カンツォーネ

カンツォーネ、イタリアン・ポップスの、“出来れば”知られざる話を致しましょう。

 
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サンレモの歌手たち 322 ニュー・トロルス 3、 マンゴ・ジェリー

ニュー・トロルス (compl) New Trolls

1967年に結成されたイタリアのヴォーカル・インストゥルメンタル・バンドで、後にイタリアを代表するイタリア・プロクレッシブ・ロック・バンドになります。解散、再結成を繰返し、メンバー交代を重ね派生バンドも輩出しながら、現在(2015年)まで演奏活動を続けています。

メンバーについては、書き進めていく中で、その当時のメンバーを紹介していきます。

 

              MAG-01MAG-01               

 

ニュー・トロルス(New Trolls)結成のメンバー(7576年)

・ヴィットリオ・デ・スカルツィ (Vittorio De Scalzi) ヴォーカル、キーボード、ギター、フルート1949 11 4 日ジェノヴァ生

・ニコ・ディ・パロ (Nico Di Palo) ヴォーカル、ギター本名ドメニコ・デ・パロ(Domenico De Palo) 1947124日ジェノヴァ生。

・リッキー・ベッローニ (Ricky Belloni) ヴォーカル、ギター1952315日ミラノ生

・ジョルジョ・ダダモ (Giorgio D'Adamo) ベース1948年生、20151019日没

・ジャンニ・ベッレーノ (Gianni Belleno) ドラムス1949 2 17 日ジェノヴァ生。

 

 

 74年ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」をマグマから珍しくシングル盤で出しています。その後ライヴ盤などでも出ていますが、これが最初ではないでしょうか。

 

MAG-48007 (1974 Magma – Ricordi) Una Notte Sul Monte Calvo (禿山の一夜)/Somewhere

              MAG-48007MAG-48007

 

 もう一方のニコ、ジャンニ、フランク、マウリツィオはジャンニ・ベッレーノがトリトンズ(Tritons)に抜けた後を元英国のバンドのアトミック・ルースター(Atomic Rooster)にいたリック・パーネル(Rick Parnell)をスパイダー(Spyder)から読んでイビス(Ibis)を結成し、ポリドールからファースト・アルバム「サン・シュプリーム」をリリースします。

 

2448-022L (19744Polydor - Phonoguram) Sun supreme (サン・シュプリームイビス・ファースト)

[Divine Mountain / Journey Of Life (Swift River Rushing, Flowing)]

.Part 1 - Vision Of Majesty (ヴィジョン・オブ・マジェスティ)

.Part 2 - Travelling The Spectrum Of The Soul  

a.Flow Of The River Of The Mind (フロウ・オブ・ザ・リヴァー・オブ・ザ・マインド)

b.A Magical Cavern (マジカル・キャヴァ)

c.On The Edge Of It All (オン・ジ・エッジ・オブ・イットオール)

.Part 3 - The Valley Of Mists  

a.Song Of The Valley Deep (ソング・オブ・ザ・ヴァレイ・ディープ)

b.The Elements Clash - Storm Of Life (ジ・エレメンツ・ジュラッシュ~)

.Vision Fulfilled  

a.Jungle - Rythm Colour (Steam, Sweat, Pulse, Throb, Vibrate) (ジャングル~リズム・カラー)

b.Over The Crest (オーヴァー・ザ・クレスト)

 [Divinity (Dedicated To Satguru Maharaji And His Followers)]

.Part 1 (ディヴィティ  パート1)

.Part 2 (ディヴィティ  パート2)

.Part 3 (ディヴィティ  パート3)

2448-022L2448-022・L 2060-0832060-083

2060-083 (1974Polydor - Phonoguram) Passa Il Tempo (時は過ぎて)/Noi (私たち)

 

  74年「イビス・セカンド」に収録される “時は過ぎて”をシングル盤として出します。イビスはメンバーが安定せず、英国人のリックとマルリツィオが抜け、ギターのレンツォ・トルトーラ(Renzo Tortora)とドラムスのパスクァーレ・ヴェンディット(Pasquale Venditto)が加入し、「イビス・セカンド」を発売しました。

 

2448-036A (19752Polydor - Phonoguram) Ibis (イビス・セカンド)

.Premessa (プレメッサ)

.Narratio (物語)

.Dedicated To Janis Joplin (ジャニス・ジョプリンに捧げる)

.Passa Il Tempo (時は過ぎて)

.Ritrovarci Qui (邂逅)

.Strada ()

.Keep On Movin' (キープ・オン・ムーヴィン)

 2448-036A2448-036・A 2060-1042060-104

2060-104 (19769Polydor - Phonoguram) Dedicated To Janis Joplin (ジャニス・ジョプリンに捧げる)/ Keep On Movin' (キープ・オン・ムーヴィン)

 

 76年セカンド・アルバムからジャニス・ジョプリンに捧げる”/“ キープ・オン・ムーヴィンをシングルカットしました。イビス最後の盤となります。

 

 ヴィットリオ・デ・スカルツィとニコ・ディ・パロの和解が成立しました。70年のメンバー4人にギターのリッキー・ベッローニ(Roicky Belloni)が加わり、新生ニュー・トロルスとして出発します。

 リッキーは74年ファブリツィオ・デ・アンドレのツアーにジャンニ・ベレーノ、ジョルジョ・ダダモ、ジョルジョ・ウザイ(Giorgio Usai)らと共に参加したのがニュー・トロルスの加入のきっかけになったようです。

 

 ストゥディオGのマグマ・レーベルでアルバム「コンチェルト・グロッソN2゚」が前回同様のメンバー、プロデューサーはセルジョ・バルドッティ、作・編曲はルイス・エンリケス・バカロフただし彼の関与は後退し1曲目の“コンチェルト・グロッソN2゚のみで、“静かな海”以降はニュー・トロルス・メンバーによるものです。77年年間ベスト・アルバムに久々にランク・イン、87位でした。

 

MAL-02 (1976Magma - Fonit Cetra) Concert o grosso n. 2 (コンチェルト・グロッソN2)

PL- 648 (1982 Pellicano - Fonit Cetra) Concert o grosso n. 2 (コンチェルト・グロッソN2゚) [Reissue]

.Concerto Grosso N° 2 Tempo: Vivace (コンチェルト・グロッソN2ヴィヴァチェ)

.Concerto Grosso N° 2 Tempo: Andante (Most Dear Lady) (コンチェルト・グロッソN2゚:アンダンテ~愛する人のために)

.Concerto Grosso N° 2  Tempo: Moderato (Fare You Well Dove) (コンチェルト・グロッソN2モデラト~あなたの行く途は)

. Quiet Seas (静かな海)

.Vent'Anni (20)

.Bella Come Mai (美しすぎて)

.Let It Be Me (レット・イット・ビー・ミー)

.Le Roi Soleil (太陽王)

MAL-02MAL-02 PL- 648PL- 648

 

 アルバム「コンチェルト・グロッソN2゚」から2枚のシングルカットが発売されました。

 

MAG-01 (19769 Magma – Fonit Cetra) Bella Come Mai (美しすぎて)/Lei ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

MAG-07 (19771 Magma – Fonit Cetra) Solamente tu/Let It Be Me            (JE T'APPARTIENS レット・イット・ビー・ミー Gilbert Bécaud)

                 MAG-07MAG-07 

 

 

 

ニュー・トロルスの国内盤

CM-  256 (197911SEVEN SEAS -キング) 神秘なる輝き (CONCERTO GROSSO)/ほほを濡らすしずく (LA PRIMA GOCCIA BAGNA IL VISO PARTⅡ)

 

CM-  256CM- 256 GXF-2050GXF-2050

 

GXF-2050 (19791121 SEVEN SEAS - キング) 30cmLPUT/ニュー・トロルス(UTNEW TROLLS)

.スタジオ (STUDIO)

.22番通り (XXII STRADA)

.オンタリオ湖の騎士達 (I CAVALIERI DEL LAGO DELL'ONTARIO)

.木ノ葉の物語 (STORIA DI UNA FOGLIA)

.誕生 (NATO ADESSO)

.大戦争 (C'E' TROPRA GUERRA)

.パオロとフランチェスカ (PAOLO E FRANCESCA)

.誰が知るか (CHI MI PUO' CAPIRE)

 

 

ニュー・トロルス3は1985サンレモ音楽祭の後に続きます

 

 

 

マンゴ・ジェリー (compl=e) Mungo Jerry

1969年イギリスのロンドン郊外アシュフォード(Ashford)でレイ・ドーセット(Ray Dorset)によって結成されたジャグ・バンド(Jug Bands)※様式を取入れたロックバンド。

※ジャグ・バンド https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89

20世紀初頭に米国南部で興った音楽バンド形式、その音楽。「ジャグ」はウイスキーなどを入れる瓶で口に息吹き音を出す。ジャグ ()の他、洗濯板や桶、ノコギリ等生活用品を手製の楽器として使うのが特徴と言える。

 

                             P-67033P-67・033

 

サンレモ音楽祭出場メンバー

レイ・ドーセット(Ray Dorset) ギター1946年3月21日生

ジョン・ゴドフリー(John Godfrey) ベース

ポール・キング(Paul King) バンジョー、ギター、ジャグ等948年1月9日生

コリン・アール(Colin earl) キーボード1942年5月6日生

ジョイア・デジデリ(Gioia Desideri) ヴォーカル

 

活動期間:1969年~現在 

所属レコード会社Dawn Records, Polydor, Scratch, Stage Coach, Mach 1, Orbit, Illegal

サンレモ音楽祭出場1回:1971年参加

 

 

 英国で1970年5月に“イン・ザ・サマータイム”が№1になり、イタリアでも年間ヒット・ランク5位のメガ・ヒット、アルバムも57位の大ヒットでした。

 

P-67021 (1970 Pye Records – Dischi Ricordi) In The Summertime (イン・ザ・サマータイム)/ Mighty Man (マイティ・マン)

P-67021P-67・021 SLAP-62008SLAP-62・008 

SLAP-62008 (1970 Pye Records Dischi Ricordi) 30cm LP It's Mungomania!/Mungo Jerry

 

 彼らの大ヒットでサンレモ音楽祭に“聖アントニオ、聖フランシスコ”で出場、ヴォーカルにイタリア語対策でトスカーナ出身のジョイア・デジデリを使いました。

 

P-67030 (19712 Pye Records – Dischi Ricordi) Santo Antonio, Santo Francisco (聖アントニオ、聖フランシスコ)/Peace In The Country

P-67030P-67・030  P-67031P-67・031

P-67031 (1971 Pye Records – Dischi Ricordi) Baby Jump (ベイビ・ジャンプ) / The Man Behind The Piano (ザ・マン・ビハインド・ザ・ピアノ)

  

P-67033 (1971 Pye Records – Dischi Ricordi) Lady Rose (レディー・ローズ)/Little Louis (リトル・ルイス) ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

SLAP-62013 (1971 Pye Records – Dischi Ricordi) 30cm LP Mungo Jerry/Electronically Tested

SLAP-62013SLAP-62・013 P-67034P-67・034

P-67034 (1972 Pye Records – Dischi Ricordi) Open Up (オープン・アップ)/Going Back Home (ゴーイング・バック・ホーム)

 

P-67040 (1973 Pye Records – Dischi Ricordi) Alright, Alright, Alright (オールライト・オールライト)/Little Miss Hipshake (リトル・ミス・ヒップシェ)

                           P-67040P-67・040

※マンゴ・ジェリー のイタリア盤はリコルディから出た判明盤のみの掲載です。

 

 

(ご参考)

LL-  2377Y (1970810PYE - 日本コロムビア) イン・ザ・サマ-タイム (IN THE SUMMERTIME)/ マイティ・マン (MIGHTY MAN)

 

                   LL-  2377YLL- 2377・Y

 

 

マンゴ・ジェリーのイタリア関係の国内盤はありません、以上です。


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サンレモの歌手たち 321 ニュー・トロルス 2

ニュー・トロルス (compl) New Trolls

1967年に結成されたイタリアのヴォーカル・インストゥルメンタル・バンドで、後にイタリアを代表するイタリア・プロクレッシブ・ロック・バンドになります。解散、再結成を繰返し、メンバー交代を重ね派生バンドも輩出しながら、現在(2015年)まで演奏活動を続けています。

メンバーについては、書き進めていく中で、その当時のメンバーを紹介していきます。

 

                  SP-1445SP-1445              

 

ニュー・トロルス(New Trolls)結成のメンバー(6772年)

・ヴィットリオ・デ・スカルツィ (Vittorio De Scalzi) ヴォーカル、ギター1949 11 4 日ジェノヴァ生

・ジャンニ・ベッレーノ (Gianni Belleno) ドラムス1949 2 17 日ジェノヴァ生。

・ニコ・ディ・パロ (Nico Di Palo) ヴォーカル、ギター:本名ドメニコ・デ・パロ(Domenico De Palo) 1947124日ジェノヴァ生。

・マウロ・キアルージ (Mauro Chiarugi) キー・ボード (設立当時はロベルト・ロッゼト(Renato Rosset)翌68年脱退のもよう)

・ジョルジョ・ダダモ (Giorgio D'Adamo) ベース1948年生、20151019日没

 ※マウロ・キアルージ以外は69、71年サンレモ音楽祭に出場したメンバーです

 

 ダダモ、ディ・スカルツィ、デ・パロの作った“Annalisa”は1970年ヒット・ランク76位に入りました。

 

SP-1427 (19702 Cetra – Fonit Cetra) Annalisa (アンナリーザ)/Allora mi ricordo

SP-1427SP-1427 SP-1428SP-1428

SP-1428 (19704 Cetra – Fonit Cetra) Una Nuvola Bianca (白い雲) /Corro Da Te (逃避)

 

 2枚目“白い雲”はナツノディスク・フェスティヴァルで参加曲止まりです。

 

 2枚目のアルバム「NEW TROLLS」、ヒット曲を集めたベスト盤で何度も再発されています。

 

LPX-   7LPX- 7 LPP- 422LPP- 422

LPX-   7 (1970Cetra – Fonit Cetra) New Trolls (raccolta di singoli)

SFC-100 (1976Special 3000 FC – Fonit Cetra) NEW TROLLS [Reissue]

PL- 410 (1980Pellicano – Fonit Cetra) NEW TROLLS [Reissue]

LPP- 422 (1991Pellicano – Fonit Cetra) NEW TROLLS [Reissue]

.Una Miniera (鉱山)

.Cosa Pensiamo Dell'Amore (愛について思うこと)

.Lei Mi Diceva (打ちあけられて)

.Quella Musica (その音楽)

.Corro Da Te (逃避)

.Sensazioni (センセーション)

.Una Nuvola Bianca (白い雲)

.Annalisa (アンナリーザ)

.Un'Ora (ひととき)

10.Io Che Ho Te (君だけのぼく)

11.Visioni (幻想)

12.Davanti Agli Occhi Miei (瞳にうつる君)

SFC-100SFC-100 PL- 410PL- 410

 

SP-1445 (197011 Cetra – Fonit Cetra) La più bella sei tu/Come Cenerentola ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 12月、パラディージ(Giulio Paradisi)監督のザ・トリップ (The Trip) 主演映画「Terzo Canale - Avventura a Montecarlo」で音楽担当をした彼らのサントラ盤がRCAイタリアーナから出ました。映画には主役のザ・トリップの他RCAのロック系バンド、歌手が出演しています。

 

PM-3563 (1970 RCA Italiana - RCA Italiana) Autostrada/Il nulla e la luce

PM-3563PM-3563 SP-1449SP-1449

SP-1449 (1971 Cetra – Fonit Cetra) Una Storia (ある物語)/Il vento dolce dell'estate

 

 年が明け71年サンレモ音楽祭に“ある物語”出場します。セルジョ・エンドリゴ自作自演曲ではデミス・ルソス(Demis Russos)でしたが、直前にルソスのフォノグラムもエンドリゴのフォニット・チェトラも不参加。エンドリゴ達は前代未聞の自費出場をします。

 ニュー・トロルスには大きな転機、幸運となります。エンドリゴの編曲者ルイス・エンリケス・バカロフ (Luis Enriquez Bacalov)と出会い、「コンチェルト・グロッソ」の制作に繋がります。

 

 71年2枚目は夏のディスク出場曲“か100年“でまたもや参加曲止まり。

 

SP-1453 (1971 Cetra – Fonit Cetra) Venti o cent'anni (20年か100年)/Una vita intera

SP-1453SP-1453 LPX-   8LPX- 8

LPX-   8 (1971Cetra – Fonit Cetra) Concerto grosso per i New Trolls (コンチェルト・グロッソⅠ)

.Concerto grosso :1°Tempo: Allegro (コンチェルト・グロッソⅠ:アレグロ)

.Concerto grosso :2°Tempo: Adagio (Shadows) (同:アダ-ジョ)

.Concerto grosso :3°Tempo: Cadenza - Andante Con Moto (同:カデンツァ)

.Concerto grosso :4°Tempo: Shadows (Per Jimi Hendrix) (同:シャド-ズ)

. Nella Sala Vuota (空間の中から)

 

 エンドリゴの2人の旧友セルジョ・バルドッティ(Sergio Bardotti)がプデュース、バカロフが作・編曲とオーケストラを指揮した壮大なロック・シンフォニーでイタリア・プログレッシブ・ロックの代表作となります。LPと2枚にシングルが発売されました。このレコーディングからキーボードのマウリツィオ・サルヴィ(Maurizio Salvi)が参加しました。

 

SP-1456 (1971 Cetra – Fonit Cetra) Adagio/Allegro

SP-1456SP-1456 SP-1460SP-1460

SP-1460 (19719 Cetra – Fonit Cetra) La prima goccia bagna il viso (1ª parte)/(2ª parte)

 

 またマウリツィオ・ルチーディ(Maurizio Lucidi)監督のスリラー映画「La vittima designata(定められた生贄)」」の映画音楽として作られた、サントラ盤としてプロモートされたのも大きく貢献し、アルバムは80万枚72年年間ベスト・アルバム11位のメガヒットでした。そしてロック・バンドして初のファン・クラブも結成されました。

 

 翌年今度はTVドラマ「Joe Petrosino」の音楽を出します。このドラマにはフレッド・ボングストの歌“La canzone di Frank Sinatra/ 4 colpi per Petrosino”も挿入されていました。

 

SP-1494 (197210 Cetra – Fonit Cetra) Black hand/ Percival (ペルチヴァル)

SP-1494SP-1494 LPX-  123LPX- 12^3a

LPX-  123 (1972Cetra – Fonit Cetra) Searching for a land (見知らぬ桃源郷の探索)

1-. Searching (探索)

1-.Percival (ペルチヴァル)

1-.In St. Peter's Day (聖ペテルの日に)

1-.Once That I Prayed (一度の願い)

1-.A Land To Live A LAnd To Die (生の世界、死の世界)

1-. Giga (ジグ)

1-7.To Edith (エディスに)

2-.Intro (イントロダクション)

2-.Bright Lights (輝ける光明)

2-.Muddy Madalein (泥まみれのマダレイン)

2-.Lying Here (安らぎの世界)

 

 このアルバムの特徴は英国集出を意識したのか英語で歌われています。イタリアのプログレ盤では初の2枚組スタジオ録音、ライヴ録音)です。この盤からドラムスのジョルジョ・ダダモが抜け、フランク・ラウジェッリ(Frank Laugelli)に変わりましたが、ライヴ盤には元のメンバーのジョルジョ・ダダモがベースで参加していました。

 

 2枚組の前作は英語で歌い年間ベスト・アルバム55位と販売面は予測外成績でした。以降イタリア語に戻されました。「コンチェルト・グロッソⅠ」はバカロフのオーケストラ色が強く、彼らのファンには純粋に5人が演奏している「UT」を支持する人も多くあります。けれどこれも73年年間ベスト・アルバム91位と奮いません。

 

LPX-  20 (1972Cetra – Fonit Cetra) UT (UT/ニュー・トロルス)

SFC-138 (1977Special 3000 FC – Fonit Cetra) UT (UT/ニュー・トロルス) [Reissue]

.Studio (スタジオ)

.Xxii° Strada (22番通り)

.I Cavalieri Del Lago Dell'Ontario (オンタリオ湖の騎士達)

.Storia Di Una Foglia (木ノ葉の物語)

.Nato Adesso (誕生)

.C'è Troppa Guerra (大戦争)

.Paolo E Francesca (パオロとフランチェスカ)

.Chi Mi Può Capire (誰が知るか)

LPX-  20LPX- 20 SFC-138SFC-138

 

 この間の状況でリーダーのデ・スカルツィ以外のメンバーが脱退(或はデ・スカルツィが見捨てられる)し、バンドが2分されます。

 

 脱退した4人は夫々の名前ニコ、ジャンニ、フランク、マウリツィオ(Nico, Gianni, Frank, Maurizio)をバンド名にし、ジャケットは黒と白の?マークのアルバム「クエスチョン・マーク/子供たちの唄、大人たちの唄」を出しました。

 

LPX-  22 (1973Cetra – Fonit Cetra) Canti D'Innocenza - Canti  (クエスチョン・マーク/子供たちの唄、大人たちの唄) (Nico,  Gianni,  Frank,  Maurizio)

PL- 412 (1980Pellicano – Fonit Cetra) Canti D'Innocenza - Canti  (クエスチョン・マーク/子供たちの唄、大人たちの唄) (Nico,  Gianni,  Frank,  Maurizio)

[Canti D'Innocenza]

.Innocenza, Esperienza (無垢)

.Signora Carolina (カロリーナ嬢)

.Simona (シモーナ)

 [Canti D'Esperienza]

.L'Amico Della Porta Accanto (次のドアの友人)

.Vecchina Amica (年老いた友)

.Angelo Invecchiato (年老いた天使)

LPX-  22LPX- 22 PL- 412PL- 412

 

 一方デ・スカルツィは先にバンドを離れたベースのジョルジョ・ダダモを呼び戻し、ジャズ畑のキーボードのレナート・ロッセト(Renato Rosset)、ドラムスのトゥリオ・デ・ピスコーポ(Tullio De Piscopo)、サックスのジョルジョ・バイオッコ(Giorgio Baiocco)でN..アトミック・システム(N.T.Atomic System)を起ち上げ、ジェノヴァにある父の会社スタディオG (Studio G)でアルバムを制作しだしました。

 

 両者はニュー・トロルスのバンド名の使用をめぐり訴訟を起こし争いました。結果はデ・スカルツィ側が勝ち、ニュー・トロルスの使用権を得ました。アルバム名を「アトミック・システム」にし73年リリースします。

 

MAGL-18003 (1973 Magma – Ricordi) Atomic System (アトミック・システム)

.La Nuova Predica Di Padre O'Brien (父オブライエン)

.Ho Visto Poi (オ・ビスト・ポイ)

.Tornare A Credere (真実に向かって)

. Ibernazione (冬眠)

. Quando L'Erba Vestiva La Terra (美しい世界)

.Butterfly (バタフライ)

MAGL-18003MAGL-18003 MAGL-18005MAGL-18005

.7/4 (Settequarti) (7/4)

.13/18 (Trediciottavi) (13/18)

 

 ジェノヴァのアルキオーネ劇場でのライヴ・コンサートを収録した盤も続いて発売します。

 

 

 

ニュー・トロルスの国内盤

SR- 736 (19723 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP第7回ヴェネチア音楽祭 ( VENEZIA MOSTRA INTERNAZIONALE FESTIVAL)

10.しずくはほほを濡らす (LA PRIMA GOCCIA BAGNA IL VISO)

 

SR- 736SR- 736 GXF-2043GXF-2043

 

 

 

ニュー・トロルス3は次回に続きます


サンレモの歌手たち 320 フォルムラ・トレ 2

フォルムラ・トレ (compl) Formula 3

1969年アルベルト・ラディウス(Alberto Radius) 、トニー・チッコ(Tony Cicco)、ガブリエレ・ロレンツィ(Gabriele Lorenzi)が結成したプログレッシブ・ロック・バンド、74年に解散。

 90年旧メンバーで再結成、キーボードは93年にガブリエレ・ロレンツィからアンドレア・ピスティッリ(Andrea Pistilli)に、2013年再度 チロ・ディ・ビトント(Ciro Di Bitonto)に変わり現在に至る。

 

            ZNLN-29663ZNLN-29663 

 

活動期間1969-1974 / 1990-in attività

所属レコード会社Numero Uno 再結成後RCA Italiana, Durium, Carras, CGD, NAR, Idea

サンレモ音楽祭出場3:1971年12位、92年参加、94年12位

 

メンバー構成 太字:サンレモ音楽祭1971、92年出場、斜字:サンレモ音楽祭94年出場)

・アルベルト・ラディウス(Alberto Radius) ギター、ヴォーカル (1969-1974,1990- )

 194261日、ローマ生、ギター奏者、歌手、プロデューサー、作曲家。

・トニー・チッコ(Tony Ciccoドラム奏者、ヴォーカル (1969-1974,1990- )

 本名アントニオ・チッコ (Antonio Cicco) 19491128日、ナポ生、ドラム、キーボード奏者、歌手。

・ガブリエレ・ロレンツィ(Gabriele Lorenzi キーボード、ヴォーカル(1969-1974,1990-1992)

 1945613日ピサの南20kmの港町リヴォルノ(Livorno)生、キーボード奏者。

 

交代メンバー 斜字:サンレモ音楽祭1994年出場)

アンドレア・ピスティッリ (Andrea Pistilli) キーボード (1992–1994)

マウリツィオ・メタルス (Maurizio Metals) キーボード (1994–2012)

チロ・ディ・ビトント(Ciro Di Bitonto) キーボード ( 2013-)

 

 

 

 70年2月“この狂った想い”を収録したファースト・アルバム「怒りの日」を出します。ヒット曲や外国曲のカヴァーレフト・バンク(Left Banke)の“いとしのルネ”を含みコンセプト・アルバムは言い難いですが、彼らの方向性が感じられる仕立てになっています。

 

ZSLN-55010 (19702 Numero Uno – RCA Italiana) Dies Irae (怒りの日)

.Dies Irae (怒りの日)

.Non è Francesca (フランチェスカではない)

.Perché...Perché Ti Amo (どうして君を愛しているのだろう)

.Questo Folle Sentimento [Intro] (この狂った想い[イントロ])

..Questo Folle Sentimento (この狂った想い)

..Walk Away Renée (ウォク・アウェイ・レネ)

.Se Non è Amore Cos'è (それが愛でないなら、何なのか)

.Sole Giallo, Sole Nero (黄色い太陽、黒い太陽)

ZSLN-55010ZSLN-55010 ZN-50023ZN-50023

ZN-50023 (19705 Numero Uno – RCA Italiana) Sole Giallo, Sole Nero (黄色い太陽、黒い太陽)/ Se Non è Amore Cos'è (それが愛でないなら、何なのか)

 

 2枚目のシングルはファースト・アルバム(年間ベスト・アルバム54位)からの“黄色い太陽、黒い太陽”が70年ヒット・ランク96位に入りました。

 

 10月3枚目のシングル“Io Ritorno Solo”は71年ヒット・ランク53位になります。

 

ZN-50035 (197010 Numero Uno – RCA Italiana) Io Ritorno Solo / Nanananò

ZN-50035ZN-50035 ZN-50115ZN-50115

ZN-50115 (19712 Numero Uno – RCA Italiana) La Folle Corsa pt.I (暗闇を突っ走れ) / La Folle Corsa pt.II (暗闇を突っ走れ)

 

 モゴールやバッティスティの力でフォルムラ・トレは71年サンレモ音楽祭に“暗闇を突っ走れ”で出場します。パートナーはリトル・トニーでした。バッティスティが関わった曲と言われますが、彼が表面に出るのを嫌い、ドニーダ、モゴールの名前を前面に出したようです。 この曲は年間ヒット・ランク77位に入り、イタリア国産ロックは市民権を獲得します。

 

 5月4枚目のシングル“僕は君を忘れてしまった”をリリース、年間ヒット・ランク15位のメガヒットになります。

 

ZN-50117 (19715 Numero Uno – RCA Italiana) Eppur Mi Son Scordato Di Te (僕は君を忘れてしまった)/ Nessuno Nessuno (誰もいない、誰もいない)

ZN-50117ZN-50117 ZSLN-55013ZSLN-55013

ZSLN-55013 (19716 Numero Uno – RCA Italiana) Formula 3

.Nessuno Nessuno (誰もいない、誰もいない)

.Tu sei bianca, sei rosa, mi perderò (君は白色、君はバラ色、僕は自分を見失うだろう)

.Vendo casa (売り家)

.Eppur Mi Son Scordato Di Te (僕は君を忘れてしまった)

.Un papavero (ケシ)

.Il vento ()

.Mi chiamo Antonio Tal dei Tali e lavoro ai mercati generali (僕は市場で働いているアントニオ)

 

 翌月“僕は君を忘れてしまった”を収めたアルバム「フォルムラ・トレ」を発売。この盤は71年年間ベスト・アルバムの29位になります。因みにバティスティのアルバム「エモツィオーニ(Emozioni)」は同4位になっています。

 

 PMFの影響を受け、国内盤の解説ではフォルムラ・トレ色が出てきたアルバムとされています。ロックの方からするとイタリア・ロックはヴォーカル重視で違和感を感じるとすれば、ロックらしい盤なのでしょう。

 本国イタリアでは、やはり難解になり一般的な人気が後退し、シングル、アルバム共ヒット・ランクに入らなくなり、PMFがランク・インするようになりました。“永遠”は72年ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ国際音楽祭特別賞受賞曲。

 

ZSLN-55152 (19729 Numero Uno – RCA Italiana) Sognando e Risognando (夢のまた夢)

 1.Sognando e Risognando (夢のまた夢)

 a.Fermo al semaforo (立ち止まった幻影)

b.Sognando ()

c.La stalla con i buoi (夢からさめて)

d.Risognando (再び夢みて)
.L'Ultima Foglia (朽ちゆく、一片の葉)

a.L'albero (樹木)

b.Non mi ritrovo (希望の灯も絶え)

c.Finale (終章)

.Storia Di Un Uomo E Di Una Donna (男と女のお話)

.Aeternum (永遠)

a.Tema (テーマ)

b.Caccia (狩り)

c.Interludio (間奏曲)

 d.Finale (終章)

ZSLN-55152ZSLN-55152 ZN-50148ZN-50148

ZN-50148 (19729 Numero Uno – RCA Italiana) Sognando e Risognando (夢のまた夢)/ Storia Di Un Uomo E Di Una Donna (男と女のお話)

 

 メインタイトル“夢のまた夢”はバッティスティ作、彼のヌメロ・ウーノ・デビュー・アルバム「人間への夢」にも収められた曲。

 

 7枚目(最後から2枚目)のシングル盤、4枚目(最後)のアルバムから先行シングル・カットされました。

 

ZN-50303 (19735 Numero Uno – RCA Italiana) La Ciliegia Non è Di Plastica (人工自然) / Cara Giovanna (いとしのジョバンナ)

ZN-50303ZN-50303 ZSLN-55655ZSLN-55655

ZSLN-55655 (19736 Numero Uno – RCA Italiana) La grande casa (神秘なる館)

.Rapsodia di Radius (ラディウスのラプソディ)

.La Ciliegia Non è Di Plastica (人工自然)

.Libertà Per Quest'Uomo (男の自由)

.La Grande Casa (神秘なる館)

.Cara Giovanna (いとしのジョバンナ)

.Bambina Sbagliata (非常識な女)

 

 アルバム「神秘なる館」を6月に発売、“ラディウスのラプソディ”と“非常識な女”を9月にシングルカットしこれが最後の盤、翌74年フォルムラ・トレは解散します。

 

ZN-50317 (19739 Numero Uno – RCA Italiana) Rapsodia Di Radius (ラディウスのラプソディ)/ Bambina Sbagliata (非常識な女)

           ZN-50317ZN-50317

ZNLN-29663 (1977 Numero Uno – RCA Italiana) La grande casa ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

.Questo Folle Sentimento (この狂った想い)

.Sole Giallo, Sole Nero (黄色い太陽、黒い太陽)

.Nessuno Nessuno (誰もいない、誰もいない)

.Io Ritorno Solo

.La Flle Corsa (暗闇を突っ走れ) (Parte I)

.Eppur Mi Son Scordato Di Te (僕は君を忘れてしまった)

.Sognando e Risognando (夢のまた夢)

.Non è Francesca (フランチェスカではない)

.Storia Di Un Uomo E Di Una Donna (男と女のお話

10.Rapsodia Di Radius (ラディウスのラプソディ)

 

 トニー・チッコはチコの名前でソロ歌手となり、アルベルト・ラディウスとガブリエレ・ロレンツィはマリオ・ラヴェッツィ(Mario Lavezzi)、ヴィンチェ・テンペラ(Vince Tempera)、ボブ・カレッロ(Bob Callero)、ジャンニ・ダラリオ(Gianni Dall'Aglio)とプログレッシブ・ロックのスーパー・バンド、イル・ヴォーロ(Il Volo)を結成します。

 

 77年RCAイタリアーナの廉価盤シリーズ、リネア・トレから珍しいフォルムラ・トレの編集ベスト盤が発売されました。

 

 

(ご参考:フォルムラ・トレ 関連国内盤)

K22P-  112 (1981121SEVEN SEAS - キング) 30cm LPイル・ヴォ (IL VOLO)

.一匹の蚊の如く (COME UNA ZANZARA)

.魂の変革 (LA MIA RIVOKUZIONE)

.情念 (IL CALORE UMANO)

.創世紀 (IL CANTO DEELA PREISTORIA)

.始まりの吐息 (I PRIMI RESPRI)

.讃歌 (LA CANZONE DEL NOSTRO TEMPO)

.睡魔 (SONNO)

.テニス靴のシンフォニア (SINFONIA DELLA SCARPE DA TENNIS)

 

K22P-  112K22P- 112 K22P-  152K22P- 152

 

K22P-  152 (1981621SEVEN SEAS - キング) 30cm LPイル・ヴォーロIIイル・ヴォーロ (ESSERE O NON ESSERE? ESSERE, ESSERE,ESSERE!)

.愛につつまれて (GENTE IN AMORE)

.中近東249000コスモス~宇宙 (MEDIO ORIENTE 249000 TUTTO COMPRESO)

.労働歌 (CANTO DI LAVORO)

.エッセレ (ESSERE)

.あの情景 (ALCUNE SCENE)

.朝の目覚め (SVEGIANDOMI CON TE ALLE SEI DEL MATTINA)

.歌声は響き渡る (CANTI E SUONI)

 

K22P-  226 (19821221SEVEN SEAS - キング) 30cm LP夜の闇の中でチコ (NOTTE/CICO!)

.眠れぬ夜の中で (INSONNIA)

.あの日の出来事 (IL SUCCESSO)

.もしも私を望むなら (SE MI VUOI)

.よくない話 (I CATTIVI CONSIGLI)

.バラの花の如く (IL FIORE ROSA)

.僧侶とそして... (IL PRETE E IL SEMPLICE)

.家猫 (IL GATTO DI CASA)

.Noと云わないで (NON DIRE DI NO)

.うつろな心 (DISTRAZIONE MENTALE)

10.もっと...もっと (PIU')

11.夜の闇の中で (LA NOTTE)

             

           K22P-  226K22P- 226 


 

 フォルムラ・トレ 3は1992年サンレモ音楽祭の後に続きます


サンレモの歌手たち 319 フォルムラ・トレ 1

フォルムラ・トレ (compl) Formula 3

1969年アルベルト・ラディウス(Alberto Radius) 、トニー・チッコ(Tony Cicco)、ガブリエレ・ロレンツィ(Gabriele Lorenzi)が結成したプログレッシブ・ロック・バンド、74年に解散。

 90年旧メンバーで再結成、キーボードは93年にガブリエレ・ロレンツィからアンドレア・ピスティッリ(Andrea Pistilli)に、2013年再度 チロ・ディ・ビトント(Ciro Di Bitonto)に変わり現在に至る。

 

                      ZN-50001ZN-50001                               

 

活動期間1969-1974 / 1990-in attività

所属レコード会社Numero Uno 再結成後RCA Italiana, Durium, Carras, CGD, NAR, Idea

サンレモ音楽祭出場3:1971年12位、92年参加、94年12位

 

メンバー構成 太字:サンレモ音楽祭1971、92年出場、斜字:サンレモ音楽祭94年出場)

・アルベルト・ラディウス(Alberto Radius) ギター、ヴォーカル (1969-1974,1990- )

 194261日、ローマ生、ギター奏者、歌手、プロデューサー、作曲家。

・トニー・チッコ(Tony Ciccoドラム奏者、ヴォーカル (1969-1974,1990- )

 本名アントニオ・チッコ (Antonio Cicco) 19491128日、ナポ生、ドラム、キーボード奏者、歌手。

・ガブリエレ・ロレンツィ(Gabriele Lorenzi キーボード、ヴォーカル(1969-1974,1990-1992)

 1945613日ピサの南20kmの港町リヴォルノ(Livorno)生、キーボード奏者。

 

交代メンバー 斜字:サンレモ音楽祭1994年出場)

アンドレア・ピスティッリ (Andrea Pistilli) キーボード (1992–1994)

マウリツィオ・メタルス (Maurizio Metals) キーボード (1994–2012)

チロ・ディ・ビトント(Ciro Di Bitonto) キーボード ( 2013-)

 

 アルベルト・ラディウスは裕福な空軍将の家庭に生まれ、13才頃にはギターを習い始めます。1950年代後半ナイトクラブのバンド、ホワイト・ブースターズでギター演奏を、その後マリオ・ペッローネ(Mario Perrone)の楽団でギタリストをしました。

 60年代前半彼はミラノに行き、ビートルズの影響を受けます。64年カンパニーノ(I Campanino)に入りエキペ84(Equipe 84.)などと共演しました。

 ラディウスは後にP.M.F.の母体となるクェッリ(Quelli)のギタリストとして67年から69年一時在籍します。これはフランコ・ムッシーダ(Franco Mussida)の兵役期間中の代役としてでした。この間4枚のシングル盤が出ています。

 

SRL-10459 (19675 Ricordi – Dischi Ricordi) PER VIVERE INSIEME (HAPPY TOGETHERハッピー・トゥゲザーTurtles)  : "Un disco per l'estate 1968" /LA RAGAZZA TA TA TA (TA-TA-TA-TA君は友達 Michel Polnareff)

SRL-10459 SRL-10・459   SRL-10479SRL-10・479

SRL-10479 (196711 Ricordi – Dischi Ricordi) TORNARE BAMBINO (HOLE IN MY SHOEホール・イン・マイ・シュー Traffic) QUESTA CITTÀ SENZA TE (EVEN THE BAD TIMES ARE GOODイーヴン・ザ・バッド・タイムス・アー・グッド Tremeloes)

 

SRL-10502 (19684 Ricordi – Dischi Ricordi) MI SENTIVO STRANO (変な気がした) : "Un disco per l'estate 1968" / DETTATO AL CAPELLO (髪の毛の口述筆記)

SRL-10502SRL-10・502   SRL-10525SRL-10・525

SRL-10525 (19689 Ricordi – Dischi Ricordi) LACRIME E PIOGGIA (RAIN AND TEARS雨と涙 Aphrodite's Child)/ NUVOLE GIALLE (黄色い雲)

 

SMRP-9053 (19689 Ricordi – Dischi Ricordi) 30cm LP QUELLI

.Dici (Dizzy ディジ-)

.Marilù (マリ-ル-)

.Nuvole Gialle (黄色い雲)

.Lacrime E Pioggia (Rain And Tears 雨と涙)

.Mi Sentivo Strano (変な気がした)

.Tornare Bambino (Hole In My Shoe ホール・イン・マイ・シュー)

.Pensieri (The Thoughts Of Emerlist Davjackナイスの思想)

.Sigillato Con Un Bacio (Sealed With A Kiss 涙の口づけ)

.Hush (ハッシュ)

10.15 Anni (15)

11.Hip Hip Hurrà (1-2-3 Red Light 1,2,3、レッド・ライト)

12.Questa Città Senza Te (Even The Bad Times Are Goodヴン・ザ・バッド・タイムス・アグッド)

 

                    SMRP-9053SMRP-9053    

 

 

68年ムッシーダ復帰後、Dici (Dizzyディジ-)/ Marilù (マリ-ル-)が出、クェッリ初で唯一のアルバムが出ました。1、2曲目はムッシーダ復帰後の曲、太字はラディウス在籍時の曲です。その他はラディウスかムッシーダか不明です。

 ラディウスにとって当時のイギリス・ロック・バンド、クリーム(Cream)やジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)の影響も受け、ラディウス流のギターを育む期間となりました。

 

 59年ガブリエレ・ロレンツィは65年サンレモ音楽祭参加曲“過ぎ去った恋 (L'AMORE E' PARTITO)”を自作自演したベッペ・カルディーレ (Beppe Cardile)

達とサムライ(I Samurai)をリヴォルノで結成、音楽活動を開始します。

 61年サムライはミーナの曲を多く書いているトニー・デ・ヴィタ (Tony De Vita)の紹介でイタルディスクからシングル盤を出しました。

 

DG-453 (1961 Italdisc - Italdisc) Da-da-un-pa / La Novia (ラ・ノビア)

DG-453NO IMAGE-WANTED J-20419×45J-20419×45

J-20419×45 (1967Jolly - SAAR) Dies irae (Andrea Giordana Accompagnato Dai Samurai)/ Sempre più solo

 

サムライは67年ジョリーからもシングル盤を出しました。67〜68年の間ロレンツィはマリオ・ラヴェッツィ (Mario Lavezzi)が兵役に就いた代替要員としてはカマレオンティ (I Camaleonti,)

に参加しました。彼とはフォルムラ・トレ解散後、イル・ヴォーロ (Il Volo)でバンドを組むことになります。

 

 最年少のトニー・チッコはナポリ音楽院を卒業後、60年代に様々バンドでドラムのキャリアを積み、68年のジガンティ (I Giganti) の最初の解散後

ケッコ(Checco Marsellaが結成したレ・コーゼ・デッラトロ・モンド(Le Cose dell'Altro Mondo)に加入します。

 

PONNP-40089 (1968 Miura - Miura) Una Donna Da Niente/ Un Bambino (Checco e Le Cose Dell'Altro Mondo

PONNP-40089Checco (1969 PON・NP-10089)    PONNP-40091PON・NP-40091

 PONNP-40091 (19692 Miura - Miura) Il sole è tramontato (沈んだ太陽)/ Stop ケッコ(Checco)Checco e Le Cose Dell'Altro Mondo

 

 ジガンティがすぐに再結成され、2枚のシングル盤にChecco e Le Cose dell'Altro Mondoとクレジットを残すのみでした。

 

 繋ぎの一時的所属バンドを離れた3人は新たなバンドを組むことになります。

 

 69年(当時の国内盤解説には68年4月表記あり)、後にPMFのマネイジメント、プロデュースをする興行師フランコ・マモーネ(Franco Mamone)の提案でラディウスはチッコとロレンツィの3人でフォルムラ・トレを結成しました。

 彼らはルーチョ・バティスティと会談します。バッティスティとモゴール達が起ち上げたばかりの革新的レコード会社ヌメロ・ウーノからバッティスティの作った曲でデビューすることになりました。

 

 ラディウスとバッティスティとは少なからず縁がありました。当事者同士は知っていたのか知らなかったのか判りませんが、ルーチョがまだ無名時代の60年代前半、元トニー・ダララがリードボーカルをしていたグループ、カンピオーネがギタリストを探している時、最初にラディウスに声がかかりました。しかし当時リーダーだったロビー・マタノRoby Matano)は次の候補だったルチオ・バッティスティを採用しました。

 ヌメロ・ウーノの関係者はラディウスがクェッリのメンバーだった時、同じリコルディにおり、しその実力を知っていたので新会社の契約第一号、初盤の歌手としたのでしょう。

 

 デビュー・シングルはRCAイタリアーナが新設したサブ・レーベル用のZ50000盤シリーズ(Nはヌメロ・ウーノに割当てられた略記号)の1番が使われ、ルーチョ・バティスティが作った“この狂った想い”でした。この曲が70年ヒット・ランク27位の大ヒットとなりました。

 まだイタリアでは国産ロックは「市民権」がなく無理と思われていましがが、常識を覆しました。またニュー・トロルス(Nnew Trolls)もヒットを飛ばし注目を浴びます。彼らは唯一69〜70年のルーチョ・バティスティのコンサート・ツアーに同行バンドとして彼のバックをつとめます。

 

ZN-50001 (19699 Numero Uno – RCA Italiana) Questo Folle Sentimento (この狂った想い)/ Avevo Una Bambola (GAMES PEOPLE PLAY 孤独の影 Joe South) ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 

フォルムラ・トレの国内盤

RCA-6250 (1974.12 RCA - ビクタ音楽産業) 30cm LP 神秘なる館 (LA GRANDE CASA)

K22P-  153 (1981621 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP 神秘なる館 (LA GRANDE CASA)

.ラディウスのラプソディ (RAPSODIA DI RADIUS)

.人工自然 (LA CILIEGIA NON D'DI PLASTICA)

.男の自由 (LIBETTA' PER QUEST'UOMO)

.神秘なる館 (LA GRANDE CASA)

.いとしのジョバンナ (CARA GIOVANNA)

.非常識な女 (BAMBINA SBAGLIATA)

 

RCA-6250RCA-6250  K22P-  153K22P- 153

 

K22P-  111 (1981121SEVEN SEAS - キング) 30cm LP 夢のまた夢フォルムラ・トレ (SOGNANDO E RISOGNADO)

.夢のまた夢立ち止まった幻影 (SOGNANDO E RISOGNADO FERMO AL SEMAFORO)

.夢のまた夢 (SOGNANDO E RISOGNADO SOGNANDO)

.夢のまた夢夢からさめて (SOGNANDO E RISOGNADO LA STALLA CON I BUOI)

.夢のまた夢再び夢みて (SOGNANDO E RISOGNANDO RISOGNAND)

.朽ちゆく、一片の葉樹木 (L'ALBERO)

.朽ちゆく、一片の葉希望の灯も絶 (L'ULTIMA FOGLIA NON MILITRONO)

.朽ちゆく、一片の葉終章 (L'ULTIMA FOGLIA FINALE)

.男と女のお話 (STORIA DI UN UOMO E DI UNA DONNA)

.永遠 (AETERNUM TEMA)

10.永遠狩り (AETERNUM CACCIA)

11.永遠間奏曲 (AETERNUM INTERLUDIO)

12.永遠終章 (AETERNUM FINALE)

 

               K22P-  111K22P- 111

 

 

 

 

 

フォルムラ・トレ 2は次回に続きます

サンレモの歌手たち 318 ペピーノ・ディ・カプリ 3、 エッダ・オルラ-リ

ペピーノ・ディ・カプリ (vm)  Peppino Di Capri

本名ジュゼッペ・ファイエッラ(Giuseppe Faiella)1939年7月27日カプリ生、歌手。

1967年から2005年までサンレモ音楽祭に15回出場2回優勝しています。

 

              STCA-15008STCA-15008

 

所属レコード会社Carisch, Splash, Baby Records, Dischi Ricordi, Polygram, Lucky Planets

サンレモ音楽祭出場15回:1967年参加、71年11位、73年優勝76年優勝、80年20位、85年9位、87年5位、88年17位、89年11位、90年入賞、92年(ペピーノ・ディ・カプリとピエトラ・モンテコルヴィーノ)14位、93年参加、95年(トリオ・メロディーとして)13位、2001年11位、05年入賞

 

 スプラッシュでディ・カプリが復活し、旧所属カリッシュから編集ベスト盤シリーズが次々と発売されました。すべて膨大なカリッシュ時代のカタログから選ばれています。残念ながらトラック・リスト(収録曲)が判っているのは一部の盤だけです。

 

STCA-15008 (1972 Carisch - Carisch) Canta Peppino vol.1 ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 STCA-15009 (1972 Carisch - Carisch) Canta Peppino vol.2

STCA-15009STCA-15009  STCA-1STCA-15010 5010

STCA-15010 (1972 Carisch - Carisch) Canta Peppino vol.3

 

STCA-15011 (1972 Carisch - Carisch) Notte di luna calante

.Senza Stelle

.Perché (ビコーズBecauseデイヴ・クラーク・ファイヴ)

.Guardando Il Cielo (SCHAU ICH ZUM HIMMELSZELT  - CATERINA VALENTE)

.Io No (What's A Matter Baby 涙が頬をぬらす時 ティミ・ユーロー)

.È Un'Ora Che Ti Aspetto (I WONDER WHAT SHE'S DOING TONIGHT恋の危険信号Barry & the Tamerlanesバリー& ターマレーンズ)

.La Fuga

.Notte Di Luna Calante (欠けたお月さま)

.Piangi Piangi (クライCry)

9.Ti Pentirai

10.Se Ti Senti Sola

11.Chi accende le stelle? (誰が星に灯をつけた)

12.Dillo A Tuo Padre (Vas Dir A Ton Pére)

STCA-15011STCA-15011a  STCA-15012STCA-15012

STCA-15012 (1973 Carisch - Carisch) Munasterio 'e santa chiara

 

STCA-15013 (1973 Carisch - Carisch) Let's twist again

STCA-15013STCA-15013  STCA-15014STCA-15014

STCA-15014 (1973 Carisch - Carisch) Te voglio stasera

.Topless

.Quanno Duie Se Vonno Bene [NAPOLI 1966参加曲]

.Te Voglio Stasera

. Il mio incubo/Io tremmo ('A Pianta 'E Stelle

.Ce Vò Tiempo 1966年ナポリ音楽祭参加曲

.mbraccio a mme

.Io Tremmo

.'O Tiempo 'E Maria 1967年ナポリ音楽祭参加曲

. 'Mbraccio A Mme

10.Gira Gira (リ-チ・アウト・アイル・ビ-・ゼアReach Out, I'll Be Thereフォー・トップス)

11.L'amore Non È Amore Senza Te (この恋をひとすじにAll I See Is You ダスティー・スプリングフィールド)

12.Un Giorno Cambierai

 

STCA-15015 (1973 Carisch - Carisch) Parlami d'amore Mariù

.Cara Piccina (カラ・ピッチーナ)   

.Addio Mondo Crudele (Goodbye Cruel World 恋も涙もさようなら)   

.Torna Piccina (帰っておいで、いとしい人)   

.St. Tropez Twist (恋のサントロペ)

.Speedy Gonzales (スピーディー・ゴンザレス)   

.Nustalgia   

.Parlami D'Amore Mariù (マリウ愛の言葉を)

.Let Me Cry (レット・ミー・クライ)   

.Forget Me?   

10.Vicino 'O Mare   

11.Let's Twist Again (レッツ・ツィスト・アゲイン Chubby Checker)

STCA-15015STCA-15015  STCA-15016STCA-15016

STCA-15016 (1973 Carisch - Carisch) Incontro Con Peppino Di Capri

.Piscatore 'e Pusilleco (プシレコの漁師)

.Malatia (病める人)   

.Luna Caprese (カプリの月)   

.I' Te Vurria Vasà (あなたのくちづけを)

.Girl (ガール BEATLES)   

.Nessuno Al Mondo (君だけの世界)

.Solo Due Righe (たった行で)   

.Roberta (ロベルタ)

.Don't Play That Song, (あの歌を歌わないで/わが傷心の唄)

10.Nun È Peccato (罪もなく)

11.Voce 'E Notte (夜の声)

12.È Sera (夜に) 1968年夏のディスク参加曲

 

 

ペピーノ・ディ・カプリの国内盤

HIT-2100 (1973425 SEVEN SEAS - キング) 失われた愛を求めて (UN GRANDE AMORE E NIENTE PIU')失った金の鎖 (UNA CATENA D'ORO)

 

HIT-2100HIT-2100  GP- 316GP- 316

 

GP- 316 (19736 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP失われた愛を求めてサン・レモ1973 (SAN REMO 1973)

.失われた愛を求めて (UN GRANDE AMORE E NIENTE PIU')


 

 

ペピーノ・ディ・カプリ 4は1973年サンレモ音楽祭の後に続きます。

 

 

 

エッダ・オルラーリ (vf) Edda Ollari

194699日パルマの南西30kmの山中にある小さな町カレスターノ(Calestano) 生、歌手。

 

               BENP-5009BE・NP-5009

               

所属レコード会社Bentler, Saint Martin Record, City アルバム2枚

サンレモ音楽祭出場1回:1971年参加

 

 

 エッダは10才からパルマ音楽院のピアノ・コースに入り音楽ね勉強を始めました。しかし途中腱鞘炎になりピアノを断念しましたが、声が良いので歌手に専念することになりました。

 

 1965年カストロカーロ新人コンテストに出場し、ベントラー(Bentler)のオーナーのグァルティエロ・グァッリーニ(Gualtiero Guerrini)に見出されます。ただし65年カストロカーロのコンテスト入賞者にエッダの名前がなく入賞でなかったのだと思われます。

 

 その後スイスのイタリア語圏で開催のチューリッヒ音楽祭に出場とされます(65年の16歌手に彼女の名前がなく、残念なことに66年はウィキベディアに情報が上がっていません)。

 

 66年ベントラーからシングル・デビューを果たします。A面 “L'Amore Non Mi Voul Sorridere”はTVヴァラエティー番組「Andiamoci Piano」の曲でB面“なんでキスしたの”で初夏に行われたカンタジーロ、ジローネB(新人部門)に出場し、結果は見事9位入賞しました。

 

BENP-5003 (1966 Bentler - Bentler) L'Amore Non Mi Voul Sorridere/... Che Tu Mi Baciassi (なんでキスしたの)

             BE・NP-5003a BENP-5003 BE・NP-5003b  

 

 この思わぬ好成績でAB面が逆転し、大きな写真を使ったピクチャー・スリーブに変えられ再発売されました。

 

 デビューの年の2枚目は“Due Mezze Monete”はカンツォーネのオスカー(L'Oscar della canzone)参加曲です。歌手としてはオリエッタ・ベルティ、アンナ・イデンティチ系の素直な声でかわいらしい歌をうたいます。

 

BENP-5009 (1966 Bentler - Bentler) Due Mezze Monete /Mi Amerai Un Po' Di Più ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 67年唯一のシングル盤B面は今までと違いカヴァー曲でした。黒人少女トリオのトーイズ(TOYS)がいる米国ダイナ・ヴォイス(DYNA VOICE)の黒人女性歌手ビリー・ディアボーン(Billie Dearborn)が66年に出した“DOWN”が元曲です。

 

BENP-5028 (1967 Bentler - Bentler) C'è Chi Può/Chi Sei (DOWN)

BENP-5028BE・NP-5028  BENP-5034BE・NP-5034

BENP-5034 (1968 Bentler - Bentler) La tramontana (茫然自失)/ L'Amore Non Mi Voul Sorridere

 

 68年サンレモ音楽祭の入賞曲“茫然自失”をカヴァーします。B面はデビュー曲“L'Amore Non Mi Voul Sorridere”が再度使われました。

 

 (多分)子供向けTV番組「Operazione Edenlandia」の主題歌“Poco Poco Per Un Gioco”が出ました。

 

BENP-5040 (1968 Bentler - Bentler) Poco Poco Per Un Gioco/Un Po' Di Te

BENP-5040BE・NP-5040  BENP-5054BE・NP-5054

BENP-5054 (1969 Bentler - Bentler) Un Pezzo D'Azzurro (碧のひとかけ)/Quando Sarò Lontano

 

 69年夏のディスク・フェスティヴァルに“碧のひとかけ”を歌い入賞しました。マリアッチ風の曲で彼女の代表曲になります。

 

 69年から71年にかけてベントラーのロック・バンドLSDとコンサート活動を続け、BBCに出演しトム・ジョーンズやジルベール・ベコーとも共演できました。やがてこのバンドのキーボード奏者チェレスティーノ・ティノ・パポッティ(Celestino Tino' Papotti)と結婚します。

 

 パボッティの協力も得て、今まで出した曲を集めたファーストアルバムを69年に出しました。

 

BELP-1015 (1969Bentler - Bentler) Tutti i successi di Edda Ollari

.La Lumaca

.Un Po' Di Tねんn

.Due Mezze Monete

.L'Amore Non Mi Voul Sorridere

.Poco Poco Per Un Gioco

.Un Pezzo D'Azzurro (碧のひとかけ) "Un Disco per l'Estate 1968入賞曲

.Un Attimo

.Che Tu Mi Baciassi (なんでキスしたの)Cantagiro 1966B#9

.C'è Chi Può

10.Chi Sei? (Down)

11.Mi Amerai Un Po' Di Più

12.Quando Sarò Lontano

BELP-1015Edda Ollar (BE・LP-1015)  BENP-5062BE・NP-5062

BENP-5062 (1970 Bentler - Bentler) Acqua Passata/Io T'Aspetterò

 

 昨年に続き70年夏のディスクに“Acqua Passata”で出場しましたが入賞はできません。

 

 70年2枚目A面はカタツムリを歌ったR&B調、B面はマリアッチ風の曲です。

 

BENP-5064 (1970 Bentler - Bentler) La Lumaca/ Un Attimo 

BENP-5064BE・NP-5064  BENP-5072BE・NP-5072

BENP-5072 (1970 Bentler - Bentler) L'amore è una cosa seria/ Un Po' Di Te

 

crederanno i nostri amici che (私たちの友人を信じる)」とジャケットに書いてあるのですが、どういうことなのでしょう?

 

 71年サンレモ音楽祭に初・唯一の出場をします。パートナーのオリエッタ・ベルティがフォノグラムの不参加でロレンツァ・ヴィスコンティに変更、ベルティなら入賞していたかも知れません。

 

BENP-5075 (1971 Bentler - Bentler) L'ora giusta (春はいちどだけ)/Prigioniera

BENP-5075BE・NP-5075  BENP-5081BE・NP-5081

BENP-5081 (1970 Bentler - Bentler) Un cuore per amare/Parapapà

 

 “Un cuore per amare”を最後にサン・マルタンに移籍し、“Rosa marina”を出します。

 

SMR-1704 (1973 Saint Martin - Saint Martin Record) Rosa marina/Mare di settembre

                     SMR-1704SMR-1704

SMR-XXXX(1973 Saint Martin - Saint Martin Record) C'è una chiesetta/Anche se

 

 サン・マルタンの2枚目以降情報が途絶えます。

 

SMR-XXXX(1973 Saint Martin - Saint Martin Record) L'amore non è polenta/Parapapà

 

 サン・マルタンの契約終了後はクラブ歌手に、70年代半ばにアコーディオンのマリオ・ブラガディーニ楽団付き歌手となり、パルマ地方の歌手として地道な活動を続けます。

 

C-6348 (1976 City - ) Mondo strano/Mai ti lascerò (con Mario Bragadini)

C-1022 (1979 City - ) Orchestra folk (con Mario Bragadini)

 

Astra-XXX (1979 Astra Fonotecnica Fonola) Dedicata a te/Un uomo nella notte

Astra-XXX(1981 Astra Fonotecnica Fonola) Magico slow/Dolce Parma

 

Astra-18 (1981 Astra - Fonotecnica Fonola) La fisarmonica di Mario Bragadini - Canta Edda Ollari* (con Mario Bragadini)

.Eternamente (ライムライト) * 

.Mondo strano*

.Mai ti lascerò'*

.Ti voglio con me *

11.L'ultima *

Astra-18Astra-18  Astra-19Astra-19

Astra-19 (1981 Astra – Fonotecnica Fonola) ORCHESTRA SPETTACOLO MARIO BRAGADINI canta EDDA OLLARI*

.Galopera (ガロペーラ) *

.Amore Baciami (愛のくちづけ) *

.Una Storia D'Amore *

12.Chi Cerca Trova *

 

 

エッダ・オルラ-リの国内盤はありません、以上です。


サンレモの歌手たち 317 ペピーノ・ディ・カプリ2

ペピーノ・ディ・カプリ (vm)  Peppino Di Capri

本名ジュゼッペ・ファイエッラ(Giuseppe Faiella)1939年7月27日カプリ生、歌手。

1967年から2005年までサンレモ音楽祭に15回出場2回優勝しています。

 

                SPH-1009SPH-1009 

 

所属レコード会社Carisch, Splash, Baby Records, Dischi Ricordi, Polygram, Lucky Planets

サンレモ音楽祭出場15回:1967年参加、71年11位、73年優勝76年優勝、80年20位、85年9位、87年5位、88年17位、89年11位、90年入賞、92年(ペピーノ・ディ・カプリとピエトラ・モンテコルヴィーノ)14位、93年参加、95年(トリオ・メロディとして)13位、2001年11位、05年入賞

 

 69年彼のヒット曲のタイトルになった妻ロベルタと離婚し古巣カリッシュから独立、70年自分の会社スプラッシュを設立し再起を目差します。

 

 60年代の半ばアドリアーノ・チェレンターノ、60年代後半にミーナ、リトル・トニーのヒット歌手が相次いで独立し、自分のレーベルを興しました。彼の場合は少々事情が違い、デビューして大ヒットを連発してきた老舗カリッシュですが、ドイツ系のオデオン、パーロフォン(ビートルズも扱っていた)を所有していましたが、EMIのレーベル統合で主な旧譜を失い経営危機となり、頼みのペピーノ・ディ・カプリもロック・ン・ロールやツィストの時代が去り人気も低迷している状態でした。

 

 70年自分の新会社の起上げ、ジュリアナ(Giuliana)と再婚、息子イゴール(Igor)の誕生でペピーノばどうしても頑張らなければなりませんでした。

 

 新会社からの1枚目のシングルは“”Barbara/“The River”はピクチャー・スリーブと思えぬデザインで見逃してしまいましたB面はナポリターナの名曲“河(Sciummo)”の英語逆カヴァーです。

 

SPH-1001 (19701Splash - Messaggerie Musicali) Barbara/The River (Sciummo)

SPH-1001SPH-1001j  SPH-1002SPH-1002

SPH-1002 (19701Splash - Messaggerie Musicali) Annalee/Suspiranno (ためいき)

  2枚目のシングルもB面に1909年に作られたナポリターナ“ためいき”を入れたナポリ人を意識した盤でした。70年カンツォニッシマ1回戦に“恋人と呼んで”、2回戦に“ためいき”が歌われました。

 

 3枚目でやっと幸運が訪れました。人気は衰えてしまったとは言え70年のナポリ音楽祭で、ナポリ出身の若手人気歌手ジャンニ・ナザーロをパートナーとして “恋人と呼んで”を歌い優勝しました。

 

SPH-1003 (1970Splash - Messaggerie Musicali) Me Chiamme Ammore (恋人と呼んで)/Torna (帰れ)

                SPH-1003SPH-1003 

 

 ナポリ音楽祭に優勝し、スプラッシュから初めてのアルバムを出しました。ナポリの新旧名曲を集めたLPNapoli ieri - Napoli oggi」でした。これが70年の年間ベスト・アルバム67位になる大成功でした。これに気を良くしたのかベルベット張りの豪華装丁盤(SPLL- 701)も出しています。

 

SPL- 701 (1970Splash - Messaggerie Musicali) Napoli ieri - Napoli oggi (1970LP#67)

SPLL- 701 (1970Splash - Messaggerie Musicali) Napoli ieri - Napoli oggi Velvet Cover

Napoli Ieri

.'Na Sera E' Maggio (五月の夜)

.Canzone Appassiunata (情熱の歌)

.Passione (情熱)

.Dicitencello Vuie (君に告げて)

.Suspiranno (ためいき)

. Torna ! (帰れ!)

Napoli Oggi

.Me Chiamme Ammore (恋人と呼んで) 1970年ナポリ音楽祭優勝曲   

.Sciummo ()

.Anema E Core (アネマ・エ・コーレ)

10.Signò Dint'A Sta Chiesa

11.Nisciuno (誰も)

12.Ricuordate

SPL- 701SPL- 701 SPLL- 701SPLL- 701 

 

 この成功で翌72年のサンレモ音楽祭に出場します。ピノ・ドナッジォが自作自演した最後のサンレモ入賞曲“最後の夢見る人”のパートナーで11位になりました。これ以降ディ・カプリはナポリ音楽祭ではなく、サンレモ音楽祭で実績を残していきます。

 

SPH-1005 (19712Splash - Messaggerie Musicali) L'Ultimo Romantico (最後の夢見る人)/L'Accenno Di Un Sorriso

SPH-1005SPH-1005 SPH-1006SPH-1006

SPH-1006 (1971Splash - Messaggerie Musicali) Musica/'Na Sera E' Maggio (五月の夜)

 

 A面は彼が作曲しもの、お約束のB面はナポリターナの名曲のカップリング。

 

 “フレネシア”は71年ナポリ音楽祭の曲、最終日はストライキのため開催できず、順位はなし、19回続いたこの音楽祭も終わりとなります。

 

SPH-1007 (1971Splash - Messaggerie Musicali) Frennesia (フレネシア)/ Signò Dint'A Sta Chiesa

SPH-1007SPH-1007 SPLL- 702SPLL- 702  

SPLL- 702 (197111Splash - Messaggerie Musicali) Napoli ieri - Napoli oggi - Vol. II (Velvet Cover#)

Napoli Ieri

.'O Paese D''O (太陽の土地)

.Pusilleco Addiruso (失望のプシレコ)

.Core 'Ngrato (うすなさけ)

.Silenzio Cantatore (静けさに歌う)

.Marechiaro (マレキアーレ)

.Reginella (レジネッラ)

Napoli Oggi

.Frennesia (フレネシア) 1971年ナポリ音楽祭

.Probabilmente

.Alleria   

10.Accarezzame (アカレッツァーメ)

11.Paura ‘E Murì

12.Nustalgia

 

 自社スプラッシュから出した、ナポリターナのアルバムは好評で、続編のNapoli ieri - Napoli oggi - Vol. IIが発売されました。カタログ上では普及盤のSPL- 702があるのですがヴェルヴェット張りの豪華版が売れ、普及盤のジャケット画像が入手出来ませんでした。このLPは1972年年間84位に入っています。

 

 71年4枚目のシングルはサンレモの司会者でもあるマイク・ボンジョルノのクイズ番組のテーマ“Amare Di Meno”で、久々に年間ヒット・ランク78位に入るヒットになりました。

 

SPH-1009 (1971Splash - Messaggerie Musicali) Amare Di Meno/Un Anno Fa ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 ヒット曲が出、再び彼に注目が集まるようになると旧所属会社カリッシュから編集ベスト盤が出ます。

 

STCA-15003 (1971 Carisch - Carisch) Peppino e le canzoni di Napoli

.Munasterio 'E Santa Chiara (サンタ・キアーラ寺院)

.Malafemmena (悪い女)   

.Tutta Pe' Mme (すべてをわたしに)

.Lucia (ルチア) 1966年ナポリ音楽祭入賞曲   

.Tu (トウ) 1969年ナポリ音楽祭4位    

.Chiove (雨が降る)                                

.Scètate (恋人よ眠らずに)

.Nun Songh'Io   

.Ciento Strade   

10.Freva   

11.Ghiaccio   

12.No, Nun Dì Ca Me Vuò Bbene

STCA-15003STCA-15003 SPH-1011SPH-1011

SPH-1011 (1972Splash - Messaggerie Musicali) Una Catena D'Oro (失った金の鎖) /Che Delusione, Amore, Questa Sera

 

 72年、68年以来の夏のディスク・フェスティバルに出場、“失った金の鎖”で本選に残ることが出来て一定の成果を得ています。

 

 秋に72年ヴェネチア国際音楽祭金のゴンドラ出場曲“孤独”のシングル盤を出しました。

 

SPH-1012 (1972Splash - Messaggerie Musicali) Solo Io (孤独)/Probabilmente

SPH-1012SPH-1012 SPH-1013SPH-1013

SPH-1013 (1972Splash - Messaggerie Musicali) Magari (マガリ)/ Munasterio 'E Santa Chiara (サンタ・キアーラ寺院)

 

 年末に72年カンツォニッシマ用のシングルを出します。カンツォニッシマでは“Amare di meno”、レジネッラ (Reginella)、サンタ・キアーラ寺院(Munasterio 'E Santa Chiara)、マガリ (Magari)が歌われました。

 

 久々にナポリターナ以外の曲も入ったアルバムを2枚出しました。スプラッシュで成功した曲と、以前のヒットをセルフ・カヴァーしました。このLPは2005年CD化されています。

 

SPL- 703 (1972Splash - Messaggerie Musicali) LP PEPPINO DI CAPRI E I NEW ROCKERS - HITS VOL..1

SPLX-601 (2005Splash - Lucky Planets) CD PEPPINO DI CAPRI E I NEW ROCKERS - HITS VOL..1

.Amare Di Meno   

.Luna Caprese (カプリの月)   

.Annalee   

.'Mbraccio A Mme   

.Don't Play That Song, (あの歌を歌わないで/わが傷心の唄)

.I' Te Vurria Vasà (あなたのくちづけを)

.Scètate (恋人よ眠らずに)

. È Sera (夜に) 1968年夏のディスク参加曲

.Chiove (雨が降る)   

10.Musica   

11.Me Chiamme Ammore (恋人と呼んで) 1970年ナポリ音楽祭優勝曲   

12.Nessuno Al Mondo (君だけの世界)

SPL- 703SPL- 703  SPLX-601SPLX-601 

 

SPL- 704 (1972Splash - Messaggerie Musicali) LP PEPPINO DI CAPRI E I NEW ROCKERS - HITS VOL..2

SPLX-602 (2005Splash - Lucky Planets) CD PEPPINO DI CAPRI E I NEW ROCKERS - HITS VOL..2 [8031274006025]

.Voce 'E Notte (夜の声)

.Cara Piccina (カラ・ピッチーナ)

.Malatia (病める人)

.Solo Io (孤独)

.Che Delusione, Amore, Questa Sera

.Parlami D'Amore Mariù [E] (マリウ愛の言葉を [])

.Una Catena D'Oro (失った金の鎖) 1972年夏のディスク出場曲

.Nun È Peccato (罪もなく)

.Roberta (ロベルタ)

10.Frennesia (フレネシア) 1971年ナポリ音楽祭

11.Quando (クァンド)

12. Suspiranno (ためいき)

SPL- 704SPL- 704 SPLX-602SPLX-602 

 

 11月にはスプラッシュから出したナポリターナのアルバム2枚をセットした「1 + 1」を「Hits - Vol. I,II」として発売、73年年間ベスト・アルバム84位にランクされました。1回で2度美味しい商売をしました。

 

SPL- 7034 (197211Splash - Messaggerie Musicali) 30cm2LP Peppino Di Capri  ‎– 1 + 1(Hits - Vol. I,II) (1973LP84#)

            SPL- 7034SPL- 703〜4 

 

 

ペピーノ・ディ・カプリの国内盤

SR- 790 (19729 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP なんて美しい君夏のディスク・フェスティバル1972 (UN DISCO PER L'ESTATE 1972)
.
失った金の鎖
(UNA CATENA D'ORO)

SR- 790SR- 790  17DY- 4805117DY- 4805・1

 

17DY- 48051 (19734 SEVEN SEAS - キング) 17cm CP 23回サン・レモ音楽祭優勝曲、上位入賞曲シングル・ダイジェスト プロモート用試聴盤・非売品
.
失われた愛を求めて (UN GRANDE AMORE E NIENTE PIU')

 

 

ペピーノ・ディ・カプリ3は次回に続きます

サンレモの歌手たち 316ディク・ディク 3

イ・ディク・ディク (compl) I Dik Dik

ミラノで結成されたポップ・ロック・ビート・グループ。

 

オリジナル・メンバー

・エミリオ・“ペペ”・サルヴァドーリ (Erminio “Pepe” Salvadori) ギター、キーボード、ヴォーカル 在籍65年〜現在、 1940319日ミラノ生。

・ピエトロ・“ピエトゥルッチョ”・モンタルベッティ (Pietro “Pietruccio” Montalbetti) ギター、キーボード、ヴォーカル 在籍65年〜現在、 1941416日ミラノ生。

・ジャンカルロ・ズブリツィオーロラッロ” (Giancarlo Sbriziolo “Lallo” ) ギター、ベース、ヴォーカル 在籍65年〜78年、82年〜現在、1939115日ミラノ生。

・セルジョ・パンノ Sergio Panno ドラムス 6574年、194461日キァヴェンナ(ソンドリオ)

・マリオ・トダーロ (Mario Todaro キーボード6574年、194562日ミラノ生

 

                 DIK-46005DIK-46005 

 

途中交代メンバー

・ロベルト・カルロット“フンカ・ムンカ” (Roberto Carlotto Hunka Munka) キーボード 在籍 7477年。元フンカ・ムンカ(Gli Hunka Munka

・ジョー・ヴェスコーヴィ (Joe Vescovi) キーボード 在籍7880年、 8890年、2007年、1949年サヴォーナ(Savona)-2014年没。元アクァ・フラジーレ

・ヌンツィオ・ファヴィア “クッチョーロ” (Nunzio Favia Cucciolo) ドラムス在籍 7482年 1953418日バリ生。元オセイジ・トライブ(Osage Tribe)、トリップ(The Trip)、フンカ・ムンカ(Gli Hunka Munka

・ダンテ・ロベルト・ファチーニ“ロビー” (Dante Roberto Facini Roby) ヴォーカル、ギター 在籍7782

・ロザリーノ・ブランカーティ (Rosario Brancati) ギター、ヴォーカル 在籍7882

 

所属レコード会社Ricordi, D%K (RI FI), Ariston, Lupus, NUMERO UNO, FIVE (CGD), Durium, CAROSELLO (Ricordi), Ricordi (BMG Ricordi), Dub (Duck Records), MBO (UNIVERSAL ITALIANA), Crisler

サンレモ音楽祭出場4回:1969年13位、 70年参加、 71年10位、 93年参加

 

 

 1971年サンレモ音楽祭出場以降にルチオ・バッティスティの曲を歌ったシングル盤は成功しましたが、彼らが新たな試みをした72年のプロクレッシブ・ロック・アルバム“ある女性に捧げる愛の形”のセールス状況は今まで出したアルバム中最悪でした。 

 

 後まで影響し74年はシングル盤“Help me (年間ヒット・ランク89位)を出すにとどまり、65年から活動を共にしたメンバーでドラムスのセルジョ・パンノ (Sergio Panno)とキーボードのマリオ・トダーロ (Mario Todaro)がディク・ディクを去ります。

売面

 そして元フンカ・ムンカのキーボード、ロベルト・カルロット“フンカ・ムンカ” (Roberto Carlotto Hunka Munka)と同ドラムスのヌンツィオ・ファヴィア “クッチョーロ” (Nunzio Favia Cucciolo)が加入しました。     

 

SRL-10726 (19745Ricordi - Ricordi) Help me/Sono nato

SRL-10726SRL-10・726 SRL-10748SRL-10・748

SRL-10748 (19754Ricordi - Ricordi) Piccola Mia (ピッコラ・ミア) /Uno strano sentimento

 

 75年シングル盤“ピッコラ・ミア”をだし、デビュー以来のリコルディを去りました。リコルディの廉価盤オリゾンテからベスト盤が発売されます。

 

ORL-8004 (1975Orizzonte - Ricordi) I DIK DIKRACCOLTA DI SUCCESSI

CDOR-8925 (1993Orizzonte - Ricordi) CD I DIK DIKRACCOLTA DI SUCCESSI

.Senza Luce ( A Whiter Shade Of Pale 青い影)

.Dolce Di Giorno

.Il Vento (風の置手紙)

.Io Mi Fermo Qui (ここにたたずんで)

.Vendo casa (売り家)

.Viaggio Di Un Poeta (詩人の旅)

.Sognando La California (California Dreamin'夢のカリフォルニア [伊])

.Il Primo Giorno Di Primavera (春の最初の日)

.L'Isola Di Wight (Wight Is Wight ワイト・イズ・ワイト [伊])

10.Storia Di Periferia (田舎の物語)

11.Help Me

12.Piccola Mia (ピッコラ・ミア)

ORL-8004 (1977Orizzonte - Ricordi) I DIK DIKRACCOLTA DI SUCCESSI [RE]

 ORL-8004a ORL-8004 ORL-8004

 

 ディク・ディクはリフィに移籍、75年10月自分たちのレーベルのD%Kからロッド・スチュワートのヒット曲“セイリング”のイタリア語カヴァー曲“飛翔”を出しました。76年の年間ヒット・ランク85位ながらヒットしました。

 

DIK-46001 (197510D%K – RI FI) Volando (飛翔 Sailing セイリングRod Stewart) /Ossessioni

DIK-46001DIK-46001 DIKST-47001DIK・ST-47001

DIKST-47001 (19764D%K – RI FI) Volando

.Volando (飛翔 Sailing セイリングRod Stewart)

.Mese Di Maggio (五月の匂い)

.Cavalli Alati (天、翔る)

.E´Amore (愛の詞)

.Contrada (路地での出来事)

.Come Una Bambina (少女のように)

.I' te vurria vasà (あなたのくちづけを)

.Vecchio Solaio (古い屋根裏部屋)

.Futuro Presente (未来のプレゼント)

10.Latte Azzurro (蒼いミルク)

11.Sognando La California (California Dreamin'夢のカリフォルニア [伊])

 

 リフィ移籍後自分たちのレーベルで初のアルバム「飛翔」をリリース、日本では92年彼らのプログレ・アルバムとして国内盤CDが出ています。

 

 アルバムから古いナポリターナの名曲“あなたのくちづけを”と“少女のように”をシングル・カットして出します。

 

DIK-46002 (19765D%K – RI FI) I' te vurria vasà (あなたのくちづけを)/Come una bambina (少女のように)

DIK-46002DIK-46002 DIK-46003DIK-46003

DIK-46003 (19775D%K – RI FI) Un Giorno,Cent'Anni/Flowers freedom and love

 

 このシングル盤からキーボードの“フンカ・ムンカ”ロベルト・カルロットが退団し、元アクァ・フラジーレのジョー・ヴェスコーヴィ (Joe Vescovi )が加わります。

 

 年末もう1枚シングル盤“Io, te e l'infinito”を出します。もう1枚リフィのサブ・レーベルのヴァラエティからベスト盤を出しています。これは新たにセルフ・カヴァーしたのではなく、リフィお得意の他社原盤(リコルディ)をレンタルしてもらって出したと思われます。

 

DIK-46005 (197712D%K – RI FI) Io, te e l'infinito/Walking in the sunshine ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

RLVST-90541 (1977VARIETY – RI FI) I Dik Dik I Dischi D'Oro

.Se Io Fossi Un Falegname (If I Were a Carpenterこの小さな願い - Tim Hardin)

.L'Isola Di Wight (Wight Is Wight ワイト・イズ・ワイト [伊])ティ

.Il Vento (風の置手紙)

.Il Primo Giorno Di Primavera (春の最初の日)

.Senza Luce (A Whiter Shade Of Pale 青い影 [伊])

.Sognando La California (California Dreamin' 夢のカリフォルニア [伊])

.Vendo casa (売り家)

.Dove Vai

         RLVST-90541RLV・ST-90541

 

 翌78年リコルディの廉価盤オリゾンテで、ヒット曲とカヴァー曲の編集ベスト盤が出ています。

 

ORL-8181 (19781Orizzonte - Ricordi) I DIK DIKRACCOLTA DI SUCCESSI N. 2

.Nel Cuore, Nell’Anima (心の中に魂の中に- Equipe 84)

.Guardo Te E Vedo Mio Figlio

.Era Lei (It’s Me That You Need イエス・イッツ・ミー - Elton John)

.L’Esquimese (The Mighty Quinnマイティー・クィーン - Manfred Mann)

.Se rimani con me

..Ninna Nanna (Cuore mio) (ニンナ・ナンナ)

.Se Io Fossi Un Falegname (If I Were a Carpenterこの小さな願い - Tim Hardin)

.Noi Soli (Birds バーズ [])- Neil Young

.Inno (Let’s Go To San Francisco花咲くサンフランシスコ []- Flowerpot Men)

10.Restare bambino

11.Dove vai

12.1-2-3 (1-2-3 - Len Barry)

 ORL-8181a ORL-8181 ORL-8181b

 

 リフィはどういう使い分けをしているのか、廉価盤シリーズのペニーで10曲入りのベスト盤も出しました。

 

RELST-19382 (1978PENNY – RI FI) I Dik Dik 10 Anni Di Successi

.Sognando La California (California Dreamin' 夢のカリフォルニア [伊])

.Il Primo Giorno Di Primavera (春の最初の日)

.Contrada (路地での出来事)

.Volando (飛翔 Sailing セイリングRod Stewart)    

.Come una bambina (少女のように)

.Senza Luce ( A Whiter Shade Of Pale 青い影)

.Un Giorno,Cent'Anni

.L'Isola Di Wight (Wight Is Wight ワイト・イズ・ワイト [伊])

.I' te vurria vasà (あなたのくちづけを)

10.Latte Azzurro (蒼いミルク)

            RELST-19382REL・ST-19382 

 

 D%Kレーベル最後のアルバムとシングル盤となります。“Senza di te”はファウスト・レアーリのカヴァーですが、他は彼らのオリジナルです。

 

DIK-46006 (19787D%K – RI FI) Amico/Senza di te (1978, Ri-Fi)

DIK-46006DIK-46006 DIKST-47002DIK・ST-47002

DIKST-47002 (19789D%K – RI FI) Amico

.Io, Te, L'Infinito

.Walking In The Sunshine

.Flowers, Freedom And Love

.Un Giorno,Cent'Anni   

.Ossesioni

.Un'Estate Intera

.È Amore

.Ultima Estate

.Amico

10.Senza di te

 

 

 

ディク・ディクの国内盤

MW-2178 (19768 RICORDI - ポリドール) 30cmLPカンツォーネ・ヒット大全集Vol.III (HISTORY OF GOLDEN CANZONE Vol.III)

.恋のズッケロ (ZUCCHERO)

 

MW-2178MW-2178 GXC-   56GXC- 5〜6a

 

GXC-   56 (1977211SEVEN SEAS - キング) 30cm2LP ネグロ・炎・別離のロマ空港イタリアン・ポップスの新星たち (NEGRONESSUNO MAIVOLO AZ504 ITALIAN POPS ALL STARS)

.セイリング (VOLANDO)

.あなたのくちづけ (I'TE VURRIA VASA)

 

MWX-99513 (1977121RICORDI - ポリドール) 30cm 3LPゴールデン・カンツォーネ・ベスト・コレクション (GOLD CANZONE BEST COLLECTION)

3-.恋のズッケロ (ZUCCHERO)

 

 

MWX-99513MWX-9951~3a GXF-  8190GXF- 81~90a

 

GXF-  8190 (197925 SEVEN SEAS - キング) 30cm 10LP Box サン・レモ音楽祭大全集 (FESTIVAL DI SAN REMO)

8-.ここにたたずんで (IO MI FERMO QUI)

 

GXC- 13940 (1979721 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP サン・レモ音楽祭のすべて (SAN REMO BEST HITS)

2-.ここにたたずんで (IO MI FERMO QUI)

 

GXC- 13940GXC- 139~40a 7SSY-   77SSY- 7

 

7SSY-   7 (1985 SEVEN SEAS - キング) 17cm CP イタリアン・ロック・スペシャル (ITALIAN ROCK SPECIAL) 特典盤・非売品

.愛の果実 (DOLCE FRUTTO)

 

K25P-  613 (19863 NEXUS - キング) 30cm LPある女性に捧げる愛の形 (SUITE PER UNA DONNA ASSOLUTAMENTE RELATIVA)

.彼女 (DONNA PAESAGGIO)

. (IL VISO)

. (IL CUORE)

.間奏曲 (INTERMEZZO)

.愛の鐘 (LA CATTEDRALE DELL'AMORE)

. (LA GAMBE)

....そして... (SUITE RELATIVA)

.山と谷 (MONTI E VALLI)

.幻想 (I SOGNI)

10. (LA NOTTE)

11.総括 (SINTESI)

 

           K25P-  613K25P- 613  

 

 

ディク・ディク4は1993年サンレモ音楽祭のあとに続きます

サンレモの歌手たち315 カテリーナ・カセルリ 6、 マウ・クリスティアーニ

 名前の表示は近年本国の表現に近いカテリーナ・カゼッリが使われますが、アルバム・タイトルに合わせ、カンツォーネ歌手と扱う場合、日本に紹介された当時の表示、カテリーナ・カセルリを用います。

カテリーナ・カセルリ (vf) Caterina Caselli

本名カテリーナ・イメルデ・カゼッリ(Caterina Imelde Caselli)、結婚後はカテリーナ・カゼッリ・シュガー(Caterina Caselli Sugar)1946年4月10日ボローニャとパルマの中間にある都市モデナ生、歌手、音楽ロデューサー、女優、テレビ司会者。

 

                       LSM-1180LSM-1180 

 

所属レコード会社MRC, CGD, Sugar Music

サンレモ音楽祭出場6回:1966年2位、67年参加、69年8位、70年14位、71年10位、90年入賞

 

 次々と廉価盤が出され、ミュージックAから3枚組の編集ベスト盤を発売されました。 

 

LSM-1180 (19856 MusicA - CGD Messaggerie Musicali) 30cm LP Caterina Caselli ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

9031-701861(198?  MusicA - CGD Messaggerie Musicali) 30cm LP Caterina Caselli

9031-701862 (1985  MusicA - CGD Messaggerie Musicali) 30cm LP Caterina Caselli

.Emanuel (エマヌエル)

.L'Orologio (時計)

.Viale Kennedy (ケネディ通り)

.La Casa Degli Angeli (天使の家 I AM I SAIDさすらいの青春Neil Diamond)

.È Domenica Mattina (雨の降る日曜日)

.Le Ali Della Libertà

.Tu Sei Mio Padre (Nachts Scheint Die Sonne)

.Momenti Sì Momenti No (ひとときの夢)

.Com'è Buia La Città (消えゆく太陽Ain'T No Sunshine)

10.L'Uomo Del Paradiso (Lady In Black)

11.Per Chi (Without You ウィズアウト・ユー) 

12.Desiderare (憧れ)

13.Triste Amore (嘆きのリザSad Lisa)

14.Il Silenzio Vale Più Delle Parole (愛はすべてを越えてWe Have All The Time In The World)

9031-7018629031-70186・2 3LSM-20053LSM-2005 

 3LSM-2005 (1986 MusicA - CGD Messaggerie Musicali) 30cm 3LP Box Caterina Caselli

1-.Nessuno Mi Può Giudicare (青春に生きる)

1-.Sono qui con voi (あなた達と一緒/ BABY PLEASE DON'T GO (ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー)

1-.L'Ombra Di Nessuno (STANDING IN THE SHADOWS OF LOVE シャドウズ・オブ・ラブ)

1-.Cento Giorni (恋の100日)

1-.È La Pioggia Che Va (通り雨/Remember The Rain (リメンバー・ザ・レイン))

1-.Cantastorie (吟遊詩人)

1-.L'Uomo D'Oro (黄金の男)

1-.Perdono (涙を許して)

1-.Tutto Nero (Paint It Black 黒くぬれ!)

1-10.Sono Bugiarda (I'M A BELIEVER アイム・ア・ビリーヴァー)

1-11.Il Sole Non Tramonterà (The Sun Ain't Gonna Shine Anymore太陽はもう輝かない)

1-12.Per Fare Un Uomo (男であるには)

1-13.Incubo N°4 (見たくない夢)

1-14.Il Cammino Di Ogni Speranza (風に消えた恋)

2-.Insieme A Te Non Ci Sto Più (愛は彼方に)

2-.Una Farfalla (ELUSIVE BUTTERFLY 夢の蝶々)

2-.La Mia Vita, La Nostra Vita

2-.Bagnata Come Un Pulcino

2-.Il Carnevale (カーニヴァル)

2-.L'umanità (シンパシーSympathy)

2-.Spero Di Svegliarmi Presto (めざめて愛して)

2-.Il Volto Della Vita (愛の面影The Days Of Pearly Spencerパーリー・スペンサーの日々)

2-.Il Gioco Dell'Amore (恋の遊び)

2-10.Ninna Nanna (Cuore Mio) (ニンナ・ナンナ)

2-11.Le Biciclette Bianche (秋風のささやき)

2-12.Fiori Sull'Acqua (水上の花)

2-13.Tutto Da Rifare (愛の復活)

2-14.Nel 2023  (西暦2525年In The Year 2525)

3-.Emanuel (エマヌエル)

3-.L'Orologio (時計)

3-.Viale Kennedy (ケネディ通り)

3-.La Casa Degli Angeli (天使の家 I AM I SAIDさすらいの青春Neil Diamond)

3-.È Domenica Mattina (雨の降る日曜日)

3-.Le Ali Della Gioventù

3-.Tu Sei Mio Padre (Nachts Scheint Die Sonne - Michael Holm/ Giorgio Moroder)

3-.Momenti Si, Momenti No (ひとときの夢)

3-. Com'è Buia La Città (消えゆく太陽Ain'T No Sunshine)

3-10.L'Uomo Del Paradiso (Lady In Black)

3-11.Per Chi (ウィズアウト・ユーWithout You)

3-12.Desiderare (憧れ)

3-13.Triste Amore (嘆きのリザSad Lisa)

3-14.Il Silenzio Vale Più Delle Parole (愛はすべてを越えてWe Have All The Time In The World)

 

 録音スタジオはラ・ビオンダ兄弟の貢献で大会社となったベビー・レコーズに売り、資産売却等リストラを進めますが、遂に88年世界資本WEAがCGDを買取ります。シュガー一族はCGDから撤退を余儀なくされます。

 

CGD-20818 (1988 MusicA - CGD Messaggerie Musicali) 30cmLP Casco d'oro Caterina Caselli

CDS-6097 (1988 MusicA - CGD Messaggerie Musicali) CD Casco d'oro Caterina Caselli

.Nessuno Mi Può Giudicare (青春に生きる)

.Perdono (涙を許して)

.L'Uomo D'Oro (黄金の男)

.Cento Giorni (恋の100日)

.Tutto Nero (Paint It Black 黒くぬれ!)

.Sono Bugiarda (I'M A BELIEVER アイム・ア・ビリーヴァー)

.Per Fare Un Uomo (男であるには)

.Il Cammino Di Ogni Speranza (風に消えた恋)

.Il Volto Della Vita (愛の面影The Days Of Pearly Spencerパーリー・スペンサーの日々)

10.Incubo N°4 (見たくない夢)

11.Sole Spento (愛なき太陽)

12È La Pioggia Che Va (通り雨/Remember The Rain (リメンバー・ザ・レイン))

13.Insieme A Te Non Ci Sto Più (愛は彼方に)

14.Il Carnevale (カーニヴァル)

15.La Mia Vita, La Nostra Vita

16.La Casa Degli Angeli (天使の家 I AM I SAIDさすらいの青春Neil Diamond)

CGD-20818CGD-20818 CDS-6097CDS-6097 

 

 私が知る限り『組曲「春」』が本国で復刻されたのは2010年オリジナル・アルバムの紙ジャケ5枚組CDに収録されたのみ。何度も再発売してたのは日本(と韓国?)位で、その違いは彼女の位置づけの差と思われます。

 

 本国イタリアでは、“ビートニックの女王”、“初代パイパー・ガール”として鮮烈デビューしたヒット歌手カテリーナ・カセルリであり、日本ではチンクェッティの陰に隠れ、カンツォーネ・ブームが去った後のイタリア・ロック時代に、その愛好家がカテリーナ・カゼッリの貴重なコンセプト・アルバム『組曲「春」』を大切に保持したおかげです。

 

 

カテリーナ・カセルリの国内盤

ERS-28028 (NAS-1420) (198975CRIME - エディソン (製造:キング)) 30cm LP組曲「春」/カテリーナ・カセッリ (PRIMAVERA) 特販物

292E- 2029 (198975 CRIME - キング) CD組曲「春」/カテリーナ・カセッリ (PRIMAVERA)

.春-序曲 (PRIMAVERA)

.ひとときの夢 (MOMENTI SI', MOMENTI NO)

.憧れ (DESIDERARE)

.思い出の店 (IL MAGAZZINO DEI RICORDI)

.溜息 (UNA GRANDE EMOZIONE)

.愛の遍歴 (PRIMA NON SAPEVO)

.失したもの (IO DELUSA)

.静かな眠り (PIANO PER NON SVEGLIARTI)

.天国の秘密 (BUIO IN PARADISO)

10.あなたを想って (NOI LONTANI, NOI VICINI)

11. (PRIMAVERA)

 

ERS-28028ERS-28028 292E- 2029292E- 2029

 

 

カテリーナ・カセルリ 7 は1990年サンレモ音楽祭の後に続く

 

 

 

マウ・クリスティアーニ (vm) Mau Cristiani

本名マウリツィオ・クリスティアン(Maurizio Cristiani) 1952 9 30 日ミラノ生、歌手、ギターリスト。

              BF-70019BF-70019 

 

所属レコード会社MiuraClanCarosello(アルバトロスのメンバーとして)

サンレモ音楽祭出場2回:1971年参加、77年(アルバトロスのメンバーとして)入賞

 

 

 1952年ミラノ市職員の子供として生れ、10才から歌い多くののど自慢に参加しました。 スカウトでプロデューサーのアルド・デ・ヴェラス(Ardo de Veras)に発掘されミウラ・レコードと契約。

 

 有名司会者ピッポ・バウドのTV番組「セッテヴォーチ」にデビュー曲“Le tue lettere”で出演、69年ヴェネチア国際音楽祭銀のゴンドラ(新人歌手コンテスト)にも出場しました。

 

POPNP-40095 (1969Miura - Ariston) Le tue lettere /Un fiore che parla

POPNP-40095Mau Cristiani (PON・NP-40095) POPNP-40108POP・NP-40108

POPNP-40108 (1970 Miura - Ariston) Né Di Maggio Né Di Giugno (WINTER WORLD OF LOVE白銀の世界)/Credi, Credi

 

 翌70年に2枚目、A面はエンゲルベルト・フンパーディンクの“白銀の世界”のカヴァー“Né Di Maggio Né Di Giugno”でした。ミウラではこれだけでした。

 

 71年サンレモにチェレンターノの会社クランに移籍し、ピオが“白と黒の瞳”歌うパートナーで幸運にも無名の新人がサンレモ音楽祭出場、結果は参加曲止まりでした。

 

BF-70003 (1971Clan - CGD) Occhi bianchi e neri (白と黒の瞳)/Voglio regalarti questo disco

BF-70003BF-70003 BF-70014BF-70014

BF-70014 (1972Clan Celentano - CGD) Cento donne e poi Maria/ Un Sogno

 

 クランで2枚目のシングル盤はメモ・レミージ作曲の“Cento donne e poi Maria”でした。レミージのアルバム「In Tema D'amore」にも入っていますが、マウのための曲だったかどうかは不明です。

 

BF-70019 (1972Clan Celentano - CGD) La prima e l'ultima volta/Sei tu ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 彼がソロ歌手として出した最後の盤です。後にトト・クトゥーニョ(Toto Cutugno)が74年に結成したバンド、アルバトロス(Albatros)に参加します。

 

 アルバトロスは76年サンレモ音楽祭“別離のロ-マ空港(Volo AZ 504)”で第3位、77年“グラン・プリ”で入賞しています。サンレモ本では76年出場時のメンバーに入っていません。

 

CI-20440 (1977Carosello - Ricordi) Gran premio (グラン・プリ)/Gran premio(グラン・プリ) (strumentale)

CI-20440CI-20440 CI-20457CI-20457

CI-20457 (1977Carosello - Ricordi) Stop-stop violence/Oui-bon d'accord

 

 アルバトロスのメンバーで3枚(“憧れのサンタマリア”は日本でも発売)のシングルを出しますが、78年解散。

 

CI-20461 (1978Carosello - Ricordi) Santamaria de Portugal (憧れのサンタマリア)/La mia isola (ラ・ミア・イソラ)

            CI-20461CI-20461

 

 マウは芸能界を引退し、保険代理店事業を営みます。

 

 

マウ・クリスティアーニの国内盤

GW- 11920 (19715 1 SEVEN SEAS - キング) 30cm2LP 21回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1971)

1-13. 白と黒の瞳      (OCCHI BIANCHI E NERI)

 

GW- 11920GW- 119~20a GP- 483GP- 483  

 

GP- 483 (19776 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP27回サン・レモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1977)

.グラン・プリ (GRAN PREMIO) アルバトロスとして

 

VIP- 2748 (19797VICTOR - ビクター音楽産業) 憧れのサンタマリア (SANTAMARIA DE PORTUGAL)/ラ・ミア・イソラ (LA MIA ISOLA) アルバトロスのメンバーとして

 

            VIP- 2748VIP- 2748

 

 

 

マウ・クリスティアーニは以上です。



サンレモの歌手たち314 カテリーナ・カセルリ 5

名前の表示は近年本国の表現に近いカテリーナ・カゼッリが使われますが、アルバム・タイトルに合わせ、カンツォーネ歌手と扱う場合、日本に紹介された当時の表示、カテリーナ・カセルリを用います。