UNA STANZA)忘れな草 (NON TI SCORDAR DI ME) PDU原盤

SJET-1157SJET-1157  SWG- 7184SWG- 7184 

SWG- 7184 (1970 5 GLOBE - 日本ビクター) 30cm LP ゴールデン・ミーナ (GOLDEN MINA) PDU原盤
.
幸せがいっぱい (IL CIELO IN UNA STANZA)
.
信じられない
(NON CREDERE)
.
忘れな草
(NON TI SCORDAR DI ME)
.
ローマの灯
(ROMA, NUN FA LA STUPIDA STASERA)
.
オー・ソレ・ミオ
('O SOLE MIO)
.
イオ・イナモラータ
(IO INNAMORATA)
.
ズン・ズン・ズン
(ZUM ZUM ZUM)
.
ベサメ・ムーチョ
(BESAME MUCHO)
.
ジャニー・ギター
        (JOHNNY GUITAR)
10.
センチメンタル・ジャーニー
(SENTIMENTAL JOURNEY)
11.
レイジー・リバー
(LAZY RIVER)
12.
ザット・オルド・フィーリン
(THAT OLD FEELIN')
13.
去りし君ゆえ
(THE MAN THAT GOT AWAY)
14.
ファンタジア (FANTASIA)

 

FD-   55 (1970 8 RI FI - 日本フォノグラム) 30cm LP カスタム・デラックスミーナをあなたに (MINA CUSTOM DELUXE) RI FI原盤
.
別離わかれ (UN ANNO D'AMORE)
.
ハウ・インセンシティブ
(INSENSATEZ)
.
青空に住もう
(UNA CASA IN CIMA AL MONDO)
.
君に涙とほほえみを
(SE PIANGI SE RIDI)
.
逢びき
(CONVERSAZIONE)
.
悲しみに胸やぶれて
(MI SEI SCOPPIATO DENTRO AL CUORE)
.
愛のひきしお
(SE TU NON FOSSI QUI)
.
砂に消えた涙
(UN BUCO NELLA SABBIA)
.
恋は去りぬ
(TU NON CREDI PIU')
10.
星影のステラ
(STELLA BY STARLIGHT)
11.
悲しみは空の彼方に
(SETTE MARI)
12.
テュ・ファライ
(TU FARAI)
13.
引き潮
(EBB TIDE)
14.
涙に咲く花 (L'IMMENSITA')

FD-   55FD- 55 FD- 1010FD- 1010 

FD- 1010 (1970 10 RI FI - 日本フォノグラム) 別離 (UN ANNO D'AMORE [J])砂に消えた涙 (UN BUCO NELLA SABBIA [J]) RI FI原盤


 

 

この後ミーナ7は1970年サンレモ音楽祭の後に続きます
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サンレモの歌手たち 244 ロザンナ・フラテルロ 1

ロザンナ・フラテルロ (vf) Rosanna Fratello 

本名エルダ・ロザンナ・フラテッロ(Elda Rosanna Fratello1951326日、長靴の足首の上、少し飛び出した半島の付け根にある小都市サン・セヴェーロ(San Severo)生、歌手、女優。

 1985年から88年の間ロザンナ・フラテルロはボビー・ソロ(Bobby Solo)とリトル・トニー(Little Tony)の3人で期間限定のユニット、ロボット(Ro.Bo.T)という名前で活動をしました。

 

所属レコード会社:Arlecchino, Ariston Records, Dischi Ricordi, Baby Records, Five Record, Durium, Panarecord

サンレモ音楽祭:1969年参加、70年参加、71年参加、74年15位、75年第2位、76年参加、94年(スクァドラ・イタリアの一員として)19位。

 

           ARLP-11010AR・LP-11010

 

 子供の頃、彼女はミラノ郊外のチニゼッロ・バルサモ(Cinisello Balsamo)に引越し、青春時代まで過ごしました。父は小さなメッキ工場を息子アントニオと経営していました。

 ロザンナは1967年エンツォ・アマドーリ(Enzo Amadori)が社主のアルレッキーノと契約し、歌手をはじめます。ここで67年サンレモ音楽祭の3曲をカヴァーしました。

 

D- 88 (1967ARLECCHINO – ARLECCHINO) 30cm2LP Le Canzoni di Sanremo 1967

1-.強く愛して (E' più forte di me)

2-.私を信じて (Devi avere fiducia in me)

2-.愛を囁やくとき (Quando dico che ti amo)

D- 88表D- 88 D- 88裏

※他には無名時代のパオラ・トゥルチも3曲収録されていました。

1-13. (Gi)

2-.風に消えた恋 (Il cammino di ogni speranza)

2-14.想いをこめて (Una ragazza)

 

 68年末に、ピアチェンツァのコンテストで「歌の女王」に選ばれ、新たにアリストンと契約を結びました。そして69年サンレモ音楽祭のコンピレーション・アルバムのために2曲吹き込みます。

 本来ならサンレモ音楽祭にアリストンの若手スター、アンナ・イデンティチ(Anna Identici)が“汽車”で出場が決まっていましたが、直前に自殺未遂事件をおこして出られなくなりました。急遽すでに曲を吹込んでいたロザンナがブレントン・ウッズ(Brenton Wood)のパートナーとして歌うことになります。

 

AR-0307 (1969Ariston - Ariston) Il treno (汽車)/ La Nostra Città

AR-0307AR-0307 AR-0314AR-0314

AR-0314 (1969Ariston - Ariston) Lacrime nel mare (海のなみだ/Dove Finisce Il Mare

 

 サンレモ出場曲で幸運のメジャー・デビューをした彼女ですが、71年まで3年連続出場をするにもかかわらず入賞できませんでした。日本で知名度が低いのもサンレモ音楽祭が盛んなころに入賞したことがないのが一因かもしれません。

 2曲目は夏にディスク・フェスティヴァルの出場曲“海のなみだ”も本選に残りませんでした。

 

 美人で歌の上手いロザンナが認められたのは、ヴェニス国際音楽祭の銀のゴンドラ(新人部門でコンクール形式)で歌った“聖女のなげき”が優勝してからでした。この曲は年間ヒット・ランク59位に入る大ヒットとなりました。年末のカンツォニッシマにも出場し、1回戦では“ばら色の人生”を歌い新人ながら2回戦に勝ち進みます。そして大ヒット曲“聖女のなげき”を歌いました。

 

AR-0330 (19699Ariston - Ariston) Non sono Maddalena (聖女のなげき)/La vita è rosa (ばら色の人生 La vie en rose)

AR-0330AR-0330  AR-0441AR-0441

AR-0441 (1969 Ariston - Ariston) Piango d'amore (恋のなみだ)/La nostra città

 

 カンツォニッシマ3回戦で新曲“恋のなみだ”を歌いましたが、流石に新人が決勝戦に残ることは無理だったようで、3回戦敗退となりました。

 

70年最初発売はサンレモ出場曲“さらば青春”で、その後になりますが4月にTVで放送された「I gioveri’ della signora giulia」の主題曲を歌っています。

 

AR-0346 (1970 Ariston - Ariston) Il Mio Sguardo è Uno Specchio (瞳は鏡)/Pane e gioventù

AR-0346AR-0346  AR-0352AR-0352  

AR-0352 (1970 Ariston - Ariston) Ciao anni verdi (さらば青春)/Il Foulard Blu

 

 70年サンレモ音楽祭は彼女のための曲“さらば青春”でした。パートナーはミーナの会社PDUのポップ・グループのドモドソーラ(I Domodossola)でしたが、入賞はできませんでした。

 

 70年3枚目は夏のディスク出場曲“ばらとキャンドル”、2年目は本選に残り決勝戦で9位入賞となりました。この年は56曲の参加でした。

 

AR-0361 (19704 Ariston - Ariston) Una rosa e una candela (ばらとキャンドル) /Carità (思いやり)

AR-0361AR-0361  AR-0371AR-0371

AR-0371 (1970Ariston - Ariston) Io canto per amore (恋のために歌う)/Avventura a Casablanca (カサブランカの冒険)

 

 70年のヴェニス国際音楽祭でA面の“恋のために歌う”を歌い、B面の“カサブランカの冒険”は年末のカンツォニッシマ1回を勝ち進み、2回戦で前年にヒット曲“聖女のなげき”を歌いましたが3回戦には勧めませんでした。

 

 ロザンナの初めてのアルバムが出ました。今までのシングル曲に“ノートル・コンチェルト”と“ファッシネーション”が加えられています。

 

ARLP-11010 (1970 Ariston - Ariston) Rosanna ※ジャケット写真は顔写真画像をご参照

OX-3001 (1976 Oxford - Ariston) Rosanna Fratello [ReIssue]

.Non sono Maddalena (聖女のなげき

.Tornerai (待ちましょう)

.Piango D'Amore (恋のなみだ)

.La vita è rosa (ばら色の人生 La vie en rose)

.Io Non So Dirti Di No (いやと云うかも)

.Il Treno IL (汽車)

.Il Mio Sguardo è Uno Specchio (瞳は鏡)

.Il Nostro Concerto (ノートル・コンチェルト)

.Ciao anni verdi (さらば青春)

10.Fascination (ファッシネーション)

11.Una Rosa, Una Candela (ばらとキャンドル)

12.Avventura a Casablanca (カサブランカの冒険)

           OX-3001OX-3001

 

 ファースト・アルバムの「ロザンナ」は76年廉価盤シリーズのオックスフォードから全く違ったジャケットで発売されました。

 

 71年彼女は新しい取組みをはじめます。当時流行となった民謡ブームで南イタリアの民謡歌手と変貌します。そのころジリオラ・チンクェッティも民謡路線を取りました。チンクェッティは北イタリア、特にトスカーナからアルプス地方の「山の歌」を歌い、二人はライバル的存在となりました。

 

 ロザンナ・フラテルロの国内盤は69年当時契約レコード会社(68年は日本コロムビアが単発買い)がなく、発売されていませんでした。70年になって2度目のサンレモ音楽祭になって初めてキングから出ています。このブログを書くまでに、彼女の日本デビュー・シングルでサンレモ曲の入った盤を入手したかったのですが、叶いませんでした。その後入手出来ました。

 どなたかジャケット画像のみでも御提供頂ければ、大変うれしく思います。ご協力のほどよろしくお願いいたします。

 

 

ロザンナ・フラテルロの国内盤

HIT-1738 (197041 SEVEN SEAS – キング) さらば青春 (CIAO, ANNI VERDI)
汽車 (IL TRENO)

HIT-1738HIT-1738    PS- 187PS- 187   

PS- 187 (197041SEVEN SEAS – キング17cm CP 第20回サン・レモ音楽祭第3集 (FESTIVAL DI SAN REMO 1970 Vol.3)
.さらば青春 (CIAO, ANNI VERDI)

 

GW-  734 (1971420 SEVEN SEAS – キング) 30cm 2LP第20回サンレモ音楽祭(FESTIVAL DI SAN REMO 1970)

2-.さらば青春 (CIAO, ANNI VERDI)

GW-  734GW- 73~4a  DY-4505-3DY-4505-3 

DY-4505-3 (19705 SEVEN SEAS キング) 30cmLP 20回サンレモ音楽祭万国博来日記念盤 (FESTIVAL DI SAN REMO 1970 DIGEST) 試聴盤非売品

.さらば青春 (CIAO, ANNI VERDI)

 

SR- 464 (19701010 SEVEN SEAS キング) 30cmLPカンタジーロ1970 (CANTAGIRO 1970)

.思いやり (CARITA')

SR- 464SR- 464  SR- 623SR- 623 

SR- 623 (197121 SEVEN SEAS キング) 30cmLP 回ヴェネチア音楽祭 ( VENESIA MOSTRO INTERNAZIONALE FESTIVAL)

.恋のために歌う (IO CANTO PER AMORE)

 

GW- 1134 (1971410 SEVEN SEAS キング) 30cm 2LPゴールデン・ヤング・カンツォーネ・ダブル・デラックス (GOLDEN YOUNG CANZONE DOUBLE DELUXE)

1-.ばらとキャンドル (UNA ROSA, UNA CANDELA)

2-.恋のために歌う (IO CANTO PER AMORE)

          GW- 1134GW- 113~4a 

 

 

 

ロザンナ・フラテルロ2は1971年サンレモ音楽祭の後に続きます。



サンレモの歌手たち 243 ニュー・トロルス 1

ニュー・トロルス (compl) New Trolls

1967年に結成されたイタリアのヴォーカル・インストゥルメンタル・バンドで、後にイタリアを代表するイタリア・プロクレッシブ・ロック・バンドになります。解散、再結成を繰返し、メンバー交代を重ね派生バンドも輩出しながら、現在(2015年)まで演奏活動を続けています。

メンバーについては、書き進めていく中で、その当時のメンバーを紹介していきます。

 

                SP-1355SP-1355 

 

 1965年、リボルノ (Livorno)生まれのピノ・スカルペッティーニ(Pino Scarpettini)がパガニーニ音楽院のモレッティ師のもとで、作曲と指揮の勉強をするためにジェノヴァへ引越します。そして彼の住まいのホテルの息子ヴィットリオ・デ・スカルツィと巡合いました。

 ピノは最初アストラッティ(gli Astratti)というバンドでピアノを弾き、ギターのヴィットリオとすぐに意気投合したようです。まもなく彼らはゴールドフィンガーズ(i Goldfingers)というバンドを作りました。

 ある日ピノはジェノヴァ中心部のショーウィンドーに飾られている不思議な髪形の縁起の良い人形を見つけました。それは北欧のおとぎ話に出てくるトロルスといいう妖精の人形でした。彼らが66年に作ったビートルズ・スタイルのバンド名をトロルスと名付けました。

 

○トロルス(I Trolls)のメンバー構成

・ピノ・スカルペッティーニ (Pino Scarpettini) キーボード

・ヴィットリオ・デ・スカルツィ (Vittorio De Scalzi) ギター、ボーカル

・ウーゴ・ジュード (Ugo Guido) ベース、ボーカル

・ピエロ・ダリーニ (Piero Darini) ギター、ボーカル

・ジュリオ・メニン (Giulio Menin) ドラムス

 

 そしてV.C.M.のコロムビア(Columbia)からレコード・デビューしました。TVとラジオのバンド・コンテスト「第1回ラパッロ・ダヴォリ全国大会(Il Torneo nazionale Rapallo Davoli)」でリフィのマット65、アリストンのコルヴィに次ぐ第3位に彼らの“Dietro la nebbia”がなりました。これが彼らの絶頂期でした。

 

SCMQ-1936 (1966419 Columbia - V.C.M.) Dietro la nebbia/Questa sera

SCMQ-1936SCMQ-1936  SCMQ-7010SCMQ-7010 

SCMQ-7010 (1966 Columbia - V.C.M.) Cherish (Le Cose Piu’ Care)/Quando tornerò

 

 2枚目のシングルで“チェリッシュ”のカヴァー曲を出した後、バンドはピノ、ウーゴ、ピエロと分裂し、ルチアーノ・ミラネーゼ(Luciano Milanese)、バニーことエンツォ・ベルーティ(Enzo Berruti )を新たに加入させました。

 

SCMQ-7069 (1967 Columbia - V.C.M.) Il Mondo Che Vuoi!/Nel Silenzio (di Questo grande Mondo)

SCMQ-7069 SCMQ-7069 RT-1560RT-1560 

 

RT-1560 (1968 R.T.Club - Combo Record) Un mondo su misura (この素晴らしき世界 What A Wonderful World)/Credimi

 

 ピノとトロルスはポップス路線を選び、1年後フランコ・バッティアートも所属するコンボ(Combo Record)のサブレーベルR.T.クラブ(R.T.Club)に68年移籍、ルイ・アームストロングのヒット曲“この素晴らしき世界”のカヴァー曲を出しました。

 

 一方ヴィットリオの方はニュー・トロルスとして67年に新たなメンバーで活動開始しました。

 

ニュー・トロルス(New Trolls)結成のメンバー(6770年)

・ヴィットリオ・デ・スカルツィ (Vittorio De Scalzi) ヴォーカル、ギター:1949 11 4 日ジェノヴァ生

・ジャンニ・ベッレーノ (Gianni Belleno) ドラムス:1949 2 17 日ジェノヴァ生。

・ニコ・ディ・パロ (Nico Di Palo) ヴォーカル、ギター:本名ドメニコ・デ・パロ(Domenico De Palo) 1947124日ジェノヴァ生。

・マウロ・キアルージ (Mauro Chiarugi) キー・ボード (設立当時はロベルト・ロッゼト(Renato Rosset)68年交代のもよう)

・ジョルジョ・ダダモ (Giorgio D'Adamo) ベース

 ※69年サンレモ音楽祭に出場したメンバーです

 

 デ・スカルツィが最初からどこまでプログレッシブなものを求めていたのかわかりませんが、チェトラの1作目を聞けばピノと袂を分かつのは納得できます。

 

 フォニット・チェトラのチェトラ・レーベルからのメジャーデビューとなりました。曲はダダモ、デ・スカルツィ、ディ・パロのメンバーの作に、A面のみプロデューサーで作曲家のジャンピエロ・レヴェルヴェリ(Gian Piero Reverberi)とチームを組んでいる作詞家ロザリオ・レーヴァ(Rosario Leva)が加わりました。因みにレヴェルベリもジェノヴァ派カンタウトゥーリの仲間のジェノヴァ人です。

 

SP-1355 (196710 Cetra – Fonit Cetra) Sensazioni/Prima c'era la luce

 ※ジャケット写真は顔写真画像をご参照

 

 2曲目が夏にディスク・1フェスティヴァル出場曲の“幻想”で、ダダモの作詞、デ・スカルツィとディ・パロの作曲で入賞はできませんでしたが、本選に残りました。そして68年年間ランク61位に入る異例の大ヒットとなりました。

 

SP-1369 (19684 Cetra – Fonit Cetra) - Visioni (幻想)/Io ti fermerò

SP-1369SP-1369  SP-1381SP-1381 

SP-1381 (19689 Cetra – Fonit Cetra) Cristalli fragili /Ehi, tu ritorna 

 

 3枚目は両面映画でA面はアンドリュー・ヴィクター・マクラグレン監督のアメリカ西部劇「Bandolero」の“Cristalli fragili”、B面がヴァレンティノ・オルジーニ監督のイタリア映画「I dannati della terra」の“Ehi, tu ritorna”、映画音楽家ベネデット・ギッリアとG.P. レヴェルベリが作曲に加わった作品です。まだまだ彼らも“お仕事”をしなければなりませんでした。

 

“幻想”の大ヒットのおかげで、ファースト・アルバムが1年目で出すことが出来ました。

 

LPX-   3 (1968 Cetra – Fonit Cetra) Senza orario senza bandiera (遥かな旅立ち)

.Ho Veduto (秘密)

.Vorrei Comprare Una Strada (都会への道)

.Signore, Io Sono Irish (私はアイリッシュ)

.Susy Forrester (スージー・フォーレスター)

.Al Bar Dell'Angolo (角のバールで)

.Duemila (2000)

.Tu Ricordi Joe? (ジョーを覚えているかい?)

.Padre O'Brien (父オブライエン)

.Tom Flaherty (トム・フラハーティー)

10.Andrò Ancora (遥かな旅立ち)

LPX-   3LPX- 3  SP-1392SP-1392
 

SP-1392 (19691 Cetra – Fonit Cetra) Io che ho te (君だけのぼく)/Lei mi diceva

 

 そして69年年明け早々、第19回サンレモ音楽祭に出場、レオナルドのパートナーとして“君だけのぼく”を歌いますが入賞はできませんでした。

 

 この年の2枚目は縁起の良い夏のディスクの出場曲です。“瞳にうつる君”で本選に残りましたが、また入賞を逃しました。レコードセールスでは順位も上げて年間ヒット・ランク40位の大ヒットになり、彼らの実力を見せつける結果となりました。

 

SP-1398 (19694 Cetra – Fonit Cetra) Davanti agli occhi miei (瞳にうつる君/Quella musica

SP-1398SP-1398  SP-1400SP-1400 

SP-1400 (19694 Cetra – Fonit Cetra) Un'ora/Cosa pensiamo dell'amore

 

 彼らの“お仕事”でTV番組「Stasera」のテーマを歌いました。

 69』年4枚、両面ともに同郷で孤高のカンタウトゥーリ、ファブリツィオ・デ・アンドレ(Fabrizio De André)の曲を歌っています。ジャケットは2枚目のアルバムと同じデザインです。

 

SP-1408 (19699 Cetra – Fonit Cetra) Signore, io sono Irish (私はアイリッシュ)/Duemila (2000)
 

SP-1408SP-1408  SP-1415SP-1415 

SP-1415 (196910 Cetra – Fonit Cetra) Una miniera (鉱山)/Il sole nascerà
 

 69年最後のシングル盤は初期の彼らの代表作ともなった“鉱山”。70年年間ヒット・ランク64位になっています。

 

 

 

 

ニュー・トロルスの国内盤

PS- 125 (19694 SEVEN SEAS - キング) 17cm CP 第19回サン・レモ音楽祭第3集 (FESTIVAL DI SAN REMO 1969 Vol.3)
.
だけのぼく (IO CHE HO TE)

 

PS- 125PS- 125  GW-  178GW- 17~8a 

 

GW-  178 (1969520 SEVEN SEAS - キング) 30cm2LP 第19回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1969)
1-12.
だけのぼく (IO CHE HO TE)

 

SR- 301 (1969810 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP夏のデイク・フエステイヴアル1969 (UN DISCO PER L'ESTATE 1969)
11.瞳にうつる君        (DAVANTI AGLI OCCHI MIEI (IO CHE HO TE))

SR- 301SR- 301  HIT-1872HIT-1872 

 

HIT-1872 (1971410SEVEN SEAS -キング) ある物語 (UNA STORIA)ある物語 (UNA STORIA) セルジョ・エンドリゴ (SERGIO ENDRIGO)ニュー・トロルス

 

GW- 11920 (197151 SEVEN SEAS - キング) 30cm2LP第21回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1971)

2-.ある物語 (UNA STORIA)

GW- 11920GW- 119~20a SR- 706SR- 706 

SR- 706 (197112 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP 夏のディスク・フエステイヴアル1971 (UN DISCO PER L'ESTATE 1971)
.20年か100年 (VENTI O CENT'ANNI)

 

 

 

ニュー・トロルス2は1971年サンレモ音楽祭の後に続きます


サンレモの歌手たち 242 カジュアルズ

ザ・カジュアルズ (compl=e) The Casuals 

英国イングランドのリンカーン出身で60年代のビート音楽グループ。日本ではイタリア映画「新・黄金の七人7×7」の主題曲を歌ったことで知られています。

 

           TOP-1316TOP-1316   

 

メンバー構成

・ハワード・ニューコム(Howard Newcomb) 19451125日英国リンカーン州リンカーン生、ギター、トランペット、ヴォーカル

・アラン・“プラグ”・テイラー (Alan Plg Tayloer) 194722日英国ウェスト・ヨークシャー州ハリファックス生、ベース

・ロバート・“ボブ”・オブライアン(Robert Bob OBrian) (batterista) 1944926日英国スコットランド、スターリング州ブリッジ・オブ・アラン生、ドラムス

・ジョン・ロイ・テッブ(John Roy Tebb) (cantante e tastierista) 1945101日英国リンカーン州リンカーン生、キーボード、ヴォーカル

 

 元々1960年にジョン・ロイ・テッブとハワード・ニューコムが結成ドラムスの、ドン・フォーチュン (Don Fortune)とベースのゼノン・コワルスキー (Zenon Kowalski)を加え、61年に、カジュアルになりました。65年にTVのタレント・ショーで優勝し、英フォンタナから"If You Walk Out"でレコード・デビューしましたがヒットしませんでした。

 66年アラン・“プラグ”・テイラーが加入、活動拠点をミラノに移しイタリアCBSと契約ました。

9月、イタリアでのデビューはウォーカー・ブラザーズ(Walker Brothers)の“太陽はもう輝かない”他3曲(イタリア語カヴァー)入りのシングル盤が発売されました。

 

2368 (CBS) (19669CBS – CGD Messaggerie Musicali) Il sole non tramonterà, (太陽はもう輝かないThe Sun Ain't Gonna Shine Anymore)/L'amore dura solo un attimo (If You Walk Out)/ Land Of 1000 Dances (ダンス天国)

2368 (CBS)2368 (CBS)  2710 (CBS)2710 (CBS) 

2710 (CBS) (1967CBS – CGD Messaggerie Musicali) Siamo Quattro (I Was Kaiser’s Bill Batman口笛天国)/ Il grigio Mr. James (Semi-Detached Suburban Mr. James ミスター・ジェイムスの花嫁さん)

 

 2枚目もカヴァー曲、A面が口笛ジャック(Whistling Jack Smith)の“口笛天国”とB面はマンフレッド・マン(Manfred Mann)の“ミスター・ジェイムスの花嫁さん”でした

 



 当時アメリカの
CBSレーベルはリコルディからCGDに契約を変えたところで、CGDのセールス方針はイタリアの歌手とCBSの歌手をカップリングして1枚のアルバムに仕立て売る方法を取っていました。67年前半、カジュアルズはこれもRCAイタリアーナからCGDに移籍してきたばかりのジーノ・パオーリ(Gino Paoli)とのカップリング・アルバム出しています。

 

52437(CBS) (1967CBS – CGD Messaggerie Musicali) Gino Paoli and The Casuals (カジュアルズはB)

.Il grigio Mr. James (Semi-Detached Suburban Mr. James ミスター・ジェイムスの花嫁さん)

.Siamo Quattro (I Was Kaiser’s Bill Batman口笛天国)

.Il sole non tramonterà, (The Sun Ain’t Gonna Shine Any More太陽はもう輝かない)

10.Land Of 1000 Dances (ダンス天国)

11.L'amore dura solo un attimo (If You Walk Out)

12.Sorrow

 

           52437(CBS)52437(CBS) 

 67年後半、カジュアルズはCBSからSAARのジョーカー(JOCKER)・レーベルに移籍します。ここでもまた、母国イギリス歌手のカヴァー曲を出すことになりました。ビージーズの“マサチューセッツ”をイタリア語でカヴァーしました。ただこの曲が年間ランク74位に入るヒットになります。

 

M-7003X45 (196710Joker – SAAR) Massachusetts (マサチューセッツ [])/Jennifer Browne

M-7003X45M-7003X45  M-7007X45M-7007X45 

M-7007X45 (1968Joker – SAAR) Adios amor/Dolce valle

 

 68年になり本国イギリスで英国デッカ(日本ではロンドン・レーベル)との契約もでき、イタリアとイギリスでレコードを出すようになります。その1枚目が“Adios amor”でした。

 

M-7008X45 (1968Joker – SAAR) Adios amor/Don't Dream Of Yesterday

M-7008X45M-7008X45  M-7013X45M-7013X45 

 

M-7013X45 (1968Joker – SAAR) Jezamine [I] (愛しのジェザミン[])/Amore, sto dicendo a te! (Toy 愛はかえれない[]))

 68年2枚目の“愛しのジェザミン”がイギリスでシングル・チャート2位になる大ヒットとなります。彼らにやっと運が向いてきたようで、イタリアでは先にイタリア語ヴァージョン、次いで英語ヴァージョンを発売しました。

M-7015X45 (1968Joker – SAAR) Jezamine (愛しのジェザミン)/ I’ve Got Something Too (アイ・ガット・サムシング・トゥ)

M-7015X45M-7015X45  M-7018X45M-7018X45 

*M-7018X45 (1969Joker – SAAR) Seven Time Seven (新・黄金の七人)/Hey Hey Hey (ヘイ・ヘイ・ヘイ)

 

 イタリア、イリギスでヒットを出すようになると、イタリア映画の主題歌を歌う仕事のオファーがきました。人気アクション・コメディーの「黄金の七人」シリーズで「新・黄金の七人7×7」でした。これで日本でも彼らの名前が一般に知られるようになります。

 

 これらの余勢を借り、1969年サンレモ音楽祭に出場します。同じSAARの新人歌手ジュニア・マッリのパートナーで“恋の終わり”を歌いましたが優勝できませんでした。彼らにとって悔しいことは、同じ英国デッカの大物歌手トム・ジョーンズがこの曲の英語ヴァージョンを“ラヴ・ミー・トゥナイト(LOVE ME TONIGHT)”として世界的ヒットにしてしまします。

 

M-7019X45 (1969Joker – SAAR) Alla fine della strada (恋の終わり)/Non è il violino (Joker, M 7019)

M-7019X45M-7019X45  M-7028X45M-7028X45

 

M-7028X45 (1969Joker – SAAR) Sunflower Eyes/Weather Vane

 

 母国では“愛はかえれない(TOY)”など出した曲が順調にヒットし、西ドイツでも“愛しのジェザミン”が大ヒットとなり、次第にイタリアでの仕事は遠のいていきました。イタリア語でのレコードは“Domani domain”が最後になったのではないでしょうか。

 

M-7034X45 (1969Joker – SAAR) Domani domani/Tomorrow's Dream

M-7034X45M-7034X45  M-7070X45M-7070X45 

 

M-7070X45 (1970Joker – SAAR) My Name Is Love (マイ・ネ-ム・イズ・ラヴ)/ I Can’t Say (アイ・キャント・セイ)

 

 70年に入りSAARでのシングル盤としては“マイ・ネ-ム・イズ・ラヴ”くらいしか出ていません。メンバーの病気により活動停止状態となり、英国デッカとの契約も切れてしまいます。

 72年EMIのパーロフォン(Parlophone)と契約しましたが目覚ましい成果も出せず、74年パイノサブ・レーベル、ドーン(Dawn)に移籍しました。しかしここでもヒットを出すことが出来ず、76年グループは解散してしまいます。

 

 82年イタリアのポリドールから1枚シングル盤が出ていますが、この盤については詳しいことが良く判っていません。

 

2060-270A ( 1982Polydor – Phonogram) Out Of My Mind/ Take Your Time

           

          2060-270
A2060-270・A 

 

 

 

 

 

カジュアルズの国内盤(イタリア関係)

TOP-1376 (196941LONDON – キング) 新・黄金の七人 (SEVEN TIMES SEVEN)/ヘイ・ヘイ・ヘイ (HEY HEY HEY])

 

TOP-1376TOP-1376  TOP-1437TOP-1437 

 

TOP-1437 (1969111 LONDON – キング) ラヴ・ミー・トゥナイト (ALLA FINE DELLA STRADA [E])/かなわぬ恋 (NEVER MY LOVE)

 

SLC- 275 (19699LONDON – キング) 30cm LPカジュアルズ/デビュー(THE CASUALS)
.バン・バン [伊] (BANG BANG [I])

SLC- 275SLC- 275   SL- 1434SL- 143〜4a 

 

SL- 1434 (19706 LONDON – キング) 30cm 2LP全国有名DJが選んだゴ-ルデン・ヒット・ダブル・デラックス (ALL JAPAN DJS’ CHOICE)

1-.ラヴ・ミー・トゥナイト (ALLA FINE DELLA STRADA [E])

 

WWLP-7216 (1994425 SEVEN SEAS – ウェイヴ(制作キング)) 新・黄金の七人7×7 (7 VOLTE 7) CD [WWCP-7227]

.新・黄金の七人7×7 (THE BIG BRAIN)

 

WWLP-7216WWLP-7216  SPCR-20035SP・CR-20035 

 

SPCR-20035 (2006AVANZ – アヴァンツ) CD セヴン・タイムス・セヴン~新黄金の七人7×7/アルマンド・トロヴァヨーリ (SETTE VOLTE SETTE)

.新・黄金の七人7×7 (THE BIG BRAIN)

 

KICP-32013 (2007111 SEVEN SEAS – キング) CD 新・黄金の七人7×7 (7 VOLTE 7)

.新・黄金の七人7×7 (THE BIG BRAIN)


        KICP-32013KICP-3201〜3c

 

 



カジュアルズは以上で終了です

サンレモの歌手たち 241 ディク・ディク 1

イ・ディク・ディク (compl) I Dik Dik

ミラノで結成されたポップ・ロック・ビート・グループ。

 

          SRL-10499SRL-10・499

 

オリジナル・メンバー

・エミリオ・“ペペ”・サルヴァドーリ (Erminio “Pepe” Salvadori) ギター、キーボード、ヴォーカル 在籍65年〜現在、 1940319日ミラノ生。

・ピエトロ・“ピエトゥルッチョ”・モンタルベッティ (Pietro “Pietruccio” Montalbetti) ギター、キーボード、ヴォーカル 在籍65年〜現在、 1941416日ミラノ生。

・ジャンカルロ・ズブリツィオーロラッロ” (Giancarlo Sbriziolo “Lallo” ) ギター、ベース、ヴォーカル 在籍65年〜78年、82年〜現在、1939115日ミラノ生。

・セルジョ・パンノ Sergio Panno ドラムス 6574年、194461日キァヴェンナ(ソンドリオ)

・マリオ・トダーロ (Mario Todaro キーボード6574年、194562日ミラノ生

 

途中交代メンバー

・ロベルト・カルロット“フンカ・ムンカ” (Roberto Carlotto Hunka Munka) キーボード 在籍 7477年。元フンカ・ムンカ(Gli Hunka Munka

・ジョー・ヴェスコーヴィ (Joe Vescovi) キーボード 在籍7880年、8890年、2007年、1949年サヴォーナ(Savona)-2014年没。元アクァ・フラジーレ

・ヌンツィオ・ファヴィア “クッチョーロ” (Nunzio Favia Cucciolo) ドラムス在籍 7482年 1953418日バリ生。元オセイジ・トライブ(Osage Tribe)、トリップ(The Trip)、フンカ・ムンカ(Gli Hunka Munka

・ダンテ・ロベルト・ファチーニ“ロビー” (Dante Roberto Facini Roby) ヴォーカル、ギター 在籍7782

・ロザリーノ・ブランカーティ (Rosario Brancati) ギター、ヴォーカル 在籍7882

 
                                                                        

 ピエトゥルッチョ(Pietro Montalbetti)とラッロ(Giancarlo Sbriziolo)は近所の幼馴染で、ミラノの同じ小学校でした。その後ペペ(Erminio Salvadori)と知合い三人は友達でした。芸術家の子でない彼らは音楽を始め、お互いの友情を育みました。

 最初ドリマーズ(Dreamers)、次にスクァッリ(Gli Squali)というバンドを作り、地元学生のパーティーや催事に出て、メジャーなバンドに負けない活動をしました。彼らは外国のロック・ン・ロールのレコードを聞き、一生懸命コピーをして腕を上げます。

 遠くに飛び跳ねるディク・ディク(アフリカのガゼル)をバンド名にしました。彼らは万全の態勢で1965年2月、リコルディのオーディションに臨みました。彼らに曲を提供するルチオ・バッティスティ(ルーチョ・バティスティ)も受けに来ていました。


 

 正式デビュー前、サンレモ音楽祭のコンピ盤でカヴァー曲を歌う仕事をします。ディク・ディクはルチオ・ダルラの“パッフ・ブム(Paff... Bum)、ルチオ・バッティスティはセルジョ・エンドリゴの“去り行く今(Adesso Si')”を歌っています。

 66年1月シングル・デビューします。マイナーでデビューし、メジャーに認められるのですが、彼らは即メジャー・デビューだったようです。(黎明前の盤は未発見)。A面はレン・バリー(Len Barry)の“1--3”のイタリア語カヴァー、B面はルチオ・バッティスティの作った曲“Se rimani con me”でした。まあまあのデビューだったようです。


 

SRL-10390 (1966:1Ricordi - Ricordi) 1-2-3 (--) /Se rimani con


SRL-10390SRL-10・390  
SRL-10425SRL-10・425


SRL-10425 (1966:4Ricordi - Ricordi) Sognando La California (California Dreamin'
夢のカリフォルニア)/Dolce Di Giorno

 


 2枚目が彼らの運命を決定づける曲となります。アメリカのフォーク・ロック・グループ、ママス&パパス(
Mama's & Papa's)の“夢のカリフォルニアのカヴァーでした。年間ヒット・ランク16位のメガヒットになり、一挙に彼らの名前が知れ渡ります。B面はバッティスティの曲です。

 


 
後にライバルとなるロークス(The Rokes)は同9位、11位、97位、エキペ84(Equipe 84)も5位、17位、19位共に3曲。ジガンティ(I Giganti)は12位、23位、コルヴィ(I Corvi)が50位、87位、ノマーティ(I Nomadi)72位、92位が2曲づつ。イギリス勢のビートルズが7曲、ローリング・ストーンズが5曲送込んでいたのですから、どういう状況かご想像いただけると思います。

 


 
 67年1枚目はカンタジーロの出場曲で前年から設けられたカテゴリーのジローネC(グループ)に“世界は二人と共に”で出場し、5位入賞、年間ランク55位です。この曲もママス&パパス“アイ・ソー・ハー・アゲイン”、B面は米フォーク歌手ティム・ハーディン(Tim Hardin)の“この小さな願い”のカヴァーでした。

 


SRL-10444 (19674Ricordi - Ricordi) Il mondo è con noi (世界は二人と共にI SAW HER AGAIN アイ・ソー・ハー・アゲイン)/Se Io Fossi Un Falegname (If I Were a Carpenterこの小さな願い)

 

SRL-10444SRL-10・444 SRL-10464SRL-10・464


SRL-10464 (19678Ricordi - Ricordi) Senza Luce ( A Whiter Shade Of Pale 青い影) Procol Harum) /Guardo te e vedo mio figlio

 


 
次がプロコール・ハルムの“青い影”のカヴァー、年間ヒット・ランク20位の大ヒットで、競合したはファウスト・レアーリ(Fausto Leali)は同84位でした。この曲も彼らの代表曲となります。B面はバッティスティとモゴールの曲。

 


 最後3枚目、
A面が英フラワーポット・メン(Flowerpot Men)の“花咲くサンフランシスコ”、B面が米アソシエーション(Association)の“ウィンディ”で同系統のカヴァーが続くと飽きられたのか、佳作ですが年間ランクにはいりません。

 


SRL-10484 (196712Ricordi - Ricordi) Inno (Let’s Go To San Francisco
花咲くサンフランシスコ) / Windy (ウィンディ)

SRL-10484SRL-10・484  MRP-9035MRP-9035

MRP-9035 (196712Ricordi - Ricordi) Dik Dik

.Senza Luce ( A Whiter Shade Of Pale 青い影)

.Guardo Te e Vedo Mio Figlio 

.Se Io Fossi Un Falegname (If I Were a Carpenterこの小さな願い)

.Windy (ウィンディ)

.Cado GiÙ (My World Fell Down - Ivy League)

.Serenella (セネレッラ- [Bobby Solo])

.Sognando La California (California Dreamin'夢のカリフォルニア)

.Il mondo è con noi (世界は二人と共にI SAW HER AGAIN アイ・ソー・ハー・アゲイン)

.Inno (Let’s Go To San Francisco花咲くサンフランシスコ)

10.Dolce Di Giorno

11.Nel 1303 (Do You Believe? [The Storybook People])

 


 
年末、2年目の新人ながら今までのヒット曲を集めたファースト・アルバムを出してもらいます。

 


 ようやく自分達のオリジナル曲で勝負できたのは68年カンタジーロ・ジローネA(スター部門)の出場曲でした。バッティスティとモゴールの作“風の置手紙”が10位入賞、年間ランク75位のヒットをなりました。

 


SRL-10499 (19684Ricordi - Ricordi) Il Vento (風の置手紙) /L'eschimese  (THE MIGHTY QUINN [Manfred Mann])

※ジャケット写真は顔写真画像をご参照

 

 68年2枚目はピエロ・ソフィッチ作、ヒットになりません、B面はザ・バンドのカヴァー曲です。

 

SRL-10515 (196810Ricordi - Ricordi) Dimenticherai /Eleonora credi (THE WEIGHTザ・ウェイト)

SRL-10515SRL-10・515  SRL-10531SRL-10・531 

SRL-10531 (19692Ricordi - Ricordi) Zucchero (恋のズッケロ)/Piccola arancia

 

 ヒットの実績を認められ、69年サンレモ音楽祭にリタ・パヴォーネのパートナーとして恋のズッケロを歌い13位入賞を果たしました。

 

 

 

ディク・ディクの国内盤

SH- 231 (19665 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP 16回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1966)

13.パッフ・ブム (PAFF... BUM)

SH- 231SH- 231  SR- 176SR- 176
 

SR- 176 (1968510SEVEN SEAS - キング) 30cmLPヒット・パレード・イン・イタリー第1集 (HIT PAREDE IN ITALY Vol.1)

.青い影[伊] (SENZA LUCE (A WHITER SHADE OF PALE [I]))

.ウィンディ [] (WINDY [I])

.花咲くサンフランシスコ [] (INNO (LET'S GO TO SAN FRANCISCO [I]))

 

SR- 233 (19681110 SEVEN SEAS - キング) 30cmLPカンタジーロ1968 (CANTAGIORO 1968)

.風の置手紙 (IL VENTO)

SR- 233SR- 233 HIT-1615HIT-1615 

 

HIT-1615 (19694SEVEN SEAS - キング) ズッケロ (ZUCCHERO)ズッケロ (ZUCCHERO) リタ・パヴォーネ (RITA PAVONE)ディクディク

 

GW-  178 (1969520 SEVEN SEAS - キング) 30cm2LP第19回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1969)

2-.恋のズッケロ (ZUCCHERO)

GW-  178GW- 17~8a SR- 3135SR- 313~5

SR- 3135 (19691020 SEVEN SEAS - キング) 30cm3LPBoxカンツォーネ・スター大名鑑 (PANORAMA DI CANTANTI)

1-.青い影 [伊] (SENZA LUCE (A WHITER SHADE OF PALE [I]))




ディク・ディク2は1970年サンレモ音楽祭のあとに続きます 


サンレモの歌手たち 240 スティービー・ワンダー

スティービー・ワンダー Stevie Wonder (vm=a)

本名スティーヴランド・ハーダウェイ・モーリス(Stevland Hardaway Morris)、出生時姓はジャドキンス(Judkins)1950513日米国ミシンガン州のデトロイトの北西150kmにある小都市サギノー(Saginaw)生。アメリカの自作自演歌手、音楽プロデューサー、マルチ・ミュージシャン。

 

              TSP-34019TSP-34019 

 

 父カルヴィン・ジャドキンス(Calvin Judkins)、母ルーラ・メア・ハーダウェイ(Lula Mae Hardaway)との間に6人兄弟の第3子として生まれました。6週早産の未熟児だったので、保育器に入り、酸素過多が原因で未熟児網膜症となり、視力を失いました。

 彼が4才の時、母ルーラは子供たちを連れて父の元から去り、デトロイトに移り母方のジャドキンスに改姓しました。

 

 11才の時、彼の書いた“Lonely Boy”を奇跡的にもロニー・ホワイト(Ronnie White)の前で歌い、ロニーはスティービーと母をモータウンのオーディションに連れていきました。そしてモータウンのオーナーで最高経営責任者のベリー・ゴーディー(Berry Gordy)とタムラ(TAMLA)レーベルの契約をしたのでした。彼の芸名はリトル・スティービー・ワンダーとなりました。

 

 彼はプロデューサーでソングライターのクラレンス・ポール(Clarence Paul)の管理下に置かれ、年2枚のアルバムを作ることとなりました。デビューはベリー・ゴーディーの“I Call It Pretty Music But The Old People Call It The Blues」”になり、1962年夏にだされました。契約で作られたアルバムは“The Jazz Soul of Little Stevie Wonder”、“Tribute to Uncle Ray”でした。

 

 スティービーの曲がヒットしたのはもう少し後の62年末にモータウン・レビューの全米をツアーに参加し、シカゴでの模様を収めたライヴ盤が63年に出ました。これがビルボード200の第1位に、そこからカッティングされたシングル盤“Fingertips(フィンガーティップス)”がビルボード・トップ10の63年8月10日〜24日の3週間トップのナンバー・ワン・ヒットになりました。彼の名声はここから始まりました。

 

JET-1302 (196311GLOBE -日本ビクター) フィンガーティップス第2番/第1番<L> (FINGERTIPS Part2/ Part1 <L>)

             JET-1302JET-1302 

 

 ポップ・ミュージックのレジェンドとして4才の時すでにピアノを弾き、12才でアメリカ・ヒット・チャートにランクされ、ドラム、ギター、キーボード、パーカッション、ハーモニカを奏でるマルチ・ミュージシャンの作曲家として名前が知れ渡ったと言われました。

 

 デビュー以来現在も現役活動中で、“迷信”など30以上のトップ10ヒット、25以上のグラミー賞や多くの賞を受賞し、89年には若くして「ロック・ン・ロール」ミュージアムの殿堂入りもしています。また国連の平和大使にも任命され、社会貢献活動にも力を注いでいます。

 

 スティービー・ワンダーのイタリア語ヴァージョンの発売はRCAイタリアーナ時代に限られています。最初は世界的大ヒットとなった“太陽のあたる場所”で、B面の “Passo Le Mie Notti Qui Da Solo”も“Music Talk”もイタリア語でした。67年年間ヒット・ランクの29位の大ヒットとなりました。

翌68年は“トラベリン・マン”とB面“アイム・ワンダリング”ともにイタリア語で歌ったシングル盤を出しています。

 

TM-8007 (1967 TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) Il Sole È Di Tutti (太陽のあたる場所A place in the sun)/ Passo Le Mie Notti Qui Da Solo (Music Talk)

TM-8007TM-8007  TM-8034TM-8034 

TM-8034 (1968TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) Dove Vai? (トラベリン・マンTravelin' man)/ Non Sono Un Angelo (アイム・ワンダリング I'm Wondering)

 

TM-8043 (1969 TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) Se Tu Ragazza Mia (恋人だったら)/ Shoo Be Doo Be Doo Da Day (シュ・ビ・ドゥ・ビ・ドゥ・ダ・デイ)

TM-8043TM-8043  TM-8051TM-8051 

TM-8051 (19703 TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) My Cherie Amour (マイ・シェリー・アモール)/ Solo te, solo me, solo noi (イエスター・ミー Yester-me, yester-you, yesterday)

 

TSP-34019 (19703 TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) 30cm LP STEVIE WONDER※ジャケット写真は顔写真画像をご参照

.Solo te, solo me, solo noi (イエスター・ミー Yester-me, yester-you, yesterday)

 



 スティビー・ワンダーのイタリアでのアラログ時代のレコードは4社から発売されました。

デビューから70年;87年からRCAイタリアーナ、70〜75年リフィ、76〜82年EMIイタリアーナ、82〜86年リコルディです。80年代まではシングル盤の判明分すべて、80年代は年間ランク100位にランキングされた盤を紹介しています。

 

TM-8046 (1969 TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) My Cherie Amour (マイ・シェリー・アモール)/ Don't Know Why I Love You

TM-8046TM-8046  TM-8048TM-8048 

TM-8048 (1969 TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) Yester-Me, Yester-You, Yesterday (イエスター・ミー)/ I'd Be A Fool Right Now

 

TM-8066 (1970TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) Signed, Sealed, Delivered I'm Yours (涙をとどけて)/I'm More Than Happy (I'm Satisfied) (幸せすぎて)

TM-8066TM-8066  TM-8077TM-8077 

TM-8077 (1970TAMLA MOTOWN – RCA Italiana) Heaven Help Us All (ヘブン・ヘルプ・アス・オ)/ I Gotta Have A Song (歌わずにはいらてない)

 

TSMNP-64107 (1970TAMLA MOTOWN – RI FI) We Can Work It Out (恋を抱きしめよう)/Never Dreamed You'd Leave In Summer (夏に消えた恋)

TSMNP-64107TSM・NP-64107  TSMNP-64136TSM・NP-64136 

TSMNP-64136 (1972TAMLA MOTOWN – RI FI) Keep On Running (キープ・オン・ランニング)/Evil

 

TSMNP-64142 (1972TAMLA MOTOWN – RI FI) Superstition (迷信)/You've Got It Bad Girl (ユーヴ・ゴット・イット・バッドガール) 73年間ヒット・ランク52位

TSMNP-64142TSM・NP-64142  TSMNP-64149TSM・NP-64149 

TSMNP-64149 (1973TAMLA MOTOWN – RI FI) You Are The Sunshine Of My Life (サンシャイン)/Tuesday Heartbreak (チューズデイ・ハートブレーク) 73年ヒット・ランク82

 

TSMNP-64169 (1973TAMLA MOTOWN – RI FI) Higher Ground (ハイアー・グラウンド)/Living For The City (汚れた街) 73年ヒット・ランク100

TSMNP-64169TSM・NP-64169  TSMNP-64192TSM・NP-64192 

TSMNP-64192 (1974TAMLA MOTOWN – RI FI) Don't You Worry 'Bout A Thing (くよくよするなよ)/Blame It On The Sun (ブレーム・イット・オン・ザ・サン)

 

TSMNP-64202 (1974TAMLA MOTOWN – RI FI) You Haven't Done Nothin' (悪夢)/ It Ain't No Use

TSMNP-64202TSM・NP-64202  TSMNP-64207TSM・NP-64207 

TSMNP-64207 (1974TAMLA MOTOWN – RI FI) Boogie On Reggae Woman (レゲ・ウ-マン)/Please Don't Go

 

TSMNP-64246 (1975TAMLA MOTOWN – RI FI) Ave Maria (Franz Schubert)/Uptight (Everything's Alright) (アップ・タイト)

TSMNP-64246TSM・NP-64246  3C006-984903C・006-98490 

3C006-98490 (1976MOTOWN – EMI ITALIANA) I Wish (回想)/You And I (ユー・アンド・アイ)

77年年間ヒット・ランク46位

 

3C006-98912 (1977MOTOWN – EMI ITALIANA) Sir Duke (愛するデューク)/He's Misstra Know-It-All (いつわり)

3C006-989123C・006-98912  3C006-994983C・006-99498 

3C006-99498 (1977MOTOWN – EMI ITALIANA) Another Star (アナザー・スター)/Creepin' (クリーピン)

 

3C006-60158 (1977MOTOWN – EMI ITALIANA) As (アズ)/Contusion (負傷)

3C006-601583C・006-60158  3C006-634003C・006-63400 

3C006-63906 (1979MOTOWN – EMI ITALIANA) Black Orchid (黒の蘭)/Ecclesiastes

 

3C006-63400 (1979MOTOWN – EMI ITALIANA) Send One Your Love (愛を贈れば)/Send One Your Love (Instrumental)

3C006-639063C・006-63906  3C006-640763C・006-64076 

3C006-64076 (1980MOTOWN – EMI ITALIANA) Master Blaster (Jammin') (マスター・ブラスター)/ Master Blaster (Dub) 80年年間ヒット・ランク10位のメガヒット

 

3C006-64234 (1980MOTOWN – EMI ITALIANA) I Ain't Gonna Stand For It (疑惑)/Knock Me Off My Feet (孤独という名の恋人)

3C006-642343C・006-64234 3C006-646963C・006-64696 

3C006-64696 (1982MOTOWN – EMI ITALIANA) That Girl (ザット・ガール)/All I Do (キャンドルにともした恋)

 

3C006-64749 (1982Parlophone – EMI ITALIANA) Ebony And Ivory (エボニー・アンド・アイボリー)/Rainclouds (Paul McCartney With Stevie Wonder) (レインクラウズ) 82年年間ヒット・ランク9位のメガヒット(二人の力なら当然か!)

3C006-647493C・006-64749  TMNP-5002TM・NP-5002 

TMNP-5002(1982MOTOWN – Ricordi) Ribbon In The Sky (リボン・イン・ザ・スカイ)/The Secret Life Of Plants

 

TMNP-5010 (1984MOTOWN Ricordi) I Just Called To Say I Love You/ I Just Called To Say I Love You (Instrumental) 84年年間ヒット・ランク第1位のナンバー・ワン・ヒット

TMNP-5010TM・NP-5010  TMNP-5018TM・NP-5018 

TMNP-5018 (1985MOTOWN Ricordi)  Part-Time Lover/Part-Time Lover (Instrumental) 85年年間ヒット・ランク15位

 

107-775 (1987Arista RCA Italiana) That's What Friends Are For [Dionne & Friends]/ Two Ships Passing In The Night [Dionne Warwick] Dionne & Friends Featuring  Elton John,  Gladys Knight And  Stevie Wonder (ディオンヌ・ワーウィック・ウィズ・フレンド) 

86年年間ヒット・ランク49位

107-775107-775  ZB-41439ZB-41439 

ZB-41439 (1987MOTOWN – RCA Italiana)  Skeletons/B Skeletons (Instrumental) 87年年間ヒット・ランク44位

 

 

スティビー・ワンダーのイタリア関係国内盤はありません、(と思います)CDのボーナストラック等にイタリア語ヴァージョンが収録されていることも考えられますが、調べきれておりません。

スティビー・ワンダーは以上です


サンレモの歌手たち 239 ナーダ 1

ナーダ Nada (vf)

本名ナーダ・マラニーマ (Nada Malanima1953 11 17 日ピサの南南東20kmにある小さな町ガッボ(ディ・ロシニャーノ・マリッティモ)生、歌手、作家、作詞作曲家、女優。

 

           TSL-10444TSL-10444 

 

 ナーダの父は有名なクラリネット奏者でした。ある日、親交深い作曲もする作詞家で、タレントのスカウトもしているフランコ・ミリアッチと会い、娘のナーダを地元のコンテストに応募させてはという提案を受けました。ミリアッチは華奢な少女にい合わない豊かな歌声に感銘を受け、彼女の先生を引受けました。

 

 1968年RCAイタリアーナと契約し、ナーダは僅か15才レコード・デビューをします。RCAの新人発掘レーベル、タレント (TALENT)からエンゲルベルト・フンパーディンクの“地平線のかなた”とB面はロークスのリーダー、シェル・シャピロの新曲が当てられました。

 

TL-  18 (1968 RCA Talent – RCA Italiana) Les Bicyclettes de Belsize (地平線のかなた)/Per te per me

TL-  18TL- 18  TL-  19TL- 19

TL-  19 (1969 RCA Talent – RCA Italiana) Ma che freddo fa (なんて寒い)/Una rondine bianca (白いつばめ)

 

 デビュー2曲目で69年のサンレモ音楽祭の出場が決まりました。大会社のRCAイタリアーナでも、出場枠が自由に増やせるわけでなく、「冷や飯を食らう」歌手が出てきます。76年ヤマハ世界歌謡祭にスアン(Suan)の名前で来日したアンナ・マリア・バラッタ(Annamaria Barattaでした。

 彼女はそれ以来運に見放されたような状態に、一方ナーダは順風満帆の滑り出しになります。“なんて寒い”はこの年のサンレモ曲で一番の成績、年間ヒット・ランク9位のメガヒットとなりました。

 

 69年2枚目は夏のディスク・フェスティヴァル参加曲“白雪姫”でした。新人ながら準決勝(56曲中24曲以内)まで残り、年間ヒット・ランク98位のヒット、B面が同84位のヒットとなりました。

 

TL-  22 (1969 RCA Talent – RCA Italiana) Biancaneve (白雪姫)/Cuore Stanco

TL-  22TL- 22  TL-  26TL- 26

TL-  26 (1969 RCA Talent – RCA Italiana) Che Male Fa La Gelosia (嫉妬するのは悪いこと)/Ritornerà vicino a me (AFTERGLOW (OF YOUR LOVE))

 

 3枚目が“嫉妬するのは悪いこと”はヴェネチア国際音楽祭7位入賞し、年末のカンツォニッシマでも歌いました。しかも年間ヒット・ランク37位の大ヒットになります。

 

 新人では異例1年目のアルバムも発売されています。新人の場合、まだレパートリーが少ないので半分が外国のカヴァー曲を歌っています。日本の大物になったアイドル歌手でも、ファースト・アルバムは外国曲などのカヴァーが多く入っており、後年意外と面白い存在になるのとよく似ています。

 

TSL-10444 (1969 RCA Talent RCA Italiana) Nada ※ジャケット写真は顔写真画像をご参照

.Senza Te (あなたなしで Sauve Moi) 元曲Eric Charden (仏エリック・シャルダン)

.Ma che freddo fa (なんて寒い)

.Dai, Vieni Qui (Round Going Round ラウンド・ゴーイン・グラウンド) 元曲 Grapefruit (グレープフルーツ)

.Cuore Stanco

.Ritornerà vicino a me (Afterglow (of Your Love)) Small Faces (英スモール・フェイセス)

.Per Te Per Me Rokes (伊ロークス)

.Biancaneve (白雪姫)

.Se Tu Ragazzo Mio (恋人だった)

. Una rondine bianca (白いつばめ)

10.Una Donna Sola (Yesterday Has Gone イエスタデイ・ハズ・ゴーン) Cupid Inspiration (キューピッズ・インスピレーション)

11.Les Bicyclettes de Belsize (地平線のかなた) 英エンゲルベルト・フンパーディンク

12.Yellow Submarine (イエロー・サブマリン) 英ビートルズ

 

 年末に新人でカンツォニッシマに初参加しました。第1回戦でサンレモ大ヒットの“なんて寒い”、第二回戦に4枚目のシングル“指輪”を歌い第3回戦に、ここではB面の“Innamorata di te”を歌っています。これに勝てば翌年のお正月に決勝戦に出られるのですが、「天才少女」とはいえ、流石にデビュー1年目の新人には無理だったようです。

 

TL-  28 (1969 RCA Talent – RCA Italiana) L'Anello (指輪)/Innamorata di te

TL-  28TL- 28  TL-  30TL- 30

TL-  30 (1970 RCA Talent – RCA Italiana) Pa' Diglielo a Ma' (パパ、ママに言って)/La fotografia

 

  70年1枚目はサンレモ音楽祭の入賞曲です。“パパ、ママに言って”を歌って連続出場、連続入賞を果たし、年間ヒット・ランク66位になります。パートナーはナーダより1年先輩のロザリーノ(Rosalino)、ヴィンチェンツォ・ミコッチが起ち上げたばかりの“IT”からの無名の新人でした。彼が後のロン(Ron)となります。

 

 次に初めてのカンタジーロに出場します。普通ならデビュー2年目の歌手はジローネB(新人部門)となるのですが、ナーダはジローネA(スター部門)でした。しかし不運なことにこの年は、アドリアーノ・チェレンターノが途中エスケープで順位なしで終わり、彼女の“いつわり”も不発に終わります。新人部門で出場し、優勝した方が良かったかもしれません。これ以降メイン・レーベルRCAイタリアーナに変わります。

 

PM-3523 (1970 RCA Italiana – RCA Italiana) Bugia (いつわり)/Che dolore (恋のほのLOVE GROWS (WHERE MY ROSEMARY GOES) 元曲エジソン・ライトハウス

PM-3523PM-3523  PM-3557PM-3557

PM-3557 (1970 RCA Italiana – RCA Italiana) Io L’ho Fatto Per Amore (去りし君へのバラ-ドI’ve Lost You)/Male D'Amore

 

 70年3枚目はエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)のカヴァー曲“去りし君へのバラ-ド”でした。B面は恩師フランコ・ミリアッチ作詞、ロークスのシェル・シャピロ作曲です。

 

 年末にサンレモ音楽祭に連続出場し2枚目のアルバムが発売されました。2年目のジンクスか、デビュー直後の勢いがなくこの先が危ぶまれる所だったのですが、年明け早々華々しい復活を見せます。

 

PSL-10484 (197012 RCA Italiana RCA Italiana) Io l'ho fatto per amore

.Io Lho Fatto Per Amore (去りし君へのバラIve Lost You) 元曲エルヴィス・プレスリー

.Sei Mio (渚の果てにこの愛を The Girl From Salina) 元曲Christophe(クリストフ)

.Bugia (いつわり)

.E Dolce Dare La Buonanotte

.Jumbo Jet (シルバー・バードSilver Bird) 元曲Mark Lindsay (米マーク・リンゼイ)

.L'Anello (指輪)

.Male D'Amore

.Pa' Diglielo a Ma' (パパ、ママに言って)

.Un Passatempo (リトル・グリーン・バッグLittle Green Bag) 元曲George Baker Selection (ジョージ・ベイカー・セレクション)

10.Che Male Fa La Gelosia (嫉妬するのは悪いこと)

11.C’e’ Una Luce (in medley) (ヒー He)

12.Credo (in medley) (アイ・ビリーブ I Believe)

13.La Fotografia

PSL-10484PSL-10484  PM-3576PM-3576

PM-3576 (19712 RCA Italiana – RCA Italiana) Il cuore è uno zingaro (恋のジプシー)/Insieme mai

 

  71年サンレモ音楽祭にベテランのニコラ・ディ・バリと共に“恋のジプシー”を歌い初優勝します。年間ヒット・ランク51位のヒットとなり、日本でも本格的に紹介され順次レコードも発売されるようになりました。

 

 

 

ナーダの国内盤

SS-1886 (19696 5 RCA - 日本ビクター) なんて寒い (MA CHE FREDDO FA)なんて寒い (MA CHE FREDDO FA) ナーダザ・ロークス (THE ROKES)

SS-1886SS-1886  SHP-6122SHP-6122a 

SHP-6122 (19705 5 RCA - 日本ビクター) 30cm LPサンレモ1970 (SAN REMO 1970)

.パパ、ママに言って (PA' DIGLIELO A MA')

 

SS-1995 (19713 5 RCA - 日本ビクター) 木の葉のように (GIALLO GIALLO AUTUNO)白雪姫 (BIANCANEVE)

SS-1995SS-1995  SS-2081SS-2081 

SS-2081 (19714 5 RCA - 日本ビクター) 恋のジプシー(IL CUORE E' UNO ZINGAROFA)恋のジプシー (IL CUORE E' UNO ZINGARO) ナーダニコラ・ディ・バリ (vm) (NICOLA  DI BARI)

 

SRA-  94 (19714 25 RCA - 日本ビクター) 17cm CP恋のジプシーサンレモ’71 (SAN REMO 1971)
.
恋のジプシー(IL CUORE E' UNO ZINGAROFA)

SRA-  94SRA- 94  SRA-5206SRA-5206 

SRA-5206 (19714 RCA - 日本ビクター) 30cm LPサンレモ1970 (SAN REMO 1970)
.
恋のジプシー(IL CUORE E' UNO ZINGAROFA)

 

SS-2099 (1971RCA - 日本ビクター) 恋のジプシー [] (IL CUORE E' UNO ZINGARO [])赤いすずらん (AKAI SUZURAN [J])

SS-2099SS-2099  SS-2117SS-2117 

SS-2117 (1971RCA - 日本ビクター) いつわり (BUGIA)/あなたなしで (SENZA TE)

 

 

 

ナーダ2は1970年サンレモ音楽祭のあとに続きます。


サンレモの歌手たち 238 ロッキー・ロバーツ 1

ロッキー・ロバーツ Rocky Roberts (vm)

本名チャールズ・ロバーツ(Charles Roberts1941 (1939年説あり) 8 23 日マイアミ (米国フロリダ州)生、 2005 1 13 日 ローマ没。アメリカ出身の歌手、俳優。

 

            JET-1779JET-1779 

 

 貧しい家族の第4子として生まれ、8才で孤児になり幼い頃から様々な職業就き、ボクサーになります。やがてウェルター級チャンピオンになりますが、試合で目に事故をおい、ボクシングを諦めます。後年彼のトレードマークとなる色の濃いサングラスをかける原因でした。

 17才で海軍に入隊し第六艦隊空母インディペンデンスに配属されました。そこで人気ドラマーのダグ・フォルクス(Doug Fowlkes)が作ったエアデールス (the Airedales)と言うバンドに歌手として参加しました。エアデールとは空母に乗艦するパイロットの俗語です。

 彼らは1960年地中海巡航の折、寄港したイタリアのナポリでヴィス・ラディオ(VIS RADIO)社でEP3枚とLPを録音し、翌年に発売しました。

 

VLMQ-044003 (1960 Vis Radio - Vis Radio) Dina (ダイナ)/ Ramrod (ラムロッド)/ Feel So Good (フィール・ソー・グッド)/ Night Train (ナイト・トレイン)

VLMQ-044003VL・MQ-044003 VLMQ-044004VL・MQ-044004 

VLMQ-044004 (1960 Vis Radio - Vis Radio) Lonely/Dumplings /Over and Over (オーヴァー・アンド・オーヴァー)/Honky Tonk, (pubblicato come Rocker Roberts con Doug Fowlkes and the Airedales)

 

VLMQ-044005 (1960 Vis Radio - Vis Radio) Wizard/Come What May/Lucille (ルシア)/Dishrag,

VLMQ-044005VL・MQ-044005 VLMQ-08446VL・MQ-08446 

VLMQ-08446 (1961 Vis Radio - Vis Radio) Doug Fowlkes and the Airedales

.The Little Matador (ちびの闘牛士)

.Unchained Melody (アンチェインド・メロディ)

.Sortie

.Beautiful Dreamer (夢みる佳人)

. Sleep Walk (スリープ・ウォーク)

.Rauchy

.Johnny B. Good (ジョニー・B・グッド)

.Play It Fair

.Blues Stay Away From Me (ブルースよきえておくれ)

10.Creme De Menthe

11.Money

12.Guitar Calipso

 

 その時のクレジットはヴォーカル:ロッカー・ロバーツ、ダグ・フォルクス&エアデールス(Rocker Roberts con Doug Fowlkes and the Airedales)でした。

 

 61年8月フランス、コート・ダ・ジュールのジュアン・レ・パンにあるヴィユ・コロンビエ劇場であるロック・ン・ロール・フェスティヴァルに参加します。この事を知ったバークレイ・レコードの社主エディ・バークレイは現地で彼らと独占契約を結びました。

 ロック・ン・ロールのレコードを出すこととなり、彼らは62年米海軍を除隊し、フランスで活動を始めました。

 当時日本で音源が出たとは知りませんでした。バークレイが朝日ソノラマからシートで出ていた(SEP-  36はハード盤)時のことです。彼らのツィストの曲はフランスで大ヒットしました。当時イタリアではSAARから販売されています。

 63年頃ウェス(Wess Johnson)がを加入させ、メンバーを6人に絞込み、ロッキー・ロバーツを中心とします。彼はサンレモ音楽祭にウェス&ドリ・ゲッツィとして出場していますので、その時彼を紹介します。リーダーのダグ・フォルクスはマネージャー、プロディーサーに徹します。

 64年“T-Bird”がイタリアで彼らの最大のヒットとなります。「T-Bird」はフォードのサンダーバードのこと、“アメ車”を代表する存在でした。以前フランスで発売さましたが、イタリアのラジオ番組が取上げ火がつきました。

 

45BN-6079 (1965 Barclay – RCA Italiana) T.Bird/Hitch Hike (ヒッチ・ハイク)

45BN-6079 45BN-6079 SIB-1001SIB-1001 

SIB-1001 (1965 Barclay – RCA Italiana) Rocky Roberts e gli Airedales

.Everybody Says Yaa

. T-Bird

.Shot Gun (ショットガン)

.Any Ole Way

.What’s The Matter Baby (What’s a Matter Baby涙が頬をぬらす時)

.Stop Pretending

.Everybody Needs Somebody (恋人天国)

.Find Yourself Another Fool

.Just Can’t Stand It No More

10.Goodbye My Love (グッドバイ・マイ・ラヴ) 元曲サーチャ=ズ

11.Good News (幸せの便り) 元曲サム・クック

 

45BN-6091 (1966 Barclay – RCA Italiana) Stop Pretending/Everybody Needs Somebody (恋人天国)

45BN-609145BN-6091 45BN-701545BN-7015 

45BN-7015 (1966 Barclay RCA Italiana) Shot Gun (ショットガン)/Any Ole Way

 

  65年イタリアでバークレイの販売権はRCA Italianaに変わりました。ここでシングル盤3枚出した後、イタリアに移住しドゥリウムに移籍しました。

ドゥリウムからの第一弾は57年にハリウッド・フレイムズ(The Hollywood Flames)がヒットさせた“Buzz Buzz Buzz”でした。 

 

CNA-9221 (1966 Durium - Durium) Buzz Buzz Buzz/Paper Rose

CNA-9221CN・A-9221 CNA-9222CN・A-9222 

CNA-9222 (1966 Durium - Durium) My Heart With Love/Leave My Kitten Alone (仔猫に手を出すな)

 

 この頃の表記はロッキー・ロバーツ&ザ・エアデールスですが、時々ロッキー・ロバーツ単独や、ザ・エアデールスだけの表記の盤が出るようになりました。

 

CNA-9223 (1966 Durium - Durium) I'll Find Somebody New/ Hold On I'm Coming

CNA-9223CN・A-9223 msA-77155ms・A-77155 

msA-77155 (1966 Durium - Durium) Rocky Roberts And The Airedales

.Buzz Buzz Buzz

.Too Much

.Tell Me

.Come See About Me

.Hold On I'm Coming

.Depending On You

.Got A Thing Going

.Same Old Song

.Midnight Hour

10.Have You Ever Had The Blues

11.Got To Have A Hundred

12.I Ain't Doing Too Bad

 

 CNA-9235はジューク・ボックス用かプロモート盤の様で、他のジャケット画像のない盤も同様だと思います。まだ彼はデビュー以来すべて英米圏の曲を英語で歌っていました。

 

CNA-9235 (1967 Durium - Durium) Got a Thing Doing (Written By – W. King)/Don't Play That Song (わが傷心の唄)

CNA-9235NO IMAGE-WANTED CN・A-9236CN・A-9236   

CNA-9236 (1967 Durium - Durium) Gira Gira (Reach out, I'll be there リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア)/Got A Thing Doing

 

 イタリア語で初めて歌った“Gira Gira”はフォー・トップス(FOUR TOPS)の“リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア”です。これで多くのイタリア人にロッキー・ロバーツは受入れられます。

 

 そして初めて歌ったイタリア人の曲が彼最大のヒットとなります。67年第4回フェスティヴァル・バールで優勝した“今夜はぶっとばせ” です。週間ランク18週在位しナンバー1ヒットに、また年間ヒット14位のメガヒットなりました。日本で国内盤も発売されました。

 

CNA-9237 (1967Durium - Durium) Stasera mi butto (今夜はぶっとばせ)/Just Because Of You (君のためなら)

CNA-9237CN・A-9237 CNA-9239CN・A-9239   

CNA-9239 (1967 Durium - Durium) Can't Ask No More/Dove credi di andare (孤独な青春)

 

 イタリア語の曲を歌い始め、B面はこの年サンレモ音楽祭でセルジョ・エンドリゴの歌った孤独な青春を歌っています。この頃からソロ活動が中心となります。

 

 “わが傷心の唄”のジャケット写真もクレジットも彼は後退です。ウェス(Wess Johnson)がリードで、ウェス&ザ・エアデールスとなります。

 

CNA-9241 (1967 Durium - Durium) Don't Play That Song (わが傷心の唄)/Hey Joe (ヘイ・ジョー)

CNA-9241CN・A-9241 CNA-9242NO IMAGE-WANTED 

CNA-9242 (1967 Durium - Durium) Stasera mi butto (今夜はぶっとばせ)//Fammi un sorriso (lato B cantato da Lino Alfieri) [Juke-Box]

 

LdA-7521 (1967 Durium - Durium) Un giorno con te/Qui la gente sa vivere (lato B cantato da Little Tony) [Juke-Box]

LdA-7521NO IMAGE-WANTED CNA-9248CN・A-9248   

CNA-9248 (1967 Durium - Durium) E lasciatemi stare/Just Don't Know 

 

 イタリア語曲の大ヒットに気を良く、積極的に歌います。“Per conquistare te”はモゴール作詞P.ソフィッチ作曲で在位4週間、最高位13位になり、“今夜はぶっとばせ”に次ぐヒットになりました。B面同僚の自作自演歌手トニー・クッキアーラの曲。

 

CNA-9250 (1967 Durium - Durium) Per conquistare te/Se l'amore c'è

CNA-9250CN・A-9250 CNA-9251CN・A-9251 

CNA-9251 (1967 Durium - Durium) If He Could (Colonna Sonora Originale Dal Film "Tom Dollar")/Lady Barbara, (lato B interpretato dall'orchestra di Mario Capuano)

 

売れると様々な仕事が来ます。映画「Tom Dollarのサントラで歌い、ヒット曲“今夜はぶっとばせ」を題材にした同名の映画にも出演しました。年末には“ジングル・ベル”/“きよしこの夜”も出しました。

 

CNA-9258 (1967 Durium - Durium) Jingle Bells (ジングル・ベル)/Silent Night (きよしこの夜)

                    CNA-9258CN・A-9258   

 

 

 

ロッキ-・ロバーツの国内盤

E-12 (1962430Barclay - Asahi Sonorama) 20cmFlex 2sheets これがTWISTだ [曲 詳細不明] ダッグ・フォークス楽団 Doug Fowlkes & his Airedales (compl=f))

E-12E-1〜2  SEP-  36NO IMAGE-WANTED 

SEP-  36 (1962Barclay - Asahi Sonorama) サマータイム (Summertime)契約殺人 (Murder By Contract) ダッグ・フォークス楽団 Doug Fowlkes & his Airedales (compl=f))

 

JET-1779 (1967825 GLOBE -日本ビクター) 今夜はぶっとばせ (STASERA MI BUTTO)/君のためなら (JUST BECAUSE OF YOU)  ジャケット写真は顔写真画像をご参照

 

 

 

ロッキー・ロバーツ 2は1970年サンレモ音楽祭のあとに続きます。

サンレモの歌手たち 237 ケッコ、 クラウディオ・ビルラ7

ケッコ (vm) Checco

本名フランチェスコ・マルセッラ(Francesco Marsella1944 12 22 日、ボローニャの南東50Kmにある中都市フォルリ(Forlì)生。 芸名はケッコ・マルセッラ (Checco Marsella)、ケッコと知られる鍵盤楽器奏者、歌手、イ・ジガンティ(I Giganti)のメンバーでもありました。

 

                 PON・NP-40091 PON・NP-40091  

 

 父ウンベルト(Umberto Marsella)有名なバイオリン奏者、母のローザ・ニージ(Rosa Nisi)のピアニストで作曲家。芸術家の家庭に育ち、彼はピアノを母から学び、最初に歌ったのは“ポパ・ピッコーリーニ(Papaveri e papere)でした。

 1961年最初にブルー・ボーイズというバンドを結成し、63年にロック・ン・ロール創世記の歌手の一人グイドーネ(Guidone)のバックをしていたリ・アミチ(Gli Amici)のメンバーと64 年にレコード会社ラ・ゲンガスの公式グループとなり、グループ名をリ・アミチからザ・ゲンガス・フレンヅ(The Ghenga's Friends)変更しました。

 

ザ・ゲンガス・フレンヅのメンバー

エンリコ: エンリコ・マリア・パペス(Enrico Maria Papes)ドラムス

ケッコ: フランチェスコ・マルセッラ(Checco Marsella)鍵盤楽器

ミーノ: ジャコモ・ディ・マルティーノ(,Giacomo  Di Martino)ギター

ジャンニーノ: ジャンニーノ・ツィンゾーネ(Giannino Zinzone)ベース

 →セルジョ: セルジョ・ディ・マルティーノ(Sergio Di Martino)べース

ベニー: ベネデット・プレトラーニ(Benedetto Pretolani)サックス

 

 ラ・ゲンガスで初めてソロ・ヴォーカルのクレジットされたシングルが出ました。

 

LG-41100 (1964 La Ghenga - ) Una chitarra per la mia ragazza/Fortuna che... (Some Of These Days) (inciso come Checco Marsella & The Ghenga's Friend)

LG-41100LG-41・100  LG-41101LG-41・101 

LG-41101 (1964 La Ghenga - ) Ucciole Vagabonde/Vuoi Ballare il Surf(inciso come Le Marzianine con The Ghenga's Friend)

 

LG-41102 (1964 La Ghenga - ) African Cry/Robin Hood (inciso come The Ghenga's Friend)

LG-41102LG-41・102  LG-41103LG-41・103 

LG-41103 (1964 La Ghenga - ) Odio Questi 30 Giorni /Dove Ero (inciso come An' Neris Con  Grande Complesso The Ghenga's Friends)

 

 エンリコ・マリア・パペスがドラムスでいる筈ですが、クレジットされていないようです。サックスのベニーはまもなく脱退し、イ・ジガンティ(I Giganti)となっていきます。その時代はイ・ジガンティの項をご覧ください。

 

 68年初のサンレモ音楽祭入賞後、内紛で解散します。エンリコ・マリア・パペスはルチアノ・タヨーリたちがいるテレレコード(Telerecord)と契約し69〜70年に2枚のシングル盤を出します。

 フランチェスコ・マルセッラは68年、ミウラ・レコードからケッコの芸名でレコードを出すことになり、69年サンレモ音楽祭に“沈んだ太陽(Il sole è tramontato)”で出場しますが、入賞できませんでした。

 

PONNP-40089 (1968 Miura - Miura) Una Donna Da Niente/ Un Bambino (Checco e Le Cose Dell'Altro Mondo

          PONNP-40089Checco (1969 PON・NP-10089) 

PONNP-40091 (19692Miura - Miura) Il sole è tramontato (沈んだ太陽)/ Stop ケッコ(Checco)Checco e Le Cose Dell'Altro Mondo ※ジャケット写真は顔写真画像をご参照

 

 69年スウェーデン人のマッガン・マルガレーテ・ダニエルソンと結婚、アドリアーノ・チェレンターノの兄弟アレッサンドロとプロジェクトを作りイ・バーチ(I Baci)やアンドレア・カペッリ(Andrea Capelli)のレコード制作に係りましたが、70年夏ミウラ・レコードでジガンティが再結成することで、アレッサンドロとのチームは解散しました。

 

 

ジガンティの国内盤はありますが、ケッコがソロとしての国内盤はありません。ケッコは以上です。

 

 

 

★クラウディオ・ビルラ(Claudio Villa

サンレモの歌手たち 178  ミルバ 5、クラウディオ・ビルラ 6http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/11282896.html の続きです。

 

本名クラウディオ・ピカ(Claudio Pica) 1926 年1月1日ローマ生、1987年2月7日パドヴァ没。

 

             SP-1420SP-1420 

 

 69年ビルラのシングル盤は8枚、アルバム1枚と相変わらずの多作です。2年ほどヒットに恵まれなかったのですが、68年末のカンツォニッシマ決勝で2位となった“ホフマンの舟歌”のイタリア語版の“Povero cuore (哀れな心)”が69年年間ヒット・ランク87位に入りました。

 彼の場合はシングル盤を出し、また売れる曲をカップリングして再発売する、古いセールス方法が続けられました。

 

1969年 Cetra – Fonit Cetra

LPP- 139 LATIN AMERICAN SONGSINTERNATIONAL HITS VOL.1

.Brazil (ブラジル)

.Voglio amarti così (ソラメンテ・ウナ・ヴェス)

.Ti pi tin

.Maria la O (マリア・ラ・オ)

.Angelitos negros (黒い天使)

.Rumba delle noccioline (南京豆売り)

.Bahia         

.El cumbanchero (エル・クンバンチェロ)

.Sempre nel mio cuor (NO PUEDO QUERERTE)

10.Ciliegi rosa (セレソ・ローザ)

11.Besame mucho (ベサメ・ムーチョ)

12.Amor amor amor (アモール)

13.Cielito lindo (シェリト・リンド)

14.Estrellita (エストレリータ)

LPP- 139LPP- 139  SP-1390SP-1390 

SP-1390 Meglio una sera piangere da solo (しのび泣く今宵)/Ti amo

SP-1395 Serenata messicana (Stella d'argento 国境の南) / Luna marinara (舟人の月)

SP-1395SP-1395  SP-1399SP-1399 

SP-1399 Tu che m'hai preso il cuor (君はわが心)/ Se le donne vò baciar

 

SP-1402 Un anno in più /Il momento della verità (OU TU PORTERAS MON DEUIL - Jean Paul Cara)

SP-1402SP-1402  SP-1404SP-1404 

SP-1404 Isadora (裸足のイサドラ)/ Il tuo mondo (君の世界)

 

SP-1407 Il tuo mondo (Nono, Moj Dobri Nono 君の世界) /Un anno in più

SP-1407SP-1407  SP-1416SP-1416 

SP-1416 Isadora (裸足のイサドラ)/Il momento della verità

 

SP-1420 Il sole del mattino(朝の太陽) : "Canzonissima 1969" / Non dire mai

 ※ジャケット写真は顔写真画像をご参照

 

 

 

クラウディオ・ビルラの国内盤 (196970)

PS- 125 (19694SEVEN SEAS - キング) 17cm CP19回サン・レモ音楽祭第 (FESTIVAL DI SAN REMO 1969 Vol.3)

.しのび泣く今宵 (MEGLIO UNA SERA (PIANGERE DA SOLI))

PS- 125PS- 125  GW-  178GW- 17~8a 

GW-  178 (1969520 SEVEN SEAS - キング) 30cm 2LP19回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1969)
1-.
愛の詩
(QUANDO L'AMORE DIVENTA POESIA)
1-11.
しのび泣く今宵 (MEGLIO UNA SERA (PIANGERE DA SOLI))


SR- 291 (1969
7SEVEN SEAS - キング) 30cm LPクラウディオ・ビルラ愛を歌う (CLAUDIO VILLA CANTA L'AMORE)
.
しのび泣く今宵
(MEGLIO UNA SERA (PIANGERE DA SOLO))
.アンジェリカ
(ANGELICA)
.
メキシコ
(MEXICO)
.
人生のコンチェルト
(CONCERTO ALLA VITA)
.
哀れな心
(POVERO CUORE)
.
世界をとどめて
(FERMATE IL MONDO)
.
愛の詩
(QUANDO L'AMORE DIVENTA POESIA)
.
愛のわかれ (NON PENSARE A ME)

.
風が鐘を鳴らす時 (QUANDO IL VENTO SUONA LE CAMPANE)
10.
セレナータ・メキシカーナ
(SERENATA MESSICANA)
11.
ジプシーの心
(CUORE TZIGANO)
12.
愛の垣根
(LA SIEPE)
13.
愛はほほえみ
(TU CHE NON SORRIDI MAI)
14.
愛を知るとき (NON ANDARE PIU' LONTANO)

SR- 291SR- 291  SR- 226SR- 226 

SR- 226 (196910SEVEN SEAS - キング) 30cm LPベスト・オブ・カンツォーネ (THE BEST OF CANZONE)
.
オ・ソレ・ミオ
('O SOLE MIO)
.
マンマ
(MAMMA)
.
アル・ディ・ラ
(AL DI LA')
.
コメ・プリマ
(COME PRIMA)
.
ヴォラーレ
(NEL BLU DIPINTO DI BLU)
.
ルナ・ロッサ
(LUNA ROSSA)
.
帰れソレントへ
(TORNA A SURRIENTO)
.
チャオ・チャオ・バンビーナ
(PIOVE)
.
ラ・ノビア
(LA NOVIA)
10.
忘れな草
(NON TI SCORDAR DI ME)
11.
アリヴェデルチ・ローマ
(ARRIVEDERCI ROMA)
12.
ロマンティカ
(ROMANTICA)
13.
急流
(IL TORRENTE)
14.
愛のわかれ (NON PENSARE A ME)

 

 

SR- 3135 (19691020 SEVEN SEAS - キング) 30cm 3LP Box カンツォーネ・スター大名鑑 (PANORAMA DI CANTANTI)

3-14.愛のわかれ (NON PENSARE A ME)

SR- 3135SR- 313~5  GW-  634GW- 63~4a 

GW-  634  (19703 SEVEN SEAS - キング) 30cm 2LPゴールデン・カンツォーネ・ダブル・デラックス (GOLDEN CANZONE DOUBLE DELUXE) )タイトル金文字、赤文字再発売種あり
1-.
ルナ・ロッサ (LUNA ROSSA)
1-11.
ロマンティカ
(ROMANTICA)
22-.
忘れな草
(NON TI SCORDAR DI ME)
2-14.
愛のわかれ (NON PENSARE A ME)

 

PS- 186 (19704SEVEN SEAS - キング) 17cm CP20回サン・レモ音楽祭第(FESTIVAL DI SAN REMO 1970 Vol.2)
.
セレナータ (SERENATA)

PS- 186PS- 186  GW-  734GW- 73~4a 

GW-  734 (1970420 SEVEN SEAS - キング) 30cm 2LP20回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1970)
2-12.
セレナータ (SERENATA)


SR- 389 (1970510 SEVEN SEAS - キング) 30cm LPカンツォニッシマ196970 (CANZONISSIMA 1969-70)
.君の世界 (IL TUO MONDO)
.朝の太陽 (IL SOLE DEL MATTINO)

SR- 389SR- 389  GW- 3102GW- 310~2a 

GW- 3102 (1970121 SEVEN SEAS - キング) 30cm 3LP 決定盤!カンツォーネ大全集 (GOLDEN CANZONE BEST HITS)
2-12.ルナ・ロッサ (LUNA ROSSA)
3-.アモール、モン・アムール、マイ・ラヴ (AMOR, MON AMOUR, MY LOVE)
3-.愛のわかれ (NON PENSARE A ME)
3-14.アリヴェデルチ・ローマ (ARRIVEDERCI ROMA)

 

 

 

クラウディオ・ビルラ 8は1970年サンレモ音楽祭の後に続きます。


サンレモの歌手たち 236 ミルバ6

サンレモの歌手たち 178  ミルバ 5、クラウディオ・ビルラ 6 http://cnzhrio.blog.fc2.com/blog-entry-464.htmlの続きです。

 

ミルバ (v)  Milva

本名マリア・イルヴァ・ビオルカーティ(Maria Ilva Biolcati)、1939年7月17日ポー河の河口近くの小さな漁村ゴーロ(GORO) 生、歌手・女優。

 

            DP-1720DP-1720 

 

 ミルバは69年サンレモ音楽祭で“消えたほほえみ(Un sorriso)”が3位となり堅調な所を見せ、その後62年サンレモ音楽祭で“馬にまたがり”など2曲を歌った人気コメディアン、ジーノ・ブラミエリとミュージカル「旗の天使(Maschera d'Argento)」に出演し、好評を得ました。オリジナル盤はカロセッロからLPが出ています。

 

PLP- 327 (1969 Carosello - Carosello) 30cmLP Angeli In Bandiera

                   PLP- 327PLP- 327 

 

このミュージカルの2曲が国内シングル盤として出ています。

DP-1720 (19707POLYDOR -日本グラモフォン) そよ風の恋 (QUALCOSA DI MIO)この想いをいつ(E' AMORE QUANDO) ジャケット写真は顔写真画像をご参照

 

1969年 Ricordi - Ricordi

SRL-10521 Un sorriso (消えたほほえみ)/Amore tenero (愛の青春)

SRL-10521SRL-10・521  SRL-10539SRL-10・539 

SRL-10539 El Choclo (All' Osteria エル・チョクロ)/Duello Criollo (La Donna Del Bueno A Nulla ドゥエロ・クリオージョ)

SRL-10541 Primo amore (初恋)/Quella rosa (世界は二人のために [])

SRL-10541SRL-10・541 SRL-10554SRL-10・554 

SRL-10554 Diego Cao/Nel buio/Juana



SRL-10562 Se piangere dovrò (I’d Do It All Again 私だけの人)/Aveva un cuore grande (素敵な彼だった)

SRL-10562 SRL-10・562 SMRL-6066SMRL-6066 

SMRL-6066 30cmLP Un Sorriso

.Un sorriso (消えたほほえみ)

.Quando Una Stella Cade (Quando Salì De Cuba さよならキューバ) 元曲サンドパイパーズ

.L'Immensità (涙に咲く花)

.La Luna (月沈む頃)

.Il Mondo In Tasca (ポケットの中の世界)

.Quella Rosa (世界は二人のために []) 元曲佐良直美

.M'Ama Non M'Ama (Mama ひな菊のひみつ) 元曲は英国ディヴ・ベリー

.Se Ritornerai (Sogno トロイメライ)

.Canzone (カンツォーネ)

10.Amore Tenero (愛の青春)

11.Quando L'Aamore Diventa Poesia (愛の詩)

12.Le Tue Mani (あなたの手)

 

 69年は夏のディスク・フェスティヴァルで“初恋(Primo amore)”で入選、ヴェネチア国際音楽祭「金のゴンドラ」ではヴィッキー・カーの“I’d Do I All Again”のイタリア語版“私だけの人(Se piangere dovrò)”を歌うなどシングル盤5枚とアルバム1枚を出し、多作な年でもありました。一方プライベートでは夫マウリツィオ・コルニャーティ氏と別れています。

 70年のサンレモ音楽祭を欠場し、全年まで9回連続出場記録(現在も記録保持)は途絶えてしまいます。前々年にタンゴのアルバムを出しましたが、この年意欲的なコンセプト・アルバムを出しました。国内盤も発売された「ミルバ、ピアフを歌う(Canzoni di Edith Piaf)」、デビュー当時から歌っていたエディット・ピアフの歌を集めた盤で、これ以降コンセプト・アルバムを積極的に制作します。ファンのことを忘れず、もう1枚「Ritratto di Milva」という従来型のアルバムも出しています。

 

1970年 Ricordi - Ricordi

SRL-10571 Iptissam (恋の歌声 [])/Io lo farei (愛に生きる)

SRL-10571SRL-10・571 SRL-10572SRL-10・572 

SRL-10572 Qualcosa di mio (そよ風の恋)/È amore quando (この想いをいつ?)

 

SMRL-6071 30cmLP Canzoni di Edith Piaf

.Milord (ミロール [])

.La Vita E' Rosa (La Vie En Roseバラ色の人生 [])

.La Folla (La Foule群衆 [])

.Sono Io La Tua Donna (Les Trois Cloches三つの鐘 [])

.Mon Dieu (私の神様 [])

.Nulla Rimpiangerò (Non Je Ne Regrette Rien水に流して [])

.E' L'Amore Che Fa Amare (C'Est L'Amour Qui Fait Q'On S'Aimeセ・ラムール [])

.Caro John (Johnny Tu N'est Pas Un Angeジョニ、あなたは天使じゃない [])

.Alberge A Ore (Les Amants D'un Jourいつかのふたり [])

10.Inno All' Amore (Hymne À L'Amour) 愛の讃歌

SMRL-6071SMRL-6071 SMRL-6073SMRL-6073 

SMRL-6073 30cmLP Ritratto di Milva

.Se Piangere Dovrò (Id Do It All Again 私だけの人)

. Un Sorriso (消えたほほえみ)

. M'Ama Non M'Ama (Mama ひな菊のひみつ)

.L'Immensità (涙に咲く花)

.Dipinge Un Mondo Per Me (Colour My World 世界を描く)

.Se Ritornerai (Sogno トロイメライ)

.Little Man (リトル・マン)

.Aveva un cuore grande (素敵な彼だった)

.Canzone (カンツォーネ)

10.Quando Una Stella Cade (Quando Salì De Cuba さよならキューバ)

11.Quando L'Amore Diventa Poesia (愛の詩)

12.Ho Capito Che Ti Amo (愛のめざめ)

 

 

 

ミルバの国内盤196970年 特記が無い盤は RICORDI原盤)

HIT-1616 (19693 SEVEN SEAS - キング) 涙のさだめ (ZINGARA)消えたほほえみ (UN SORRISO) ボビー・ソロ/ミルバ

HIT-1616HIT-1616 PS- 123PS- 123 

PS- 123 (19694SEVEN SEAS - キング) 17cm CP19回サン・レモ音楽祭第 (FESTIVAL DI SAN REMO 1969 Vol.1)
.
消えたほほえみ (UN SORRISO)

 

HIT-1600 (19694SEVEN SEAS - キング) 愛のフィナ(FINALE D'AMORE [J])ゆきずりの人 (LE TEMPS EST LOIN [J])
HIT-1600HIT-1600  GW-  17
8GW- 17   

GW-  178 (1969520 SEVEN SEAS - キング) 30cm 2LP19回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1969)
2-.
消えたほほえみ (UN SORRISO)


SR- 275 (1969610 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP 愛のフィナーレミルバ (FINALE D'AMORE)
.
愛のフィナーレ
(FINALE D'AMORE [J])
.
カンツォーネ (CANZONE)

.
さようならキューバ [] (QUANDO UNA STELLA CADE)
}.
パリは燃えているか [
] (PARIGI SORRIDE)
.
世界を描く (DIPIGI UN MONDO PER ME
(Colour My World))
.
ゆきずりの人
(LA TEMPS EST LOIN [J])
.
月沈む頃
(LA LUNA)
.
消えたほほえみ (UN SORRISO)

.
愛しつづけて (IO NON SO COS'E')
10.
ひな菊の秘密
(M'AMA, NON M'AMA)
11.
リトル・マン
(PICCOLO RAGAZZO)
12.
愛の青春
(AMORE TENERO)
13.
愛の詩
(QUANDO L'AMORE DIVENTA POESIA)
14.
涙に咲く花 (L'IMMENSITA')

SR- 275SR- 275 SR- 301SR- 301 

SR- 301 (1969810 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP 夏のデイク・フエステイヴアル1969 (UN DISCO PER L'ESTATE 1969)
7.
初恋 (PRIMO AMORE)

 

SR- 3135 (19691020 SEVEN SEAS - キング) 30cm 3LP Box カンツォーネ・スター大名鑑 (PANORAMA DI CANTANTI)

3-9. 愛のめざめ (HO CAPITO CHE TI AMO)
SR- 313
5SR- 313~5 SR- 323SR- 323

SR- 323 (1969610 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP カンツォーネの女王ミルバ (MILVA) [Fonit Cetra]

.悲恋 (NESSUNO DI VOI)
.
きょうも夢みて (ARIA DI FESTA)
.
リーベライ [
] (LIEBELEI [I])
.
四つの衣装
(QUATTRO VESTITI)
.
川のバラード
(BALLATA DEL FIUME)
.
緑の海
(MARE VERDE)
.
知らなかった
(NON SAPEVO)
.
タンゴ・イタリアーノ (TANGO ITALIANO)

.
恋の朝          (IL PRIMO MATTINO DEL MONDO)
10.
私の神様 [
] (MON DIEU [I])
11.
スペインの瞳 [
] (BLUE SPANISH EYES [I])
12.
ママルーク
(MAMALUK)
13.
愛のシンフォニー [
] (SINFONIA D'AMORE)
14.
ミロール [] (MILORD [I])

 

GW-  634  (19703 SEVEN SEAS - キング) 30cm 2LPゴールデン・カンツォーネ・ダブル・デラックス (GOLDEN CANZONE DOUBLE DELUXE) )タイトル金文字、赤文字再発売種あり
1-.
タンゴ・イタリアーノ (TANGO ITALIANO) [Fonit Cetra]
2-.
リコルダ (RICORDA) [Fonit Cetra]

GW-  634GW- 63~4a  DP-1698DP-1698 

DP-1698 (19704POLYDOR -日本グラモフォン) 消えたほほえみ (UN SORRISO)涙に咲く花 (L'IMMENSITA')

 

MP-2071 (19704POLYDOR -日本グラモフォン) 30cm LP ベスト・オブ・ミルバ (THE BEST OF MILVA)
.
涙に咲く花
(L'IMMENSITA')
.
風にならって (SEGIU IL VENTO)
.
この愛に生きて
(IO PER AMORE)
.
恋の季節
(LE STAGIONI DELL'AMORE)
.
愛しつづけて
(IO NON SO COS'E')
.
カンツォーネ
(CANZONE)
.
消えたほほえみ
(UN SORRISO)
.知らないあなた
(VOI NON SAPETE)
.
愛の詩
(QUANDO L'AMORE DIVENTA POESIA)
10.
愛のめざめ
(HO CAPITO CHE TI AMO)
11.
夜の私
(IO DI NOTTE)
12.
ジョヴァネ・アモー

MP-2071MP-2071 DP-1692DP-1692 

DP-1692 (19705POLYDOR -日本グラモフォン) 素敵な彼だった (AVEVA UN CUORE GRANDE)/私だけの人 (Se Piangere Dovrò)

 

MP-2074 (19705POLYDOR -日本グラモフォン) 30cm LPミルバ、タンゴを歌う (TANGO INSPIRACION MILVA)
.
ラ・クンパルシータ [
] (LA CUMPARSITA [I])
.
ア・メディア・ルース [
] (A MEDIA LUZ [I])
.
場末のバンドネオン [
] (BANDONEON ARRABALERO [I])
.
インスピラシオン [
] (INSPIRACION [I])
.
碧空 [
] (CIELO AZZURRO [I])
.
アディオス・ムチャーチョス [
] (ADIOS MUCHACHOS [I])
.
ドゥエロ・クリオージョ [
] (DUELO CRIOLLO [I])
.
ロドリゲス・ペーニャ [
] (RODRIGUEZ PE~NA [I])
.
エル・チョクロ [
] (EL CHOCLO [I])
}10.
ブルー・タンゴ [
] (BLUE TANGO [I])
11.
ポエマ [
] (POEMA [I])
12.
アディオス・パンパ・ミア [] (ADIOS, PAMPA MIA [I])

MP-2074MP-2074  MP-93323MP-9332~3a 

MP-93323 (197051 POLYDOR -日本グラモフォン) 30cm 2LPカンツォーネのすべて (ALLABOUT GOLDEN CANZONE)
1-11.
愛の詩 (QUANDO L'AMORE DIVENTA POESIA)

2-.この胸のときめきを (IO CHE NON VIVO (SENZA TE))
2-7.
カンツォーネ (CANZONE)

2-14.
消えたほほえみ (UN SORRISO)

 

DP-1709 (19706POLYDOR -日本グラモフォン) カンツォーネ (CANZONE)/愛の詩 (QUANDO L'AMORE DIVENTA POESIA)

DP-1709DP-1709 DP-1726DP-1726 

DP-1726 (19708POLYDOR -日本グラモフォン) 愛のフィナーレ (FINALE D'AMORE [J])世界は二人のために [] (QUELLA ROSA)



 

 

ミルバ7は1972年サンレモ音楽祭の後に続きます。


サンレモの歌手たち 235 フランス・ギャル 2

フランス・ギャル (vf=f) France Gall

本名イザベル・ジュヌヴィエーヴ・マリ・アンヌ・ギャル (Isabelle Geneviève Marie Anne Gall1947 10 9 日パリ生、フランスの歌手。


             N-9709N-9709b  

 

 1967年から72年まで単独でドイツのデッカ・レコードを契約し、ドイツ語のローカル盤を作ります。多分日本で唯一のドイツ語盤(ロンドン)となった“恋はリズムにのせて”、オリジナルはボブ・クリュー・ジェネレーションで、日本ではアンディ・ウィリアムスでヒットした曲です。

 フランス国内での人気は急速になくなり、ジョー・ダッサンの作った“おしゃまな初恋”が目立ったヒットになったくらいでした。 プライベートではクロード・フランソワと別れています。

 68年になるとフランスでヒットが出なくなり、ミーナもカヴァーし“ラ・バンダ”(La Banda)とした“ア・バンダ(A Banda)”がドイツのヒット・パレードで16位になる状態でした。フィリップスの契約は68年を持って終了しました。

 69年サンレモ音楽祭で“雨”歌い6位入賞します。
N-9709 (1969 CGD – CGD) La pioggia(雨)/Matrimonio d'amore
           N-9709N-9709

 ブログ20141020日の「サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO 50 1969年」の中で愚かにも『「雨」が日本で発売されなかった理由は・・・・フィリップス側が発売を遠慮・・・・』などと書いております。正しくは『フィリップスとの契約は切れ、版権はCGDしか持っていなかった』と言うことです。 キングが出さなかったのは、カンツォーネのヒットが出ていない状況で、ジリオラ・チンクェッティ一人に絞り、ヒット曲を出したいという意思が働いと考えるのが妥当かもしれません。望み通り“雨”は大ヒットとなりました。
 69年ヴォーグから2枚のシングルを出した後、ユーグ・オーフレーやニコール・クロワジールが新たに作った新会社ラ・コンパニー(La Compagnie)と契約し、“雨”のフランス語盤や、ウィルマ・ゴイクのサンレモの曲“バーチ・バーチ・バーチ (Baci, baci, baci)などを出します。またロミナ・パワーがカヴァーした“ゾゾイ(Zozoï)も含め6枚ほどのシングルを出しましたが、70年に破綻しました。 

 

この頃イタリアのCGDでも3枚のシングル盤を作っています。

 

N-9717 (1969 CGD CGD) Il Mio Amore E Una Ruota/Il Topolino Blu

N-9717N-9717  N-9750N-9750 

N-9750 (1969 CGD CGD) Come Fantomas/Chi Ride Di Più

 

N-9797 (1970 CGD CGD) Zozoi (ゾゾイ)/Bugie Da Elefanti (Les Eléphants)

N-9797N-9797  OP-80194OP-80194 

 

OP-80194 (1971425ODEON - 東芝音楽工業) LPロミナ・パワー「愛の詩集」 (ROMINA POWER12 CANZONI E UNA POESIA)

.ケ・セラ・セラ (QUE SERA' SERA')

.海のバラード (ACQUA DI MARE) *

.メッサジオ (MESSAGGIO)

.土曜日の私 (IO SONO PER SABATO)

.サムシング (SOMETHING)

.二人の恋の物語 (STORIA DI DUE INNAMORATI)

.愛の断章 (UN MADRE, UN BAMBINO, IL TEMPO ED IO... POESIA) *

.アルモニア (ARMONIA)

.楽園なき天使 (ANGELI SENZA PARADISO)

10.愛を歌う (UN CANTO D'AMORE)

11.ゾゾイ (ZOZOI)

12.愛は遮るものもなく (QUANTA TRISTEZZA QUANTA GIOIA)

13.孤独 (LA MIA LOLITUDINE)

 *ロミナ・パワー&アル・バーノ

 

 71年出来て間もないWEAフランスのアトランティックと契約し2枚のシングル“天使の喜び”と“恋のカメレオン”を出します。翌72年にEMIフランスのパテ(Pathé)に移り73年まで在籍し3枚のシングルを出しました。

 彼女が復活するのは74年、またアトランティックと再契約してからになります。自作自演歌手ミッシェル・ベルジェ(Michel Berger)から“愛の告白”の提供を受け、彼のプロデュースでレコード制作を再開、本格的な歌手として再出発をします。プライベートでは76年結婚し、2人の子供が生まれ、歌手として、女性として幸せな人生を送っていました。

 しかし、92年夫ミッシェルが心臓発作で突然亡くなり、難病で2人の子供も相前後し亡くします。それ以降フランス・ギャルは哀しみで公式な場に姿を見せることはありませんでした。

 

 

 

フランス・ギャルの国内盤 (イタリア関係はありません)

TOP-1188 (19678 LONDON -キング) 恋はリズムにのせて (Die Schönste Musik, die es gibt)/恋の週末 (Samstag und Sonntag) TELDEC,West Germany原盤(D19-866)

TOP-1188NO IMAGE-WANTED  SFL- 1109SFL- 1109 

SFL- 1109 (19679PHILIPS - 日本ビクター) 恋のためいき (Polichinelle)/青い瞳は恋してる (Les Yeux Bleus)

 

SFL- 1119 (196710PHILIPS - 日本ビクター) 太陽のミレーユ (Ce Ne Sera Jamais Trop)/ 幸せをつかもう (Ne Charche Pas a Plaire) ミレーユ・ダルク (vf=f)/ ミレーユ・ダルク (vf=f) と フランス・ギャル (vf=f)

SFL- 1119SFL- 1119  SFL- 1153SFL- 1153 

SFL- 1153 (1968418PHILIPS - 日本ビクター) おしゃまな初恋 (Bébé requin)/ 私の恋しいひと (Toi Que Je Veux)

 

SFL- 7358 (19686 PHILIPS - 日本ビクター) LP恋のシャンソン・アルバム ()

.おしゃまな初恋 (Bébé Requin)

.私の欲しい人 (Toi Que Je Veux)

.インドのうた (Chanson Indienne)

.あの子の恋人 (La Fille D'Un Garçon)

.大食漢よ出て行け! (Gare A Toi... Gargantua)

.メイド・イン・フランス (Made in France)

.恋のためいき (Polichinelle)

.青い瞳が恋してる (Les Yeux Bleus)

.アニーとボンボン (Les Sucettes)

10.ボンソワール・ジョン・ジョン (Bonsoir John-John)

11.ティニー・ウィニー・ボッピー (Teenie Weenie Boppie)

12.あなたに贈る歌 (Chanson Pour Que Tu M'Aimes Un Peu)

SFL- 7358 SFL- 7358 SFL- 3217SFL- 3217 

SFL- 3217 (19687 PHILIPS - 日本ビクター) CPおしゃまな初恋

.おしゃまな初恋 (Bébé Requin)

.恋のためいき (Polichinelle)

.私の欲しい人 (Toi Que Je Veux)

.青い瞳が恋してる (Les Yeux Bleus)

 

SFL- 1181 (196810PHILIPS - 日本ビクター) 可愛い兵隊 (Mon P'tit Soldat)/ 太陽をあげよう (Y'a Du Soleil à Vendre)

SFL- 1181SFL- 1181 FD- 1037FD- 1037 

FD- 1037 (197110PHILIPS - 日本フォノグラム) 夢みるシャンソン人形 (Poupée de cire poupée de son)/夢みるシャンソン人形[日] (Poupée de cire poupée de son [J])

 

P- 1107A (19723ATLANTIC - ワーナー・パイオニア) 天使の喜び (C'est Cela L'amour)/ (L'été)

P- 1107AP- 1107・A  P- 1129AP- 1129・A 

P- 1129A (19726ATLANTIC - ワーナー・パイオニア) 恋のカメレオン (Cameleon Cameleon)/白い狩人 (Chasse Neige)

 

P-10171A (19764 ATLANTIC - ワーナー・パイオニア) LP新しい愛のはじまり (France Gall)

.新しい愛のはじまり (Comment Lui Dire)

.今夜は眠れない (Ce Soir Je Ne Dors Pas)

.わたしのお家 (La Chanson D'Une Terrienne)

.恋人はどこに (Comment T'En Apercevoir)

.愛の告白 (La Déclaration D'Amour)

.サンバ・マンボ (Samba Mambo)
.ビッグ・ファット・ママ(Big Fat Mamma)

.仲良しになれたら (Je Saurai Être Ton Amie)

10.歌は慰め (Chanson Pour Consoler)

11.私が愛した人 (Je L'Aimais)

P-10171AP-10171・A  P-    4AP- 4・A 

P-    4A (19764 ATLANTIC - ワーナー・パイオニア) 新しい愛のはじまり (Comment Lui Dire)/歌は慰め (Chanson Pour Consoler)

 

P-10407A (197710 ATLANTIC - ワーナー・パイオニア) LPダンシング・ディスコ (Dancing Disco)

.ダンシング・ディスコ (Dancing Disco)

.マギーの歌 (Chanson De Maggie)

.パリの一夜 (Une Nuit A Paris)

.幼い日の想い出 (Quand On Est Enfant)

.二人だけのミュージック (Musique)

.わたし (Le Meilleur De Soi-Même)

.踊る男の子 (Ce Garçon Qui Danse)

.聞いてよママン (Si, Maman, Si)

P-10407AP-10407・A P-  213AP- 213・A 

P-  213A (197710 ATLANTIC - ワーナー・パイオニア) 二人だけのミュージック (Musique)/ ダンシング・ディスコ (Dancing Disco)