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カンツォーネ

カンツォーネ、イタリアン・ポップスの、“出来れば”知られざる話を致しましょう。

 
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サンレモの歌手たち 499 ラ・クィンタ・ファッチャ、 フランコとレ・ピッコレ・ドンネ

クィンタ・ファッチャ、 {ラ・} (compl) Quinta Faccia,{La}

ミラノとトリノの中間にある山中の小都市ビエッラ(Biella.)出身の4人が結成したグループ。

 

                          Quinta Faccia     

 

活動期間1969 - 79

所属レコード会社Fonit, Euro International, UIM(Universal International Music)

サンレモ音楽祭出場1:1975参加

 

サンレモ音楽祭出場メンバー

・ロベルト・マレルバRoberto Malerba: (1971年~) ソロ・ヴォーカル、ベース

・クラウディオ・カレッジョClaudio Careggio:(1969年~) ドラムス、コーラス

ナンド・カタラーノNando Catalano: (1973年~) ギター、コーラス

ルチアーノ・ドラートLuciano Donato: (1969年~1976) キーボード

 

 

 1969年クラウディオ・カレッジョ、ロミー・レグルート、ルチアーノ・ドラート、ロビー・ヴァッレ4人全員ビエッラ出身のメンバーが近郊の小都市イヴレーア(Ivrea)で結成しました。ロミーはレコードも出しているロジャーズ(I Rogers)の元ギタリストでした。

 

結成時メンバー

・クラウディオ・カレッジョClaudio Careggio:(1969年~)

・ロミー・レグルートRomy Regruto (1969年~1973) ギター

・ルチアーノ・ドラートLuciano Donato: (1969年~1976)

・ロビー・ヴァッレRoby Valle: (1969年~1971) ベース

 以上4名全員ビエッラ(Biella.)出身

途中交代メンバー

・ロベルト・マレルバRoberto Malerba: (1971年~)

ナンド・カタラーノNando Catalano: (1973年~)

・ロベルト・パリーシャRoberto Palisca (1977年~) キーボード、コーラス

 

 グループは作曲家デット・マリアーノ(Detto Mariano)に見いだされ、71年ロビー・ヴァッレが作った“Nel Giardino Di Tamara”でデビューします。

 

 そしてデビューし立てのバンドを集めたLP「Nuovi Complessi D'Avanguardia Da Radio Montecarlo」に収録されますが、後に名前が残るのはデリリウム(Delirium)だけでした。

 

LPQ-09060 (1971年 Fonit – Fonit Cetra) 30cmLP Nuovi Complessi D'Avanguardia Da Radio Montecarlo [Various]

.Nel Giardino Di Tamara

LPQ-09060LPQ-09060  NRE-2014NRE-2014

NRE-2014 (198?年 Nuovo Repertorio Editoriale ‎– Nuova Fonit Cetra) 30cmLP Canzoni: Genere Soft-Rock [Various]

.Nel Giardino Di Tamara

 

 この頃ベースのロビー・ヴァッレが脱退し、ロベルト・マレルバに交代します。その後グループの消息は途絶えます。レコードを出すほどの力のあるバンドでなかったのでしょう。

 

 73年ギターのロミー・レグルートが辞め、ナンド・カタラーノが加入しました。運が向いてきます。米ユナイテッド・アーチスツのイタリア法人エウロ・インターナショナルと契約し、イギリスのルベッツ(Rubetts,{The})の全英ナンバー・ワン・ヒット(イタリアの74年年間ヒット・ランク12位)、“シュガー・ベイビー・ラヴ”をカヴァーしました。彼らのカヴァーも同55位の大ヒットになっています。

 

EUR-004 (1974 Euro International - Dischi Ricordi) Sugar Baby Love (シュガー・ベイビー・ラヴ)/Daydreamer

EUR-004EUR-004  EUR-005EUR-005

EUR-005 (1974 Euro International - Dischi Ricordi) Tonight (トゥナイト)/Strano Uomo

 

 2枚目のA面はルベッツの“トゥナイト”とB面は在伊イギリスのバンド、モータウンズ(The  Motowns}のマイク・ローガン(Mike Logan)とカペッリ(E.Capelli)が作った曲でしたが二匹のドジョウはおらず失敗します。

 

 75年サンレモ音楽祭に“四季”で出場しましたが入賞出来ませんでした。

 

EUR-006 (1975 Euro International - Dischi Ricordi) Quattro Stagioni (四季)/Una Donna

EUR-006EUR-006  EUR-1938EUR-1938

EUR-1938 (1975 Euro International - Dischi Ricordi) Tornerò (トレビの泉)/Anna Anna

 

 次がクィンタ・ファッチャとよく似た後輩グループ、サント・カリフォルニア(I Santo California)の“トレビの泉”のカヴァーでした。サント・カリフォルニアは75年年間ヒット・ランク6位のメガ・ヒットでした。

 

 シングル曲にカヴァー曲とオリジナル曲が加えられたファースト・アルバムを製作します。

 

EURLP-10001 (1975 Euro International - Dischi Ricordi) La Quinta Faccia

.Sugar Baby Love (シュガー・ベイビー・ラヴ) [Rubetts,{The}]

.Daydreamer

.Una Donna

.Dancin'On A Saturday Night (土曜はダンスで) [Lynsey De Paul]

.Strano Uomo

..Crying For Love

.El Bimbo (嘆きのビンボー (オリーブの首飾り)) [Bimbo Jet, Paul Mauriat]

.Tonight (トゥナイト)

.School Love [Barry Blue]

10.Pronto Amore

11.Drive My Car (ドライヴ・マイ・カー) [Beatles]

12.Tornerò (トレビの泉)

EURLP-10001EURLP-10001  EUR-1940EUR-1940

EUR-1940 (1975 Euro International - Dischi Ricordi) Annich (アニック)/Pronto

 

 3枚目のシングル“アニック”は日本のシングル盤のB面に収められた曲です。

 

 76年“Dolce Amore Mio”を最後にUIM(Universal International Music)に移籍しました。そしてキーボードがルチアーノ・ドラートからロベルト・パリーシャに交代しました。

 

EUR-1947 (1976 Euro International - Dischi Ricordi) Dolce Amore Mio/Vai, Vai

EUR-1947EUR-1947  5090-1465090-146

5090-146 (1977: UIM – Phonogram) Let Em In (幸せのノック)/ I Can't Ask For Anymore Than You Babe (理想の恋人)

 

 UIMでの1枚目はポール・マッカートニー&ウィングス(Poul McCartney & Wing)の“幸せのノック”のカヴァーでした。この曲をタイトル曲で外国曲をカヴァーした2ndアルバムが発売されます。

 

5094-010 (1977: UIM Phonogram) Let 'em In

.Let Em In (幸せのノック) [Poul McCartney & Wings]

.It's Ok (イッツ・オーケイ) [Beach Boys,{ The}]

.Get Back (ゲット・バック) [Beatles,{The}]

.Lean On Me (私を頼りに) [Bill Withers]

.Summer Of My Life

.The Killing Of George

.If You Leave Me Up

.Play That Funky Music (プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック) [Wild Cherry]

.Under The Moon Of Love (月影の恋) [Showaddywaddy]

10.Hay Baby

11.Howzat

12.Livin' Thing (オーロラの救世主) [ELO=Electric Light Orchestra]

13.Bohemian Rhapsody (ボヘミアン・ラプソディ) [Queen]

5094-0105094-010  5094-0165094-016

5094-016 (1977: UIM Phonogram) Piccola Luisa

.Piccola Luisa

.Abbracciati E Mi Salvi

.Dolce Amore Mio

.Dolcemente

.Ti Avessi Incontrata Io

.Quattro Stagioni (四季)

.Sabbia E Mare

10.Sei Tornata, Di Chi Sei?

11.Mia Dolcissima

12.Annik (アニック)

 

 続いてサンレモ出場曲の入った3rdアルバム「Piccola Luisa」とシングル盤“Piccola Luisa”が出ています。

 

5090-154 (1977: UIM – Phonogram) Piccola Luisa/Abbracciati E Mi Salvi

5090-1545090-154  5090-1605090-160

5090-160 (1978: UIM – Phonogram) Dolcemente/Sei Tornata, Di Chi Sei?

 

 78年シングル盤“Dolcemente”とカヴァー曲を集めた4thアルバム「Greatest Hits Vol. 1」を残して79年に解散しました。

 

5094-023 (1978:UIM – Phonogram) Greatest Hits Vol. 1

.Kintyre (Mull Of Kintyre) (夢の旅人) [Poul McCartney & Wings]

.Daddy Cool (ダディ・クール) [Boney M]

.Put Your Love In Me [Hot Chocolate]

.Dancin' Party (ダンシング・パーティー) [Showaddywaddy])

.How Deep Is Your Love (愛はきらめきの中に) [Bee Gees,{The}]

.Slip Slidin' Away (スリップ・スライディン・アウェイ) [Paul Simon]

.Night Fever (恋のナイト・フィーヴァー) [Bee Gees,{The}]

.Let's Have A Quiet Night In [David Soul]

.Jamming [Bob Marley & The Wailers]

10.Stayin' Alive (ステイン・アライヴ) [Bee Gees,{The}]

11.Every 1'S A Winner (勝利者たち) [Hot Chocolate]

12.Baker Street (霧のベーカー街) [Gerry Rafferty]

                         5094-0235094-023

 

 

ラ・クィンタ・ファッチャの国内盤

CM-    2 (UNITED ARTISTS -キング) トレビの泉 (TORNERO')/アニック (ANNICK)

 

                    CM-    2CM- 2

 

 

ラ・クィンタ・ファッチャは以上です。

 

 

 

フランコ (vm) と レ・ピッコレ・ドンネ (coro) Franco e Le Piccole Donne

フランコは本名フランコ・ラエーレ(Franco Raele)195352日ミラノ生。

 

                     Franco Raele  

 

活動期間1960年代後半 – 70年代前半

所属レコード会社Cipiti

サンレモ音楽祭出場1:1975年参加

公式サイト

 

 フランコとレ・ピッコレ・ドンネは、フランコ・ラエーレが考え出した彼を中心としたミラノのスカラブリーニ広場にある郵便局で事務員達が結成した架空のボーカル・グループです。

 ピッコロ・ドンネは、自称ミラノ生まれのダニエラ(Daniela)に双子姉妹のラウラ(Launa)とデボラ(Deborah)の3人構成で、ダンサーとバック・コーラスとして音楽祭に出場しました。

 

 フランコ・ラエーレの事も全くわからず、彼が本名で出した数枚のシングル盤が確認できただけです。

 

 一版最初のシングル盤と思われるのが1969年にフォニットから出た“I Mattoni”です。

 

SPF-31248 (1969Fonit – Fonit Cetra) I Mattoni/Ora Ridi [come Franco Raele]

SPF-31248SPF-31248  CRJNP-1084CRJ・NP-1084

CRJNP-1084 (1972Car Juke Box Dischi Ricordi) Fichi D'India/ Dolce Casa Di Campagna [come Franco Raele]

 

 72年CARジューク・ボックスから“Fichi D'India”を出します。彼にとって一番の成功したシングル盤だったようです。CARジューク・ボックスにはサンレモ音楽祭に出場まで3年在籍し安定した時期だったようです。第2弾は“Che Pazzi Noi”でした。

 

CRJNP-1094 (1974 Car Juke Box – Dischi Ricordi) Che Pazzi Noi/Fantasia D'Amore [come Franco Raele]

CRJNP-1094CRJ・NP-1094  CRJNP-1096CRJ・NP-1096

CRJNP-1096 (19752 Car Juke Box – Dischi Ricordi) Come Humphrey Bogart (ハンフリ-・ボガ-トのように)/ FANTASIA D'AMORE [come Franco e Le Piccole Donne]

 

 75年サンレモ音楽祭には、当時戦前のカフェ・シャンタンで流行った曲などが懐メロとしてリバイバルしていましたので、懐メロ仕立ての曲を音楽祭向けに結成したフランコとレ・ピッコレ・ドンネとして歌いました。

 

 ただ前年には58年に当時売れっ子作曲だったカルロ・アルベルト・ロッシ(Carlo Alberto Rossi)が設立したCARジューク・ボックスも時代の流れに勝てず経営不振となり、75年活動を停止し閉鎖されます。カタログ自体はディストリビューターであったイタリア・フォノグラムが引き継ぎますが、実績のある歌手達以外はフォノグラムに移籍できませんでした。

 

 発売時期不明なシングル盤が1枚あります。レーベルも聞いたことのないアメリカ・レコーズで、新たに出来たマイナー・レーベルと思われます。これを最後にフランコ・ラエーレの名前も表舞台から消え去ります。

 

AR- 0547 (? America Records G.D.M.) Postino Innamorato/Clelia [Franco Raele]

                         AR- 0547AR- 0547

 

 

 

フランコ と レ・ピッコレ・ドンネの国内盤はありません、以上です。

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