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カンツォーネ

カンツォーネ、イタリアン・ポップスの、“出来れば”知られざる話を致しましょう。

 
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サンレモの歌手たち 501 ステファニア、 ゴフレド・カナリーニ

ステファニア (vf) Stefania

本名ステファニア・トッツィ(Stefania Tozzi) ) 19491117(ウィキペディア・イタリア版では195884日なっていますが66年のデビュー・シングルの内容から8才の子供が歌うとは考えられず、間違いとしました)フィレンツェの南東100kmの山中にある小都市マテーリカ(Matelica)生、歌手。

 後にステファノ・シルヴェーニ(Stefano Silvegni)と結婚し、デュエット・チームのステファノ&ステファニア(Stefano & Stefania)やミュージック・グループを結成しました。82年サンレモ音楽祭に出場したマリナ・ライ(Marina Lai)は妹。

 

                     Stefania     

 

活動期間1966 - 90年年代

所属レコード会社CGD, Signal (SAAR), Odeon (EMI Italiana), OSIMaga Records

サンレモ音楽祭出場1:1975参加

 

 

 ステファニアは幼い頃から歌を始め、ペーザロ(Pesaro)のロッシーニ音楽院(Conservatorio Gioachino Rossini)でクラシックを学びました。

 

 1966年CGDから出た“La Notte È Chiara”がデビュー・シングルだと思われます。マルチェロ・マストルヤンニ(Marcello Mastroianni:)主演で3話オムニバスの喜劇映画「女と男と金(Oggi, Domani, Dopodomani)」のサントラ盤です。60年代半ばの典型的なビート・ポップでした。

 

N-9609 (1966年 CGD - CGD) La Notte È Chiara/Per Lui

N-9609N-9609  S-5194x45S-5194x45

S-5194x45 (1969 Signal – SAAR) Il Vento Va/In Verità Ti Dico Che

 

 69年サールのサブレーベル、シグナルから“Il Vento Va”が発売されます。歌手としての契約が出来たようです。

 翌70年夏のディスク・フェスティヴァルに“Come Le Fragole”で出場しましたが、本選までの進むことが出来ませんでした。オリエッタ・ベルティ (Orietta Berti)を少しハスキーにした声質で、いかにもベルティが歌いそうな曲でした。ステファニアの中では成功したシングル盤でした。

 

S-5482 (1970 Signal – SAAR) Come Le Fragole/Alla Stazione

S-5482S-5482  3C006-177863C・006-17786

3C006-17786 (1971 Odeon - EMI Italiana) Quando Non Ci Sei/Bon Bon Bon

 

 翌71年EMIイタリアーナのオデオンから“Quando Non Ci Sei”を出していますが、リッキとポーヴェリ(Ricchi e Poveri)の“ケ・サラ(Che Sarà)”かと思わせる出だしで、その後はジミー・フォンタナ(Jimmy Fontana)の“限りなき世界(Il Mondo)”のような曲でした。クレジットが書いてないので分かりませんが、本当にジミー・フォンタナが作ったような曲でした。

 

 ステファニアは一旦表舞台から姿を消します。彼女が74年のカストロカーロ新人コンテストに出場し、翌年のサンレモ音楽祭の出場権を得たことになっています。ウィキペディ・イタリア版では彼女の名前が見当たりません。一度は夏のディスクにも出た歌手がカストロカーロからやり直すことは珍しいことです。

 

 75年サンレモ音楽祭に“人生の疑問”で出場が決まったものの、レコード会社の契約がなく、救済措置のOSIからレコードを出しました。第1夜の予選でステファニアは歌い、結果はアンジェラ・ルーチェが31票で断トツ1位でしたが、2位14票3歌手、5位12票フランコ&ピッコロ・ドンネ、ステファニアとヴォルピ・ブルー3歌手の接戦となり、ヴォルピ・ブルーが脱落、ステファニアは決勝戦に進み、入賞となります。

 

OSI-0004 (19752 OSI – CBS Sugar) L'Incertezza Di Una Vita (人生の疑問)/Gioca Fantasia

               OSI-0004OSI-0004

 

 サンレモ音楽祭入賞でステファニアのソロ歌手としての活動は終わりました。

 

 時期は不明ですが、ステファニアはステファノ・シルヴェーニと結婚し、ステファノ&ステファニアとして音楽活動を続けました。

 

 ステファノは音楽院でチェロを習得し、ピアノを弾き歌も歌います。またオーケストラを指揮し、コンピューター・プログラミングで電子音楽を手掛ける音楽家でした。

 

          Stefano & StefaniaStefano & Stefania

 

 彼らの音楽形態はデュオ、小編成のバンド、楽団と形態を変えダンスホールや個人パーティーにも出演する音楽活動を行っています。

 

 82年ステファノ&ステファニアはジョヴァニ・アリ・ドラーテ(Le Giovani Ali Dorate) という7名のミュージシャとコラボしたアルバム「Le Giovani Ali Dorate ‎– Dedicato A Una Donna」を出しました。

 

MRGW- 1 (1982 Maga Records - ) Le Giovani Ali Dorate ‎– Dedicato A Una Donna

.Dedicato A Una Donna

.Piccola Lisa

.Ti Dico Vai

.Dolce ... Cara ...

..Fantasia

.Scatenati Con Me

..Gloria

.Volare Volare

.Panorami Di Città

               MRGW- 1MR・GW- 1 

 

 

 

ステファニアの国内盤はありません、以上です。

 

 

 

ゴフレド・カナリーニ (vm) Goffredo Canarini

1939108日ピサの西近郊の小さな町ミグリアーノ・ピサーノ(Migliarino Pisano)生、2002919日ピサの北近郊の小都市ヴェッキアーノ(Vecchiano)没、自作自演歌手、作曲家、作詞家。

 

                     Goffredo Canarini(     

 

活動期間1967 – 1999

所属レコード会社Joker, Giallo Records

サンレモ音楽祭出場1:1975参加

 

 

 音楽好きなゴフレドはミラノに出てきて、同郷で後にドン・バッキー(Don Backy)と呼ばれる同い年のアルド・カポーニを頼り、アルドのバック・バンドのアパッチで初めてギタリストになりました。

 

 1963年にはイヴァ・ザニッキ(Iva Zanicchi)のバック・バンドのギタリストもしています。

67年当時ビートニックな曲が流行しており、ゴフレドもマイナー・レーベルのFP4から2曲のプロテスト・ソング“Il Figlio Della Lira”と“Datemi Un Sonnifero”をレコードにしましたが、誰も関心も引きませんでした。

 

P-271 (1967FP4 - Effepiquattro) Il Figlio Della Lira/Datemi Un Sonnifero [Canarini con Orchestra Mario Rapallo]

P-271P-271  FNPNP-10105FNP・NP-10105

FNPNP-10105 (1968 Variety – Ri Fi) Elenore/Per Un Anno Che Se Ne Va [come The Play-Co = Alberto Favata, Goffredo Canarini]

 

 68年、前年に自作自演歌手のアルベルト・オーロ(Alberto Oro)としてデビューしたアルベルト・シモンルーカ・ファヴァータ(Alberto Simonluca Favata)とザ・プレイ・コ(The Play-Co)というデュエット・チームを組み、タートルズ(Turtles,{The})の“エレノア(Elenore)”のカヴァーとカナリーニ自作のカップリングでシングル盤を出しました。

 B面の“Per Un Anno Che Se Ne Va”はドリ・ゲッツィ(Dori Ghezzi)の初ヒット曲“カザチョック(Casatshock)”のB面に収められた曲です。

 

TOP-1322 (1969111 LONDON - キング) エレノア (ELENORE)/サーファー・ダン (FURFER DAN)

TOP-1322TOP-1322 SS-1904SS-1904

SS-1904 (196995 RCA - 日本ビクター) 雨が降ってきた (エレノア) (SCENDE LA PIOGGIA (ELENORE))/白鳥 (IL CIGNO BIANCO)

 

 エレノアジャンニ・モランディ(Gianni Morandi)が“雨が降ってきた”のタイトルでカヴァーし、69年年間ヒット・ランク18位の大ヒットにしています。

 

 カナリーニは68年から69年にかけて大きな仕事をしました。ジガンティ(Giganti,{I})のリフィ最後のアルバム「Mille Idee Dei Giganti」の11曲中8曲を手掛けました。彼が関わっていない3曲でトレメローズ(The Tremeloes)の“福と禍(Even The Bad Times Are Good)”のカヴァー曲“Il Lavoro”、65年サンレモ音楽祭で伊東ゆかり(Yukari Ito)が歌った“恋する瞳(L'Amore Ha I Tuoi Occhi)”のカヴァーと作曲家ミケーレ・フランチェショ(Michele Francesio)だけで作った“La Ballata Delle Streghe”でした。

 

 その後71年アドリアーノ・チェレンターノ(Adriano Celentano)の第7回ヴェネチア音楽祭 (Ⅶ VENEZIA MOSTRA INTERNAZIONALE FESTIVAL)出場曲“夜霧に泣く男(Una Storia Come Questa)”をミキ・デル・プレーテ(Miki Del Prete)と作っています。

 

 72年サール(SAAR)のサブレーベル、ジョーカー(Joker)に移籍しました。“La Ragazza Sola”のジャケット画像を探しましたが、見つかりませんでした。

 

M-7112 (1972 Joker - SAAR) La Ragazza Sola/Bandito

M-7112NO IMAGE-WANTED  M-7120M-7120

M-7120 (1972 Joker - SAAR) ...E Mi Piaceva/Oh, Come Vorrei !

 

 ジョーカーの2枚目は72年第9回夏のディスク・フェスティヴァルに出場した“...E Mi Piaceva”ですが、予選敗退で終わりますます。

 

 73年サールのサブレーベルで、トニー・ダララ(Tony Dallara)の全盛期に所属していたミュージック・レーベルからアルバム「I Cantautori - Goffredo Canarini Ruggito d'Amore」を出しました。収録曲など詳細に関することは不明です。きっとジョーカーで出したシングル曲が入っているのだと思います。

 

LPM-2013 (1973Music – SAAR) I Cantautori - Goffredo Canarini Ruggito d'Amore

LPM-2013LPM-2013  CI-20392CI-20392

CI -20392 (19752 Carosello - Dischi Ricordi): Scarafaggi (ごきぶり)/Ruggito D' Amore

 

 75年サンレモ音楽祭にカロセッロから“ごきぶり”で出場します。サンレモ音楽祭にこのタイトルは有り得ないでしょう!参加曲に終わります。歌は最初にバック・バンドで付いたドン・バッキーに声質も歌い方もよく似ています。

 

 同年カロセッロから2枚目のシングル“Era Brutta”を、彼にとってのセカンド・アルバム「Canarini ‎– Era Brutta」もカナリーニ名で出しました。

 

CI-20399 (1975 Carosello - Dischi Ricordi): Era Brutta/Delusioni

CI-20399CI-20399  CLN-25058CLN-25058

CLN-25058 (1975 Carosello - Dischi Ricordi) Canarini ‎– Era Brutta [come Canarini]

.Sogno 1

.Delusioni

.Cara...Vorrei...Ti Vorrei

.Sogno 2

.Era Brutta

.Sogno 1

.Ruggito D'Amore

.La Ragazza Sola

.Quella Sera

10.A Luisa

 

 これを最後にゴフレド・カナリーニの消息は途絶えます。2003年にカルト・レーベルのジャッロ・レコーズ (Giallo Records)から出たビートニック・サウンド曲のコンピレーションCDに彼のデビュー曲が収録されました。これが契機となり02年にカナリーニが亡くなった事が知らされます。

 

 

ゴフレド・カナリーニの国内盤はありません、以上です。

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